【完結】血錆の騎士とはじめて愛された竜   作:澱粉麺

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薬の指

 

 

 

ある日の事。

太陽が落ち、二つ月が空に浮かぶような夜の中、その二人はまた歩いていた。ただ相変わらずに転びながら、相変わらずに鎧を震わせながら。

 

 

「…結構歩いたね」

 

 

「疲れたか」

 

 

「…イドは大丈夫なの?」

 

 

「…いや、そろそろ休もう。

この辺りに村があるなら、そこで軒を借りるぞ」

 

 

「よかった。また野宿かと思った」

 

 

「貴様が文句を言うだろう。

あの洞窟に居た時はそんな事気にしていなかったろうに」

 

「嫌なものは嫌」

 

 

「我が儘だな。…まあ、貴様はそれくらいの方がいいのかもしれんが」

 

 

その会話は、肉親者じみた気の置けないような様子だった。それが日常的に、散々に、殺戮を繰り返してきた者たちが行うものでなければ、微笑ましい光景ではあったのだが。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

今にも崩れてしまいそうなボロ家、絶えず身を吹いてくる隙間風。それであっても、下が土くれで無いという事はありがたかった。クシーはその感触がどうにも気に食わなかった。

膝を畳み、蹲った状態でふと左腕を眺める。

 

もう存在しない腕。切断され、戻らない左腕。であるのに、契約を交わした薬指が反応する。もう無い部分が、交わされた約束の為だけに疼くような感覚がある。ずっと彼女を苛む幻肢痛ともまた違う、奇妙な感触だった。その呪縛じみたそれに、目を閉じて集中する。

 

契約者が、イドが大まかにどこに居るのか。

そしてその感情の唸りが少しだけ、分かる。

契約についてをより知れば更に多くの情報を知る事が出来るのかもしれない。が、それについてはあまり興味が無かった。

 

その関心の代わりに、薄気味悪さを感じた。

イドの感情が分かるはずなのに、解らない。

何の感情であるのか全く判らないのだ。

渦巻くようで、凪いでいるような、その心を読み取れない。

あの男は常日頃、何を考えている。

何を思いながら、あのような惨劇を作り出してるのか。

 

 

「クシー、近くに水場があるぞ。

使いたければ使うといい」

 

 

「!…わかった」

 

 

「寝ていたか?」

 

 

「ううん、目を瞑ってただけ。

そもそも私たちはあんまり寝なくていい」

 

 

「ふむ、そうなのか。

その割にはいつも随分と気持ち良く寝ているようだが」

 

 

「…うるさい。

水場があるなら、軽く流してく…」

 

 

 

ふと、言葉が止まった。それは騎士の珍妙な格好に困惑しての静止であり、クシーはただ、困惑に於いてただ顔を歪めた。

 

 

「…イドも鎧、脱ぐんだね」

 

 

「?当たり前だろう」

 

 

「それは、そうだけど…初めて見たから、貴方が普通の服着てる姿。寝る時ですら着てたし」

 

 

「そういえば、そうだったか」

 

 

そう。何日か、何十日ほどか共に居て。それでいて初めて、竜は彼が鎧を外した姿を見たのだ。

それでも、手甲、足甲だけは付けている。もうそれについては、特に言わない事にした。口にするだけ、疲れる気がした。

 

頭部には、いつもの分厚い鉄の兜は付けられていない代わりに、ぐるぐると布が巻かれていた。流石に、これについては、つい疑問が出た。

 

 

 

「なにそれ」

 

「む。見苦しいと思ってな。

そもそも、あまり見せたいものでも無い」

 

 

「……そう」

 

 

布の間から覗くその目は至って真剣な眼差しであった為、ただ、そう納得したように言うしか無かった。

顔をすら見たことが無いという事、その顔を少し見てみたかったようではあったが、まあ、いいかとも思った。

 

 

「フーッ…」

 

 

ごとり。疲労の溜息と重々しい音を立てて、イドはその身体の横に巨大な剣を置く。

改めてその剣を、見る。二股に別れた刀身。まるで刃など付いていないその刀身はしかし、確かにこの竜の腕を鮮やかに引き裂いたのだ。

 

 

(……あの時の青い灯は…)

 

 

あの時に見た青黒い焔はなんだったのだろう。

ただの見間違いという事は無い。確かにこの左腕を、焼き切られたのだから。だがこの剣はただのがらくたにしか見えない。

 

なんであるか。

そう見ようと剣に、触れんとした時。

 

 

 

「クシー」

 

 

名を呼ばれ、びくりと手を止める。

殺伐とした、張り詰めた声だった。

 

 

「…ごめん」

 

 

「違う。それを寄越せ」

 

 

「?」

 

 

「…チィッ!」

 

 

瞬間、イドの赤黒い籠手が少女を突き飛ばす。

ぐぅ、と悲鳴が出るような強さのものだったが、しかしそれが自分を害する為に行われたものでないとはすぐ分かった。

刹那に、突き飛ばされる直前に居た場所へ冷たいナイフの線が過ぎ去った為だ。

 

 

「…クソっ、なんでわかるんだよ」

 

 

隙間だらけの壁の隙間から生えたその腕は、奇襲が失敗した事を悟ると壁を破り、その姿を表す。

 

刺客は一人だけではなく、三人居た。

内の一人は奇襲をかけた男。内一人はイド達を包囲し、そして最後の一人は、音叉じみた奇剣を足蹴にしていた。

 

 

 

「……後ろに居ろ、クシー」

 

「…でも」

 

「いいから、隠れていろ。大丈夫だ」

 

 

ゆっくりと会話をする隙は、無い。

瞬間に三人の内の二人が襲いかかってくる。

 

イドは腰の短剣を抜き放ち、迎撃をする。

短く何の変哲もない、頼りのない剣だ。

 

 

イド達から見て、右からの攻撃。

それを踏み込むように避け、横腹に蹴り。その反動のまま左から向かってくる敵のナイフと、手の短剣をかち合わせる。

 

敵が距離を取り、体勢を整え始めた。

一呼吸で終わらせるつもりだったのだろう。

 

 

…一瞬の出来事だった。目まぐるしいそれを、クシーは眺める事しか出来ない。動き自体は読めようとも、このか弱い身体では何も出来ないからだ。

だがこの小さな小屋で竜体となろうものならば、目の前にいる騎士も巻き込んでしまう。

 

 

 

「その、足蹴にしてる剣を寄越せ。

それは俺の物だ」

 

 

「は?渡すわけが無いだろう、糞阿呆。

冗談は格好だけにしておけよ呆け」

 

 

「…そうか。なら貴様らを殺して拾う事にする」

 

 

 

膠着が解ける。今度は三人が同時に襲いかかる。

だがそのそれぞれの白刃を、イドは全て捌いていく。

 

一人目の刃を籠手で受け流し、二人目のものを避け、三人目を剣で迎撃。追撃をしてくる二人目を、次は剣で迎撃しながら、舞踊のように足を動かし一人目の横に回る。

死角となった所から急所への蹴り上げ。

 

「ごびゅっ…」

 

たまらず倒れ込む一人の顎から喉にかけてを、イドの短剣が突き刺した。トドメを刺す動きのその隙を突こうとする一人の刺客のナイフをその死体で防ぎ、更に死闘は巡る。

 

 

だが、この戦いは今の一瞬のみで、最早趨勢が明らかになっていた。

 

 

(……彼は、あの男は…)

 

あの男は、強い。

竜は、改めてそう感じた。

 

とてつもない強さであるとはとうに解っていた。

だが、認識が違った。

それまでは、化け物じみた怪力。

あの剣を振り回す狂戦士として強いと思っていた。

 

だが、違う。この男は騎士として。

剣を用い、戦う者として、極上なのだと。

 

 

「ぎああっ!」

 

 

そう思う間に、一人の腕が切断されていた。

それでも立ち上がり戦おうとしていたが、足甲で喉がひしゃげるようなストンピングを受けて、そのまま痙攣するだけの肉になった。

 

残りは、一人。三人がかりで、負けたのだ。このような状況では勝ちの芽は無いだろう。だが最後に残った男は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「動くな」

 

 

ふと、竜の後ろから声が聞こえた。

喉には、ひんやりとした刃の感触。

 

なるほど。これが切り札というわけだ。

刺客は初めから三人でなく四人だったのだ。

クシーは、それにため息を吐いた。

なんともまあ、下らない。あれほど余裕のある態度ならば、もっと派手な切り札があるのだと思っていた。

 

 

 

「…どういう関係かは知らないが、テメエ、こいつの事を相当大事に思ってるみたいじゃないか。必死に守っていただろう」

 

 

「…そうだな。大切に思っている」

 

 

「だろう?

殺されたくなけりゃそのまま武器を捨てがッ」

 

 

不敵な笑みを浮かべていた三人目が、目玉から刃を生やして死んだ。イドは投げた短剣を回収しながら、少女の後ろにいる四人目に話す。

 

 

「…やめておけ。貴様らにはその娘は殺せない」

 

 

「挑発か?フン」

 

 

すぱり。喉笛を切り裂かれた。そのまま、どおと前倒しに倒れる少女。刺客は倒れる様子を見て、関心が無さそうにそれを蹴飛ばす。

 

 

「何にせよ、お前のせいでコイツは死んだぞ。

お前が俺たちに素直に殺されないせいでな」

 

 

「…違う。度胸だの、脅しだの、そういう話ではない。貴様らでは『そいつ』は殺せん」

 

 

びくり。男の表情に怯えが表層化した。ぞっと、背後を振り返る。するとそこには死んだはずの少女が、幽鬼のようにぼんやりとまた立っていた。

 

 

「……痛い…」

 

 

そう、一言だけボソリと呟く竜を見て。

からりとナイフを取り落とす。

 

 

 

「……んなんだ……」

 

「…なんなんだよ、お前らは!」

 

 

刺客の男は手に持つ全てを捨て、その場から逃げ出した。恥も外聞も無く、ただ生き延びようと。

 

イドはそれを追いかけることなく、ただクシーの側に来た。その必要もないと言わんばかりに。

そして、彼女に言う。

 

 

 

「ふむ、良い機会だ。あいつを斃せ」

 

「…無理。貴方を巻き込んでしまう」

 

「そのままの、ヒトの姿で戦えば良い」

 

「それこそ出来ない。

死なないだけだから、ただいたぶられるだけだよ。

それとも、そんな姿が見たい?」

 

 

「いいや、出来る。

思い出せ。貴様は竜なのだ」

 

 

「…?そんなの、わかってる」

 

「いいや、わかっていない。だからその姿に身をやつしてるのだ。肉の無い、柔い皮膚。弱々しい手足。そのどれもが貴様のものでは無いというのに」

 

 

そっと、目隠しをされるように血の匂いのする小手がクシーの目を覆った。身体がびくりと反応するが、引きはしない。次第に、目が暗闇だけを映す。ぞっとするような暗闇の中に、イドの声だけが聞こえてくる。

 

 

「イメージしろ。貴様は竜なのだ。人の姿のまま、人の見た目であろうと竜。全てを打ち壊すほどの蛮力を秘めた無敵の生き物だ。その力をその姿のままに使え。用いるのだ」

 

 

耳元で囁くそんな声は、脳を揺さぶるようだった。

何が現か、夢かわからなくなるような程に。

 

 

「さあ、目の前の敵を屠るのに何が欲しい。

雲をも焼き焦がす息か。骨をも砕く牙か」

 

「……それとも、全てを貫く槍か?」

 

 

ぼんやりとした頭に、槍。貫く力。目の前の、首を裂いてきたこいつを殺す。逃げていくその背中を貫く。痛みの報いを払わせる。

そんなイメージが、浮かぶ。

 

浮かぶ。出来る。溢れる。放たれる。この身体から。

 

 

「……ああっ…アアアアッ!」

 

 

ど、ぐしゃ。

潰れるような、貫くような音。身体が鳴動するような感覚。

何かを潰した感触。

声にならない断末魔の悲鳴の振動。

その、どれもがクシーに同時にやってきた。

 

 

「…いいぞ、上出来だ」

 

 

そう、騎士が言う。

目隠しを外され、そう言い放つ彼は相変わらず覆面で顔を隠されていたが、ただ少し、笑ったようにも思えた。

 

息切れをしながら、少女は自らの形を省みる。

何が起きたのだろう。ただ尻尾の感触がある。

 

尻尾?今の、この身体に?疑問に思ったが、ある。

 

破城槍じみた、巨大で、太く鋭い尻尾が、少女のヒトの身体から生えていた。そしてまた、それが刺客の男を貫きぐしゃぐしゃの屑肉に変えていた。これが感触と、イメージの正体。

 

 

「……こんなこと、出来たんだ。私」

 

「ああ。ヒトの形のまま爪を振るう事も出来るだろう。まだ、練習は必要かもしれないがな」

 

 

ずるりと、尻尾が仕舞われていく。

最後に残るものは、ただ4つの男の死体のみだった。

 

 

「水浴び、したい」

 

「ふむ、ちょうどいい。血を流してこい。

俺が見張っておいてやる」

 

 

 

 

……

 

 

 

「…さっきの奴ら、なんだったの?」

 

 

水浴びをのそのそと終えて、ゆっくりと布で水気を拭いながらクシーが疑問を口にする。一度殺されたのだ。それくらいの質問をする理由はあるだろうと思い。

 

 

「俺の命を狙っていたのだろう。

よくある事だ。あまり気にしなくていい」

 

「気にするよ。私、それで殺されたし」

 

「それについては、すまない。

俺の不注意で、貴様を守りきれなかった」

 

「……」

 

 

命を、狙われる。何故か。辺境での殺戮はまだどこにも知られていない。目撃した者は鏖殺した為。

では彼は、この辺境以外で何をしてきたのだろう。あの異常なまでの実力。気味の悪い剣。そして、血色に塗れた鎧。きっと、碌な事では無いのだろう。碌な人間ではないのだろう。

 

 

「…背にいる敵から、まずは殺すべきだった。

その判断のミスは俺の落ち度だ。申し訳ない」

 

 

そう思うクシーに、ぼそりとイドが語りかける。

今は覆面を外し、また鎧を付け直している。

 

 

「…別に。そもそも守る必要なんて無かったのに。どうせ私は死なないんだから」

 

 

「何を言う。死なずとも、死ぬほどの苦痛を受けるのは嫌だろう」

 

 

「…それは、たしかにそうだけど」

 

 

…碌な人間ではないのだろう。それは今までの旅からもわかる。で、あるのに。こうした事を言われると、少し分からなくなる。この男は、一体なんなのだろうか。

 

 

そうした少女を見てどう思ったか、イドはそれを見て迷い、ううんと唸ってから、一念発起したように左の手の籠手を外す。籠手を外したその手は、初めて感じるように柔らかく、そして冷たい手だった。相変わらず、その動作は下手くそで、全く心地よくはなかった。

 

ただ、切り落とされた薬の指が、印象的に思えた。

契約の呪いが爛々と、無い指に輝いていた。

 

 

「…ねえ。大切に思ってるって、本当?」

 

 

「?何のことだ」

 

 

「さっき、私が首を切られる前。

私を大切に思ってるって言ってた」

 

 

「…ああ。それは、大切だ。

お前は俺にとって、絶対に必要な存在だからな」

 

 

「そう」

 

「…そっか」

 

 

 

それだけを聞くと、クシーはイドから離れていく。聞きたいことは聞いた、もう十分と言わんばかりに。座り込んだ、また無表情に、無感動のようなまま、ぼーっと宙を眺める。

 

 

 

「…近くにもう敵の気配は無い。

ゆっくりと休むと良い。明日からが正念場だ」

 

「うん」

 

 

そうして、ボロ家での夜が明けていく。

翌日には、また街へ行く。

ならばきっと、野宿は無いぞと安心しながら。

 

 

 

 

……

 

 

全てが寝静まった夜。

羽虫すらもその身を横たえる、二つ月の下で。

 

 

「…我ながら、下手だな」

 

 

騎士が一人、夜空と月を眺めて呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 





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