【完結】血錆の騎士とはじめて愛された竜   作:澱粉麺

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パレード

 

 

 

 

少年に物心というものがついたのは、集団に暴行を受けている、その真っ只中だった。ただその激痛が、無理矢理に物心をつかせたのかもしれない。

 

 

「△□△○□!!!」

 

 

暴行をしている内の一人が、何かを叫んだ。

少年には何を言っているかわからない。

言葉というものを理解できていなかった。

ただきっと、口汚いものだったのだろう。

 

 

自分の名前はなんだったんだろう。親はいるのだろうか。それまで自分はどうやって暮らしていたのだろうか。

わからないが、生きていたという事は、きっとそれまでの自分がなんとかしていたのだろう。もしくは、生き延びる為の営みをしようとしてこのような暴行を受けているのかもしれない。

当然、確かめる方法など無いが。

 

自分がなんなのかということは気になることも、その余裕もなかったし、それを知る方法も無かった。この現況をどうにかする方法すら見つからないようだった。

 

 

蹴られ、殴られ、あちこちが折れ、全身が内出血で紫色になり死にかけている中、その少年は死にたくないとはあまり思わず、ただ、ああそうか、という諦めだけがあった。

命が惜しいとは、そこまで思わなかった。

そこまで考える脳が無かっただけかも、しれない。

 

 

「………おい」

 

 

そんな彼に、声をかける者が居た。

気が付けば周囲に、先ほどまで殴ってきていた男たちは居ない。その男の身体についた血からするに、その男が追い払ったようだった。

 

白い金属鎧を顔まで身に纏い、錆びた短槍を持つ男。その表情には何の感情も無く、ただ、失われる目の前の命にもそれが当然と言うように見つめていた。無表情のまま、氷の様な目を向けながら。

 

ただ、兜にくぐもった声で『そいつ』は一言問うた。

 

 

 

「お前、死にたくないか」

 

 

生きる、死ぬ。言葉もわからぬ筈の幼児は、不思議とその言葉の意味は、それだけの意味はわかった。

 

だからこそ、少年は首を横に振った。

死にたいと言うわけではない。ただ別に、死んでも良かった。

 

 

それを見た途端、男はため息を吐き、瞬間少年を担ぎ上げた。何処に連れて行かれるのかもわからず、何をするつもりかもわからない。

 

ただ死にかけを連れて行くとは思えないほどの、乱雑な担ぎの衝撃が折れた肋を肉に刺す。

少年はその激痛で意識を無くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

意識を取り戻させたのは、それを上回る更なる激痛。

それよりももっと、もっと鮮烈な痛み。肉が生え、骨が伸びていく、再生の痛み。成長の痛み。

 

目覚めた少年は、開き切った瞳孔で周りと、自らを見る。ちかちかとする視界の中に血だらけの器具が幾つも置かれた解剖場じみた周囲と、そしてまた、自分では無い自分が目に映った。

己が持っていた筈の小さな手足はただすらりと細長い大人のものになり、その感覚があることも、ただ痛みにより知らされる。

 

 

 

「……○□△□△□」

 

「△□」

 

 

処置をする者の一人が助手らしき者に何かを命じ、腕に何かを打ち込まれる。すると痛みは鈍麻感に掠れ意識すら飛ぶ。

が、瞬間にまた激痛が走り覚醒する。覚醒の後に眠気が遅い、そしてまた激痛が覚醒を促す。それが、何度も何度も何度も、何度も繰り返された。

 

ただ地獄のような空間を、元、少年は俯瞰的に眺めていた。ここで死ぬならそれでもいい。死なないなら、どうなるのか。

それだけをぼんやりと考えて。

 

 

…後から聞いて。彼に打ち込まれたものは、トレントやフェアリーなどの怪物から『絞り出し』た成長賦活剤。

それともう一つ、何かから抽出したものによると知った。

 

少年の身体は、成長を余儀なくされる。

 

まず、その成長賦活剤は、身体年齢を急激に老わせる。確かな年齢はわからないが、ここに担ぎ込まれた時には恐らくは3歳程度だった少年。

それがその日、痛みが引いた時には。悠に10年は成長した姿に変化させていた。不可逆の、戻らない変化。

 

 

 

 

「驚いたな。まさか本当に施術が成功するとは」

 

「あいつの審美眼は確かだったって事ですかね。

急に連れて来た時は何かと思いましたが」

 

 

「何にせよ報告だ。

新しい騎士団のメンバーだ。こいつは何番だ?」

 

「ハイ、ええと…

こいつで…百と、何番だっけな」

 

 

 

変化がもう一つ。

少年には、言葉がわかるようになっていた。

それは無理矢理歳を得させられた彼の脳が、言語を理解できるまでに成長を遂げたのか。はたまた、それを理解できるようになるようにしたものを彼が注射されて変わってしまったのか。

ただ少なくとも、目の前で会話をする血だらけの白衣の者たちの会話は、今の元少年には理解できていた。

 

 

そして、最後に、もう一つ。

その『何か』から抽出されたエキスは、彼の身体能力を著しく向上させたのだということ。同時に、彼は、それまでとは違う生き物になってしまった。少年は、そう自覚した。幼児の全能感による自惚れでも無ければ、助かった事による絶頂感による勘違いでも無い。

 

人以外の力が、身体に蠢く不快感。

それに、初めて元少年は嘔吐感を覚えた。

 

 

 

「ぉ、れ、は」

 

 

喉が痙攣し、張り付き、喉彦が震えずにそのまま咳き込み血を吐く。自分が言葉を放った事にも、驚いていた。

自分は何になったのだ。何故、ここにいる。

 

 

おれは、だれなの。

 

 

そう、聞いた。

すると白衣の男は此方を見て、彼に言う。

腐肉にたかる蛆を見るようなそんな目で。

 

 

 

「お前の名前は、110番だ」

 

 

 

ただ、一言だけそう言われた。

それまでの過去は必要無い。

今日からの番号が全てであり、その番号以外の情報の全てが必要無い。そう、言うような一言だった。

 

そしてその一言にも。

元少年は、ああ、そうなのか。と。

ただ、それだけ思った。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

レムレス計画。

 

 

不死の生き物を殺す方法は、唯一。

ただ、共喰い、のみ。

故に人には不死者は殺せない。

世界の法則を侵さんとした猛毒のような計画だった。

 

不死を殺し、護国の鬼と成り。

鎮魂と浄化を司る騎士と成るべし。

そうして作られた不死の生き物との混合生命体。

 

しかし、最初の計画である、『不死者と人間の混血児』はただの数体しか実用性を帯びることしか無かった。中には暴走を起こし甚大な被害を及ぼしかけた者すら居たのだと言う。

 

故に80番台以降はリスクを下げる為に、先天的な混ぜ物にするでなく、後天的に不死のエキスと肉片を混ぜ、同化させることによる人体改造を主としていた。

少年はそんな計画の110番目の実験台。

それに選ばれたのだった。

 

 

レムレス鎮魂騎士団などという、名だけ取り繕った、おぞましい実験動物の集まり。少年はそれの一因になるべく、『あの男』に連れ去られたのだという。

 

 

そのような説明を、先の白衣の男から説明を受けた。だが110番にはその言葉の1割も理解できなかった。

言葉を理解できるようにはなったとはいえ、彼の脳に蓄積されている知識量はただ、幼児のままなのだから。

 

 

─要は、大義名分を得ただけの、イかれた計画さ。

運が無かったな、お前。

 

男は、そう嘲りながら笑っていた。

 

 

そんな風に何もかもわからないまま鎧と武器を渡される。今や彼の身の丈に似合わない小さな剣と、重すぎる白い金属鎧。

剣の先は二又に別れ、音叉のようになっていた。

 

なんとかそれらを着込み、幾度か転びながらも更に歩かされる。

余りにも慣れない手足の長さに、ただ歩くことすら110番には困難だったが、それでもただ命じられるままに歩いた。不平不満を言ったとしても、どうせ何も変わらないのだから。

 

 

「お前はそこに居ろ。

必要な物は後で送ってるよ」

 

 

そして、蹴り出されるように一つの部屋に押し込まれた。白衣の男は振り返る事もなくそのまま何処かへと去っていく。

 

そこは埃と古びたカビの匂いが充満する豚小屋のような部屋だった。ただ乱雑に寝台が5つ置かれた部屋。

椅子と机がそれぞれ一対置かれてはいるものの、それもまた今にも壊れそうなほど軋んだ木製だった。

 

 

 

そしてその部屋には、一人だけ。

先客がいた。

 

それは、あの時の男。死にかけた少年を担ぎ、更なる地獄に連れ込んだ『あの男』。あの時には兜を被り顔など見えなかったが、不思議と110番にはそいつがそうだと直ぐに分かった。

 

くるりと巻き毛の白い髪に、金色の眼。

白い金属鎧を脱ぎ、しかし短槍を手入れしているその姿には何の感情も、表情も。人らしさも無い。否、生き物らしさすら。

 

ただ、そこにある。

どちらかといえばモノや、植物に近い。

そんな気配の、男。

 

 

「生き延びたな」

 

 

男は、ただ此方を一瞥もしないままぼそりと呟く。

元少年は、反射的に背を正した。

 

 

「……」

 

 

「生きてたくないって眼をした奴程、死ねないものだ。ちょうど俺みたいにな」

 

 

ずいと、此方の眼をにじり見て、ジョークのような、罵倒のような言葉を投げかけながら、しかしその顔には何の表情も感慨も何も感じられない。ただ、言った。そんなものだった。

 

 

 

「…ぁ、お、ま…」

 

 

「何だ」

 

 

「お、まえ、だれ」

 

 

聾唖のような声を、精一杯に出す。すると男は暫くそれを咀嚼するように顎をさすり、そうしてから口を開いた。

 

 

「俺か。俺は───」

 

 

 

 

「たっだいまー!」

 

 

 

言葉を妨害したのは、耳をつんざく声。

扉が乱雑に開かれる音と甲高いその声は成長したばかりの110番にはあまりにもうるさかった。

 

 

 

「いやー疲れたぁ!こんなのアタシ一人に任せるなってーの!ニコだってついて来てくれてもいいじゃない!?ゴイも、あのオーガ野郎別の仕事だって付き合ってくんないし!

…って、あ、あああ!誰!誰キミ!?ん、いや分かった!そっかそっか!キミがニコが連れ帰ってきたって期待の新人?わっかいなー!ニコ、あんた無理やり誘拐してきたんじゃないよねえ?」

 

 

 

バケツの水を、ひっくり返したよう。

そんな情景が浮かぶような言葉の濁流が狭苦しい部屋を埋め尽くした。名乗ろうとした男は顎をさすっていたその手をそのままこめかみに置き、眼を瞑った。

 

 

 

「…そんな事はしない。

路地裏で死にかけてたから拾ってきただけだ」

 

 

「え、アンタが人助け?はーっ、めずらし!

明日は棍棒でも降るかもね!」

 

 

「いい加減静かにしてくれ。頭が痛い」

 

 

「に、こ?」

 

 

 

110番が、飛び込んできた女性に聞く。

にこ、とは誰のことなのだろう。

それがこの目の前の男。

自分を助けた、この男の名前なのかと。

 

そうして女性を改めて見やる。

肩に掛かるか掛からないくらいの髪をばさりと流した、純朴で混じり気の無い顔をしていた。その髪色は男同様に白髪。

顔付きはまだ少女のよう。甲高い声と黄色い目が恐ろしげだったが、まばらに残るそばかすと垂れ目気味な目尻が、その雰囲気を和らげていた。

 

 

 

「ク、アハハ!興味津々かな?

25番、とかの番号名だけじゃ味気ないでしょ?だから私が勝手に呼んでるのよ。25番。ニ、コって!」

 

 

 

「にじゅ、ご」

 

 

「……そこの馬鹿に遮られてしまったが。

25番だ。別に覚えなくてもいい」

 

 

25番。そう名乗った男は、ただ一言だけ言うとそのままむっつりと黙り込み、また手入れを始めた。整っている顔立ちには、相変わらず何の表情も無い。

 

 

 

「ね、新入りクン。キミは何番?なんか白い服着たやつになんか言われたでしょ?覚えてる?武器は何?鎧はどれ?あんたに施術したのフロイかな?なんかそんな気するなー、あいつお人好しだし」

 

 

「ぁ、う、あ」

 

 

「やめてやれ。

110番はまだまともに喋れない」

 

「あっそうなの?

にしても110番…110番か?ふーん、それじゃ…」

 

 

 

「ん?そいつァ、誰だ?」

 

 

そしてまた、部屋に一人が入ってくる。

それは、巨大な男だった。

25番を名乗る男よりも、110番よりも、目の前の女性よりも一回り大きく、太く、暑苦しい男だった。筋骨隆々なその体積は部屋をそれだけで狭苦しくするような、そんな男。短く切り揃えられた髪の色は、彼もまたニコ同様に白く、眼の色も同様に黄色い。

 

 

 

「あ、ゴイお疲れー!

この子は新しく入った子だよ!前のハクはすぐ死んじゃったし、この子は長く居てくれたらいいなー」

 

「応!新人か!こいつはまた貧弱そうだなァ!

こりゃ、色々と教え甲斐がありそうだ!」

 

 

バン、と大音声と共にゴイと呼ばれたその筋骨隆々の男が110番の背を思い切りぶち叩いた。その衝撃に、思わず咳き込む。

 

 

「死んだ89番の代わりだ。

51番、110番に色々教えてやってくれ」

 

 

「ああニコ。俺に任しときな!

ただ、まずはちゃんと鍛えるとこからだ!

お前ン身体は細すぎらァな!」

 

 

 

もう一度ばしりと背を叩かれ、咳き込み、状況を飲み込めないままに周囲を伺う少年。その様子に気付いた女性が、笑いながら声をかける。

にったりと笑う、いたずら好きのニンフのような顔。

 

 

 

「話が途中だったね、ごめんごめん。

それに今来たこいつもわかんないよねー」

 

「まず、このでっかい筋肉ダルマはゴイ!

こんな見た目してアタシらの中でいっちばん頭いいし教えるのも上手だから、大体こいつが教えてくれるよ!」

 

 

「…ん、で!中断されてた話の続き!

キミは110番って言ってたよね?」

 

 

 

「じゃあキミの名前は、『イド』だ!」

 

「1でイ、10でト。

んで、イトだとカッコ悪いからイド!

うんうん、それが良い!しっくり来る!

今日から宜しくネ、イド!」

 

 

 

差し出された手が何を意味するか分からず、イドと名付けられた少年は立ち呆けていたところを、女性は無理矢理に掴んで握手をして、ぶんぶんと振り回した。

そして、そうしてから不満げな顔に変わる。

 

 

 

「うーん…なんかキミ、全然笑わないなあ」

 

 

「…わらい…」

 

 

「そうそ!ほらこうやって、笑って!

クク、ハハ!アハハハ!」

 

「やめろ、110番に変な笑い方がうつる」

 

「いいじゃん別に!笑えないよりはいいでしょ!」

 

 

 

横で、何やら鍛錬の内容を考え出した、ゴイと紹介された男。

無感情のまま、無表情のまま話を続ける、ニコという男。

 

そして、けらけらと笑い続ける目の前の……

 

 

 

「…にこ、ごい…」

 

「え、と」

 

 

「…ん?あー!そっか!

ごめんごめん、イド!

肝心のアタシが名前言ってなかったや!」

 

 

 

「私は、77番。ナナって呼んでね?」

 

 

 

…レムレス鎮魂騎士団唯一の女性、77番。

太陽のように笑う、そんな彼女。

 

 

 

ただ死するべき少年が拾い上げられ、入り込んだ先。

それは、そんな、奇人と変人のパレードだった。

 

 

 

 






恐怖のパレードが来る
君の名の元に
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