【完結】血錆の騎士とはじめて愛された竜   作:澱粉麺

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手を繋ぐ事の意

 

 

 

 

 

目を覚ます。睡眠からの覚醒は、そのまま彼女に憂鬱な気持ちと周囲の情報を伝える。

 

首を動かし、更なる確認。

イドは居ない。どこか見張りでもしているのだろうか。

 

 

少女、クシーが寝床から静かに立ち上がる。すると、血の代わりに鉛が身体中に詰められたかのような重さが身体が消えている事に気付く。疲労がすっかりと取れたのだろう。

 

その、少しの解放感からくる気持ちで、近くにあった窓から空を見やる。風と共に吹き入る匂いは、緑の香り。

そしてまた、そこから見える景色。

それは竜が予想だにしないものだった。

 

 

圧巻。

そこから見えるものは、ひたすらに大きな樹。その幹は地平線のごとく。その高さは落雷のように、天から下るがごとく。

世界に繋がり、世界から生えていると形容できるようなそれは、ただ人としての感性のみでなく、竜の目から見て、威容に圧倒されて開口をしてしまうようなものだった。

その威容からは予想出来ないような小さな葉がひらりと室内に舞い込む。葉は手に触れると、粒子になって消え失せた。

 

 

 

「おや、目が覚めたかい?」

 

 

そんな声が、樹木を眺めるクシーの背に掛けられた。知らない声ではあったが、敵意は感じなかった。

さばさばとした、人間の女性の声。そちらを見ると、そばかすが目に付く快活そうな女性が居る。年頃はまだ、二十前半だろうか。

 

 

「だれ」

 

 

「おや、随分な挨拶だね。私はアンタの命の恩人だよ?」

 

 

命の恩人。そう聞き陰鬱な笑みが漏れる。

これで死ねるなら、苦労はしないのに。

もし命の恩人なら、私は貴女を恨むだろうに。

 

その笑みをどう受け取ったかにっこりと笑うと、その女性はクシーに近付き、どっと背中に手を当てて話し始める。

 

 

「元気になったみたいで何よりさね。

あたしはセーレ。この宿屋の支配人さ。亡くなったおとっちゃんに代わってあたしが切り盛りしてんのさ」

 

 

「…そう」

 

 

「いや、驚いたよ。イドの旦那が血相を変えてアンタみたいなちっちゃい子をだっこして連れてきてんだ。大事にしてんのは伝わったけど…いやてっきり、手酷い誘拐か何かを疑ったモンだよ、アハハ!」

 

 

 

きんきんと、寝起きの耳に響き痛くなるような大声と、聞いてもない事を捲し立てる様子を聞きながら、クシーは嫌いだとか好きだとかをまず置いておいて、この人間を『苦手』だと思った。

 

 

「で、実際のところどうなのさ?

アンタがほんとにどこぞのお姫様で連れ去られたってんなら旦那の頭ぶっ叩いて財布毟ってから騎士団に突き出すとこだけど」

 

 

「違う。私は、私の意思で彼についていってる」

 

 

「おや、ほんとかい?言わされてないかい?

脅されてるってんなら無理はしなくていいんだよ?」

 

 

「……変なことばかり吹き込むのはやめろ、セーレ。

貴様は俺のことを何だと思ってる」

 

 

声が聞こえてきたのは、扉の方。

先ほどまで閉められていた扉は開け放たれ、そこには血錆でぼろぼろになった鎧を着込んだ男が立っていた。

 

 

「…イド!」

 

 

さっと、男の後ろに隠れるように歩くクシー。それを見て、セーレは嫌われちゃったかい、と肩をすくめた。

 

 

 

「薪割りと水運び、餌やりは終えたかい?何か知らんが文無しってんだから、それくらいは働きなよ」

 

 

「全て終えてきた。昨日にも言ったが金が無いのは、来る途中に重荷になる荷物は全て捨ててきた故だ」

 

 

「何か知らんが、ってのはどんな事情があろうが、文無しなのは変わりないってことよ。ほら、嬢ちゃんにも働かせるなんてことはしないから、その分旦那に働いてもらうよ。次は買い出し」

 

 

「わかっている。

その分、クシーの面倒は見ておいてくれ。

また倒れられてしまったら敵わん」

 

 

次にやるべき指令を下された騎士はそのままぎい、と錆びついた蝶番の音を立てながらまたどこかへと歩いていく。

それを呆然と眺めながら、クシーは立っていた。

隠れる者が無くなり、いまいち落ち着かなそうに。

 

 

「いやー、旦那が来てくれて助かった。テキパキと弟たちの100人分くらいの働きしてくれるからねあん人は」

 

 

「セーレ」

 

 

独り言ちるその背中に名前を呼ばれ、きょとんとしたように振り返る。その目に少しだけ戸惑いながら、竜は質問をした。

 

 

 

「何よ嬢ちゃん?そういやアンタの名前は?」

 

 

「…クシー。貴女はその…イドを、知ってるの?」

 

 

「ん、ぜーんぜん。いつも急に来て、急に泥のように休んで、急に居なくなってくからね。旦那の事はさっぱりよ!」

 

 

そういうことではない。

いいや、そういうことでもあったけれど、クシーが聞きたいことはもっともっとシンプルで、根本的な事だった。

 

彼と、顔見知りなのかと。

そう聴くとセーレはまた快活に、豪快に笑った。

 

 

「あぁ、確か2年前くらいかな?血塗れでぶっ倒れてたとこをアタシが拾ったの。本当はちょっとでも金目の物があったらくらいの気持ちだったんだけどねぇ。まさか生き延びるなんて」

 

 

「血塗れで?」

 

 

「あれ、アンタ聞いてないの?

てっきりそれらは知ってるのかと思ってたけど」

 

 

血塗れで倒れていた。彼程の者が?こうまで強くなる前の出来事か、はたまた彼をこそそこまで追い詰める程の者が居たという事か。後者ならそれが彼の復讐の相手なのだろうか?あの、一度遭った男の、ニコの仕業だったのだろうか?

 

まだ、何か聞けそうだともう一度口を開けようとした。

瞬間。

 

 

「セーレ。荷車は何処だ。前にあった場所に無い」

 

 

「ん?…ごめん馬屋の横に退けたんだった。

悪いけど取りにいってくんないかな」

 

 

「ああ。…何か話していたのか?」

 

 

「いんや、特に何も。なあ嬢ちゃん?」

 

 

「あ…うん」

 

 

戻ってきたイドにより、会話は途切れざるを得なかった。色々なことはまた次に聞くしかなさそうだ。いっそこの場で聞けばいいのかもしれないとも思ったが、どうしてもそれをしようとすると怖く、身体が凍り付くようだった。

 

そんな、騎士の顔を見て何かを言いたげに、それでいて言いにくそうに口をつぐみもぞもぞとしている様子を見て、女支配人は一人、早合点をして手をぽんと叩き、そして急に言った。

 

 

「そうだ、クシー!

あんた、イドの旦那について行っておくれよ。

買い出しの荷物持ちはどれくらい居てもいいからさ」

 

 

「…おい、セーレ」

 

 

「ハイハイ、文句は言わせないよ。

旦那はあくまでタダ飯食らってる立場なんだから」

 

 

「……」

 

 

重々しい沈黙が一瞬場を包んだ。だがそれは本当に一瞬で、すぐ後に、ゆっくりとした溜息がそれを破った。

 

 

「…仕方あるまい。着いてきてくれ、クシー」

 

 

「う…うん」

 

 

二人で古びた扉を後にするその時。密かにセーレがクシーに向けてウインクをしていた。それを見て、クシーはうんざりとするような気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「あの木は、俗に『世界樹』などと言われてる」

 

 

「世界樹?でも、あれはとっくに枯れて…」

 

 

「俗に、と言ったろう。

この街の人々がそう通称しているだけだ」

 

 

荷車を引き歩きながら、イドが竜に話す。

あの巨大な木はなんであるか、この街は何なのかという説明がまだだったと切り出してのものだった。実際、気になっていたことではあったので、クシーにとっても有り難くあった。

 

 

 

「だがまあ、偽物とはいえあの木は大したものだ。よほどの魔物以外は寄り付かない上に、あの葉は軽めの傷程度なら癒やしてくれるのだ。本当に、軽いものに限るがな」

 

 

「ふうん。魔物は、そのキズを治す成分が嫌いなのかな」

 

 

「それについてはこの世界の誰も解らん。…そしてだからこそ、この村の樹を利用しようという王都の者も少ないのだ」

 

 

「よく解らないものは使いたくないってこと?」

 

 

「その通り。下らないと思うかもしれないが…俗人とは未知なものを忌み嫌う。ヒトは、思いのままに支配できるものが好きなのだ」

 

 

「ふうん、そう。…あれ?じゃあ、以前あった葉っぱは、なんでああなるかとかは分かってるの?」

 

 

「ああ、あれは分かっているものらしい。

ただ説明を求めるな。俺もよくは知らん」

 

 

「ふふ。イドも知らない事もあるんだね」

 

 

「当然だろう。

残念ながら俺はそこまで博学では無いからな」

 

 

 

がらがらと、壊れかけた荷台が市場を歩く音が響く。

その合間に話し声と、売り出す商人の声が聞こえる。

 

なるほど、確かにこの街は貧しいながら栄えている。

魔物が来ないという、安心と安全がここまで穏やかなる雰囲気を作り出しているのだろう。それはこれまで見てきたような歪なものでもなければ、戦争の騒乱でもなく、快楽にふける狂った情熱でも無い。

 

クシーは初めてこの街で、人々の営みを見た気がした。

 

 

 

「何か言いたいことがありそうだな」

 

 

 

沈黙が続いた中に、イドがそう呟いた。少女の目をじっくりと眺めながら、足を少しだけ止めて。その狂気を纏い、それでいて伶俐な眼に、背中が冷たくなる。

ただそれに、何かよく解らない高揚を感じながら、言う。

 

 

 

「……うん。正直、意外だった」

 

 

「そうか。どれがだ?」

 

 

「どれも、かな。

この街のそのものについても、セーレについても。

あそこを『信頼のおける場所』って言っていた事も」

 

 

「ふむ。そうか」

 

 

「うん。私は、イドは目に映る全てが憎くて、何もかもを壊さないと気が済まないんだと思ってた。だから、ちゃんと話す人がいたり、知っていて、それが生きている事に、ちょっと驚いた」

 

 

「ふむ。失望したか?

綺麗だと思った者が、こんな半端者だと知って」

 

 

「!…ううん。そういうわけじゃない。

ただ、本当に意外だっただけ。

だから、貴方に思った感覚に訂正はないよ」

 

 

「………そうか」

 

 

暫くの間の後に呟くイド。

その姿は何故だか、少しだけ残念そうに見えた。

 

 

「いつかこの街も壊すの?

これまでの所みたいに、殺して壊す?」

 

 

「さあ。そうかもしれないな」

 

 

「……今のははぐらかされたみたいで、嫌。」

 

 

「…すまん。

なら言おう。ここにはまだ、利用価値がある。

だからすぐにはやらない。これでいいか?」

 

 

「うん」

 

 

「だが俺は──」

 

 

 

 

「あーっ!イドだ!イドみっけ!」

 

 

今度に言葉を遮ったものは、セーレの豪快で快活な声でもなく、人攫いの陰気な声でも無い。

ただ無垢で元気な、少年たちの遊ぶ声だった。

 

 

 

「あ、ほんとだイドだ!」

「うわ久しぶりじゃん!あれ?その子誰?」

「ねえねえイドこいつ誰?ひょっとしてイドの娘?」

「ねえイドー!イド無視すんなよ!」

 

 

「………」

 

 

4人ほどの快活な、畳み掛けるような声を受けてただ、げんなりと頭を抱えるイド。これほど困っている様子は初めて見たかもしれないと、ぼんやりとクシーは思った。

 

 

そして、子どもたちの中の一人。

恐らくはその中のボスだろうか。

それが、クシーの腕をひしりと掴んだ。

 

 

 

「ねえきみ、名前なに?」

 

 

「え…?く、クシー…」

 

 

「クシー!僕、ダンティ!一緒に遊ぼうぜ!特別に秘密基地に連れてってやるからさ!」

「え、ダンティ本気?」

「でも確かに楽しそうじゃん!賛成!」

「新しい仲間じゃん!やった!俺プレゼント作る!」

 

 

 

目まぐるしく動く状況についていけず、ただ助けを求めるようにクシーは騎士を見る。おろおろとしたそれを見て、これほどまでに困っている様子は初めて見たかもしれないとイドは思った。

 

 

「………こいつらはセーレの弟達だ。

元気を持て余しすぎて、いつもこうしている」

 

 

「なるほど…」

 

 

「ああ。

…ふむ、せっかくだ、秘密基地に連れていってもらったらどうだ」

 

 

「え…嫌」

 

 

「はは、そう言うな。

せっかく、初めて人里でマシな場所に来たのだ。色々と見ておいた方がいい。もし何かがあったら薬指で俺を呼べばいい」

 

 

「え…えー…」

 

 

結局、頼みの綱にしていたイドもすら助けてくれず、ただぐいぐいと引っ張られる腕に身体毎持っていかれる。引き摺られるように、クシーはその少年たちの秘密基地に連れ去られていってしまう。

 

それを愉快そうに笑いながら荷車を引き歩いて行っていたイドの姿を横目で睨み、初めて彼を恨めしく思った。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「それじゃ新しいメンバーの入団にかんぱーい!」

「ぱーい!」

「いぇーい!」

「ぎゃ、こぼしちゃった!」

 

 

自分を置き盛り上がる少年たちを眺めて、クシーはただ呆然としていた。何をしたら良いものか、なんなのかよくわからないまま。

そうか、彼らは私がここの一員になる事を望んでいたのか。ならばしかし、残念ながらそれは出来ない事だ。

そう思い、ぽつりと言う。

 

 

「…私、すぐにこの街を出るから。

ここの一員になることなんて出来ないよ」

 

 

「いいんだよ、そんなこと!」

「どーでもいいよそんなこと!」

「離れてたって仲間だもん」

「そうそう、俺たちいつだって仲間な!」

 

 

…言えば、そのまま終わるだろうと思っていた一言に、次々に反論をされて、それこそまたクシーは何をしたらいいかわからず呆然としてしまった。彼らの思う仲間とは思ったよりも深いものだったらしい。

 

 

「な、だから遊ぼうぜクシー!

ほら、色々持ってるんだ!俺のコマ使っていいから!」

「あ、ずりい!なら俺にもくれよー!」

「僕らもまだ1つしか持ってないんだぞ!」

 

 

…少しの間だけ。

彼らに、ほんの少し付き合ってやるだけ。

そう、自分に言い聞かせて。

クシーは彼らと共に遊ぶことにした。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「!クシーやっと笑った!

ほらほらみんな!クシー笑ったよ!」

 

 

「……笑った?」

 

 

「えー、ほんとかよ!」

「俺たち見てなかったし勘違いじゃね?」

「ほんとなら僕も見たかったー」

「本当だって!マジで見たの!」

 

 

「……笑った、のかな」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

気が付けば、外はすっかりと陽が落ちて。松明と月の光以外は全て夜闇に沈む、そんな直前の薄暮の状態に世界は様変わりしていた。

それを見て、時の流れは早いと嘆く子ども達。

 

クシーは嘆きはしなかった。

ただそれでも、少し残念に思えた。

 

残念。笑う。

そうか。

竜はここで初めて気が付く。

自分がどうしようもなく人間化している事に。

それらの感情を抱く事も、それについて回想する事も、竜のままであるならば二度と無かった。竜体は、そのそれこそが完全であり、過去も、他者も、鑑みる必要などは無いのだから。

 

感情が人のものになっていく。

それが、恐ろしい事と言っていたのはイドだったか。

 

それは、私にとってどういう意味を持つのだろう。

 

 

 

ぼーっと、考え込む少女をそれを目敏く見つけ、ダンティはまたコソコソと、クシーの耳元に口を寄せる。

小さな声で、囁くようにこう言った。

 

 

「なあなあ、姉ちゃんにはナイショにしといてくれよ…明日の夜、俺ら秘密基地に集まろうって話してるんだ」

 

 

「…そう、なの?」

 

 

「ああ!クシーもよかったら来いよ!」

 

 

「…少しだけ、考えておく」

 

 

「お、言ったな!じゃ、待ってるからな!」

 

 

「………うん」

 

 

 

 

そうして子どもは皆宿に戻って行く。

約束に心を、少しだけ躍らせて。

子どもしか知らない秘密の場所に、秘密の約束がある。その事実に、ただ心を楽しませて。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

ああ、そうだ。この時まで、竜は。

この、哀れな子どもの竜は知らなかった。

 

手を繋ぐということの意味を、知らなかったのだ。

 

手を繋ぐとは。

繋いだ相手が死した時。

それに心も身体も、牽引されるを意味する。

 

繋がりとは素晴らしきもの。

だがしかし、そしてまた。

切れた時に、心から肉を剥ぎ血を流すのだと。

 

 

 

ただそれは痛みを伴ってのみ知る事が出来る。

 

 

 

 

 

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