恋するウマ娘   作:とむじん

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キタスイはトレセンのマジック・フェスティバル


恋するスイープトウショウ

ーー最近、気になる娘がいる。

 

いつも元気いっぱいで、感情豊かなウマ娘。

肩まで伸ばしたボリュームのある髪を赤紐でツーサイドアップにまとめ、額の流星は黒髪の艶やかさを引き立てていて。

赤い瞳をキラキラと輝かせ、困っている人を見ると真っ先に手を差し伸べる優しい子。

 

 

キタサンブラック。

 

 

いつからか、気付くと目で追ってしまっていて。

いつも、彼女の姿が消えるまで足を止めてしまうのだ。

 

 

★☆★

 

 

最初に出会ったのはいつだっただろう。

 

アタシがトレセン学園の校舎裏でいつものように魔法の練習をしていた時、校舎の壁面を走る風によって被っていた帽子を飛ばされてしまい、慌てて追い掛けるも帽子は高く舞い上がり、木の上に引っ掛かってしまったのだ。

校舎から離れており、周囲に人もいない。梯子を持ってきたらよかったのかもしれないが、祖母から貰った大切な帽子だ。また風で飛ばされて、見失ってしまうことが怖かった。

 

意を決して、アタシは木を登ることにした。けれど、木を登るなんて経験はない。ウマ娘だから枝を掴むことは問題ないが、自分の体を支えられる枝を見分けることは出来なかった。

だからだろう。2mほど登り、次の枝を掴んで体重をかけた瞬間、掴んだ枝が軽い音を立てて根本からポキンと折れてしまった。

 

体に感じる浮遊感。目の前に見えていた帽子がゆっくりと離れていき、慌てて手を伸ばすも木に触れることすら出来ず、体が後ろに倒れていく。

迫る地面に、次の瞬間に感じるであろう衝撃や痛みを予感して、体は硬直し、視界が涙で歪む。

 

(ーーぁ)

「ーーぁぶないっ!!」

 

ぎゅっと目をつむり、体を丸めて痛みに備える。けれど、いつまで待っても背中に衝撃が走る様子がない。

ゆっくりと目を開いて周囲を見ると、いつの間にか地面の上に座り込んでいた。

 

「ぃたた……」

 

いや、なんだか地面が柔らかい。というより、下から声が聞こえたような。

視線を下に向けると、アタシの下敷きになるように一人のウマ娘が地面に伏していた。どうやら、彼女がアタシを助けてくれたらしい。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

「ぁ、ご、ごめん!」

 

弱々しい声に、アタシは慌てて彼女の背中から降りる。彼女はゆっくりと体を起こすと、制服に付いた土や草を手で払い、アタシに手を差し伸べた。

 

「怪我とか、痛いところとかないですか?」

「あ、ありがとう、助けてくれて。怪我はないわ」

 

彼女の手を取り、立ち上がる。アタシの下敷きになった彼女の方が痛みがあるはずなのに、お人好しなウマ娘だ。

 

「って、アンタの方が怪我してるじゃない!」

 

良く見ると、彼女の膝から血が流れていた。頭から突っ込んだ影響か頬にもすり傷が出来ており、うっすらと赤くなっている。

大きな声を出したアタシの反応に彼女はにっこりと笑って。

 

「大したことないですよ。それより、あの帽子を取ろうとしたんですよね? 少し待っていてください!」

「ちょっとーー」

 

アタシの制止も聞かず、するすると木を登り始めてしまった。

慣れているのか、アタシが苦労した場所も難なく登り、ついには帽子を手に取って、ひょいっと地面に飛び降りた。

帽子についた葉っぱを叩いて落とすと、私に向かって差し出してくる。

 

「はい、どうぞ」

「あ、りがとう……」

 

その時に浮かべた彼女の笑顔に、私は何も言えなくなってしまった。痛いはずなのに、それをおくびにも出さず、相手を安心させるように浮かべた輝く笑顔に、思わず見とれてーー。

 

「それじゃあ、あたしはこれでーー」

「って待ちなさい! 怪我してるんだから、保健室!」

 

どこかに行こうと踵を返す彼女の服を掴んで、止めた。

ウマ娘の宝である足に怪我をしているのに、いったいどこへ行こうと言うのか。

 

「え、ちょーー」

 

無理矢理引きずって……いや、足に負担がかかるか……。アタシは彼女を抱き上げると、そのまま保健室へと駆け出した。

 

 

ーーこれが、アタシとキタサンの出会いだった。

 

 

★☆★

 

 

「あの、このくらいの怪我、大丈夫なんで」

「あのねぇ、アンタもウマ娘なら自分の足は大切にしなさいよ。小さな傷でも、悪化してレースを走れなくなることもあるんだから」

「……はい」

 

無事保健室に到着したものの、養護教諭が不在のため、扉に貼ってあった手順に沿って手当てを行っていた。

大した怪我じゃないと言う彼女だったが、アタシの言葉に反論できず、しょんぼりとうなだれてしまっている。

……少し、言いすぎたかもしれない。

 

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね。アタシはスイープトウショウ。アンタの名前は?」

「キタサンブラック、です」

「そう……ごめんねキタサン。アタシを庇ったせいで、怪我をさせてしまって」

「え! いや、あたしが勝手に庇っただけなんで! スイープトウショウさんに謝って貰う必要なんてないですよ!」

 

どうあれ、アタシが不用意に木に登ったことが原因だ。キタサンの膝にガーゼを貼りながら、謝罪をする。

けれど、キタサンは両手をぶんぶんと振りながら、困ったように眉根を寄せた。

 

「でも、アタシが木に登らなければ」

「気にしないでください。あたし、“お助けキタちゃん”ですから! 困っている人がいたら助けるのが、あたしの日課みたいなものですし」

「お助け、キタちゃん……ふふ」

 

右腕の力こぶに左手を添えるキタサンの口から出てきたなんとも不思議なワードに、思わず口元が笑顔になっていた。

ついさっき会ったばかりのアタシでも分かるくらいにお人好しなウマ娘だ。きっと、皆を笑顔にしたくて“お助けキタちゃん”なる運動をしているんだろう。その気持ちは、私にも分かる。

 

「なら……助けてくれてありがとね、キタサン」

「いえ! スイープトウショウさんこそ怪我が無くてよかったです」

「スイープでいいわよ。それじゃ、次は顔を出して」

 

膝の手当ては問題なく終わった。見た目ほど大きな怪我ではなかったようで、範囲こそ広いものの、ガーゼを貼っておけば数日中に完治するだろう。

次は、頬の怪我だ。顔の傷、特に女の子の顔に傷が残るのは致命的だ。血も出ていない程度の浅い傷だけど、痕が残らないようにしなければ。

 

「あ、あの~……」

「ほら、さっさと顔を出しなさい」

「う、うぅ……」

 

顔に触れられることが恥ずかしいのか、アタシがキタサンの顎に手を触れて傷付いた頬を覗き込むと、顔を真っ赤にして固まってしまった。

動かないなら都合が良い。消毒液で軽く頬を消毒し、絆創膏をぺたりと貼り付ける。幸い、あまり大きな傷でもなかったため、ガーゼを貼る必要はなかった。顔にガーゼは流石に目立ち過ぎる。

 

「キタサン、終わったわよ」

「あ、ありがとうございます、スイープさん」

 

頬を赤く染め、貼り付けた絆創膏を指でさするキタサン。絆創膏越しで、浅いとはいえ傷口に触れたことで、キタサンは痛みを感じて反射的に手を離した。

 

「あいたっ」

「おばか。傷口を触ったら痛いに決まってるでしょ。ほら、こっち向いて」

 

キタサンの頬を包むように手で触れ、昔のことを思い出す。転んで、膝を擦りむいて泣きじゃくる幼いアタシに、祖母がしてくれた痛みを無くす魔法。

 

「痛いの痛いの、飛んでいけ~」

 

痛みを取り除くイメージで、頬から手を明後日の方向に向けた。どことなく幼い子をあやすような呪文なのは玉に瑕だ。もっと格好良くできればいいのだけど、まだ見習い魔法使いのアタシにはこれくらいしかできない。

そんなアタシの行動に、きょとんとするキタサン。

 

「今のは……?」

「痛みを無くす魔法よ。どう? 痛くなくなった?」

「え、ぁはい」

「はっきりしないわね……」

 

やっぱり、まだ祖母のようにはいかないか。まだ痛みを感じるのだろう。曖昧な返事をこぼし、キタサンは自身の頬を手で押さえていた。

 

「あの、スイープさんって、魔法使い、なんですか?」

「まだ見習いだけどね」

「そうなんですか……」

「祖母が魔女だったのよ。何もないところから鳩や薔薇を取り出して、いつも皆を笑顔にしていたから」

 

祖母は、アタシの憧れだ。

周りは笑顔で溢れていて、泣いている子供も祖母にかかれば一瞬で輝く笑顔に変わる。そんな祖母にアタシは心から憧れて、祖母のように皆を笑顔にできる魔法使いを目指し始めたのだ。

 

「それって……いえ、お婆さんのこと、大好きなんですね」

「当然! 誰よりも尊敬しているわ!」

 

 

★☆★

 

 

それから、学園のチャイムが鳴ったのでそれぞれの教室に戻った。キタサンとはクラスが違ったし、これまで接点も無かったから、もう暫くは会うことも無いだろう。

だからアタシはいつものように、魔法の練習をするために校舎裏に向かっていた。

その、はずだったのだけど。

 

「スイープさーーーん!!」

 

背後から聞こえた大声に、思わず足を止めて振り返った。

手を大きく振りながら、満面の笑顔を浮かべたキタサンが駆け寄ってくる。

 

「……なんでキタサンがいるの」

「校舎裏に歩いていくスイープさんを見かけたので!」

「答えになってないわよ……」

 

じとーっとした薄目でキタサンを見つめる。キタサンは言葉に詰まったのか両手の指先をもにょもにょと突き合わせながら、視線をそらした。

 

「なによ?」

「えっと……スイープさん、なんだか危なっかしくて、また木から落ちたらどうしようって思って、その」

「そんな頻繁に木に登らないわよ! ……キタサンがアタシをどう見てるかよく分かった」

「あああごめんなさい~!」

 

ふいっと顔をそらすと、面白いように取り乱すキタサン。別に大して怒っている訳ではないれけど、ここまで取り乱されると、このまま続けたくなってしまう。

この後トレーニングもあるし、このくらいにしておこう。

 

「着いてくるならそれでもいいわ。勝手にして」

「やった……!」

 

何が嬉しいのか、さっきまでの取り乱した表情が嘘みたいに笑顔となる。腕にぐっと力を入れて、手の甲を下にして拳を握るキタサン。

そんな彼女を見て、一瞬、時間が止まったような感覚に陥った。気が付くと、キタサンがアタシの顔を覗き込んでいる。

 

「……」

「あの、スイープさん?」

「……なんでもない」

 

きっと、これまで関わったことのないタイプのウマ娘に慣れていないからだと、アタシは校舎裏へと歩みを進めた。

 

 

★☆★

 

 

「それでスイープさん、これはいったい……」

「見て分かるでしょ。魔法陣よ、魔法陣」

「そうじゃなくって! どうして校舎の壁にスプレーで魔法陣を描いているんですか!」

 

事前に用意していた梯子に登り、校舎の壁に魔法陣を描いていると、キタサンが下から大きな声をかけてきた。

アタシが大きな魔法陣を描いている理由は、天使を召還するためだ。図書室でゼンノロブロイに聞いて借りた本に描いてあった魔法陣を真似て、説明の通りに壁に描いていく。

 

「大丈夫よ。バレる前にちゃんと掃除するから」

「いや、バレたら怒られますよね!」

「大声を出さないの! ……バレちゃうでしょ」

「やっぱり怒られたことありますよね!?」

 

露骨に目をそらしてしまったのが悪かったのか、あっさりとキタサンにバレてしまった。

……それはもう、何度も怒られてますとも。

 

「こら! スイープトウショウ! また壁に落書きしてるな!」

「げ、フジ先輩!?」

 

キタサンの大声が悪かったのだろう。カツカツと足音を立てて駆けてくるフジキセキ先輩に、あっさりと見つかってしまった。

近くまで来たフジキセキ先輩は、アタシの側に立っていたキタサンに気付いたのか、不思議そうな表情を浮かべる。

 

「君は……キタサンブラックだったかな?」

「あ、はい……」

「ふむ、どうして君がここにいるのかはわからないけれど……」

 

がしっと、アタシの肩を掴むフジキセキ先輩。いつものように顔に浮かべた優しそうな微笑みが、逆に恐怖を煽ってくる。

 

「とりあえず、お説教の時間だよ。ポニーちゃん」

 

この後、滅茶苦茶怒られた。

 

 

★☆★

 

 

生徒指導室に連れていかれ、事情聴取の後、フジキセキ先輩と途中からやってきたヒシアマゾン先輩に怒られた。

1時間ほどお説教が続いた後、廊下で待機していたキタサンと合流して寮へと向かっていた。今日は反省文10枚だ。

 

「酷い目に遭ったわ……」

「スイープさんの自業自得じゃないですか」

 

キタサンの言葉が突き刺さる。ぐうの音も出ないとはこのことだろう。何も反論ができなかった。

 

「スイープさん。魔法の練習をするなら、もっと小規模にしましょうよ。手からお花を出すとか、帽子から鳩を出すとか」

「……それくらい、もうできるわよ」

 

ほら、と。キタサンに手を向け、くるんと手を回して薔薇の花を出して見せた。そのまま薔薇をキタサンに持たせて、被っていた帽子を持ってひっくり返し、つばの裏をぽんっと叩くと、中から鳩が飛び出して、空高く飛んでいく。

 

「見習いとはいえ、アタシは魔法使いなんだからこれくらい……」

 

基礎の基礎。祖母から教わった2つの魔法だ。簡単とは言えなかったけれど、真っ先に練習して身に付けた。

とはいえ、覚えれば誰でもできる。アタシとしては、もっと派手で凄い魔法を覚えたかった。だから校舎裏で密かに練習していたのだけど。

大きく口から漏れる溜め息。そういえば反応が無いなとキタサンに視線を向けると、キラキラとした瞳でアタシを見下ろしていた。

 

「わぁぁ……! 凄い! すっごいです!」

 

ーーー、ーーー。

幼い子供のように薔薇を持ってはしゃぐキタサン。

その姿にアタシは目を思わず目を丸くしてしまう。

 

簡単な、ともすれば子供でもできるような魔法。

でもキタサンは、心から喜んでいた。頬を紅潮させ、瞳を輝かせて、その場で踊り出してしまいそうなほどに楽しそうに笑っていた。

 

そんな姿を、どこかで見たようなデジャヴを覚えて、昔のことを思い出した。祖母の魔法を見て、楽しそうにするアタシ。

今のキタサンは、いつかのアタシとそっくりだ。

 

「今の、どうやったんですか? 手から花がぽんって! 帽子からバサーって!」

「語彙が凄いことになってるわよキタサン」

 

……アタシの魔法で、こんなに喜んで貰えたのはいつ以来だろう。両親や友達も喜んでくれたけど、心からというより、アタシが催促したから喜んでいたような、そんな覇気のない笑顔だった。だから、もっと派手な魔法ならと、校舎裏で練習していたのだ。けど、どうやら間違っていたらしい。

自己満足ではなく、相手に寄り添った魔法こそ、周囲を笑顔にするんだ。

 

だってーーだって、キタサンはこんなにも綺麗な笑顔で、楽しそうなんだから。

 

ーーとくん。

 

「……?」

 

ふと胸に感じた感覚。手を胸に当ててみるけれど、心臓の鼓動以外の感覚はなかった。

その時は気のせいだろうと思ったけれど。

その感覚の答えは、すぐに理解できた。

 

 

★☆★

 

 

それからアタシは、キタサンと一緒に魔法の練習をするのが日課になった。とはいっても、放課後にちょっとだけ。

 

「もっと大きな声で!」

「し、『漆黒の空に輝く花火ーー魔法少女、マジカルブラック!』」

「いい感じ! これなら皆喜んでくれるわ!」

「は、恥ずかしいぃぃ……」

 

アタシの真似をして魔法使いとしての口上を考えてきたキタサンと一緒に、ポーズをとってみたり。

 

「この石は……ラピスラズリですか?」

「正解! じゃあこれは?」

「……綺麗なオレンジ色。なんて石ですか?」

「これはカーネリアンよ」

 

魔法の触媒としてアタシが好んでいる石やお花について勉強したり。

 

「キタサンって、お祭りが好きなんだ」

「はい! 特に夏祭りが好きです。大きな花火と太鼓の音。賑やかなお客さんに、美味しい屋台! お祭りの後の、ちょっとだけ寂しさを覚える静けさも大好きなんです」

「確かに、楽しいお祭りに参加した後の、胸の中に残る感覚はちょっとクセになるわよね」

「そうなんです! スイープさんも、お祭り好きなんですね」

 

キタサンが好きなお祭りについて会話を楽しんだり。気付けば、一緒にいることが当たり前になってきていた。

 

ころころと表情を変えるキタサンを見るのが楽しくて。

アタシの好きなもの受け入れてくれるキタサン。アタシもキタサンの好きなものを知りたくて、最近は動画サイトでお祭りを調べるようになった。

 

ここまで来たら、アタシでも分かる。

胸の中に感じた淡い鼓動。あの時、気のせいだと思ったそれは、キタサンと過ごすにつれてはっきりと感じ取れるようになっていた。

 

ーーアタシは、キタサンに恋をしている。

 

キタサンと別れ、それぞれ寮の自室に戻っていく。今日は同室のウマ娘が遠征で不在のため、入室後、制服のままベッドに倒れ混んだ。

制服に皺がつくことも忘れ、胸元を押さえるようにきゅぅっと体を丸め込む。

 

自分の気持ちに気付いてから、ずっと顔が熱かった。頭は上手く回らないし、視線を合わせるのが恥ずかしかった。上手に会話ができていただろうかと、不安になる。

 

「ぅぅぅーーー」

 

でもーーでも、とっても楽しかった。

キタサンと一緒に過ごす時間は、掛け替えのないほどに楽しかった。

それだけで、胸中の不安はあっさりとかき消え、溢れるほどの『嬉しい』という感覚に、アタシは頭から布団を被って、足をバタバタと動かして。

 

そして、ふと呟いた。

 

「ーーアタシ、キタサンのことが好きなんだ」

 

口に出した言葉は、驚くほどにすんなりと体に染み込んだ。

 

顔が熱い。頭の中はぐちゃぐちゃで、体も熱くなってきた。

どうやら今日は、眠れそうにないらしい。

 

 

★☆★

 

 

それから何日か経ち。

いつものように、校舎裏に向かっていると、目の前に見覚えのある姿が見えた。キタサンブラックだ。

今日も校舎裏に来るのかと、声をかけようの近付いて。

 

「キターー」

 

隣にいる人影に足を止めた。

あの娘は確か、サトノダイヤモンドだったか。

元気っ子なキタサンとは対称的に、おしとやかなお嬢様、といった感じ。関わったことは無いけれど、学内で名前を聞く程度には有名な子だ。

 

そういえば、前にキタサンがクラスメイトの話をしてくれたことがあったっけ。その時に、サトノダイヤモンドの名前が出てきていたはずだ。『大切な友達』なんて言っていただろうか。

 

……なら、水を差す訳にもいかない。踵を返し、一人で校舎裏へ向かう。その際、横目でキタサンの顔をチラリと見た。

 

「ーーー」

 

見たことのない表情だった。

いつもころころと変わるキタサンの顔を近くで見てきたアタシが、見たことがない表現でサトノダイヤモンドと会話をしていて。

 

ーーちくり。

 

胸が、少しだけ苦しくなった。

 

 

★☆★

 

 

いつもの校舎裏ではなく、寮棟の裏。

一人、物置小屋の前で膝を抱えてうつむいていた。

 

もやもや。もやもや。

分かりやすく、不機嫌な自分がいる。

どうしようもない嫉妬心が、心の中で揺れ動く。

 

「はぁ……」

 

こんなことをしても何も解決しないことは分かっている。それでも、どうしたらいいのか分からない。今のアタシは、キタサンにサトノダイヤモンドについて冷静に聞くことはできないし、そんなことをしたらアタシの恋心がキタサンにバレてしまう。

 

イヤだ。それはイヤだ。もしもバレて、今の関係が壊れてしまうのが怖い。瞳が熱くなり、頬を涙が伝う。考えが悪い方へと進んでしまい、不安が心にのしかかる。

 

……今日は、もう帰ろう。

もう門限も近い。部屋に帰って、寝てしまおう。

 

キタサンは、校舎裏に来てたのかな。もしそうなら、悪いことをしてしまった。明日、ちゃんと謝ろう。

目元の涙を袖で拭い、立ち上がろうと足に力を入れ。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

その声に、体が石のようにこわばってしまった。

腰ほどまであるアッシュカラーの長髪に、菱形の流星が印象的なウマ娘であるサトノダイヤモンドが、覗き込むようにアタシの近くに寄ってくる。

 

「ぁ……」

「その帽子……もしかして、スイープトウショウさん?」

 

ーーあ、ダメだ。

先程までの記憶がフラッシュバックする。

心の奥に押し込んだ感情が、一気に溢れ出してくる。

止まったはずの涙が再び頬を伝っていく。

 

「え!? あのスイープさーー」

「見ないで!」

 

ああ、こんなこと、言いたくないのに。

 

「お願い、だから……! 一人にして……」

 

彼女は何も悪くないのに、口から出るのは拒絶の言葉。

 

「そんなことできません!」

「ぇ……?」

 

なのにサトノダイヤモンドはアタシ腕を掴み、自身へとアタシを引き寄せる。柔らかい感触に包まれ、人の温かさが伝わってくる。

サトノダイヤモンドは、泣きじゃくるアタシを胸元に抱き寄せていた。

 

「や、はなして」

「離しません。理由は分かりませんが、目の前で泣いている人を無視するなんて、私にはできません。ーー私の胸くらい貸しますから、せめて一人で苦しまないで」

「ーー……な、んで……」

 

サトノダイヤモンドの優しい言葉と、苦しいくらいに強い抱擁。その温かさに、優しさに、アタシはもう限界だった。

初対面の相手なのに、胸元に顔を押し付けて、声を殺して泣きじゃくる。溢れる涙は止まらず、肩を震わせ、頭の中は真っ白になる。

 

ーーあぁ、敵わないなぁ。

 

 

★☆★

 

 

数分後、ようやく感情が落ち着いたアタシはサトノダイヤモンドーーサトノから離れて壁を背に座り込むと、ぽつりぽつりと泣いていた理由を話していた。

 

キタサンに対して恋心を持ったこと。

サトノに見たことのない笑顔を向けるキタサンを見て、心がもやもやと荒んだこと。

感情がコントロール出来ず、涙を流していたこと。

 

「ーーつまり、私に嫉妬していたんですね」

「そ、そうよ……」

 

サトノから目をそらす。流れで話してしまったが、嫉妬を向けた相手に全部ぶちまけるとかどんな罰ゲームだ。恥ずかしくて死ぬ。

泣き過ぎて目元が炎症を起こしているが、顔が熱いのは途方もない羞恥によるものだろう。

 

「ふふ、キタちゃんに聞いてた通り、スイープさんって可愛らしい方なんですね♪」

「その暖かい目やめて……!」

 

サトノの視線に耐えきれず、手で顔を覆い隠す。あまりの羞恥に頭が沸騰してしまいそうだ。

 

「それに、スイープさんの不安は杞憂ですよ」

「……杞憂?」

「はい。だって、スイープさんが見た笑顔のキタちゃんはその時、スイープさんのことを話していましたから」

「……んん?」

「……スイープさんって思ったより鈍感なんですね」

 

どーいうことよ! なんて言いたくなったが、散々慰めてくれた相手に大きな声をあげるのは憚られたため、口を閉ざす。ぐぅの音しか出ない。

 

「それじゃ、キタちゃんに告白しに行きましょうか」

「は!?」

「時間が解決してくれるなんてことはありません。基本、対話によって物事は解決するのです!」

「だとしてもいきなりそんな……、こ、こくはくなんて……」

 

キタサンとの距離が離れることが怖くて泣いたアタシが、告白なんてできるわけがない。

というか、どうしてそういう話になった?

そんなアタシを尻目に、サトノは携帯電話を操作してキタサンに連絡を入れ始める。

 

「これでよし。さて、例の校舎裏に行きますよ」

「行動力っ! ていうか、し、失敗したらどうするの!」

「大丈夫! キタちゃんなら受け入れてくれます!」

「……でも、『初恋は実らない』っていうし!」

「そんなジンクス、壊しちゃいましょう!」

 

無敵かこの子!?

なんなら腕を掴んで無理矢理立たせようとしてくるしって力強いな!? 同じウマ娘のはずなのに、体格差故か体が徐々に引きずられていく。

 

「待ってーー待って待って待って! いきなり過ぎるから! せ、せめて誤解を解いて、元の関係に戻るところから始めさせて! ね!?」

「むぅ、結構ヘタレですねスイープさん」

「当たり前でしょ!?」

 

初恋で、さっきまでブルーだったヤツに何させる気だ。

アタシの必死の言葉に、サトノの手が緩んで腕が離れる。引きずられた跡は地面にくっきりと残っており、攻防の激しさが見てとれた。

サトノは納得していないのか、ぷぅっと頬を膨らませた後に、大きく溜め息を吐いた。

 

「それではせめて、キタちゃんとしっかりお話してくださいね。フジ先輩は、私が抑えておきますので」

「……ありがとうサトノ。癪だけど、助かったわ」

「いえ、大したことはしてませんから。頑張ってきてください」

 

柔らかく微笑んで、胸元で小さく手を振るサトノ。アタシも小さく手を振り返すと、いつもの校舎裏に駆け出した。

 

 

★☆★

 

 

日は落ち、門限はとっくに過ぎた。

校舎裏に辿り着くと、月明かりに照らされたキタサンが一人、空を見上げて立っていた。

 

「ーーぅ」

 

あまりにも絵になる姿に一瞬怯むが、ここまで来たら腹をくくるしかない。というか、ここで逃げたらサトノに何されるか分かったものじゃない。

いつも通りに、いつも通りに。深呼吸し、焦らず怯まず、いつもの歩幅で歩きだした。

足音に気付いたようで、キタサンはぴくりと耳を動かすと、顔をアタシの方へ向けた。

 

「スイープさん!」

 

先程までの表情が一変し、満面の笑みを浮かべ、キタサンが駆け寄ってくる。その笑顔が自分に向けられていることにたじろぐが、ぐっとこらえてキタサンと向き合った。

近くまで来たキタサンは胸元を押さえ、ふぅと息を吐いた。

 

「良かった! いつもの校舎裏に居ないから、心配しましたよ」

「……ごめんなさい。ちょっと気分が優れなくて」

「えぇ!? だ、大丈夫なんですか?」

「アンタの友達の、サトノに介抱してもらったから、もう平気よ」

 

心配そうに慌てるキタサンに、そんな説明を返す。あれを介抱と言っていいのかは分からないけれど。

その回答に、納得したようにキタサンは頷いた。

 

「あぁ、だからダイヤちゃんから連絡が来たんですね」

「そういうこと。心配かけたわね」

「いえ、スイープさんが元気なら良かったです」

 

安心したように微笑むキタサン。

誰かのために笑って、誰かを本気で心配して、誰かのために走り回れる。そんなキタサンだから、アタシはーー。

 

「ーーあのスイープさん、今日はこれを見せたくて」

 

アタシの前に膝をつき、見上げるようにアタシへと視線を向けるキタサン。その表情は何かを覚悟したように見えて、緊張が肌に伝わってくる。

握った手をアタシへ突き出すと、くるんと回す。開いた手の平からは、一本の薔薇がぽんっと飛び出した。

 

「それって……」

「はい、スイープさんに最初に教わった魔法です。ずっと練習してて、ようやく形になったから、どうしてもスイープさんに見せたくて」

 

キタサンの魔法は、とても綺麗な手際だった。見ただけで、一生懸命な努力が見て取れる、鮮やかな手並み。

ぐっと、息を飲むキタサン。視線を地面に下ろし、ぽつりと言葉を紡ぎ出す。

 

「ーー実はあたし、ずっとスイープさんのことを見てたんです。以前、公園で泣いていた子供に魔法をかけて笑顔にしてましたよね。その時から、スイープさんに惹かれてました」

 

それは、随分と前のことだ。休日の買い物帰り、通りかかった公園で泣いていた子供を見て、丁度覚えたばかりの魔法を使ってみたくなった。ただ、それだけの話だ。

 

「スイープさんの魔法って、勿論スイープさん自身が使えるようになりたいって思いもあるんだと思います。けど、それ以上に『誰かを笑顔にしたい』って気持ちが伝わってきて。そんなスイープさんを見てたら、いつの間にか好きになっていました」

 

顔をあげ、キタサンの視線とアタシの視線が交わる。

純粋で大きな好意に、アタシはたじろぐ。アタシはキタサンが思うほど綺麗なウマ娘じゃないって、そんな自罰的な感情が心の中に涌き出てきてーー。

 

「スイープさん、あたし、貴方のことが好きなんです。あたしの、恋人になってくれませんか?」

 

頬を赤らめ、微笑むキタサンを見て、そんな気持ちは脆くも消え去った。涌き出てくるのは、ぽかぽかと暖かなキタサンへの想いだけ。ぐっと唇を噛み締めると、アタシはゆっくりと口を開いた。

 

「ーーきっとアンタは、アタシとどんな関係になっても、誰かに手を差し伸べ続けるんでしょうね。きっとアタシは、その誰かに嫉妬するし、不機嫌になるし、泣いちゃうんだと思う」

 

つぅっと頬を伝って、ぽつり、ぽつりと、熱い何かがこぼれ落ちる。そんなアタシを見て驚くキタサン。無意識なのか、アタシの頬に向けて手を伸ばしてきて。

 

「でも、でもね。そんなアンタだから、アタシは好きになったのよ。ーーこちらこそ、喜んで」

 

それに、アタシは自分の手を重ねた。

 

 

★☆★

 

 

その後日談というか、補足というか。

 

なんだかんだでアタシとキタサンが恋人となった後、サトノと三人で無事にフジ先輩に怒られた。『フジ先輩を抑えておく』と言ったサトノは、文字通りフジ先輩に抱き付いてアタシ達を探せないようにしていたらしい。そりゃ怒られるわ。

 

実はフジ先輩もアタシが泣いていたことを見ていたらしく、お説教の時間は短かったが、それでも規則を破ったことには変わり無く。反省文と1週間の草むしりが罰として下されて。

 

それらを無事に片付けてから数日が経ったある日。

キタサンがアタシをモチーフにしたぬいぐるみを抱いて、いつもの校舎裏にやってきた。

 

「スイープさんのぬいぐるみ、クレーンゲームで取ってきました!」

 

嬉しそうにぬいぐるみを抱き締めるキタサンに、自分が不機嫌になっていくのが分かる。ジト目をぬいぐるみに向けて、小さく呟く。

 

「……アタシでいいじゃない」

 

ぬいぐるみに嫉妬するとか、我ながらなんて心の狭いウマ娘なんだと、そう思いながら恥ずかしさを隠すように後ろを向いた。

そんなアタシに近付くと、キタサンは後ろから腕を回して抱き付いてきた。柔らかく暖かい人肌に、さっきまで不機嫌だった気持ちが消えていくのがわかる。

 

存外、ちょろいわねアタシ……。

そんなことを考えていると、キタサンはアタシの耳元に口を近付け、小さく囁いてきた。

 

「……スイープさんって、本当に可愛いですよね」

「うひぁ!?」

 

背筋に走るぞわりとした感覚に、思わず変な声が出てしまう。顔が熱い。あまりの恥ずかしさに、アタシは後ろに振り向くと、キタサンを睨み付けた。

 

「キ~タ~サ~ン~!」

「わわ、ごめんなさ~い!」

 

逃げるキタサン。追いかけるアタシ。

いつものやりとりにアタシの頬は簡単に緩んで。

怒りなんてあっという間に引いていく。

 

いつまでも、こんな関係が続きますように。

そんな想い(まほう)を呟いて、アタシは一歩を踏み出した。




・スイープトウショウ
原作はもっとツンツンしてる。
描いてるうちに結構素直な子になってしまった。

本作ではすぐ嫉妬して不機嫌になるけど、キタサンにかかれば一瞬で上機嫌に戻る。ちょろい。
直球の好意に弱く、恥ずかしさでよく顔を赤らめる。

キタサンにキスを迫られると、顔を真っ赤にして、体を震わせながら答えようとするタイプ。

Twitterで見た大学生になったキタスイの同棲生活を描いた一枚絵の破壊力がヤバかった。


・キタサンブラック
ウマ娘界の衛宮士郎(偏見)
自分より誰かを優先してしまう癖がある。

本作においては、スイープに一目惚れしてから校舎裏をよく眺めてたストーキング一歩手前娘。木から落ちるスイープを助けられたのはそのおかげ。
「スイープさんの恥ずかしがる姿」を知ってから、グイグイと責めるようになった。

キスはしたいけど、スイープさんに無理はさせられないので、いつまでも待つタイプ。


・サトノダイヤモンド
よく恋愛強者として描かれるウマ娘。
ゴルシちゃんすら逃げ出すヤベーヤツ。

本作では、キタサンは大切な友人だが恋愛感情はない。キタサンの恋は応援するが、割と強引な方向に行きがち。
スイープの天敵。(敵ではない)
「ジンクス」を親の敵だと思っているんじゃないだろうか。

キタサンからスイープとのキス事情を聞いて、表面上は変わらず、「どうやってキスさせるか」と画策するタイプ。なお当人もキス経験はない。(いいとこのお嬢様なので)


・フジキセキ
天性のたらし。普段あまり怒ることはないが、流石に寮の壁への落書きは琴線に触れたらしい。
本作では、怒ると笑顔で理詰めするタイプ。ある意味、大声で叱られるより怖い。想像したら怖かったのでカットした。
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