恋するウマ娘   作:とむじん

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カフェタキはトレセンのビーカーコーヒー


恋するアグネスタキオン

心地よい風が頬を撫でる、爽やかな秋日和。

トレセン学園内の中庭で、芝の上にシートを引いて、のんびりと過ごす早朝。

 

側に設置したサイフォンからこぽこぽと水音が響き、鼻腔をくすぐる珈琲の香りが周囲を漂う。

先日、休日を一日使って歩き回り、ようやくみつけた至高の品だ。駅前で購入したお菓子ともよく合うだろう。頬が緩むのを感じる。珍しく、わくわくと心が踊っているようだ。

 

抽出が終わり、カップに珈琲を注ぎ入れる。じんわりと伝わる温かさが、秋の寒さで冷えた手をほぐしていく。

カップの縁に口をつけ、一口。独特の苦味と酸味。飲み込んだ珈琲は体内をゆっくりと暖めて、呼吸と共に鼻を抜ける珈琲の香りは格別といえる。

 

ああ、今日はいい日になりそうーー。

 

「カフェ~! カ~フェ~! 今日の菓子はなんだい? おや、これは駅前のヤツじゃないか。一つ頂くとしよう。何、礼はするとも! ついさっき出来たばかりの薬なんだがーー」

 

 

……台無しです。

 

 

★☆★

 

 

「……どうして貴方はいつも私のお菓子を食べに来るんですか、タキオンさん」

 

目の前で遠慮もなくお菓子を頬張るアグネスタキオンーータキオンに、私、マンハッタンカフェは呆れたように視線を向けた。

ここ最近、毎回と言ってもいいほどに、早朝に珈琲を飲んでいるとタキオンがやってきて、合わせて用意していたお菓子だけを食べていくのだ。

じっとりとした視線にタキオンは手を止め、自動販売機で購入したであろうペットボトルの紅茶を口に含んだ。

 

「ぷは……。なに、最近早朝近くまで考え事をすることが多くてね。糖分が足りてないのさ。けれど、トレセン学園付近に早朝から菓子を提供する店もないし、学園内の自動販売機は飲料しか販売していないだろう? そんな時、キミが早朝に菓子を持ってここに来ているところを見かけてね。これだ! と思ったわけさ」

「これだ、じゃないんですけど」

 

なんてはた迷惑な。糖分が欲しいなら、あらかじめ買い置きをしておくとか、色々と方法があるだろうに。寝不足で頭が回っていないんじゃないだろうか。

……まぁ、そう思いつつ強く言い出せない私だ。

 

「ならせめて、珈琲を飲んでください。そのお菓子は、珈琲に合わせて用意したものなんですから」

「断る」

「……」

「悪かった! 悪かったから無言でカップを押し付けないでくあっつい!」

 

観念したのか、タキオンは私から珈琲カップを受け取ると、ゆっくりと口元へと運び、顔をしかめた。

珈琲の苦味が苦手なのだろう。瞳に涙を浮かべながら、ちびちびと飲み始める。

 

「ぅ~、苦いぃ……カフェ~……」

「はぁ……」

 

ついには泣き言まで言い出したタキオンに、私はシュガーとミルクを渡した。邪道だが、無理に飲んでも珈琲の良さが分かるはずもなく。……私の好きな珈琲を、ただ苦いだけの飲み物だと思われるのは心外だ。だからまぁ、飲みやすくするのは構わない。

ただーー流石にそれはミルクの入れすぎだ。

 

「これでようやく飲める……」

「入れすぎです。それじゃあ、珈琲牛乳じゃないですか」

「苦いのはダメなんだよぅ……許してくれよぅ……」

 

タキオンは甘党だ。好き嫌いが多いわけではないが、苦味の強いものが受け付けないようで、毎回珈琲には目もくれず、持参した砂糖たっぷりの紅茶と、私が用意したお菓子を食べていた。

 

「それで、カフェ。話を戻すが、今日は菓子の礼を用意したんだ。受け取ってくれるかい?」

「……変な薬じゃないですよね?」

 

タキオンのトレーナーは、彼女の作る薬によって七色に輝くことで有名だ。もはや輝いている姿がスタンダードになってしまっているため、たまに通常の姿で歩いていると、本人であると認識されないことがある、なんて嘆いていた。

そんな彼女の薬を好んで飲みたいとは思わないし、何故そんなものがお礼になると思っているのか。

 

「いりません」

「まぁまぁ待ちたまえカフェ。説明を聞いてからでも遅くはないだろう?」

 

背景にドヤッと効果音が現れそうなほどに自身に満ちた表情を浮かべるタキオン。嫌な予感しかしない。

 

「これは惚れ薬! 飲むと最初に見た相手に好意を持ってしまう優れものさ! なお、既に好意を持つ相手がいる場合は、その相手に対して素直な気持ちを伝えたくなるという副作用が発動する!」

「……は?」

「さ、飲んでくれたまえ!」

「飲みませんよ。なんで私が飲む前提なんですか」

「えー!?」

 

心底驚いたと言わんばかりの困惑した表情。本来、その表情を浮かべるべきは私の方のはずだ。

 

「大体、なんで私に飲ませようとするんですか」

「そんなもの、君の好意が欲しいからに決まっているじゃないか」

「……はい?」

 

普段の彼女からは出てこない言葉に、思わず耳を疑う。いつもと変わらないトーンで話すものだから、その言葉が本当か嘘か判断しづらい。

 

「わからないかい? 私は君に好意を持っていて、君からの好意が欲しい。有り体に言うと、君が好きだ。だから私と恋人になってほしい」

「ーーーは」

 

あまりに唐突な告白に、ドキドキよりも困惑が先立つ。彼女の言いそうにない言葉の羅列。頭の中が混乱している私を尻目に、タキオンは言葉を続ける。

 

「つまり、だからこその惚れ薬さ!」

「それが一番よくわかりません」

 

思考が一気に冷静になった。これはもう、どう考えてもからかわれている。前後の繋がりがよくわからないし、寝不足で頭が回っていないんじゃないのでは。

 

「……タキオンさん、からかうなら一度睡眠をとった方がいいですよ。いつもなら、もう少し理路整然とした説明ができるでしょう?」

「別にからかってはいないんだけどねぇ」

「え……?」

 

「私はね、カフェ。まぁ客観的に見れば大切なことを隠す質に見えるかもしれないが、これまで自分の気持ちに嘘をついたことはないつもりだよ」

「ーー」

 

少し悲しそうな表情を浮かべるタキオンに、言葉が詰まる。まごまごと口元を動かし、どんな言葉を返したらいいのかと頭を悩ませる。

しかし、悲しそうな表情はどこへやら。タキオンはにっこりと表情を変え、バッと大きく腕を広げると、得意満面に宣言した。

 

「それに! 効果は保証しよう! 何故なら既に私も飲んでいるからね!」

「え、えぇ……いや、少し待ってください」

「はっはっは!」

 

腰に手を当てて高笑いをするタキオンに、私は嫌な予感を感じ、体を寄せて瞳を覗き込む。いつもなら狂気に取り憑かれたような、ハイライトの無い吸い込まれそうな瞳をしているのだが、焦点が合っていないのか瞳孔がぐらぐらと揺れていた。おめめがぐるぐるだ。

 

「タキオンさん、何日眠って無いんですか……!」

 

明らかに十分な睡眠を取れていない。よくよく観察してみれば、化粧で隠してあるが目元に隈がある。体幹も安定しておらず、座っているのに上半身がぐらぐらと揺れていた。

 

「大丈夫……大丈夫さカッフェ……」

「ああもう……! 全然大丈夫じゃありませんよ……!」

 

無理矢理タキオンを立ち上がらせて、腕を腰に回して肩を貸す。タキオンは体に力が入っていないのか、体重を私に預けてくる。その上、先程までの騒がしさが嘘のように口数が減り、目蓋がゆっくりと上下していた。

 

「世話の焼ける人……!」

 

まだ早朝、保健室は空いていない。私は携帯端末でタキオンの同室であるアグネスデジタルにチャットで連絡をしてから、準備した珈琲セット等を置いたまま、寮の部屋に向かった。

 

 

★☆★

 

 

寮のデジタルにタキオンを預けた後、置いてきた珈琲セットを急いで回収し、寮長の許可を得てから学外のコンビニまで走って消化に良さそうな物を購入。寮に戻る。

ノックをしてから部屋に入ると、デジタルが心配そうな表情でタキオンを見つめ……いや、なんか鼻血を流してるな。

 

「デジタルさん、タキオンさんの様子はいかがですか?」

「はははい! 戻られてから変わらず熟睡されてます! それと言われたとおり部屋着に着替えさせてからベッドに運ばさせていただきました!」

「そうですか、ありがとうございます。それと、朝早くに連絡をしてしまってごめんなさい」

「いえいえ! カフェさんの頼みなら例え火の中水の中! 生死の境からでも駆けつけますとも!」

 

タキオンを起こさないよう小さな声で器用に叫びながら、自身のベッドの上で正座をするデジタル。貴方とタキオンの部屋なんだから、もっとくつろいだらいいと思うのだけど。

 

「それよりデジタルさん、これからトレーニングがあるんですよね? 授業が始まるまでは私がタキオンさんの側にいますから、ご自身のスケジュールを優先してください」

「ヒェ……尊…………いえ! このアグネスデジタル、至急トレーニングに行って参ります! 鍵は置いていきますので、出る際に寮母さんに渡して頂ければと! それでは!」

 

なにやら聞き取れない程度に小さな声でぼそぼそと呟いたデジタルは、体操服やトレーニング道具一式を抱えると、凄い勢いで部屋を飛び出していった。

……追い出すような形になってしまったのは申し訳なかったかもしれない。今度、手土産の一つでも用意しておこう。

 

ベッドで横たわるタキオンに視線を向ける。寝返りをうったのか体を壁に向けて、穏やかな寝息をたてている。疲れが溜まっていたのだろう。完全に熟睡していた。

私は据え置きの小さな冷蔵庫に購入したものを入れてから、ベッドを背にして側に座る。授業開始まではまだ時間がある。手持ち無沙汰なため、自室から持ってきた本を読み始めることにした。

 

壁にかけられた時計の針の音。捲られる本の擦れる音。外から聞こえるトレーニング中のウマ娘たちの声。そして、タキオンの寝息が穏やかに響く。読書に丁度良い環境、のはずなのだが。

 

ーー君が好きだ。だから私と恋人になってほしい。

ーーこれまで自分の気持ちに嘘をついたことはないつもりだよ。

 

先程のタキオンの言葉が頭の中で響く。頬が熱い。静かな環境にいるといらないことまで考えてしまうが、これは最たるものだろう。あんなことを言われて、意識しないウマ娘がいるものか。本を捲るが内容は全く頭に入らず、ただの作業と化していた。

 

「あー……もう……」

 

パタリと本を閉じ、膝を抱えて頭を埋めた。背中に感じるタキオンの気配に、胸の鼓動が鳴りやまない。

ーー私は、彼女をどう思っているのだろうか。

 

……速さを求める実験狂。生活リズムが滅茶苦茶。食事は全てトレーナーに甘えて、我が儘気質。甘えたがり。周りの迷惑をあまり考えない。すぐに薬を飲ませたがるし、トレーナーは輝いてる。

 

ーーけれど。

別に私は、彼女に対して忌避を抱いている訳ではない。

 

彼女は、誰よりも努力家だ。誰よりも脆い脚を持ちながら、それでも速さを追求し続けている。時にはその過程で得た知識や薬を、同じチームメンバーや後輩に譲渡したり、時には助言をしたりすることもある。意外にも、彼女を慕う後輩はたくさんいたりする。

 

ーーつまり、まぁ……べつに私は彼女が嫌いではなくて、むしろ好ましく……。

 

「ぅ……んん……」

「っ……!?」

 

背後から聞こえたタキオンの声に、私は肩をビクリと跳ねさせた。一瞬思考が止まったことで、先程まで脳内で巡らせていた考えを客観的に受け止めてしまった

 

彼女に対して抱く、自分の気持ちに気付いてしまった。

 

「ーーー!」

 

はぜるように顔が熱くなる。体温が上がり、じっとりと背中に流れる汗を感じる。

 

「ん……ぁれ、ここは……」

「……お、おはようございます。タキオンさん」

 

背後ではタキオンが起きたようで、寝ぼけた瞳を押さえながらゆっくりと体を起こしていた。一方、私は顔を背けたまま、大きく息を吸って吐く。とりあえず、一度冷静になろう。まずは状況を説明しないといけない。

 

「……よく眠れましたか?」

「カフェ……? どうして私の部屋に……? そもそも、私はどうして……こ、こに……ッ!?」

 

寝ぼけ眼が覚醒していくにつれて、タキオンの体がまるで間接の錆びたロボットのようにギギギと固くなり、大きく目を見開いて私の方へと視線を向けてーーボンッ!! と、顔が真っ赤に爆発した。

 

「……あの、タキオンさん……?」

「わ」

「?」

「わあぁぁぁぁぁあああああーーー!!」

「!?」

 

聞いたこともないような大声に、私は思わず耳を押さえる。タキオンは掛け布団にくるまると、ベッドの上でじたばたと暴れてから、パタリと動きを止めた。

 

「た、タキオンさん、もしかして今朝のこと……」

「思い出させないでくれぇ! 睡眠不足で薬を飲んだから、変なテンションになってたんだよう……! まさか、あの薬に自白剤じみた効果があるなんてーー」

「え?」

「……あ」

 

それはつまり、あの『好意を持つ相手に素直になる』という効果が、タキオンに表れていたってことで。となると、私に対して告げた『君の好意が云々』というのは、偽りでもからかいでもなくーー。

 

「タキオンさん、もしかして本当に、私に対して好意を抱いて……?」

「~~~っ!」

 

悶えた声が布団の中から響いてくる。……私としても『私が好きなんでしょ』なんてナルシストみたいな言い方になった上、本当に『そう』だったため、羞恥で心臓が激しく動き、体が熱くなる。

ひとしきり悶えた後、タキオンは布団から顔を覗かせて、視線を泳がせながらぽつりと話し始めた。

 

「……そうだ、私は君を……す、好いている。それは本当だ」

「……はい」

 

弱々しくも、珍しく真剣な表情を浮かべるタキオンに、私も姿勢を正して向き合う。

 

「自分でもいつからなのかは分からない。ただ……珈琲が苦手な私が、君と珈琲を飲む時間はとても楽しく感じられて、君と同じ空間にいることが心地よくて。ーー気付いたら、いつの間にか」

「……そうですか」

「夜、眠れなくなったのも、それからさ。夢に君が出てくるし、考え事をしている時も、君のことを考えてしまう」

「……それで、妙なテンションだったんですね。そして、そのまま惚れ薬を作成してしまったと」

 

こくり、と力なく頷くタキオン。

 

「……タキオンさん、私は」

「言わないでくれ。……別に、返事をしてほしいわけじゃないんだ。ただ、これまで通り、友人として接してくれたらそれで……」

 

……それは、嘘だ。見れば、誰でも分かる。

そんな、そんな悲しそうに怯えた顔で言われても、説得力なんてまるでない。自分の気持ちに嘘をつかないといいながら、一番大事な気持ちを押し殺しているじゃないか。

 

「タキオンさん」

「やめてくれカフェ、私はーー」

「聞いてください」

 

私は無理矢理布団をはぎ取ると、瞳に涙を溜めて、恐怖に顔を歪ませていた。拒絶されるのが怖くて、これまでの関係が壊れてしまうのが怖くて、体を震わせている。

ーー全く、タキオンさんらしくない。

 

「……私、タキオンさんのこと好きですよ」

「……ぇ?」

「勿論、恋愛的な意味で」

 

顔が熱くてくらくらする。頭がゆだるようだ。自分でも何を話してしまうか分からない。ただ、そのお陰で羞恥心は多少軽減していた。

 

「……貴方は、我が儘だし、すぐ薬を飲ませようとするし、好き嫌いは多いし」

「か、カフェ……?」

「私の作った珈琲にやたらと砂糖を入れるし、勝手にお菓子を食べるし、スカーレットさんの前でだけ格好つけるし、正直鬱陶しいと思うときは沢山あります。でもーー」

 

「どんな時も、傲岸不遜に笑う貴方が好きなんです。だから、私とお付き合いをしてくれますか?」

 

ーーーーーー。

ーーーー。

ーー。

 

「あの……タキオンさん……?」

 

ぽかんと口を開けて、私を見つめるタキオン。私らしくない告白をしたのは自覚している。だから、早く返事をしてくれると助かる。間が持たない。

 

「……ふふ」

「何を笑っているんですか」

「ふぎゃ!? 鼻を摘ままないでくれ!」

「すみません、イラッとしました」

 

ヘタレなタキオンに代わって先に告白したのに、笑うとはどいう了見だ。軽く睨むように視線を向けると、タキオンは鼻を擦りながら。

 

「別に君を笑った訳じゃないんだ。ただ、気が抜けたというか……。君の顔を見て、緊張してたのは私だけではなかったんだなと、ね。……あと、君の真っ赤な顔が可愛らしくて」

「えいっ」

「ふぎゃ!」

 

再びタキオンの鼻を摘まむ。余計なことを言おうとするからだ。……まあ、照れ隠しもあるが。

 

「それで」

「うん?」

「それで、返事はまだですか」

 

鼻を押さえて悶絶するタキオンに、返答を迫る。流石にそろそろ限界だ。勇気を出して告白したのに、返事が無いのは困る。タキオンはそんな私の手を取ると、視線を合わせて。

 

「ーー喜んで、お付き合いさせていただきます」

 

満面の笑顔で、そう答えた。

 

 

★☆★

 

 

「あ゜」

 

そして忘れ物を取りに来ていたデジタルは、幸せそうな表情を浮かべて、廊下で尊死していた。

 

 

★☆★

 

 

その日の夜、寮長に許可を貰ってから寮の屋上に来ていた。秋の寒空の中、今朝のお菓子の余りやコンビニで買った食べ物を持って、仕切り直しで珈琲を飲もうというタキオンの提案だ。こんな時間に飲んだら眠れなくなりそうだけれど……まぁ、たまにはいいだろう。

ただ、タキオンが私の代わりにコーヒーミルで珈琲豆をごりごりと挽いているから、手持ち無沙汰だ。

 

「それにしてもカフェ。思えばあの告白、全く褒めてなかったんだが」

「……褒めてますよ。それはもう盛大に」

 

恥ずかしいから思い出させないで欲しい。なんて言えず、ふぃっと顔をそらす。あれは、その場の空気に流されたというか……少なくとも散々泣き腫らしたタキオンにからかわれる謂れはない。

 

「あ~! もう一度聞きたいなぁ! カフェの好きな私のことを聞きたいなぁ!」

「……うるさいです」

「むぎゅ!」

「……手が止まってますよ。これじゃいつまでも珈琲が飲めないじゃないですか」

 

鼻先を軽く摘まんでから、作業を進めるように促す。貴方が珈琲を淹れると言い出したのだから、ちゃんと作って欲しい。私が珈琲を淹れるところを見てるんだから、手順は分かっているはずだ。

 

タキオンは鼻を擦ってから、私と同じ手順でテキパキと珈琲をカップに淹れた。湯気と共に漂う香りが、鼻孔をくすぐる。タキオンからカップを受け取り、口元に近付けて、少量を口に含む。

 

「……美味しいです」

「当然だとも! 君の淹れ方は覚えているし、ちゃんと調べてきたからね」

「……いつもこれくらい動いてくれたらいいのに」

 

やれば出来るのにこの人は。珈琲を飲みながら、心の中で文句を言う。珈琲の熱が体を暖める感覚が心地いい。持ってきたお菓子を一つ手に取り、口に運ぶ。ほのかな甘味が広がり、次に飲む珈琲を引き立ててくれる。

そんな私に向かって、何かを言いづらそうに口をもごもごと動かしているタキオン。

 

「それでだね、カフェ。やっぱり君の言葉が聞きたくて」

「……嫌です」

「その珈琲に薬を仕込ませて貰った」

「ごほっ……!」

 

思わずむせる。幸い口から諸々が溢れることはなかったが、飲んでしまった珈琲を遠ざけた。

 

「……何をしてくれてるんですか貴方は」

「だ、だって、どうしてももう一回言って欲しかったんだよう」

「だから……っ、て……」

 

体に表れる異変。胸を押さえ、大きく息を吸う。

体が熱い。心臓の音が体内に大きく響き渡り、視線の先にいるタキオンに対して自分の気持ちを伝えたい、という欲求が心の中で大きくなっていくのが分かる。

ーーああもう、どうなっても知りませんよ。

 

大きくなる欲求に耐えられない。私は素早くタキオンに近付くと、そのまま床に押し倒した。両手首を押さえて、痛みを与えないように体重をかけて、逃げられないように固定する。

 

「か、かふぇ……?」

 

まさか押し倒されるとは思っていなかったのか、タキオンは同様で動けなくなってしまっている。

ーーああ、なら、都合がいい。

私はタキオンの耳元に口を近付けて、小さな声で囁く。

 

「……これは薬のせいですから」

「ひぁ……!」

 

ゆっくりと、しっかりと、心の中の思いをタキオンの耳元で伝えていく。タキオンは目をつむって拘束から逃げ出そうとするが、絶対に逃がす気はない。

 

「……タキオンさんが悪いんですからね」

 

そうして、夜が更けるまで囁き続けた。




・マンハッタンカフェ
本作において、日により珈琲の淹れ方を変えるタイプ。
タキオンと恋仲になってから大きく変わったことはないと思っているが、以前よりもタキオンに対して甘くなった(トレーナー談。デジタルはダメージを負って回復した)。


・アグネスタキオン
本作において、普段はカフェの言葉なんて意に介さずズカズカと行く癖に、ここぞというときにヘタレるタイプ。また、恋愛になると見通しが悪くなる。カフェとの関係を進展させたいが、一向に前に進めない。
カフェには恋人として甘え、トレーナー(女)には母親のような甘え方となる。


・アグネスデジタル
西へ行けば尊いウマ娘ちゃんを観察し、東へ行っても尊いウマ娘ちゃんを観察する。自他共に認めるウマ娘オタク。
自身がウマ娘ちゃんの邪魔になると自身で判断した際は、真っ先に身を引くオタクの鏡。
そろそろ大丈夫かな……? と思って自室に戻って見れば、とんでもない爆弾の直撃を受けて尊死した。悔いはない。


【補足】
・タキオン、惚れ薬作成。
 この時点では自白効果に気付いていない。
・タキオン、惚れ薬を飲む。まだ気付いていない。
・タキオン、カフェに暴露する。
 ここで気付いた。寝不足が祟って止まれない。
・タキオン、起きる。全部覚えてる。悶絶。
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