クルーズ船ではもう一つだけ試験があったが、全く問題なく全てが終わった。だが、全てが無傷で終わった訳ではない。それでも少なくともオレには問題はなかった。
櫛田がオレに依存しているのは分かっている。だが、それがオレの行動にも色々と支障が出始めなければ何も言う気はなかった。
クルーズ船の試験で改めて櫛田が近くに居ると行動がしづらかった。だから、オレは櫛田に対して一定の距離を保つように約束させた。今の櫛田の心境までを完全に理解できるではないが、一つだけ確かなのは依存している人間は依存している奴からの願いや命令であれば聞くということ。
その人に嫌われたくないという心理が働くだろうしな。それぐらいに櫛田の心の底にオレは根を張り始めているんだろう。
それに…いつでもオレと会えるわけじゃばいという状況を作っておくことで櫛田にとってのオレの価値をもっと高めることもできる。
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高度育成高等学校に帰ってきて二日目。
今のオレは図書室にいる。それは借りていた本を返すためであったが、次の本を探す。オレはそれほど読書家ではない。でも、本を読んでいる時間は変なことを考えないで済むのがいい。
本棚を色々と回っていると見知った奴が立っていたので声を掛けてみることにした。
「椎名」
「あ、綾小路くんも何かお探しですか?」
「ちょっとな。前の本が読み終わって次の本を探しているところだ」
椎名ひよりは一年C組の生徒でとても頭が回るような生徒で龍園が支配している中でも一つ抜きに出ている。冷静な判断力とどんな時でも動揺しないところは…Cクラスより上のクラスに居たとしてもおかしくないレベルだとオレは感じる。
「今日は櫛田さんとご一緒じゃないんですね」
「ああ、別にいつも一緒という訳じゃない」
「そうなんですか」
椎名も同じだが、蚊帳の外から見ている人はやっぱりオレと櫛田がいつも一緒にいるという認識を持っているらしい。それは仕方のない事かもな。無人島試験やクルーズ船の中でもほとんど行動を共にしていたのは事実。そういうイメージを抱かれていたとしてもおかしくない。
「ああ、さすがに一心同体というわけではないからな」
それからも少し話していくと椎名は本が好きということが分かって来た。それに知識もかなり豊富で本について聞くのであればこれほど適任な奴はいない。
「椎名がオススメの本ってあるか?」
「…おすすめ…ですか?」
「さっきも言ったが、ちょうど本が読み終わって新しい本を探しているところだからな。どうせなら誰かからオススメされた本を読んでみるというのもいいかもしれないと思ってな」
「私のオススメはこれとかどうですかね」
椎名が手渡してきたのは少し昔の作品。読んだことはないが、タイトルだけなら聞いたことがあるような作品。
「この本は私の読んできた本の中でもTOP10に入るぐらい面白かった本です!今までの固定概念を簡単に壊してくれるような本で、この本を読む前と後では世界が全然違く見えますよ!」
どうやらかなりオススメらしく椎名は無意識に近づいて来ていた。椎名の吐息がこちらに掛かるほどには近くにな。
「あ、すいません。私、ちょっと興奮してしまって」
「大丈夫だ。椎名がそれほどオススメする本なら読んでみることにする」
椎名をここまで夢中にさせる本がどんな内容なのか気にならないわけでもないしな。
「はい!あ、あと…一つお願いしてもいいですか?」
「なんだ?」
「読み終わったら『感想会』をしませんか?」
「感想会?」
「はい、読み終わったもの同士で感想を言い合うんです。お互いに同じ本を読んでも解釈の違いとかはあったりするかもしれないですし、やっぱり大好きな本を語り合うのは良いですからね!」
椎名ひよりの本好きは本物だな。普段はとても冷静な判断をするような奴なんだろうが、好きなものの事になると我を忘れるのはやはり人間だと感じさせる。
「分かった」
「じゃあ、読み終わってお暇な日に…って…」
そこで椎名は重大なことに気付いたようだ。オレと椎名は連絡先の交換を済ませていない。元々、オレは他クラスの奴と交流をすごく持つような人間じゃないからな。他クラスの奴で連絡先を知っているような奴はほとんどいない。だが、どうしても連絡先に関しては櫛田がいるからな。櫛田の交友関係はそれなりに広かった。もう連絡は取り合わなくなってしまったらしいが。
「連絡先を交換してくれますか?」
「ああ、もちろん」
そしてオレは椎名と連絡先を交換して読み終わったら連絡することを約束して別れた。オレは受付で手続きを済ませて図書室を出た。
図書室を出てすぐにオレは自室に戻った。必要なものもないし、外を歩いていても疲れるだけだからな。
オレの部屋には体育座りをしている、櫛田の姿があった。
「やっぱり来てたんだな」
櫛田が顔を上げると…泣き腫らした後みたいだ。今の櫛田の精神状態は常人ではない。いつ壊れたとしてもおかしくない状況。
「ご、ごめん…」
「いや、別に鍵を渡したのはオレだからな」
櫛田とオレの関係性はただの男性生徒女子生徒だが、外は恋人関係。本当はいいタイミングでオレが振られたみたいなことにして終わらせるつもりだったが、そうもいかない。この状態の櫛田は世に放てば何をするか分かったものじゃない。
「なにか飲むか?」
「ううん、大丈夫だよ」
オレはお水を沸かしてティーパックを入れてかき混ぜて取り出す。二人分、作り終えるとテーブルの上に置く。
「それで今日はどうしたんだ?」
「会いたくて…綾小路くんに迷惑を掛けたくないんだけど、どうしても会いたいって気持ちが溢れ出ちゃいそうで」
もう櫛田の中でも感情のコントロールが出来なくなってきているんだろう。そしてそれが最終的に日常にまで浸食してくればもう止めようがなくなってしまうな。
「大丈夫だ。オレは櫛田のことを大切に想っている。お前がオレを求めるのであればオレは喜んで、協力する」
「…あ、ありがとう…綾小路くん」
オレは櫛田の頭を優しく撫でる。こうして櫛田にオレという存在を植えるける。
「お前が自分を想う気持ちよりもオレがお前を想う気持ちの方が大きいから安心しろ」
「綾小路くんのためなら私…がんばるから…」
「ああ、悪いな」
今の櫛田には精神を安定させる場所が必要。そしてそれがオレという存在になっている。今はどうにかなっているが、あくまで一時的なものでいつ壊れるか誰にも分からない。扱い方次第では…最高の『道具』になるが、最悪の『爆弾』になる可能性も秘めている。依存度を高めるのは扱う上で良い面もある。でも、それと反対に悪い面もある。
そこら辺のバランスをしっかりと考えて、櫛田と接していかないとオレは思った。
感想があればお願いします!
綾小路清隆に櫛田桔梗への恋心に近いものは生まれるのか?
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