夏休みもそろそろ終わりに近づいている。特別試験も終わって多くの生徒が夏休みというものを謳歌しているはずだ。プールに行ったり、友人と遊んだり、新しいことにチャレンジしたりと。
二学期が始まればまた特別試験も行われるだろう。そうなればまた嫌でも神経を張り詰めないといけない。だからこういう休息を取れる時に取っておくべきなのだ。だからオレも本当は部屋で椎名が言っていた、オススメの本を読む予定だった。だが今日の朝に櫛田から「一緒に出掛けてくれないかな?」という感じのメールが来て、オレは承諾して今は待ち合わせの場所で立ち尽くしている。
断っても良かったが、櫛田の方から朝日に誘って来たのは初めてだ。もちろんオレの方からもないので一応、仮の恋人になって初めてのデートというやつなのかもしれない。それに断ったら確実に櫛田がどうなるか分かったものではない。正直今の櫛田は想像だにしないようなことを起こしたとしてもおかしくないのだ。
そんな奴の提案を断るわけにはいかない。
「あ、綾小路くん、待たせちゃってごめん」
「いや大丈夫だ」
普段の制服姿の櫛田を見ることが多かったせいか、私服に身を包んでいる姿は新鮮に映る。白いワンピース姿の櫛田は普通に似合っていた。もし、出会った頃の櫛田に抱いていた印象のまま、この姿を見ていたらもっと違う印象を抱けたのかもしれない。だが今のオレにはもう櫛田と言えば…ただの駒としか思えない。
「そ、それじゃあ行こう」
もしかしたら櫛田は褒めて欲しかったのかもしれないが、オレが褒めないと分かったからすぐに動き出す。
「手を繋いでもいいかな?」
「別に構わないぞ」
普通の恋人同士であればこんな問いかけもなく握るようなものなのかもしれない。だがオレたちの関係は普通の恋人同士とは違う。
櫛田はちょっと不安そうな顔を浮かべながらもオレの手を握った。
「そこまで気負う必要はないぞ。オレとお前は今、彼氏彼女の関係にあるわけだしな。オレに出来る範囲のことであれば何でもやってやるつもりではいるからな」
「あ、ありがとう……///」
前にも同じことを思ったがやっぱりある程度の飴は必要。だからこそ櫛田が望むようなことをしてあげるべき。いざという時にオレへの不信感で動いてくれないとかは困るからな。
「桔梗」
「うん……っ…え、き、ききょう!?」
「間違ってたか?櫛田の名前は桔梗だと思うが」
「い、いや、あってるよ!」
「それならよかった。オレたちも一応、恋人関係にあるわけだしな。下の名前で呼び合うぐらいのことはしておいた方がいいと思ってな」
周りのカップルは名前で呼び合うものらしい。昨日、ちょっと本屋に行った時に『彼女が喜ぶこと』みたいな見出しの本があった。普段はそんな本、手に取ったりしないが仮とはいえ、櫛田と恋人関係。少しは櫛田がして欲しいことを学んでおくのも悪いことじゃない。櫛田への依存度も色々と考えなくてはならないが、低くなりすぎるのもだめだからな。ある程度、相手が望むようなことをしてあげるべきだと思う。
そしてその本にまず、恋人同士になったら名前で呼び合うみたいな文章があった。それを実際に試してみただけ。
「…清隆…くん…」
「桔梗はどこか行きたいところがあるのか?」
「ううん。清隆くんと会いたくして…」
そんなところだとは思っていた。ちょっと櫛田と会っていない期間が長かったからな。
「そうか。じゃあ…適当に見回るか」
「うん」
それからオレと櫛田はショッピングモールを散歩することにした。別に目的があるわけじゃないが、たまには適当に見て回るというのもいいかもしれない。
手を繋いだまんま歩いていると周りの視線は集める。やはり櫛田とオレというカップルが注目を集めないことは無理だろう。誰がどう見ても不釣り合いなカップルである。
オレに対しての嫉妬の眼差しと櫛田への男子特有のエロい視線が半分半分くらい。
櫛田は先輩や同級生からの人気はやはりすごいものがあるからな。中には櫛田のことを狙っていた奴だって多いだろう。そういう奴らからすればオレと櫛田のカップルは面白いものではないだろうし、すぐにでも別れて欲しいと思っているはずだ。
嫉妬丸出しの目で見なくてもいずれは別れる。
「櫛田は最近大丈夫そうか?」
「…うん。大丈夫」
この『大丈夫』はオレと櫛田にしか分からないだろう。誰かがこの会話を聞いたら櫛田が風邪でも引いてそれを心配しているように聞こえるのかもしれない。だが本当のところは少し前まで遡る。
数日前に櫛田から電話が来たことがあった。電話越しの櫛田はオレが今まで聞いた中で一番弱弱しかった。さすがにこれを放置す
るわけにもいかないので、櫛田と待ち合わせをして会うことにした。なるべく一目に付かないようなところにしたかったこともあって校舎内。生徒会のメンバーなどが使うために夏休みでも校舎は解放されている。
そしてそこで櫛田に聞いて……もう末期に来ていると感じた。櫛田によると自傷行為をしてしまったと。来るところまで櫛田は来ている。オレに対する依存度が櫛田をここまで変えてしまったんだろう。たぶんオレに気を遣って櫛田は会おうと言い出して来なかったがそれがストレスとなって積み重なってこういうことになったのだろう。
櫛田の右腕には傷があった。
そういうことを含めた『大丈夫?』だった。
「それならいいが、あんまり抱え込むのはやめた方がいい。どんな形でも今のオレと櫛田の関係は彼氏彼女の関係であることに変わりない。櫛田の相談であればのるし、オレの部屋に来たいんであればそれぐらいは許容できる」
「…ありがとう」
このままだとちょっと空気が重いのでオレは櫛田のことを抱きしめることにした。これがいいのか悪いのか分からないが、これから二人で出かける上で暗い雰囲気なのは面倒くさい。
「オレは櫛田の側に居るから安心しろ」
「…ずっと一緒に居てくれる?」
「ああ、櫛田が望むのであれば側に居るよ」
その日は最終的に出掛けることなく、このままオレの家へと直行することになった。そして家で…また二人切りで過ごした。
感想があれば。
綾小路清隆に櫛田桔梗への恋心に近いものは生まれるのか?
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生まれる
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生まれない