今日から二学期が始まる。オレとしては櫛田との恋人関係をいつまで続けるかが悩みだ。いつかはこの関係を解消するのだが今の櫛田の状況はオレから離れられるような感じじゃないのは分かる。だが恋人関係を解消するのであれば櫛田がオレと一緒にいるところを見られる訳にはいかない。
櫛田を『道具』として利用するのであれば一番良いのは櫛田にフリーでいてもらうことだ。女子に関しては別に関係ないだろうが男相手に情報収集をしてもらう時にやっぱり彼氏持ちとフリーとでは違うと山内とかが言っていた。そこまでの支障がないとは思うが一度建前上でも櫛田とは別れたという話をしなくてはいけないかもしれないな。
夏休み中は事あるごとにオレの部屋に来ていた。
それが本人にとって一番落ち着けるようでオレはそれを許容していた。飴と鞭ではないがある程度、櫛田の要求も飲んでおかないといつどうなるか分からないからな。
だが、一つだけ約束をしたのは登下校は一緒にしないということ。いずれは別れるということにするには急に別れたというよりも少しずつ周りに変化を感じてもらうのが一番いい。それにこれは櫛田の為にも。オレがいなくては行動できないようでは『道具』としての期待もほとんどなくなってしまう。
――――――――――――――
オレが教室へと行き、最初に話し掛けてきたのは堀北だった。
「一人で登校なのね」
「いつもオレは一人で登校していると思うが」
「あなたのことだから櫛田さんと一緒に登校すると思っていたわ」
「ああ…」
堀北にこう言われるということは他の奴らもオレと櫛田のことをいつも一緒にいるという印象を抱いているのだろう。まだ櫛田と付き合うということになってそこまで時間は経っていないはずだがな。
「まだ櫛田さんと付き合っているんでしょ?」
「堀北にしては珍しいな。人の恋路に興味があるとは」
「別にそういうわけじゃないけど、あなたみたいな人でも人を好きになる事があるんだなぁと少し興味があるのよ」
それは遠回しにオレのことをディスっていないか。
「まあ…ただ好きになっただけだ」
オレに櫛田を愛する気持ちはないが、今の段階でそれを言うのは愚策だ。それにオレの方から振るよりも櫛田から振る方が周りから見た時のことを考えればいいだろう。冴えない男がクラスで人気な女子に振られるというよくあることの一つにできる。
「それにしてもあなたが櫛田さんと付き合うと聞いた時は驚いた」
「オレも驚いた。まさか櫛田の返事がOKだとはな」
「あなたの方から告白したのよね」
「そうだ。オレのような人間が櫛田から告白されるわけないだろ」
「それもそうね」
堀北の反応は少しヒドイ気もするけど、多くの人はそう思っているだろう。どう考えても櫛田の方から言ってきたとは思わないはずだ。
そして堀北との会話を終えて…椅子に座っていると櫛田が話し掛けてきた。
「綾小路くん、おはよう~~」
「おはよう」
昨日までの櫛田が嘘のように明るい笑顔。オレが初めて櫛田と会った時と同じ。こいつの本性は本当に分からない。オレに見せるあの弱った櫛田が本性なのか、それとも今の櫛田が本性なのか
。
櫛田は席の周りの奴らに挨拶をしている。
ただの笑顔。
それからSHRが始まって…二学期のことについての説明が行われた。
その説明も一時間もすれば終わり、今日は解散ということになった。オレはすぐに帰る準備をして出ることにした。ちょっと櫛田から視線を感じた気がしたが気のせいだろう。
教室を出て、帰ろうとしたところで一人の生徒が立ち塞がってきた。
その人物はBクラスの一之瀬帆波。
「なにか用か?」
「ちょっと綾小路くんと話がしたい事があるんだけど、この後大丈夫かな?」
「大丈夫だが…」
一瞬、断ろうとも思ったがこれからのことを考えれば一之瀬帆波という生徒と関係を持っておくことは悪いことではない。櫛田がいつまで使えるかもわかったものではない。それにまず使えるかも分からない。そういうところを考えるとオレの方でも少しは動いて関係を広めておかないといけない。
そしてオレと一之瀬はカフェに行った。
周りからの視線もあるが一之瀬はあんまりそれを気にしていない様子だった。
「一之瀬の方から誘ってくるなんて珍しいな」
「そうだね。綾小路くんと二人きりで話すのは初めてだよね」
「まあお互いにクラスが違うからな。あんまり二人きりでいるところを見られると変に勘繰られるかもしれないから」
情報を渡しているとか思われたり疑われたりする可能性は極めてゼロにした方がいい。
「無人島試験では綾小路くんには負けちゃったからね~」
「あれはオレじゃなくて堀北がやったことだ」
「ほんとうにそうかな?」
「そうだ。オレのような冴えない奴があんな作戦を思い付くわけないだろ」
一之瀬はオレのことを疑っているようだが、オレがやったという証拠はない。それに一之瀬はオレのことを疑っているものの、クラスのメンバーは全員が堀北に対して感謝を述べていた。オレのような奴がやったとは夢にも思わないだろう。
「なんで一之瀬はオレがやったと疑っているんだ?」
「ちょっとね。堀北さんが頭がキレる人だっていうのは分かっているつもりなんだけど、なんか堀北さん一人でやっている感じがしないんだよね。誰かが裏で糸を引いているような」
「そんなことはないと思うがな」
一之瀬ってこんなにキレが良かったのかと改めて見直した。予想以上に『一之瀬帆波』という生徒を敵に回すと面倒なことになるかもしれない。今の時点である程度の交友を深めようと思った、オレの判断は間違ってなかったようだ。下手したら櫛田よりも使いやすいかもしれないが、今の櫛田はオレが離れればどんなことをするか分かったものではない。
「オレたちはDクラスだ。お前が考えるような生徒がいるとしたら、そいつは必ずもっと上位クラスにいると思うぞ」
Dクラスは不良品の集まりだ。それは茶柱先生が言っていたように事実。この高度育成高等学校は実力で生徒を評価するのが基本だ。そして一之瀬帆波が言うような生徒がいるとしたら絶対にAクラスやBクラス。
これには一之瀬も理解しているようで頭を悩ませている。
「そうなんだよねぇ。どうしてもそこだけが分からないんだよ。この学校の実力の分け方だと抜け道は無さそうだし、態々入学試験で手を抜くような生徒はいないと思うし」
「そうだ。あれは堀北が練った作戦でそれを実行に移せと言われたのはオレではあるが、ほとんど堀北がやったことだ」
このスタンスは変えない。オレは堀北という盾があってこそ意味がある。
「本当に?」
「本当だ。ここで嘘を付いても何もないだろ」
「そっかぁ…」
一之瀬は全然納得していない様子だが、オレもここで堀北という盾を手放す気はない。
それから少し話していると一之瀬が神妙な面持ちでこっちを見てきた。
「なんだ?」
「こんなことを言ったら綾小路くんのことを困らせちゃうと思う」
「なんだ?」
どんなことを言おうとしているのかは分からないが、それがBクラスの根幹に関わる事や一之瀬個人の問題なのであれば聞いておいて損はない。いつどんな時に何が起こるかなんて誰にも分からない。
だからこそ、手札は多いに越したことはない。
すると一之瀬は覚悟を決めたようだった。
「わ、わたし…綾小路くんのことが好きなの」
「そうなのか」
一之瀬と会話をしたのは今回のを入れてもそんなに多くない。両手で数えられるぐらいしか会っていないはず。それに一之瀬に好かれるようなことをした覚えをもちろんない。
だが一之瀬はオレのことを好いていたらしい。
一之瀬はさっきまでと違って目線は明後日の方向に向き始めた。
「…でも、綾小路くんは櫛田さんの彼氏だから…この想いが成就しないのは分かっているの。この想いは心の中に潜めて言うべきじゃないってことも…。どうしても諦められない。だから綾小路くんの口からしっかりと断って欲しいの。そうすればやっと踏ん切りを付けられそう」
こいつはオレから断られることで自分の気持ちを終わらせようとしている。そしてそのためにオレを利用しているわけだ。明確な拒絶は一之瀬にとって、もう想いは絶対に叶わないことを意味している。だが、一之瀬はそれを望んでいる。
オレとしては一之瀬がオレに対して好意を抱いているのは悪い話じゃない。恋というものはどういった感情になるのかは分からないが、少しでも一之瀬の行動を操れるのであればその気持ちを抱いてもらって問題ない。いやむしろ抱いてもらった方がこちらとしても都合がいい。
「オレはお前の気持ちを否定することはない」
「え?」
「誰が誰を好きになろうとオレの知ったことではない。それがオレに対する好意であったとしても」
「で、でも……」
「それに櫛田との関係も少し特殊だからな」
「特殊?」
「ああ、まあ普通の恋人関係ではない」
こういう風に言うことで一之瀬に少し興味を抱かせる。もしかしたら自分にもチャンスがあるのではないかと…。そう思ってくれればこちらとしても一之瀬を操りやすい。
それからしばらく一之瀬と話して別れることになった。周りの奴らもオレと一之瀬が話している状況に興味を持って聞き耳を立てている奴もいたし、あんまりオレとしても注目されるのは望むところではないからな。
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綾小路清隆に櫛田桔梗への恋心に近いものは生まれるのか?
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