ノートを借りた日から前よりは綾小路くんと話せるようになった。話している内容は端から見れば下らないような事だけど私にとってはその下らない事を話す、その時間が一日の最大の楽しみになっていた。それだけのために学校に来ていると言っても過言ではない。
どんな授業を受けていたとしても私の視線はいつも綾小路くんの方を向いている。今日の体育は先生が体調を崩して学校を休んでいるために自習のような形になっている。男子の中には鬼ごっこのようなものをしている人も居たり、女子は立ち話をしていたりする。私も少しの間は女子と話して…綾小路くんが一人になったタイミングになると友達との会話を切り上げて彼のところに向かった。
「綾小路くん!!」
「櫛田か」
彼の無気力な目が私の目と合う。いつ見ても彼の目はとても魅力的だ。クラスの女子は平田君がクラス一のイケメンだと言っているけど私としては平田君よりも数倍、綾小路くんの方がイケメンだと思う。まあ、平田君のお陰で綾小路くんを狙ってくる女子が少なく済むのは嬉しいけどね。
「今、話せるかな?」
この気を逃す手はない。二人きりで話せる瞬間なんてそんなにないしね。クラスで話すと言っても周りには人が居るから完全に二人きりではない。だけど今なら二人きりで話が出来る。それぞれが校庭に散らばっているような感じで今の私達の近くには人が居ない。
「別に大丈夫だ」
「良かった~綾小路くんは今日の放課後……空いてるかな?」
普段の私だったら別に誰かを誘うなんて難しい話じゃない。それこそ何も気負うことなく誘える。だけど綾小路くんだけは他の人間とは別。他の人間に拒絶されたり、断られたりしても別に何とも思わない。だけど綾小路くんに拒絶なんてされたら本当に立ち直れる自信が全くない。
「空いていると思うが…」
「それじゃあ今日、少し付き合ってくれないかな?」
「…別に良いぞ。今日は予定は入っていないからな」
勇気を出して誘って良かった。まずは安堵だ。私は今日初めて綾小路くんと放課後の時間を一緒に過ごせるんだ。そう思うと今にぐらいに嬉しさが込み上げて来る。
「櫛田ちゃん~~」
声のした方向を向くとそこには…クラスの男子生徒がこちらに近付いてきた。その男子生徒の目は隣の綾小路くんを恨めしそうに睨み、私の事を下心丸出しのような目で見ている。
「…私と綾小路くんの時間を邪魔しやがって……」
私は誰にも聞こえないような小さな声で呟くように言った。普段の私だったら怒りを覚えたとしても口に出すことはしなかったはずだ。だけど今回に関しては口に出さずにはいられなかった。前に比べれば綾小路くんに話し掛けるのは難しくなくなったけど…それでも緊張もするし、拒絶されるのが怖い。私がそこまでの覚悟を決めてこの幸せな空間を作ったのに何も知らない男共に全てを台無しにされたんだから。
「ねぇ、櫛田ちゃん。今日の放課後なんだけど……空いてるかな?」
「ごめんね。今日は予定があるんだよね。また次の機会にしてくれないかな」
「………」ビクッ
目の前の男子生徒は私からにじみ出ているオーラのようなものに圧倒されたのか体がビクッとした。私と綾小路くんの時間を邪魔しておいてそんなくだらないようなこと…。
暴言を吐きそうになるがここで吐き出すのはさすがにマズイ。正直な事を言えば綾小路くん以外に見られたところで別にどうでも良いけどここには綾小路くんがいる。こんな一面が私にある事を知れば距離を置かれるのは必然。最悪の場合はもう二度と話してくれないかもしれない。
そして男子生徒は少し怯えながら帰って行った。あの様子だったら暫くは近づいてこないはず。これで綾小路くんとの貴重な時間をまた楽しむ事が出来る。それに放課後も一緒に……過ごせる。
こんな幸せがあるなんてこの学校に入学するよりも前の私は知らなかった。人に恋するという事がこんなに幸せな気持ちで満たされるなんて。幸せとはこういう状態の事を言うんだろうな。
櫛田は気付いていないようだがこの学校に来て一番良い笑顔を浮かべていることに……。
綾小路の事に意識を傾けてしまった櫛田は男子生徒が綾小路の方を睨みながら去って行った事にも気付いていなかった。
綾小路清隆に櫛田桔梗への恋心に近いものは生まれるのか?
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生まれる
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生まれない