「昔って程じゃないが、思い出すよ……なぁ?陀艮」
「あぁ、我々も前は馬鹿をやっていた」
10m程間隔をあけ、俺と陀艮は向き合っている。
「本気でやろう」
「あぁ」
互いの練り上げた呪力がぶつかり合い、少しばかりの風を巻き起こす。陀艮の目が細められ、威圧感が増していた。
肌がひりつく緊張。久々に全力を出せる機会。
高揚感が、心の中を支配していた。
「俺の事起こしたの、審判役のためかよ」
「よろしく」
「良いけどよ……」
腰を落とし、手を前に掲げ、我流で格闘の構えをとる。俺たちの訓練は、いつも俺の近接からだった。
陀艮は右腕を横に伸ばし、何かの準備をしている。腹に呪力が集まっていくのが見えるので、恐らくは式神を出そうとしているのだろう。
陀艮の術式は、「
また、彼は水を生成し、操る術も持っている。その力は俺にもあるのだが、いかんせん練度が違う。何故なら、俺は術式の制御にかなりの時間を割いていたから。正面から水をぶつけても、効果は期待できない。
そして、伏黒が手を真上に挙げる。
「準備いいか?」
「いつでも」
「あぁ」
「じゃ、はじめ」
気の抜けた声と共に、手が振り下ろされた。瞬間、俺は地が割れるほどの踏み込みで、陀艮へと拳を叩き込もうとした。
しかし、それは目の前に現れたグソクムシの式神によって防がれる。
「「死累累湧軍」ッ!危ないな、また速くなったか!」
「成長が早いのは、
勢いを変えず、突き進みながら陀艮にぶつけるように式神を吹き飛ばす。ぶつかりそうになったため、陀艮は式神を消滅させた。
そこで、陀艮は驚愕に目を見開く。
「式神に身を隠して……!」
「その通り──
「ぬぐっ……」
グソクムシの式神は、他の魚のような式神と比べて体が大きい。故に、伏黒と比べて1.2倍ほどある俺でも盾にする事が出来る。
出来た隙を利用し、顔を狙って殴り掛かるが、寸前で腕を盾にされる。
抜け出す隙を与えないよう、俺は更に攻撃を加え続けた。
「ハッ!抜け出せんだろ!?お前なら!!」
「フン……ぬぉああ!!」
「ッ!なんてパワー…」
左フックを繰り出すが、無理矢理手首を掴まれ空中へと投げられる。高さは5m程だろうか。
空中は足場が無いため、対応が限られる。手数も足りなくなり、最終的に全身を式神に噛みつかれ、降参するというのを一時期必勝パターンにされた。
が、今は違う。
「行け、式神達よ!」
「無駄だ」
「!一瞬で全てを喰らい尽くすか!」
腕の半ば程から、長い渦潮が発生する。その流れに呑み込まれた無数の式神達は、終ぞ帰ってくることは無い。その流れは、盃鑼の手へと流れ込んでおり、そこにある"口"に喰われてしまうからである。
生み出したのは50匹。陀艮も簡単にはやられないと思った数だが、読みが外れ、焦りにも似た感情を見せる。
だが、陀艮の中ではそれより大きい感情があった。それは、喜び。
盃鑼が明確な成長を見せたのは今に限った話ではないが、術式の操作で伸び悩んでいたのは陀艮も知っている。故に、それを乗り越えた彼に、子の成長に対する想いにも似たものを抱いてしまった。
彼は盃鑼を出来るだけ対等に見ようとしている。だが、海は万物の母となるもの。自身の根幹にあるものには、逆らえない。
そして、もっと
(大振りの薙ぎ払い、その後の隙はどうする!)
陀艮はすぐさま気持ちを切り替え、動きの速いピラニア型で攻め立てる。それに対し、盃鑼は何もしない。
終わりかと考えていた陀艮の思いに反し、盃鑼は────
(───何も、せずとも)
盃鑼に喰らいつこうとしたピラニアが、牙を突き立てた途端消えていく。何の抵抗もなく盃鑼は地面に降り立ち、再び格闘へと持ち込もうとする。
(実現出来ていなかった全身への術式反映!)
それは、例え今まで共に生きて来たとはいえ、想定外の反応を隠せぬ情報。
今までは単なる消滅の術式だと考えていたため、イメージが上手くいかないことや、全身を消してしまうリスクに対する恐怖が勝り、全身まで影響を及ばせることが出来ていなかった。
ただ捕食する術式であると理解し、身体の一部であるという意識が強くなった為か、今や恐れは無くなっていた。
本来そのようなことは呪霊に起こりえない。盃鑼が転生者であるが故の障害だ。
(触れれば負ける!)
そう考えたのか、陀艮は俺の攻撃を避け始める。横への手刀を首を傾けて躱し、首を狙ったハイキックを屈んでやり過ごす。つまりは、俺が攻撃していない方向へ移動して逃れる。
それを待っていた。
胴の長いウツボの式神を生み出され、無理矢理距離を開けられる、が。
「ッグ!?」
陀艮が何かに脚を取られ、体勢を崩す。俺が仕込んでおいた"口"が、地面に拘束した。
これで、陀艮は右脚を……。
「舐めるな……!」
脚が無傷のまま吐き出されると同時に、それを為したモノが姿を現す。
タコだ。周りからタコの足が生え、凄まじい力で周りの地面を叩き割る。それに巻き込まれる形で口が破壊され、陀艮は脱出を果たした。
呑み込むつもりが無かったとはいえ、離すつもりも無かった。アイツも成長してるんだろう。
俺が今まで術式を把握できてなかった分、陀艮には一歩も二歩も先をいかれている。
立ち止まってる暇はない!
(無理矢理喰らわせてやる)
指を前方へと突きつけると、俺の周りから呪力の塊が二つ飛び出す。弾丸は俺の周りに軌道を描きながら変質し、鋭い牙の生えた異形となった。
捕食の術式を持つ小型呪霊。コイツらの牙を喰らえば、防御すら意に介さず貪られる。
「「
陀艮は追ってくる弾丸をなんとかして躱そうとするが、上手くいかない。
仕方なく、迎撃の選択をする。
(追尾かッ!しつこい……であれば!!)
「打ち落とす」
陀艮が立ち止まり、地面を強く踏み砕く。簡易的な印を組むと、そこを起点に、まるで海のような波紋が広がる。式神達も、尽く波に沈められる。
そして、一際大きな波が、盃鑼へと襲いかかる。
(このぐらいの厚さなら問題なく凌げる。別の目的が何か……)
「……ッ!これか!!」
突如として水面から出てきた蛸足が俺の足首に巻き付き、そのまま水面に叩きつけられる。背中から衝撃を受けたため、空気が押し出され、一時的な呼吸困難へと陥る。
(予兆が全く見えなかった……この大量の海水は、呪力感知対策のカモフラージュか!)
「がっふ……は……!」
「呑気に息を整える暇はないぞ!」
陀艮が接近し、よろめく俺に向かって殴りかかる。恐らくは俺の術式を警戒して、いつでも拳を止められるようにしているはずだ。
俺はまだ術式を纏ったまま動く事は出来ない。急制動をしても、十分立て直す時間はある。
と考えているだろう。
そこを突く。
(呪力の高まり!ここは一旦退い……)
「使わねーよ」
「!?ごはッ」
ただ呪力を強く溜めただけだが、効果は覿面。
それを術式使用の予兆だと勘違いした陀艮の顎先を強く殴り、ダウンさせることに成功した。
「ふ〜……ビビりすぎだぜ」
とはいえ、こんな手は最初の一回しか通じないだろう。負けない為にも、もっと頑張らなきゃだな。
「あ、終わったか?じゃ、勝負ありってことで」
適当な態度の伏黒に苦笑いしつつ、俺は陀艮を担ぐ。このまま自室で寝かせてしまおう。
そう思い、俺も運動場を後にしようとすると、後ろから二の腕を掴まれた。
「どうした天内」
「……敵は、強いか?」
「んー、強いぞ、俺より強い奴なんてゴロゴロいる。正直今の戦いだってぬるい方だ。殺しが無いからな」
「妾は、強くなれるか」
「……なれるさ。努力は裏切らないからな!」
話したい事を話せたのか、引っ張っている手が離される。
(……今度、天内がどういう扱いになってるか確認してこよう)
行方不明扱いならそれでよし、名を変えればいい。
ただ、未だに危険があるのなら……。
「あと少し、だな。お節介かもしれないが」
短い時間しか共に過ごしてはいないが、死んで欲しくはないのだ。
火礫蟲とか、土虫蠕定とか、呪霊が呪霊っぽいの生み出すの良いですよね。
拠点の隠蔽については、次回言及します。