私の同期は『スーパーカー』 作:立焔
『芦毛は弱い』
古くから続く、トゥインクル・シリーズにおける言説であった。
毛色だけで差別するのは良くないと主張するファンも当然ながら存在したが、『トゥインクル・シリーズ発足から今に至るまで、八大競争*1で芦毛のウマ娘が勝利したのはたったの一度しかない』という事実を前には彼らも沈黙するしかなかった。
しかも、その肝心のたった一度を勝ったウマ娘*2は同期でカリスマ的人気を集めていたスターの影に隠れがちだった事もあり、皮肉なことにますます俗説に拍車をかけてしまっていた。
『芦毛は走らない』
別に芦毛のウマ娘だけ体質が弱いなどといった科学的な根拠があるわけでもなく、むしろ迷信と断ずるべき言説ではあったものの、しかし特定の毛色の持ち主に対する偏見は間違いなく今もターフの上に滞留している。
「──いま、芦毛のことをバカにしました?」
プレストウコウもその理不尽を肌で体感してきた当事者の1人であった。それゆえ、マルゼンスキーの言葉に対して過剰ともいえる反応を示してしまうのは仕方のない事だったのかもしれない。
意図せず彼女の唯一の地雷を踏み抜いてしまった張本人は、しかし2回ぱちぱちとまばたきをしたのみで、普段みせるのと同じ余裕たっぷりの笑顔は崩さなかった。
「あら、そんな事ないわ。トウ子ちゃんの髪ならきっとグンバツの綺麗さになるって褒めたんだもの!」
「でもわざわざ『芦毛の子は中央だと少ない』って言ってましたよね。
「ちょっとトウ子、落ち着こうよ。よくないって」
「スピちゃんは早く食べ終わってください」
「はい」
2人の皿がすでに空になっていたことに今更気づいたヒシスピードは、黙って自分の髪と同じ色のパスタを口へと運び始めた。海鮮由来のしょっぱい味がした。
もそもそと1人で食事を続けるウマ娘を置き去りにして、会話はさらに続く。
「マルゼンさんだって聞いたことぐらいあるはずです、『芦毛は走らない』って。ないとは言わせませんよ」
「それは、あたしも聞いたことはあるけど……」
頬に指を当てたマルゼンスキーは、小首をかしげて続けた。
「でも、それってどうでもよくないかしら?」
一瞬、場の空気が凍りついた。……とヒシスピードは感じた。
マルゼンのやつとんでもない事を言いやがった、と彼女は目を丸くすると、最後の一口を掻き込んで事態の趨勢をじっと見守ることにした。
意図をはかりかねたプレストウコウがじっと次の言葉を待つなか、マルゼンスキーは続ける。
「だってトウ子ちゃんはトウ子ちゃんだもの。あなたが栗毛だったとしても、それは変わらないでしょう?」
「……」
「逆にもしあたしの髪が白かったとしても、あたしはあたしでしょ? 仮にスピちゃんみたいな真っ黒な髪でも、あたしはあたし。……ね?」
「なんか、うまく煙に撒かれてる気がします」
「ふふ、そうかしら」
マルゼンスキーは小さく微笑んだ。
「ちょっと毛の色が違うとか、ちょっと
彼女は言いたいことを全て言い切ったという表情をした。
テーブルを囲う3人にわずかな停滞の空気が満ちるあいだ、ヒシスピードはじっと今聞いた言葉を脳内で反芻していた。なんとも言いがたい心境を胸に彼女は考え込む。
(……マルゼンにしては珍しく普通の言葉遣いだったし、論旨は理解できる。『他人の評価を気にする前に、自分のやりたいことを大切にしよう』っていう意見自体も共感できる。なのに、なんでだろう? 私はそれを聞いてすごくモヤモヤしてる。心のどこに引っ掛かってるのかも分からないけど)
考えるあまり、難しい表情をつくって唇をとんがらせてしまったヒシスピードは、(これは寝る前にでもじっくり考えよう。私の
プレストウコウはさらに複雑そうな表情をしていた。ヒシスピードの目には、それは悩みや逡巡の現れというよりも、不承不承自分に言い聞かせようとする際に滲み出る顔つきに見えた。
ぐいと勢いよくグラスを
「そういう事にしておきましょうか。……マルゼンさんって、思ったより面白いんですね」
「面白い? あたしが?」
「はい。
お礼を言いながらも若干含みの残った言葉を聞いて、多分トウ子はまだすこし根に持ってるな、とヒシスピードは冷静に分析していた。
何があっても彼女は怒らせないようにしよう。
「えっと、話は終わった? その……時間が結構、まずいと思うんだけど」
おそるおそる口を出したヒシスピードが指差した時計は、昼休み終了まで残り5分しか残されていない事を示していた。
帰り道を全力疾走してようやく間に合うかどうかのタイミングだ。全員で顔を見合わせ、しばしの沈黙が降りる。
「……どうせ遅れちゃうなら、のんびりテクシーで帰りましょうか」
「「賛成!」」
色々あっても、こんな時の意思統一は素早い3人だった。
「げろげろ〜、どうして2人はお咎めなしであたしだけ反省文なのかしら……」
「マルゼンが行きたいって言い始めたんだから仕方ないでしょ。主犯格ってやつ?」
まんまと
昼休みを遥かにオーバーして帰還した3人は、無断で制服に着替えて外出していたという余罪もあり、当然ながら監督の教員の
「ところで、トウ子ちゃんはどこに行ったのかしら」
「『ちょっとトレーナーさんたちと話してきます』って言ってたよ。今ごろ囲まれてるんじゃないかな」
「なるほど!ザ・ワールド!*3」
「……?」
念の為に周囲を見回して、特に時間が止まった痕跡もなさそうだと察したヒシスピードは、それ以上深く考えない事にした。マルゼンスキーにはよくある事だった。
うろうろ歩き回ってグラウンド周囲の斜面でレースの観戦に向いていそうな場所を見繕うと、2人は適当に座り込む。
「スピちゃんはトレーナーさんたちの所に行かないの?」
「私はもう大体決めてるから。今日集まってる中には居ないんだけどね」
「ふーん……」
マルゼンスキーは返事をすると、前髪をつまんでいじりながら何かを考えるそぶりを見せた。物憂げな色をたたえた翡翠の瞳は、明るいブラウンの前髪が指によって散ったり集まったりする様子を映す。
「マルゼンはどうなの? もう決めてたり?」
「うーん……」
夏の太陽をきらきらと屈折させる栗色の髪に一瞬
そのまま数秒ほど髪を
「な〜んか、ビビっとこないのよねぇ」
「……っていうのは、理想のトレーナーが見つからないって意味?」
「ううん、それもあるんだけどね。『君なら勝てる』『あなたなら頂点を目指せる』って言われても、なんだかよく分からないの」
「まあ、気持ちはわかるよ」
ヒシスピードは手慰みに斜面の芝を引っこ抜きながら応じた。根っこまで綺麗に取れたのに満足して、哀れな青草を放り投げる。わずかな土臭さだけが指先にのこった。
「私もあんまり実感はないもん。『君のお姉さんと同じように安田記念を勝とう!』なんて言われても、うるさい! って最初に思っちゃうし」
「スピちゃんってお姉さんがいたんだ」
「そうだよ、私は3姉妹の末っ子。けっこう歳は離れてるんだけどね」
「安田記念で勝つだなんて、すごいお姉さんだったのね」
「うん、どっちも自慢の姉さんなんだ。私は小さい頃からいっつも姉さんとばかり競争していて、そして──」
いつも負けてた。
そう続くはずの言葉を、ヒシスピードは発する事なく飲み込んだ。
「まあ、とにかく。私だってこんな感じなんだから、マルゼンもあんまり悩まずに好きなようにしたらいいと思うよ。『あたし達はあたし達の好きなように楽しんで走りましょう』だっけ?」
「そうしようかしら」
ヒシスピードが声真似をしながらニヤリと笑うと、真似された張本人は眩しそうに目を細めて返事をした。
それっきりしばらく会話は途切れ、選抜レースの賑やかな歓声が代わりに空間を満たす。
幸いにも午後の睡魔は照りつける真夏の太陽に駆逐されていたが、その代わりにヒシスピードの真っ黒な髪は大量の熱を吸収していった。
「……ねえ、暑いからどこかに涼みに行かない?」
「モチのロンよ!」
流石に我慢できなくなってきたヒシスピードが提案すると、即座に同意が返ってきた。
「ねえ、スピちゃん。ところでなんだけど」
「どうしたの?」
「ちょっと気になったんだけど、あたしの喋り方ってそんなに
「……マルゼンがどんな喋り方だとしても、私はずっと友達だよ」
「スピちゃん?」