一夏→→→←箒   作:佐遊樹

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もうちょっと続くんじゃよ


一夏→→←箒

「あいつは? いないけど」

 

「え? 行方不明?」

 

「……なんで」

 

「ひとりにしないって言ったのに」

 

「あたしの、最後の希望になってくれるって、言ったのに……」

 

 

 

 

 

「うそつき」

 

 

 

 

 

【呟いた言葉が現実になるように、ずっと願っていた】

 

 

 

 

 

「お疲れさまー」

「うっす」

 

 先にシフトを終えた女子大生が、カバンを肩にかけ直した。

 陳列棚を整理している青年は適当に返して、目先のカップ麺の山との格闘を再開する。女子大生はなぜか人差し指と人差し指をもじもじと突き合わせてその場に留まっていた。

 女子大生はコンビニの制服から(アルバイトに来るにしてはやけに)華やかな私服に着替えているが、青年の方はまだ制服姿のままだ。

 

「あ、あの、明日とか、空いてるかな……?」

「明日は……昼にライブ会場整理のバイトが入ってる、ぐらいっすね」

「そっ、か。えっと、じゃあ夜とかは」

「まあ時間は……ありますけど……」

 

 先ほどから店長からの視線が痛い。

 

『ヤるならヤっちまえ、フられて気まずくなった相手が辞める最悪のパターンをお前は繰り返し過ぎだ』

 

 レジ裏でそんなことを言われたのを思い出した。

 現に今も、目が『これで何度目だふざけるなよ』と語っていた。青年としても――女性の方に大変失礼な言い方ではあるが――好き好んで想いを寄せられているわけではないので、そう言われても困るのだが。

 

 世の中が女尊男卑の色に染まっていても、庶民の恋の駆け引きというのはかつてと変わりないのだ。

 もちろん高い社会的地位を持った人間ならば事情は変わってくるのだろうが。

 

(……断る理由考えとかないとな)

 

 女性と2人で食事にでも行って散財するなど、同棲している幼馴染に申し訳が立たない。

 今だって、2人の住む小さな家を守り、生活全般で青年を支えているのは、その幼馴染なのだから。

 

 

 

 

 

 織斑一夏と篠ノ之箒が姿を消して数年。

 

 ISは世界最強の兵器となり、女尊男卑の元凶となり、その扱い方を学ぶ学園が島一つを使って立ち上げられていた。

 

 

 

 

 

【走り抜ける最中に見つけたのは、手にしていた最後の切り札】

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 二階建てのアパートの、階段を上って突き当たり。

 一夏が住んでいるのは、六畳一間のその部屋である。トイレとユニットバスこそついているが、2人で住むには狭苦しい。

 ドアを開けてナイキのスニーカーを脱ぐと、中から声が返ってきた。

 

「おかえり、一夏」

 

 出迎えたのは、現在行方不明となっている日本政府にとっての要人――篠ノ之箒。

 ISを開発した篠ノ之束博士の妹だ。

 

「今日はもう飯にしようぜ。腹が減って仕方がない。背中と腹がくっつきそうだ」

「食べ盛りなことだ……今日はカレーだぞ」

 

 割烹着に身を包んだ箒は、見る者すべてを虜にする柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 この部屋に住む2人の立場は複雑を極める。

 

 片や篠ノ之博士の妹、失踪してから数年が経過した現在も政府は公に目撃情報を募って捜索に当たっている。

 彼女の身柄を確保することは、篠ノ之博士との交渉において有効なカードとなるからだ。各国が博士の技術を引き出したい以上、日本政府がその捜索に躍起になるのは自明の理だ。

 

 片や織斑千冬の弟、失踪したこと自体があまり知られていないが、実姉を含み彼を知る者は、未だに血眼になってその姿を探しているらしい。

 彼が箒の失踪を手引きしたことは、さらに言えば、その際に彼が女性にしか使えないはずのISを使ったことは、日本政府が箝口令を敷く機密情報だ。詳しい事情は千冬すら知らない。すべては一夏自身と束のみが知っている。

 

 

 

 一夏は履き古したリーヴァイスに無地のTシャツという格好のまま腰を下ろした。

 部屋の中央に置かれたちゃぶ台に、適当にコップを置く。箒が夕飯の準備をしている間に麦茶を注ぐのがいつもの仕事だ。

 

「明日は派遣の方だったか」

「おう。朝からだな。箒は道場か?」

「うむ」

 

 このアパートから歩いて20分ほどの所に、一つ剣道場がある。

 近辺の学生、とくに剣道部の生徒らが通い剣道を学ぶ場であるが、箒はそこで年少者のコーチをしていた。

 一夏と共にいることで心の平静を手に入れた箒は、揺るぎのない水面の心を会得していた。業は空を裂き、剣気は相手の喉を突く。

 乱れはなく、一切を受け流し、合切を切り捨てる。

 齢十五にして、完成された篠ノ之流剣士の姿が、そこにはあった。

 

「最近はあの子らも手ごわく育ってきていてな。大会の結果が楽しみだ」

「はははっ、箒に鍛えられたんじゃあ、向こうからすればターミネーター軍団みたいなもんだろうなあ」

「ほう」

「おっと、今日は面白いテレビはないかなーっと」

 

 冷や汗を流しながら一夏はリモコンに手を伸ばす。そんな彼をジト目で見つめながら、箒は大皿にご飯をよそった。

 二人の生活は、狭くて苦しいけれど、でも。

 

「…………」

 

 カレーを注ぐ際に、一夏が横からもっと多く、と注文してきた。

 何を偉そうに――だが、こうして、食事の時に誰かと言い合いができるということの大切さを、箒は身に染みて理解している。

 そしてその相手が一夏であることがどんなに幸せであるかも、いやというほどに分かっている。

 

 だから、こんな些細な言い合いでも、思わず笑みが漏れてしまう。互いの存在を直に感じることが嬉しくて。

 

「……少しだけだぞ」

「おっし!」

 

 なんてことはない会話の一つ一つが、嬉しくてたまらない。

 大盛りのカレーを次々と口に運んでいく一夏。

 あとでつける家計簿を頭の中でめくりながらも、箒はその食べっぷりに笑みを浮かべていた。

 あっという間に皿は空になった。

 

 

 

 

 

 

「それと、な、私はIS学園に行くことにした」

 

「は……?」

 

 

 そして、その笑みのまま、箒はその言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 一夏は、考える。今自分の腕の中で眠る少女のことを。

 何があっても守り抜くと誓った。神仏にでも彼女の家族にでもなく、自分自身で決めて、自分自身に誓った。外敵に指一本触れさせない。傷一つ付けさせない。手の届く限りは、この身をすり減らして戦って戦って守る。

 

 寝返りを打とうと箒が体をよじった。寝間着と寝間着がこすれ合う。

 その体を無理矢理腕の中に押し込む。勝手にどこかへ行かせるものか。今ここで腕を放したら、朝になったら彼女が消えている。そんな予感すらするのだ。

 

 あの時みたいに、自分の世界から箒だけが消えてしまう、そんな気がするのだ。

 

 ……視界が変に滲んだ。

 こう思い詰めても仕方がない。

 

「何故、か」

 

 その問いに箒は答えてくれなかった。

 どうして。なんで。彼女は曖昧な微笑みを浮かべるだけだった。

 今の生活に不満があるのか? いやそうだとしても、IS学園に向かう理由にはならないだろう。なにせあそこは、彼女の姉が開発した――

 

「……ッ!」

 

 ガツン、と頭をハンマーで殴られた。

 

(バカか、バカなのか――俺はッ!)

 

 今の世界を見て、箒が何も思わないわけがない。当たり前だ。

 ISの開発者の妹が何も思わないはずがない。

 

(箒は……世界を、変えるつもりなのか)

 

 ISを使えるものは世界の覇権を手に入れることもできるだろう。

 世界最強になれば。

 

 

 

 そこに俺の姿はあるのか?

 

 箒が最速で駆け抜けて、俺は置いて行かれるんじゃないのか?

 

 胸が痛い。

 

 胸が、痛い。

 

 

 おれは……

 

 

 

 

 

 

【嵐の中へ飛び込むのに迷いはない、躊躇う瞬間に闇に呑まれるのだから】

 

 

 

 

 

 

「えーっと、転入生を紹介します!」

 

 ユナイテッド・キングダム代表候補生であるセシリア・オルコットがクラス代表を務める一年一組。

 先日行われたクラス代表リーグマッチでは決勝戦で惜しくも二組の代表に敗れ準優勝となった活気のあるクラスで、副担任の山田教諭が嬉しそうに声をあげた。

 

「転入生?」

「二組の子みたいに代表候補生だったり!」

「美人かなー?」

 

 ざわめきが広がる。

 ドアを開き、入って来た人間は3人。

 

 先頭はクラス担任の織斑千冬。その表情は奇妙に歪んでおり、泣き止んだ子供やかんしゃくを起こす幼児のようにも見える。その顔はクラスの生徒に衝撃を与えるほどに感情的だった。

 

 視線をスライドさせれば、学園の制服を着こんだ少女。恐らく彼女が転入生なのだろう。

 この学園では制服の改造が許されており、一組二組の各クラス代表は気ままな改造を施しているが、目の前の少女にそういう処置は見られない――というよりも、その貌、歩くだけでも感じられる気品には、余計な装飾は不必要である。

 

 次。三人目。ダークスーツを身にまといサングラスをかけたおとこ――男!?

 

「えっ」

「は、」

「ファッ!?」

 

 思い思いの戸惑いの声が上がり、最後に、

 

『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』

 

 教室が爆発した。人が廊下を歩いていたらそう確信させる程度には、大音量の絶叫が生徒たちの口から響き渡った。

 

「し、静かにしてくださいっ」

 

 おろおろしながら山田先生が注意するが混乱は収まることを知らない。

 

「たまげたなぁ……」

「33-4」

「な阪関無」

「何!? ISを動かせる男子って実在したの!? 都市伝説じゃなくって!?」

「あ~、お嬢さん、悪いが俺はISなんて動かせないぜ」

 

 立ち上がって唾を飛ばす女子へサングラス越しに視線を向ける。

 その言葉が浸透すると同時にクラスを静寂が満たした。

 

『では、何故』

 

 無言で繰り出されるその問いに答えたのは、転入生と思しき少女だった。

 彼女は手に持っていた竹刀袋の切っ先を床に突き立て、柄に両手を重ねる。そのまま意気揚々と宣言した。

 

「私は篠ノ之箒! ご存じだろうが、あの篠ノ之束の妹だ! 今日よりこのクラス所属となる!」

 

 ――ッ! クラス全員が背筋を正した。そうさせる威力が箒の宣言にはあった。

 戸惑いすら許さない凛とした声色。相手を切り裂かんとする双眸。

 それらをふっと緩める。それだけで、ピンと張りつめたクラスの緊張が弛緩する。

 

「こいつは私のボディーガードだ。要人保護用に日本政府の特殊組織から派遣されている」

「っと、なら俺も自己紹介しないとってワケかな」

 

 サングラスを外す。息の詰まる音が聞こえた。

 その下から姿を現した美貌は、男性と触れ合う機会の少なかった少女たちを呆然とさせるには十二分。

 

「俺のことはワンサマーと呼んでくれ。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

「ワンサマー……一夏がワンサマー……くくくっ」

「おいっ、あんまりその名前で呼ぶんじゃねえよっ。名前がおかしいのが分かってんだから」

 

 寮への帰り道、一夏は憮然とした表情をしていた。箒の隣の部屋を借り受けているが、ほとんど彼女の部屋に入り浸ることになるだろう。

 

 授業中、一夏は基本的に教室の後ろで壁に背を預けていた。クラスの生徒たちに不穏な動きがないかをチェック。朝の段階で教室を狙える狙撃ポイントは確認し、センサーを置いてある。他にも不審な動きがあればすぐ察知するよう『白騎士』を起動させているが――

 

(ま、この学園に侵入できる奴がいるとは思えないけどな)

 

 そもそも一夏はボディーガードのプロではない。

 箒が学園への転入を希望する際に、ボディーガードとして一夏を指名したのだ。彼がISを使えるということを知っている日本政府としては彼を送り出すのは避けたかったが、国際IS委員会からの圧力もかかった。

 つまり、隙あらば一夏のIS起動能力を世間に発表しようとしているのだ。

 

 

 一夏の立場――すなわち『ISを使える男子』の立場は非常に危うい。

 世間としては都市伝説、眉唾物の空想として扱われている。

 だが日本政府はその存在を知っており、国際IS委員会も『どこからともなく』リークされた情報を掴んでいた。現状を維持していても、ひょっとしたら男性がISを使うメカニズムを日本が解明してしまうかもしれない。

 最悪のケースは、そのことがどこにも知られず、日本がその技術を独占することだ。

 

 

 だからこそ束の親族である箒が学園に入学することは日本から歓迎された。というよりは、行方不明にしておくのが拙かったのだ。学園なら箒の身柄も、その安全も確保できる。

 はっきり言えば一夏は他人の護衛どころではない。むしろ一人で潜伏し身の安全を確保すべきだ。

 箒はそう言って反発したが、一夏は従わなかった。

 

 彼女は俺が守る。そう誓った。

 守れなかった日を胸に刻んでいるからこそ、誓ったのだ。

『それでも』、今度こそ守ると。

 

「まあ俺だって簡単にヘマはしねえよ」

 

 そう笑って、一夏が自分の胸を親指で指した。

 

「『白騎士』がここにいてくれるからな」

「……そう、だな」

 

 ――そうだ。その笑顔を守るために、俺は世界(ここ)にいる。

 

 

 

 

 

 

 ぎちぎち。世界が軋んでいる。

 

「なんで……」

 

 かつて隣にいた笑顔が視線の先にある。

 かつて自分に向けられていた笑顔をたたえて。

 

「なんで……あたしじゃないの……?」

 

 かつて彼に希望を見出した少女は、彼の笑顔に絶望していた。

 

 

 

 

 

 

【誰にも止められない、止めさせない――この心が覚醒めるのだけは】

 

 

 

 

 

 

「あら?」

 

 セシリア・オルコットがクラスに入った時、教室の中は妙な雰囲気に包まれていた。

 視線をめぐらせてみれば理由は明白だった――二組代表である鈴が、なぜか居座っている。それも転入生である箒の席に。

 生徒たちが困ったようにこちらに目を向けてくる。

 

 ――まったく。何があったというのでしょうか。

 

 本来セシリアは温厚であり、その高貴な生まれに見合う器の持ち主である。唯一の欠点は男性嫌いという点であるが、女子しかいな『かった』この学園では、彼女は実に模範的な生徒として立ち振る舞えるのである。

 ローファーと床がかみ合う音を響かせ、セシリアは彼女に近づいた。

 

「鈴さん? 何か御用でして?」

「…………」

 

 振り向いた彼女が前髪越しにこちらを見やる。視線が炸裂する。

 

「……ッ!?」

 

 思わずセシリアは一歩退いた。胸に刃が突き刺さるような鋭利な殺意を感じた。――が、それは幻覚。すぐに咳払いして平静さを取り戻す。

 

「どうしましたの? ただ事ではないようですが」

「…………このクラス、転入生、来てるわよ……ね?」

「え、ええ。篠ノ之箒さんですわ」

「…………そのボディーガード……は」

「ええっと、ワンサマーさん、だったはずですが」

 

 ちょうどその時、部屋の扉が開かれた。箒と一夏が入って来る。

 だが途中で一夏は足を止めた。口元がひくついている。

 

「マジかよ……」

「あんた……一夏、よね?」

 

 鈴が詰め寄る。

 一夏が距離を取る。

 箒が間に割って入った。

 それだけで、彼女の表情がこわばった。

 

「なん、で」

「こいつは私のボディーガードだ。話す時はなるべく私を通してくれ」

「逆だろ普通」

 

 絹を引き裂くような悲鳴。

 

「なんでッ、あたし以外の女を守ってんのよぉ!!」

「――ッ!」

 

 小さな手を机に叩きつける。乾いた音が教室に響き渡る。

 

「あたしを守ってくれるって言ったじゃない! あたしを絶望させないって、あたしの最後の希望になるって言ってくれたのに!!」

「それは、全部、過去の話だ」

 

 サングラスを外すことなく断言する。

 いっそ冷たいとも言える声色だった。鈴の頭に血が上る。

 

「答えてよっ! あたしを――なんで見捨てたの!?」

「ッ……」

 

 言葉に詰まる。肩で息をしながら彼女はじっとサングラスを見つめていた。

 

「……そこまでだ。あまり困らせるな」

 

 間に箒が割って入った。

 鈴がギロリと転入生を、自分と一夏の間に割り込んできた異物を睨み付ける。

 

「あんた……」

「こいつと話したいのなら私を通せと言ったはずだ――または、私を倒すか」

 

 言い終わらないうちに鈴が『甲龍』の右腕を召喚した。

 

『――!?』

 

 悲鳴が上がる。大気がひび割れる。

 振りかぶった右腕が箒の体に叩き続ける――が、後ろから伸びた一夏の手がその拳を受け止めた。ISアーマーが一夏の握力に晒され軋む。

 

「……そうだな。悩むべきじゃなかった。今の俺はこいつを守るためだけに、ここにいるんだから」

「――悩む価値すらないってワケ!?」

 

 詰め寄ったところで出席簿が視界を遮った。

 

「いつまで騒いでいる。もうLHRの時間だ」

 

 担任である織斑千冬がいつの間にか来ていた。

 

「篠ノ之が言っただろう、この男と話したければ、彼女を倒せ」

「……ッ」

 

 殺意を込めた視線が炸裂した。思わず箒が眼を背けてしまうほどのものだった。

 

 

 

 

 

「ぜったいに、ゆるさないから」

 

 

 

 

 




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