一夏→→→←箒   作:佐遊樹

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正直完結諦めてたけどデータ発掘したので上げます


一夏→→→←箒

【戸惑う暇もない 真昼の夢でもない】

 

 

 真っ暗な部屋で、誰かが泣いていた。

 誰かは分からないけど、ないていた。

 女の子かもしれなかった。男の子かもしれなかった。

 俺はその子に手を差し伸べた。そうするべきだと思ったから。その子は顔をあげ、俺の手を見分した後、恐る恐る手を伸ばしてきた。

 俺は笑ってその子の手を握り返した。

 

 その子は言った。

 

『最後まで守ってくれないのに、嘘つき』

 

 その子は鈴だった。俺の笑顔は吹き飛んだ。

 

 鈴が、目を真っ赤に泣きはらした鈴が、俺の手を振り払ってどこかへ駆けていった。追いかけようとして、足が動かないことに気付いた。

 地面を見る。俺の足は鎖に繋がれていた。

 

 俺の足は――箒と鎖で繋がっていた。

 

 

 

「……バカかよ、俺」

 

 

 

 

【出会った瞬間から 悲劇なら始まっていた】

 

 

 

 

 

「なるほど、逆恨みだな」

「よく断言できちゃうよな、感心するぜ」

 

 鈴のことを一通り話すと、箒は緑茶を啜りながらそう言った。

 サングラスをかけたまま一夏は思わず脱力する。

 

「それにしても厄介なことばかりお前の周りでは起こるな。私を筆頭にして。私を筆頭にして」

「自虐はやめろ。なんかこっちまで悲しくなってきた」

 

 正面の彼女にチョップを当てて、部屋の照明を見上げ嘆息。

 すべての授業を終えて帰寮しても、やはり問題は解決されないまま。クラスの中ではあれやこれやと根も葉もないうわさが飛び交っている。大体は一夏の印象を悪くするものだったが、そんなことはどうでもいいのだ。

 

「それで、どうするつもりだ」

「別にどうも……俺に何かできることなんてないしな。鈴には悪いが、あの約束は反故にするしかない」

 

 そうか、とだけ答えて、箒は再び湯呑を傾けた。

 

(……今更何ができるっていうんだ。俺は箒を選んだ、箒のためだけの存在になることを決めたんだ。ならもう、この道を行くしかないだろ?)

 

 誰の賛同を得ることもできないとは分かっていても、それでも一夏は空々しい問いを自分の胸に投げかけた。

 想定通り、反応はなかった。

 

 

 

【風を切り裂くマシンが 闇の中を進んでいく】

 

 

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 鈴が怒鳴り込んでから明けて翌朝。

 教室の監視ができるポジションでじっと箒を見守る一夏の背後に、声が投げかけられた。

 

「……セシリア・オルコットさんだったか。イギリスの代表候補生の」

「覚えていてくださって光栄ですわ。隠密行動に長けていますのね……探すのに手間取りましてよ」

 

 背後には制服を優雅に改造した少女が佇んでいた。

 耳に光る蒼いイヤーカフスはISの待機形態だろう。

 

「授業をさぼってまで、俺に一体何の用で?」

「鈴さんのことです」

 

 真っ直ぐな視線を向けられ、思わず一夏は目を背けた。

 

「何が後ろめたいことがある……というのは、今の反応からしたまるわかりですわね」

「……君に話すようなことじゃないさ」

 

 授業時間が終わり、一組の生徒達は教室を出ていった。次は他クラスと合同の実機演習だったはずだ。

 箒の周囲に人はいない。先日の騒ぎのせいか、彼女と接していた生徒も遠巻きになってしまっていた。自分が箒の生活を乱している――それが何より、一夏にとっては耐えがたい。

 

「ではまどろっこしいことは抜きに致しましょうか――ちょっとツラを貸してくださいまし」

「は?」

 

 お嬢様としての雰囲気を散らす彼女から、予想だにしないセリフが飛び出て、一夏は思わずぽかんと口を開いた。

 

 瞬間、勢いよく彼女の右手が振り抜かれた。頬に鋭い痛み。サングラスが床に転がる。

 

 ビンタされた。頬を張られた。事実を理解するのに数秒かかった。

 

「男なら……忘れたの一言で済ませるなんて卑怯が過ぎるんじゃありませんの!?」

 

 ビンタよりもっと痛い言葉の一撃が胸に刺さった。痛みがじわじわと脳に達する。

 

「ええそうですわ、私はあなた達の事情なんてちっとも知りません! ですが! それでもあなたの対応は目に余りますわ! 男らしくない!」

「……そんなのッ!」

 

 思わず声を荒げていた。

 

「そんなの分かってるさッ! でももう選んだんだ! 俺は箒を! 彼女を守る!」

「ならそれをさっさと鈴さんに言いなさい!」

 

 セシリアが人差し指を突き付けた。

 

「真正面からきちんと! そして選ばなかったことを悔いて説明して謝りなさい! それが――男としての責任でしょうに!」

「……ッ」

 

 気迫に圧され、一夏は呼吸を止めていた。

 

「逃げるなんて許しませんよ、そう――鈴さんから、これ以上逃げないで」

 

 言いたいことを言い終わったのか、セシリアは少し呼吸を落ち着かせてから、優雅に髪をたなびかせた。

 

「以上! ですわッ!」

「…………」

 

 ひりひりと喉が痛い。何も言い返せない。ずっと鈴から逃げて、そして今追い詰められて、自分は彼女を切り捨てたからと、そう言い聞かせて彼女を視界から追い出そうとしていた。

 そのことを突き付けられた。

 改めて確認してみれば――

 

「――ハハッ。ゴミクズだな、俺」

「ええ」

 

 でも。

 

「今から、間に合うかな」

「ええ」

 

 二度目の相槌は、慈愛に満ちた優しい声色だった。

 

「……がんばってみるよ、オルコットさん」

「せいぜい頑張ってくださいまし、ワンサマーさん」

 

 そう言われ、一夏は頭を掻いた。

 

「改めて、だけど。俺の名前は織斑一夏――よろしく」

「オリムラ、イチカさん……ええ、""はじめまして""。よろしくお願いしますわ」

 

 実機演習はもう始まっているようだ。アリーナから駆動音や銃声が聞こえる。

 それを聞いてセシリアは表情を歪めた。実機演習を代表候補性がサボタージュしているのは非常にまずい。

 

「送っていくよ。俺も箒の様子を見なきゃいけないし、それに……二組だって、あそこにいるはずだから」

「……お願いしますわ」

 

 格好のつかないオチがついてしまい、セシリアは諦めたように嘆息した。

 ふと一夏は教室を出ようとして、彼女に向き直る。

 

「……ちなみにだけど、さっきの、ツラを貸せっていうのは?」

「クラスメイトのナギさんから教えていただきましたのよ、頬を張る前に言えと」

「それ、間違ってる」

 

「えっ」

 

 誇らしげに胸を張ったまま呆然とする彼女の表情がおかしくて、一夏は思わず笑っていた。

 

 

 

【それはただ 戦うためだけに】

 

 

 

 アリーナがやけに騒がしかった。

 生徒達が慌てたように走り回り、教員の怒号も響いていた。

 

「……何ごとですの?」

「しっ、篠ノ之さんと二組の代表ちゃんが戦ってたら、いきなり――ッ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、遅れてアリーナにやってきたセシリアは頭を抱えた。

 大方二人の決闘がヒートアップし、互いに引き返せないところまで踏み込んでしまったのだろう。それならば、今隣にいる男が幕を引くべきだ。

 

「ワンサマー、さん?」

「いや……ただの決闘にしては様子がおかしい」

「……ッ!?」

 

 改めてアリーナの惨状に目を凝らす。

 客席を保護するエネルギーバリアーが引き裂かれ、グラウンドのあちこちが砲弾が直撃したかのようにえぐれている。

 そして空中で死闘を演じる二機のIS。

 

「これ、吹っかけたのはどっちからなんだ」

「え、ええっと、二組の人、ですけど、その……」

 

 話しかけた少女は、一組の教室にいた少女だった。

 一夏を見る視線には嫌悪の色が浮かぶ。どう考えても、この決闘は痴情の縺れだ。そして彼女の目の前にいる男こそが、その元凶だ。

 ならこうした視線を向けられるのも仕方がない、一夏はそう割り切る。別に誰から好かれようと嫌われようと関係ない。ただ彼の世界は、愛しい幼なじみだけを中心として回るのだ。

 

「それで、なんだが――箒が纏っているあのISは、何だ?」

 

 彼の指さす先。

 鈴が展開する専用IS『甲龍』と真正面から斬り合う、真紅のIS。

 バイザー型センサー補助装置に隠れてその美貌こそ見えないが、ランナーはどう考えても篠ノ之箒。

 だ、が、彼女が専用機など持っていたのか?

 

「分かんない、けど、いきなり『打鉄』がああなってッ」

「学園のISが一次移行したのですかッ!? しかし、自己進化機能にはリミッターがかかっていたはず……ッ!?」

「いいやあり得る、箒ならな」

 

 エネルギーバリアーの切れ目を潜って堂々とアリーナに侵入しながら、一夏がそう言った。

 

「あいつ、IS適性が『SS』だからな……何が起きたって不思議じゃない。そうだろ? 束さん」

 

 不意に彼の眼前にウィンドウが立ち上がった。

 映るのははっきりと焦燥を顔に浮かべた、世紀の大天災――篠ノ之束。

 

『うん、さすがいっくん。理解が早いね』

「何が起きてるんですか」

『私が作成したISコアには自我がある、って言ったら信じる?』

「その存在を前提としたらこの事態が説明できるのなら――信じます」

 

 隣に『甲龍』が墜落する。

 せき込みながら立ち上がる鈴の体から、量子となって『甲龍』が解除される。エネルギー残量ゼロ、それも装甲を維持することすらできない具現化維持限界(リミット・ダウン)。継戦は不可能だろう。

 

『そのプログラムが暴走してる――箒ちゃんの適性値が高すぎて、コアネットワークの制御を振り払ってでもあのISが箒ちゃんを守ろうとしたんだ』

「それぐらい追い詰められてた、と? あの箒が?」

 

 返答の代わりに別のウィンドウが立ち上がった。

 表示されるデータに瞬時に目を通し、一夏は毒づく。

 

「あのバカ!」

 

 膝を震わせながらどうにか立ち上がった鈴の目の前に、真紅のISが舞い降りた。

 両の手に持った太刀が煌めき、一閃。

 一夏がタックルのような勢いで鈴を巻き込み転がっていなければ、鈴の首は宙に舞っていただろう。

 

「い、いちか……」

「じっとしてろッ」

 

 立ち上がり、スーツについた砂を払う。一張羅が台無しだと呟いて、その背広を脱ぎ捨てた。

 サングラスを外す。肉眼で、愛する少女の殺意の視線を直視する。

 太刀が振るわれた。

 首の皮一枚を切り裂き、そこで停止。鮮血が切り口から溢れ出すのにも構わず、一夏はひらすた不動。

 

「俺はお前を裏切らない――そんな単純明快な真理すら、信じてくれていなかったのか」

『……いち、か……?』

「大丈夫だ、俺は絶対にいつでもお前の味方だ。世界がひっくり返ろうとそれだけは変わらない」

 

 突き付けられた太刀を握る――が。

 同時に背後の鈴が一夏を、眼前のISから引き剥がした。

 

「危ないわよッ! 何してんの!」

『――――ア、アアアァァアアァアアアアアアアアアアァアアアアアアァアアアアアアァアアアアァ!!!!!』

 

 それは、いつも通りの光景だった。

 それは篠ノ之箒にとっていつも通りの光景だった。

 どこかの誰かが自分から奪っていく。家族も友人も、手に抱えていたものをすべて力尽くで奪っていく。

 

 けれど。

 

 最後に残されたたった一つの希望が――織斑一夏が奪われるのを、箒は直視できなかった。

 

「鈴、お前、結構エグい性格なんだな」

 

 焦りの色一つ見せないまま、一夏がそう言った。

 

「え……?」

「お前らの戦闘ログを見た。結構言葉で揺さぶりに行ったんだな……やめてやれよ、あいつ、ああ見えてメンタル弱いんだからさ」

「――ッ! でも、でもッ!」

「ごめんな」

 

 暴力が疾風となって吹き荒れる。無秩序に放たれた斬撃が大地を抉り、風圧に一夏が目を細めた。

 

「でも俺やっぱ、あいつが好きなんだ」

「――――――――」

「お前とあいつ、どっちを取れって、そりゃあいつを取るよ。だからごめん。お前の気持ちには応えられない」

「ぃ、ちか」

 

 弱弱しい声。

 後ろから感じる温もり。抱き付かれている。

 

「……諦めないもん。絶対に、フラれたぐらいじゃ、あたし、諦めないもん」

「ああそうだな。お前は、そういう女だった」

 

 背後から回された細い腕を、ゆっくりと解く。

 成すべきことがある。だから、ごめん。そう一夏は言い放ち、背後の少女を置いて一歩踏み出した。

 

 世界から音が消える。

 ただ二人だけの世界。暴力の化身と化した愛する少女。

 一夏はただ、あまりにも無防備に彼女へ歩み寄った。

 

「織斑さんッ!!」

「一夏ァァァァ!」

 

 誰かの叫び声も聞こえない。

 ただそこには、彼女のための剣だけが在る。

 

『世界を信じなくてもいい。ただ箒ちゃんを信じていれば、多分いっくんにとっては十分だと思う。それでも世界はきっと、無責任にもいっくん達に何かを託そうとしてくる』

 

 束の声だけが聞こえた。

 

『そこで諦めずに囚われずに、希望を持っていれば、必ず必要に迫られる機会が出てくる』

 

 ――分かっていた。二人だけの幸福が恒久に続かないことも。

 ――だからこそ愛おしかった。二人だけの世界の甘美さを知ってしまったから。

 

 それでも。

 

 それでも織斑一夏は、きっと、篠ノ之箒の輝く笑顔が好きなのだ。

 

 彼女の望むこと全てを現実に変えてやりたいのだ。

 

 いつまでもいつまでも終わりのない絶望に閉じ込められていた少女がいて。

 その少女を愛して、全身が千切れたって守ると約束した少年がいて。

 

 ならば、話は簡単だ。

 この命、この身体、ここで焼き尽くされようと駆け抜ける。

 愛する少女のためにならすべてを振り切ってみせる。

 

 だから今、彼の中に封じ込められたそれが光り輝く。

 

 箒が大地を蹴り砕いた。粉塵に混ざり浮き上がる致死の大きさの破片を、PICの応用で打ち出した。

 一夏のすぐ傍にいる鈴も、背後の生徒たちも顔から血の気が引いた。

 

『その時は迷わずに――ISに乗って!!』

 

 

 

 

【君は唯一の 特別な存在だから―― 戦いを迷わない】

 

 

 

 

「ああ。分かってるさ」

 

 撒き散らされた巨大な破片を片手で薙ぎ払う。巻き起こされた風圧が大気を軋ませる。その光景に誰しもが動きを止めた。

 

「そいつは俺の生きる道なんだ、俺の想いがずっと向けられていて、そしてこれからも俺が想い続ける、たった一人の女の子なんだ」

 

 両腕に白いISアーマー、そこから電流が伝う。順に着装されていく装甲――否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が音を立てて放電する。溢れ出した過剰エネルギーが稲妻となって走り、アリーナのあちこちを削った。

 もう疑う余地はない――ISを起動できる男はいる。確かに、此処に居る!

 

「だから渡さない。返してもらうぜ。行き過ぎた可能性は未来に還す。少なくとも、『今』は、お前の出る幕じゃない」

 

 真っ赤な眼光を突き刺してくるIS相手に、大剣を召喚。

 彼女が携える二振りの太刀を相手取るには手数が足りない。しかし一夏にはここで退けない理由がある。

 

 暴走するプログラムだって、きっと箒のために動いている。

 鈴との舌戦で傷つき、閉塞しかけた心を守るために起動している。

 

 けれどそれは間違いなんだ。

 そうやって、心を殺してマシーンになっちゃいけないんだ。

 

 箒が笑顔で、クラスメイトと話す世界。

 友達に囲まれて、当たり前に、一人の少女として――服を買ったり、映画を見たり、漫画を貸し借りしたり。

 そうした未来を、このISのコアは不可能だと断定した。

 だからこそ、彼女を取り巻くすべてを排除しようとした。

 

 けれど。

 

 そうさせないためにこそ、織斑一夏はいる。

 

「――未来は俺が変える。お前が不可能だと切り捨てた可能性は、俺が現実のものにする。お前にできなかったことは俺がやる! 箒を守るって言うお前の使命は、俺が継ぐッッ!!」

 

 最後に頭部を覆うバイザー型視界補助装置が顕現。

 

 ――ここに史上最初のISと、史上最初のISを起動する男子が降臨した。

 

「だからッ、箒の未来すら潰そうとする絶望(テメェ)は、俺がここで断ち切るッ!!」

 

 この話に悲劇はいらない。

 

 この話にどんでん返しはいらない。

 

 ただ王道に沿って、先人を踏襲して、成すべきことを成す――織斑一夏にはその力がある。

 

 白と紅が、相対した。

 

 

 

 

【昨日より速く ただ速く それだけでいつも 限界を抜き去っていく】

 

 

 

 

「ねえいっくん、王子様になる覚悟は、ある?」

「君の言うとおりだよ。ISを男子は起動できない、けれど、抜け道は存在する」

「それは君がISになるっていうこと。全身を引きちぎって、ISに対応した生体アーマーに組み替えて、コアを埋め込めば完璧」

「男性が搭乗しているということに、ISコアは気づけなくなる」

「そして女性が搭乗しているという仮想数値をデフォルトに設定すれば万事オッケー、君は世界初の男性ISパイロットになる」

「でもそれは人間じゃなくなるっていうことだよ?」

「それでも?」

「――そっか。なら、きっと大丈夫」

「君なら、箒ちゃんを救えるよ」

「……ごめんね」

 

 

 

 

【どんな時も強さと言う自信が 身体をあふれ出す】

 

 

 

 

 初撃。真紅のISが放つ斬撃が空間に残滓として描かれ、そのまま攻性エネルギーが迸る。

 危なげなくそれを回避して回りこみつつブースト。横合いから振るった大剣が一刀に阻まれる。衝突のインパクトが引き離された鈴の前髪を揺らした。

 

「さすがにッ――」

 

 だが篠ノ之流の本領は、攻撃を受けてからにある。

 受け流すようにしのいだ直後、掌を返すように一転した猛攻。

 大剣で捌けない斬撃がISアーマーを食い破る、が、そんなもので立ち止まる道理はない。

 

「――よくやるッ!」

 

 続く剣戟、立ち回りの上では不利極まりない得物で、二刀を押さえ込む。

 至近距離のままめまぐるしく入れ替わる攻防。

 アリーナにいる誰もが、その戦いに目を見開いていた。

 

 不意に箒が刺突の構え。

 すぐさま一夏は死線から体をずらそうとするが、放たれたのは突きではなく高エネルギーレーザーだった。

 腹部に直撃、意識が遠のくと同時に推進力がカットされる。もんどりうってアリーナに転がる。すぐさま追撃のレーザーが飛ぶが、すんでのところでどうにか理性が身体を掌握した。

 

「ォォッ!?」

 

 慌てて飛び退くと同時、瞬時加速で距離を殺され、膝蹴りがモロに鼻面に入る。再び吹き飛び、無様に数メートル分グラウンドを削ってなんとか体が止まった。

 

『――――――!!』

「いってェ……なぁ!!」

 

 うつぶせに倒れる一夏へトドメを刺そうとし――再びの瞬時加速に合わせて、彼は起き上がりざまに手持ち式の巨大なライフルを構えた。

 すでに始まった加速を止める術はない。刹那で間合いが詰まり、一夏は荷電粒子砲を至近距離で発射した。直撃寸前で箒が身を捩り回避、余波が真紅の装甲を破砕。

 だが返す刀、横一回転の勢いを付けた箒が荷電粒子砲を両断する。バックブーストしながら残骸を投げつけ、爆散。目くらまし変わりのそれ――しかし噴煙を強引に突破した真紅に対して、待ち構えた居合切りがクリティカルヒット。彼女の体がアリーナに転がる。

 

「一夏ッ!?」

 

 守るはずの少女へ容赦なく刀を振るうその姿に、鈴が疑念の声を上げた。

 だがアリーナの客席で、生徒たちの避難を手伝っていたセシリアには見えている。

 

「外部装甲の破砕、エネルギーを削りやすく……!」

 

 端的に言えば。

 箒のエネルギー残量と照らし合わせて考えれば、今しがたアーマーを砕いた部分へ一撃を当てれば、ISは解除される。

 

「いい加減気づけ、バッドエンド(テメェ)の出る幕はねえんだよ――」

 

 アーマーが軋む。

 一夏が足を動かすたびにヒビが広がる、それでも。

 引き下がれない理由が、この男には――有るッ!

 

 箒が再三の瞬時加速。

 一夏は腰を落として大剣を青眼に構える。

 

「これで仕舞いだッ――――」

『―――――――――――――!!!』

 

 ここで真紅のISが策を講じた。

 今まで見せなかった切り札、進化により増設されたスラスターを使う瞬時加速の二段がけ――二重瞬時加速(ダブル・イグニッション)。

 その変速に、それでも一夏は食らいついた。

 

 振るわれた太刀、見切り切れず、肩を斬られる。継戦可能。

 二の太刀を左手で掴む。インパクトだけで左腕のアーマーが破砕され/疑似神経が引き裂かれ力なくぶら下がる。継戦可能。

 最後の太刀が上段に振り上げられる。食らえば、継戦不可能。織斑一夏というISは機能をすべて停止させるだろう。

 

 それよりも速く、一夏は大剣でその太刀を薙ぎ払った。吹き飛んでいく刀に目もくれず、大剣の柄に仕込まれた小型ブレードを起き上がらせ、アーマーが砕かれISスーツが露出した箇所を突いた。

 絶対防御が作動――それきり、箒が身に纏っていたISがすべての活動を停止させる。

 

「……ぅ、あ……い、ちか」

「大丈夫。全部終わったから」

 

 最後に愛しい人の微笑みを見て、箒の意識が闇に沈む。

 倒れ込む少女の華奢な体を抱き留める一夏の姿を鈴とセシリアは、ただ黙って見つめていた。

 

 

 

 

【そして君の総てが力になる】

 

 

 

 

 

 ISの暴走、という言葉は存外に便利である。

 人類の誰もが――あろうことかこの超兵器の開発者でさえもが――未だ全てを理解しきれていない未知のオーバーテクノロジー。

 その兵器が暴走したということにしておけば、それだけで大体の事故は解決する。

 

 そして今回の、箒と鈴の決闘を発端とする箒並びに『打鉄』の凶行も、単なる暴走事故としてケリがついた。

 

 クラスメイトらに、そして全世界にも、一夏と箒の事情は公開された。

 事故の処理に学園と日本政府が追われている間隙をついてのIS国際員会の暴露。

 今や全世界が『ISを起動できる男子』の発見に愕然としている。

 

 もっとも、その実態が世界最高の頭脳に寄る人体実験であることは、篠ノ之束と織斑一夏のみが知るところである。

 いずれはきっと箒にも話さなければならないとは思うが、今はその時ではない。

 

 今は――ただ、想い人と思いっきりイチャイチャしたい。それが一夏の欲望だった。

 

「鈴が、謝っていたな」

「クラス全員の前でだからな、あれだけのことやれるってのは流石俺の幼なじみだ」

「ん? 褒めても何もでないぞ?」

「お前じゃないんだよなあ……」

 

 事情を説明され複雑そうな表情のクラスメイト――誰もが、世界を敵に回してでも互いを想う一夏と箒の姿に、今までの感情をいったんリセットしなければと思っていた。

 けれど簡単にできることではない。

 それなのに、一番その事実に苦しんでいるであろう鈴が、真っ先に二人に話しかけた。

 

『何そのシンデレラストーリー、ずるくない? 勝てっこないじゃんチートよチート』

『は、はァッ……?』

『だから、ごめんなさい。ちょっといきなりキレ過ぎてた。でも好きな男取られたら誰だってキレるから、謝るけど反省はしない』

『……そう、か』

『うん。だからこれからは、友人として、よろしくね』

『そうだな、うん。私も、お前とはいい友達になりたい』

 

 ちょっと前まで殺し合いをしていたとは思えない会話を以て、二人の関係は友人兼恋のライバル、というところに落ち着いたらしい。

 

「……色々と迷惑をかけたな」

「ん、まー運が悪かったんじゃないか?」

 

 二人で同じベッドに腰掛け、箒と一夏は窓の外を見ていた。

 無限に広がる星空。

 明日から教室の空気がどう変わるのかは分からない。けれど、隣の『クラスメイト』がいればなんとかなる。お互いに気持ちは同じだった。

 

「男用の制服ができるまではスーツだけど、まあ護衛はずっとやるし大丈夫だよな?」

「ああ、似合っていない以外には特に問題ないと思うぞ」

「あっやべキレそう」

「いや似合ってはいないだろうアレ」

「なンだとッ」

 

 からかうような笑みから流れるように言葉のナイフを刺してくる箒に向かって、一夏は食って掛かった。

 押し合い圧し合い、二人の体がベッドに倒れ込む。

 

「あ……」

 

 間近に迫る唇同士。

 

「……ISは、怖いか?」

「……ああ。またああなる可能性を孕んでいるからな。だから、あの機体はこれから私の専用機だ。リミッターをかけて、私の罪としてこれから共に過ごしていく」

「大丈夫だ、俺がいるから。ヤバいことは俺が全部何とかする」

「そうか、そういえば、お前がいたな」

 

 きっと二人ならどんな困難も乗り越えられる。

 

「うん、だから、大丈夫だ」

「そうだな」

 

 健やかなるときも。

 

「色んな迷惑をかけていくぞ」

「俺だってかけるし、今回はかけちゃったさ」

 

 病めるときも。

 

「わがままばかり言うぞ」

「お前のしたいことは俺のしたいことだよ」

 

 喜びのときも。

 

「多分、色んな怖い目に遭うぞ」

「箒が傍にいないことの方が怖い」

 

 悲しみのときも。

 

「不幸せになるぞ、絶対」

「箒がいなけりゃ、金があってもいくらモテても名誉があっても、どん底の不幸だ」

 

 富めるときも。

 

「私は――」

「ああもうッ、めんどくさい女は嫌いだッ」

 

 貧しいときも。

 

「きゃっ!?」

「まあめんどくさい箒は好きなんだけど」

 

 

 きっと二人は、いつでも一緒だ。

 

 

「――――んっ」

「――――」

 

 

 だからこの物語は、二人が幸せなキスをして、それを以て――終了する。


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