ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
友達がないなら作ればいいじゃない
思えば、俺の周りでは奇妙なことがよく起こった。誰かに苛ついた時は必ずソイツはタンスの角に小指をぶつけていたし、遅刻しそうな時は時計が壊れたりした。
周囲の人間からは不気味に思われていたのだろう。孤児院で俺は距離を置かれ、いつも一人だった。
だから俺は、その力を抑えようとした。
どんなに感情が昂っても、不可解な現象が起こらないように念じた。皆と同じ普通の子どもを演じ続けた。もう一人ぼっちは嫌だった。
初めは遠巻きに見られていただけだった。でも俺はそれでも良かった。何年もかけて徐々に打ち解けられるはずだと夢想していた。
だけど、拒絶された。
俺は悪魔の子だと言われた。恐ろしいから近寄るなと。悲しいやら腹立たしいやらで、気がついたら自室に駆け込んでいた。しばらく薄暗い部屋で呆然としていると、ソレは現れた。
何と俺の体から、黒い闇の瘴気的な靄が滲み出ていたのだ!
ソレは何も語らなかった。しかしもっと深い、俺の本能的な部分に囁いてきた気がした。
『憎いだろう、悔しいだろう。奴らが陽だまりで笑っているのが赦せないよなァ。お前は悪くない。いっそのこと総てを壊してしまえ。そうすれば楽になれる』
まあわりかし物騒なことを言っていたと思うが、俺の耳には入らなかった。ある一つの天啓を閃いたからだ。
これで究極の友達を作ろう!
自分でもかなりぶっ飛んだ発想だと思う。でも当時の俺は最高にイカれていたから無理もない。
思い立ったが吉日。俺はすぐさま行動に移した。
まずは自分と靄の分離だ。靄が俺を取り込むように纏わりついている状態だったから、それを引き剥がさなければならなかった。だって友達っていうのは普通、癒着しないものだろう?
とりあえず靄を掴んで引っ張ってみる。するとペリっと少しだけ剥がれた。感覚としては手についたのりを剥がした時に近い。
『え? お前何してんの?』
「俺から切り離してる」
『ハァ!? アホやめろ! すぐやめろ! 早くやめろォ!』
靄の抗議を無視して黙々と摘む。小一時間もすると、ピクリとも剥がせなくなってしまった。まるで使っていない筋肉を酷使したかのように疲労困憊で、俺は泥のように眠ってしまった。
『そろそろ飽きただろ? 早く世の中ぶっ壊そうぜ』
あれから俺は、毎日欠かさずに靄を引っ剥がす作業に勤しんでいた。最初はほとんど俺と同化していた靄も、根気強い処置によって体から離れつつある。
『おいッ! シカトしてんじゃねぇよカス!』
「うるさいなぁ。あともうちょっとだから大人しくしてて。それとカス言うな友達だろ?」
身を捩って手から逃げる靄。一緒に過ごして分かったことだが、コイツはかなり口が悪い。
『あのなァ、オレはお前の破壊衝動の具現だからお友達ごっこはできねえんだよ。どぅーゆーあんだすたん?』
「何言ってんだ。既に友達だろ俺たち」
『ごめん。そういえばお前狂人だったわ』
失敬な。友達100人作れなかった俺の初友だぞ。もはやこれは親友では?
俺たちが素敵なフレンズトークをしている内に、靄の分離作業も佳境に入っていた。もう俺の胸部に靄がか細く繋がっているだけだ。
『な、なァ。今なら引き返せる。オブスキュラスの分離なんて馬鹿なことは前例がねえ。何が起こるか分からねえぞ。だからその手を下ろせ!』
「なら史上初の偉人になれるな。スゥー、いくぞッ!」
『うわっマジで離しやがった!?』
果たして俺と靄の体は完全に別れた。嵐の後のように部屋中が荒れているが些細なことだ。……何故なら、目の前にローブを着た美少女が出現しているからである。俺は腰を抜かした。
「だだだ誰ーーーー!?」
「ん? ……なんじゃこりゃーーー!?」
濡羽色のショートヘアーの少女は自身を見下ろして飛び上がった。そしてそのまま空中に浮遊している。重力どうなってるの。
ゆっくりと下降した少女が俺の胸ぐらを掴む。溶けた鉄のようなオレンジの瞳は鋭く細められていた。
「オレに何しやがった! 今すぐ元に戻せ!」
「何もしてないよ! 親友に誓ってもいい!」
「テメェ親友以前に友達居ねえだろうがッ!」
酷い。俺には靄という立派なベストフレンドが……。
「あれ? 靄が居ない!」
「オレだよ! オレがオブスキュラスだよ!」
「ウッソだろ!?」
現実的に考えて靄が女の子に変身とかありえないだろ。……まあ今更か。
俺はしげしげと靄改め少女を眺める。
「むしろこっちの方がいいな。親しみやすい」
「はぁ!? ふっざけんなサノバビッチ! 大体なァ――」
「ジュ、ジューダス。どうかしましたか?」
少しずつ足音が大きくなる。騒ぎすぎてしまったようだ。俺は床に散乱した家具の残骸を手に立ち尽くした。
「不味い。保母さんが来たどうしよう」
「ソイツに見られたら駄目なのか?」
「駄目ってレベルじゃないよ。今度こそ追い出されちゃう」
ただでさえ腫れ物扱いの俺だ。一部屋丸ごと破壊したなんて絶対に知られちゃいけない。
焦る俺とは対称的に、元靄は落ち着いていた。口端に笑みさえ浮かべている。
「何でそんなに余裕そうなんだよ!? 君も隠さなきゃいけない対象だってこと忘れてない?」
「そう慌てなさんな宿主さんよォ。教えてやろう、これがお前の秘めたる力だ」
少女は踊るように手を広げた。たったそれだけの行為で、たちまち部屋が修復されていく。ビデオの巻き戻しを見ている気分だった。
「な、な、な…………」
全てを元通りにした少女は、俺の耳元に口を寄せた。危険な色香が鼻孔を嫐る。
「こんなの序の口だ。オレとお前なら、それこそロンドンを廃墟にすることだってできる。手始めにこの孤児院でも更地に変えりゃァ、スカッとすること間違いねえぜ」
少女の甘言が理性を溶かしていく。途方も無い破壊衝動に突き動かされそうになった。
キィィと、ドアが控えめに開かれた音が鳴る。そこで俺の破壊衝動と血の気が失せた。保母さんに少女がバレる!
「随分と大きな音がしましたが、大丈夫ですか?」
「……は、はい! 今日も元気一杯オールクリアです!」
俺の想定とは裏腹に、保母さんはいつも通りの素っ気ない態度だった。まるで隣の少女が視えていないかのように。
「まさかって顔してるな。そのまさかだ。オレはお前以外には視えねえ」
早く言えや。お陰で凄いドキドキしたんだぞっ! と叫びたかったが既の所で堪えた。そそくさと帰るはずの保母さんが、まだ扉を開けて立っていたのだ。
「それとジューダス。あなたに手紙ですよ」
「あ、ありがとうございます?」
差し出された白い封筒を受け取る。表にはここの住所と俺の名前が書かれていた。保母さんは要件は終わりだとでも言うようにさっさと去ってしまった。少女が興味深げに、手紙に封をしている蝋を指でなぞる。
「魔法の手紙か。おいお前、開けてみろよ。こりゃァ面白くなってきたぞ」
「ちょっと待って。その前にやるべきことがある」
俺は真っ直ぐにオレンジ色の目を見つめた。少女は虚を突かれたかように動揺する。
「な、何だよ」
「君の名前を決めよう」
「ハァ?」
少女が口をぽかんと開けた。普段の粗暴な性格は鳴りを潜めた、間の抜けた表情を晒している。俺はそのギャップに思わず笑みを漏らす。
「聞こえなかった? 名前を決めようと言ったんだ。……もしかして既にあるとか?」
「いやねえけどよォ。オブスキュラスに名前を付けたがるアタオカ宿主はお前が初めてだ」
「前から気になってたんだけど、そのオブスキュラスって何?」
少女はバツが悪そうに虚空に視線を走らせた。言いづらいことなのだろう。俺は慈愛の眼差しで言ってくれるのを待つ。
「アー、アレだ。抑圧された魔法族のぼっちを救ってあげる妖精的なヤツだ」
「めちゃくちゃオブラートに包んでいることはわかった」
そんな素敵存在じゃないでしょ。少なくとも俺の中で少女は破壊教唆してくる未確認生物なんだよなあ。
「別にお前、正体は何でもいいんだろ? 友達にさえなってくれれば」
「もちろんだぞわが友」
「……コイツヤベーよ」
何故かドン引きしたように頬を引き攣らせる少女。俺と彼女の間には友達の定義に齟齬でもあるのだろうか。
「話を戻すが、君は名前について希望はあるかい? というか以前はなんて呼ばれてたの?」
「呼び名は色々あるが、人気なのは悪霊、魔神、サタン辺りだな」
酷い品揃えだ。縁起が悪いって次元を超えている。
「余り参考にはならないなあ。うーん、天使みたいに強くて、悪魔みたいに口が悪い……」
「喧嘩売ってんのか」
少女のメンチを切っている姿は完全に街のチンピラだ。そこに魔神のような威厳は感じられない。俺は皮肉げに言った。
「ミカエラ、とかどうかな。意味は――神の如き者」
「へ、へぇー。まあ良いんじゃないか」
少女は腕を組んでそっぽを向いた。心なしか上機嫌なように見える。皮肉で言ってみただけだから、他にも候補はあったんだけど。
「気に入ってくれた?」
「そんなんじゃねぇよ。考えるのが面倒くせえからそれにしただけだ」
「本当に?」
「しつけえな! そう言っただろ!」
俺は手を差し出した。一回やってみたかったんだよね。
「これからよろしくなミカエラ。俺はジューダス・ビショップだ」
ミカエラはオレンジの目を僅かに瞠目すると、勢いよく俺の手を握った。ヒンヤリした感触が心地良い。
「ああ、頼んだぜジューダス。お前は臆病者のガキで終わってくれるなよ」
こうして、俺とミカエラの奇天烈な友情が始まったのであった。