ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
クリスマス休暇に入ると、生徒たちの大半は実家に帰っていった。それは俺のルームメイトのネビルも例外ではない。残った俺とミカエラは、昼間は自室で堂々と魔法使いのチェスをしたり、ホグワーツを散歩したりして過ごした。
そして夜は、俺はミカエラに悟られないようにプレゼントの準備を進めた。ミカエラはかなり前から、外出することが多くなっていたので、意外と出し抜くのは簡単だった。
楽しい時間は矢のように過ぎ去っていった。俺は苦心して描き上げたプレゼントを荷物の中に隠して、ベッドに潜り込んだ。
その夜は不思議な夢を見た。俺はどこかの教室に座っていた。眼の前には古い大きな鏡があり、上部には意匠が掘られていた。
『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』
その鏡の中には、体操座りしたミカエラと、白髪に碧い眼をした若い男が映っていた。隣のミカエラの表情は抜け落ち、幽鬼のようだ。男はミカエラの肩に手を置き、憐憫の光を目に宿していた。彼らの背後には破壊された時計塔――ロンドン塔だろうか?――やおびただしい瓦礫の山が広がっていた。
「まさか先に君がこの鏡に囚われるとはのう」
オレはすぐさま振り返った。穏やかな声の持ち主は、月光が降り注ぐ場所にゆったりと立っていた。
「ダンブルドア……」
老人はアイスブルーの瞳でしっかりとオレを射抜いていた。そんな、ありえない。オブスキュラスは基本的に不可視のはずだ。
「わしにはどうも、人の形の霞が見えるのじゃが。老眼かのう?」
「つまんねえ冗談はやめろ。何が目的だ? 言え」
「ホッホッホッ、若人は元気が一番じゃ」
ダンブルドアはそう言って、俺の側まで歩み寄った。この悪魔の鏡を前にしても、堂々としたその姿は、大魔法使いの貫禄だ。
そうだ、コイツは赤子に負けた闇の帝王でさえ一目置いていた男だ。オレの存在に気づいていたとしてもなんらおかしくねえ。オレは不敵に口角を上げた。
「あくまでもはぐらかすつもりか? 大魔法使いさんよォ。テメェが賢者の石を持ち込んでんのは知ってんだよ。今度は何を企んでる? 言わなきゃホグワーツを地獄に変えるぞ」
手の平に汗が滲む。魔力で出来た心臓は、さっきからうるさく鼓動していた。そんなオレとは対称的に、ダンブルドアは静かに長いひげを撫でた。
「君は大きな矛盾を抱えておる。君の存在自体が矛盾と言っても過言ではない。だからこそ、悩んでおるのじゃ」
「煙に巻きやがって老害が。オレはこの世をぶっ壊すために生まれた魔力の塊だ。それ以上でもそれ以下でもねえ」
ダンブルドアは悲しげに眉を下げた。そして鏡を一瞥すると、口を開いた。
「彼はそう思っていないのじゃろう?」
「だからどうした? アイツはいずれ死ぬ」
「いいや生きる。君が生かすのじゃ。わしはそう信じておる」
確信めいた調子で、力強くダンブルドアが言った。とうとう頭もボケてきたのかこのジジイは。アイツが死ぬ原因はオレだというのに。
ダンブルドアは、先程までの老獪な雰囲気を霧散させて、手を擦った。
「イブの夜は冷えるのう。クリスマスプレゼントはウールの手袋が欲しいのじゃが、誰も贈らなんだ。わしの知り合いは毎年本ばかり贈りたがるのじゃ」
俺は徐々に意識が浮上しているのを感じた。ダンブルドアの半月眼鏡や折れ曲がった鼻が、どんどんぼんやりとしていく。夢の記憶は、手で掬った水のように次々と零れ落ちていった。
はい、やってきましたクリスマス。何か変な夢見た気がするけど枕元のプレゼント認識した瞬間どうでもよくなった。まずはこの紙袋に入った装飾もへったくれもないやつから開けていこうと思います。ミカエラいないけど待てないからいいよね。
紙袋からはタロットカードが出てきた。差出人を見れば案の定、トレローニー先生だ。俺を占い学に引きずり込む強い意志を感じる。
小綺麗にラッピングされた包を解くと、そこそこ分厚い本が現れた。題名は『私はマジックだ』。著者にギルデロイ・ロックハートとある。本には彼のものと思われるサインも入っているし、有名人なのだろうか。書く暇がなかったのか、クリスマスカードが入ってないのでどういう繋がりなのかはわからない。
端が金箔で装飾され、豪奢な『F』の紋章で封蝋された手紙には、1枚の写真が入っていた。どこかの屋敷で、十数人が並んでいる。灰色の髪の夫妻や、しかめっ面をした軍人風のお爺さん等が目を引く中、中央の人物が一際気になった。俺と同じ白髪の、キャソックを着た男性と、碧眼の女性が柔和な笑みを浮かべていた。どちらも俺の面影がある。
「……いや、俺に彼らの面影があるんだ」
「急にどうした?」
チラリと横を見ると、ミカエラが宙を漂っていた。そのことを認識した瞬間、顔が熱を持ったのを感じた。
「ぬわーっ!? い、いつからいたの!?」
「いつからって、来た時にはお前は写真に食い入ってたな」
「絶対聞いてたじゃん! あああああ、恥ずかしくて死にそう」
「キチガイでも恥って感じるんだな……」
もういっそ、笑ってくれ…… 俺は布団に顔を埋めた。そのまま言葉にならない呻きを上げる。薄めで見たミカエラは、さっき俺が眺めていた写真を摘んでいた。
「この真ん中のヤツラ、ジューダスに似てるなァ」
「多分それ俺の父さんと母さんだよ。この白髪は父さんと一緒だし、俺の碧眼は母さんからの遺伝だと思う」
「ふーん」
ミカエラは暫く形のいい眉を顰めて見入っていた。俺はその横でプレゼントの開封に勤しむ。ハグリッドは自家製のロックケーキをたくさん贈ってくれた。後で食べてみよう。
「なあ、この写真はどこのドイツが送りつけて来たんだ?」
「んー? そういえば何も書かれてなかったかも。俺の父さんか母さんの親戚じゃない?」
見たところ親戚の集合写真っぽいし、それが最有力候補だろう。俺はネビルからのクリスマスプレゼントである思い出し玉を握った。すると、中の煙が何故か赤色になった。首をひねっていると、ミカエラが呆れたように言う。
「アホか、じゃあ何でお前を孤児院から引き取りに来ねえんだよ」
確かに、もし俺に親族なる人たちが存在しているのならそれが妥当だ。ますます送り主がわからなくなってきたぞ。首にかけたロザリオを弄りながら考えるが一向に思いつかない。そんな時、コンコンと窓の叩かれる音がした。
「フクロウ? わざわざこの部屋まで飛んできたのか?」
ミカエラの言う通り、左目に傷跡のあるメンフクロウが窓の外に留まっていた。足には長方形の包を縛り付けられている。
「クリスマスプレゼントでも届けてくれたのかな?」
「だとしたら遅刻だ。間抜けなフクロウだぜ」
窓を開けてフクロウを招き入れる。それにしても既視感があるフクロウだ。つまり、俺とこのフクロウは前世、或いは今世で友達だった可能性が高い。
フクロウの運んできた荷を解くと、出てきたのはなんと聖書だった。差出人はメアリー・スーとある。同封されたカードに『神の愛を信じよ』とだけ書かれていた。新手の宗教勧誘かな?
「ある意味クリスマスに最も相応しい贈り物だなァ」
「メアリーさんは十中八九、十字狂徒だと思う」
「違えねえ」
フクロウに礼を言い、ハグリッドのロックケーキを割って渡す。ささやかなプレゼントだ。フクロウは手から岩のようなケーキを啄むと、飛び去っていった。
「そうだ! ミカエラに渡したい物があるんだった。すっかり忘れてたよ〜」
嘘である。ミカエラが来た時から機会を伺っていた。俺は努めて平静に振る舞う。
「ななな何だよ突然に。またいつもの発作かァ?」
枕の下から1枚の紙を引っ張り出す。それが正面を向くようにして、ミカエラに差し出した。紙には黒髪にオレンジ色の瞳を持った少女の、笑んだ似顔絵が描かれている。
「メリークリスマス、ミカエラ! お金もない俺にはこれぐらいしかあげられないけど、良かったら受け取って欲しい」
ボッチには幾つかのメリットが存在する。そして、絵描き等の一人遊びが上達するのはその内の1つだ。俺はここ半月、湖の時のミカエラを描こうと格闘していたのだ。
「メ、メリクリだな! ジューダスにしては良い出来じゃねえか? しょうがねえから貰っといてやるよ」
ミカエラはいそいそと自分の似顔絵を受け取ると、素早く懐にしまった。ローブを翻して、出口に向かって言う。
「よし! 腹も減ったし大広間に行くぞ! 4秒で支度しな!」
「それは無茶だって!」
「だ、だな! じゃあしょうがねえからオレがやってやる!」
「ミカエラ、しょうがねえが口癖になってない?」
「ジューダスがしょうがねえのが悪いんだろ!」
それは暴論だと思うけど…… まあ、ミカエラが言うならそうなのだろう。俺は黙っておくことにした。
ミカエラが指揮者のように指を振ると、一斉に俺の持ち物たちが動き出す。ローブは無理くり俺に着られようとし、杖はグリグリと右手に捩じ込まれた。
「本当に4秒で支度出来てしまった……」
「大広間へレッツラゴーだ!」
「イギリス人がエセ英語使っちゃ駄目でしょ」
結局、プレゼントをあげた時のミカエラの顔は見られなかった。どんな反応するのか気になってただけに残念だ。
大広間は、帰っている生徒もいるせいか人口密度が低かったが、豪華なクリスマスの飾り付けのおかげで全然寂しさは感じなかった。壇上のテーブルにズラリと座るトレローニー先生を除く全先生方は、ワインの瓶を開けて酒盛りに興じている。
俺はロンの隣が空いていたのでそこに座った。少しロンの肩が跳ねたように見えたが、目にゴミが入っただけだろう。ロンの隣には、ハリーが席について目を輝かせている。
「メリークリスマス、ロン、ハリー」
「メ、メリークリスマスジューダス」
「ジューダス、メリークリスマス」
ハリーは普通に返してくれたが、ロンはなぜか目を伏せたままだった。ロンはこんなにシャイだっただろうか?
「どうしたのロン、体調でも悪い?」
「ぼ、僕は大丈夫だよ。それよりもほら、このローストビーフ凄く美味しそう」
「バカジューダス、オレにもそのイギリス料理で唯一旨いその肉を寄越せ」
それは言い過ぎ……ではないか。何はともあれミカエラにせっつかれてしまったので、例によって切り分けたローストビーフをテーブルの下に流す。
ロンがギョッとした目を向けてきたが見られてはいないだろう。俺とミカエラの連携は神業の域に達している。目撃するのはロンの推しのクィディッチチームであるチャドリーキャノンズが優勝するくらい難しいと思う。
因みにローストビーフは大変美味しゅうございました。
日中はミカエラの提案で図書館の本を借りた。曰く、たまには静かに過ごすのもいいだろうとのことだ。傍から見たら、俺はボッチ道を極めしエリートボッチに見えるだろうが気にしなーい気にしなーい。自室で本を読み耽る。
「ジューダスはクリスマスプレゼントのお返しに何か欲しいのはあるか?」
『トロールでも分かる錬金術』という本を読んでいたミカエラが言った。俺は『ヴィーラ流 人に好かれる10の方法』から顔を上げる。
「特にないかなあ。それに、杖も貰っちゃってるしなんか申し訳ないというか」
「へー、オレからは何もいらないと」
「いや、貰えば貰ったでめっちゃ嬉しいよ?」
一瞬ミカエラの瞳が、冷えた鉄の色になってビビった。すぐに元の溶けた鉄に戻ったから見間違えか?
ミカエラは開いていた本のあるページを指差した。中央に深紅の石が描かれている。
「じゃあ今度、コレでもやるよ」
「えーと、何々? 賢者の石? 幾ら何でも無理でしょ」
「ニコラス・フラメルが出来てオレに出来ねえ訳ねえだろ?」
ニヒルに笑うミカエラを見ていると、そのうちポンと賢者の石を出してきそうだ。そんな気がした。