ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
黒い炎を抜けた先は、円形の大きな部屋だった。中央にはどこか既視感のある大鏡が置かれ、その前にハリーが立っている。その顔は、恐怖に必死に抗おうとしているようだ。
そしてその横には、クィレルが佇んでいた。紫のターバンを取り払ったその姿は、以前とは似ても似つかない程堂々としている。
その後頭部には、蛇のような悍ましい顔が張り付いていた。唇のない口が開く。
「……おや、おや、おや……噂をすればジューダス・ビショップではないか……歓迎しよう」
「ジューダス!? どうして!?」
「うわァ……やっぱ趣味悪ィわクィレル……」
クィレル先生はやっぱりハゲだった……。俺はミカエラの予想が当たっていたことに感心していた。
ハリーはまるで、信じていいのかわからない加勢が来たような表情をしている。後頭部の顔は、俺の無言を別の意味で捉えたようだった。
「驚きで声も出ない訳ではあるまい……貴様は早くから……俺様の存在に気づいていたのだろう?」
いや気づいてないです。確かにハゲてんのかなー? と思って後頭部凝視したことは何度もあるけど。まあここはノッておくか。
「ああもちろん気づいていたさ…………ええーっと、蛇の人」
「プックハハ、蛇、闇の帝王が蛇かよ」
ミカエラに笑われるが仕方ないじゃないか。本当に誰だかわからないんだもの。
後頭部の後ろから悲鳴のような叱責が飛んだ。クィレルだ。
「ご主人様になんと無礼な! この御方は闇の帝王その人であるぞ!」
「よいクィレル……蛇か、悪くはない……名乗りがまだであったな、聞いてひれ伏すがいい……俺様の名は――ヴォルデモート」
「マジかよ」
俺とヴォルデモートの会話を見ているハリーの目は死んでいた。大丈夫、すぐに元の目に戻してやるからな。
ヴォルデモートはクツクツと喉を鳴らした。喉ないけど。
「……闇の帝王を前にして臆さぬその胆力……流石はあの忌々しい十字教徒の息子といったところか」
「単純に頭ジューダスだからじゃねえか?」
なんだ頭ジューダスって。変な造語作らないで欲しい。というか、さっきからミカエラが好き勝手言っているが、闇の帝王には聞こえていないようだ。
因みに俺が怖くないのにはちゃんと理由がある。ミカエラが隣にいるからだ。パット見、今のヴォルデモートは霞以下にまで弱体化してるようだし、ミカエラがいる限り俺には手出し出来ないだろう。
「ほい」
「ん?」
いつの間にか移動していたミカエラから、何か硬いものを握らされた。見ると、本にあった深紅の石。
それを見たハリーとヴォルデモートが目を見開くのは同時だった。
「「賢者の石!」」
ちょっと仕事早過ぎるってミカエラ。俺は賢者の石を握りしめて、徐ろに後ずさる。
クィレルが後頭部をこちらに向けたままにじり寄って来た。
「……ジューダス、お前は想像以上に利発なようだ……俺様にそれを寄越せ……ダニエルがやったことは水に流し、お前を死喰い人に取り立ててやろう」
「断る!」
「……もっと賢明だと思っていたが……捕まえろ!」
命令を受けたクィレルが杖を振ると、出口が土壁で塞がれてしまった。すかさずミカエラに視線を送る。ミカエラは頷き、見えない力で土壁を爆散させた。
「何ッ!?」
「ぬはははは! あまり俺(の親友)を見くびらないで欲しいね!」
「アホジューダス! 前見ろ前!」
おっと危ない。黒い火柱に突っ込んでいく所だった。急ブレーキで止まり、ミカエラに手を伸ばす。
ミカエラは俺の手を取ると、物凄い勢いで魔力を吸った。何だか頭がクラクラする。
しかし、クィレルとヴォルデモートに追いつかれそうだ。
「さあ俺様にその石を渡すのだ……! 今なら許してやろう……! 賢者の石の恩恵も与えてやる……!」
ミカエラが舌を出して、素早く振り返る。ふわりとチューベローズに似た匂いがした。
「霞の帝王に遣る石はねえんだよ! 滅びやがれ死に損ない! アバダ・ケダブラ!」
ミカエラの手の平から緑の閃光が煌めく。刹那、驚きで表情を固めたヴォルデモートだったが、すぐにクィレルの体から抜け出した。その余波でクィレルは尻餅をつく。外れた閃光が天井の一部を鋭く砕いた。
そこで俺の体は限界を迎えた。崩れ落ちるように床にうずくまる。全身から脂汗がとめどなく浮き、動悸が激しい。何が起きたんだ?
「ああクソッ! 大丈夫かジューダス!?」
「こ、こんなところでぇ……!」
懸命に立ち上がろうとするが、体は言うことを聞かない。藻掻くのが関の山だった。あと少しで、ミカエラの願いが叶うのに! 俺は歯噛みする。
再びクィレルに取り憑いたヴォルデモートが、俺を見下ろした。
「1年生が死の呪いを無言で使うとは……殺すのは実に惜しい……だが選択を誤ったな……もう貴様に魔力は残されていない……」
朦朧とする意識の中、誰かの思考が流れ込んでくる。
『これ以上魔法を使えばジューダスは死んじまう。でもこのままではどっちにしろ蛇野郎の手にかかって詰みだ。クソッどうすれば……』
まさに絶体絶命。走馬灯のようにホグワーツでの1年が脳裏を過ぎっていく。ああ、俺、死ぬのか。だけど最後に楽しい時間を過ごせて良かったな。
ネビル、ルームメイトとして仲良くしてくれてありがとう。あと、石化呪文かけ直してごめん。
ドラコ、短い間だったけど楽しかった。友達になってくれてありがとう。
――なんて、一人一人に告別式をしていた時だった。
「やめろおおおお! ヴォルデモートおおおお!」
背後から息を殺していたハリーがクィレルに飛びついた。苦痛に満ちた叫びが聞こえる。助けてくれたのか?
2人は揉み合いながら滅茶苦茶に叫び続けた。ちらりとクィレルの皮膚が爛れているのが見える。ハリーも強力な術を持っているらしい。
その時、石から俺の指が優しく解かれるのを感じた。ぼんやりと見上げると、真っ白な髪と深い森のような双眼が。もしかしてダンブルドア?
「お、お前は……!」
ミカエラの驚いた声がする。男は司祭服の懐に深紅の石をしまうと、微笑んだ。
「あなたは主を信じますか?」
比較的若い男の声だ。ダンブルドア先生ではない?
「ハリー! ジューダス! 大丈夫かの!」
今度こそダンブルドア先生の声がした。いつになく緊迫した表情のダンブルドアが、駆け寄って来るのが見える。俺は安心したと同時にどこか残念に思った。
ヴォルデモートはクィレルを見捨てて遁走したようだった。
ダンブルドアは気絶したハリーを抱えて言った。半月眼鏡の奥が瞠目している。
「ダニエル……! 生きておったのか……!」
司祭服を着た男は、ダンブルドアにも笑みを見せた。宗教画のように完璧な均整の取れたその微笑みは、神々しさの中に狂気を孕んでいる。
「残念ながら時間のようですね。皆さんに神のご加護があらんことを」
「待ちやがれ!」
「待つのじゃ!」
白髪の男は、懐に手を入れる。金の鎖が光ったかと思えば、跡形もなく消えてしまった。一瞬の出来事だった。
そこでとうとう俺は、意識を手放した。
喉が、乾いたな……。まだ微睡みたいと訴える瞼をこじ開ける。知らない天井が目に飛び込んで来た。どこだここ?
「おはようジューダス。今の時間帯じゃとおそようかのう?」
「やっと目覚めたか」
ダンブルドアとミカエラが並んで俺を見ていた。段々と意識が鮮明になっていく。そうだ、賢者の石はどうなった?
「先生、『石』はどうなりました? あの男は?」
「石はダニエルに奪われてしもうた。ジューダス、君のお父さんじゃな」
「本っ当に忌々しいことにな」
ミカエラは苛立たしげに腕を組んで、顔を歪めた。体が手に入れられる最大のチャンスを逃しちゃったもんな。
だがここで疑問が1つ。俺の父親は既に故人のはずだ。
「でも先生、ダニエルは亡くなったのでは?」
「儂もまさか生きていたとは思わなんだ。なんと言っても彼の遺体をこの目で見たのじゃから」
「オメーの目は節穴か? ダンブルドア」
「儂のことをそう言ってくれるのは君とアバーフォースくらいじゃよ」
ダンブルドアは愉快そうに笑った。いや何で罵倒されて喜んでるの? あとダンブルドアはミカエラのこと見れるんだ。まああんまり驚きはないが。
そして俺は、机の上にある色とりどりの品々に気づいた。心が沸き立つ。
「君の友人からの贈り物じゃよ」
「ジューダスは誤解されながらも、ハリー・ポッターの危機に馳せ参じた勇者だからなァ」
え? 俺ってそんなことになってるの? なんか凄い後ろめたいんだけど。
「俺はそんなに立派な人じゃありません。私利私欲で賢者の石を狙いました」
「何言ってんだお前!?」
「あのまま事が進んでいれば、俺はダニエルのように奪取していたでしょう――」
ダンブルドアは黙って俺の独白を聞いていた。俺が顛末を吐き出し終えると、真っ白なひげが動いた。
「……名誉を捨てるのは難しいことじゃ。それが既にあるのなら尚の事。しかし、君は正直に儂に話した。これが出来るのは大人でさえ少ない」
「正直者は馬鹿を見るってみんな知ってるからなァ」
「悲しいことにのう。じゃが、儂はそうは思うておらん。誇りなさいジューダス。確かに君の動機は不純じゃったが、結果的にヴォルデモートの恐るべき計画を阻止したのじゃから」
俺はしばらく俯いていた。そんな俺の肩に、ポンと手を置くミカエラ。
「まァ貰える称賛は貰っとけ。うん」
いつまでも気に病んでも仕方ないか。俺は顔を上げた。ダンブルドアはニコニコと微笑んでいる。
「最後に1つだけよろしいですか?」
「なんなりと、ジューダス」
「ハリーとクィレルはどうなりました?」
「ハリーは無事じゃ。近くのベッドで寝息を立てておるよ。クィレルは……哀れな末路じゃった」
「そうですか……」
俺は十字架を切って黙祷した。クィリナス・クィレル、ヴォルデモートに利用され破滅した男。彼は悪人だったかもしれないが、冥福を祈るぐらいは良いだろう。
俺のお祈りが終わるのを待って、ダンブルドアは口を開いた。
「儂からお願いがある。賢者の石は儂が砕いたことにして欲しいのじゃ」
「どうしてですか?」
「賢者の石がある限り、ヴォルデモートは諦めぬ。かような石は、ない方が良いのじゃ。ニコラスともそう話した」
「……わかりました」
「あんな説教垂れてたくせに、よく言うぜ」
ミカエラの言葉を受けて、ダンブルドアは茶目っ気たっぷりにウィンクした。
「大人って汚いじゃろう?」
俺は押し黙るしかなかった。否定するのも違う気がするし、同意したらしたで問題だ。どういう反応が正解なのこれ?
ダンブルドアはゆっくりと立ち上がると、パーテーションの出口付近に目を向けた。
「老いぼれはそろそろ退散するとしようかの。2人ともお入りなさい」
ダンブルドア先生と入れ違いに、バツが悪い顔をした2人組がやって来た。ロンとハーマイオニーだ。開口一番にハーマイオニーは頭を下げた。
「ごめんなさいジューダス。勘違いで呪文を撃ってしまって。到底許される行いではないわ」
慌ててロンもそれに倣った。
「僕もごめん。ずっとジューダスは悪いやつだと決めつけてた」
スゲー気不味い。全部運が良かったのに肯定される居心地の悪さよ。案外、祭り上げられるハリーの気持ちもこんなものかもな。
俺も一緒に頭を下げることにした。
「2人ともごめんなさい。こんなことになったのは、みんなに秘密で行動してた俺にも原因がある」
「なんだァこの状況?」
3人中3人が頭を下げあっている。そこからは謝罪合戦が始まった。
「僕が悪い」
「私が悪かったのよ」
「いんにゃ圧倒的に俺だ」
「僕が悪かったって!」
「俺だ俺だ俺だ!」
「どうしてそうジューダスは強情なのよ! 悪いのは私よ!」
誰一人相手の非を認めない。なんて頑固な奴らだ。
いかに自分が悪かったか舌戦を繰り広げていると、鬼のような形相のマダム・ポンフリーが現れた。
「医務室で何人たりとも騒ぐのは許しません! 面会は終わりです!」
そのままロンとハーマイオニーはマダム・ポンフリーにドナドナされてしまった。まあ別れ際に仲直り出来たから良いか。
戻ってきたマダム・ポンフリーは、俺の机にコトンと水の入ったコップを置く。
「青春ですね」
「え? 何でジューダス赤くなってんだよ!? 引くわァ」
うるさいぞミカエラ。
その後の学年末パーティーは、もうお祭り騒ぎだった。ダンブルドアが駆け込みでグリフィンドールに点数を与え、スリザリンを逆転して俺たちが優勝したからだ。そこからの記憶は曖昧なので、割愛させていただこう。
余談だが、ネビルは俺が自分にペトリフィカス・トタルスをかけて同じ気持ちを味わうと言ったら、半泣きで許してくれた。本当に良い友人を持った。
ホグズミード駅は、帰る生徒で溢れていた。紅のホグワーツ特急が燦然と停車している。
俺は汽車に乗り込みかけて、マクゴナガル先生に呼び止められた。
「お待ちなさいミスター・ビショップ」
「どうしました? マクゴナガル先生」
「あなたは自分がどこに帰るべきか知っているのですか?」
「孤児院ですよね?」
ああ、嫌だなあ。ホグワーツの温かさを知ってしまってからは、あまり行きたくない場所になっていた。でも、思い出があればあの生活も耐えていける。
マクゴナガル先生は、そんな俺を見て溜息をついた。
「やはり知りませんでしたか……。良いですか、もうそこに行く必要はありません」
「え!? 俺、ストリートチルドレンになるんですか!?」
「違います! あなたの里親が決まりました」
嘘やん……。いつまでも孤児院に居たから、売れ残りと揶揄されていた俺に里親が……。ヤバい、目から汗が出てきた。
「そ、それで、どなたが里親に……?」
マクゴナガル先生は、優しく微笑んだ。
「向こうに着いてからのお楽しみです」
「ダンブルドア先生みたいなこと言わないでくださいよおおお!」
「ジュ、ジューダスー! 早くおいでよ!」
汽車の窓からネビルが呼んでいた。紅い車体には、ミカエラが腕組みして寄りかかっている。俺はマクゴナガル先生に礼を言うと、ホグワーツ特急へ駆け出した。
賢者の石編、完!
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