ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
心がぴょんぴょん
キングス・クロス駅はホグワーツの生徒と迎えの保護者たちでごった返していた。久々の再開を喜ぶ声で溢れている。
俺は勢いよく首を振って見回していた。まだ見ぬ里親を探すためだ。
ミカエラはもぐもぐとカエルチョコレートを食べている。おそらく俺の見舞いの品の1つだろう。余ってるからじゃんじゃん食べて欲しい。
一緒に汽車を降りたネビルが口を開いた。
「誰がジューダスの里親になるんだろうね?」
「うーん……案外スネイプ先生かもな」
「僕だったら生きていけないよ……」
「話聞く限りネビルのばあちゃんも大概だと思う」
マクゴナガル先生からお預けを喰らってから今まで、俺の心臓は期待と不安でバックバクだ。
口をチョコまみれにしたミカエラが、あっけらかんと言った。
「里親なんて誰でもいいだろ。気にするだけ無駄だ無駄」
いや気にするよ。ミカエラのどこか達観したような考え方は、俺には真似できそうにない。
「ばあちゃんだ!」
一足先に家族を見つけたネビルが駆け出した。ただ慌てて、ペットにしてカエルのトレバーを落っことすのは実にネビルらしい。
魔法使いたちに踏み潰される前に、俺はトレバーを救出した。逃げないようにしっかりとポケットに押し込む。
ネビルはハゲタカの剥製を乗っけた帽子のお婆さんと二言三言話した。あれがネビルのおばあちゃんだろうか。すると、エメラルドグリーンのローブを纏ったお婆さんが、真っ直ぐこちらに歩いてきた。
「あなたがジューダス・フォーリーさんですね? わたくしはネビルの祖母のオーガスタ・ロングボトムです」
オーガスタさんから求められた握手に応じる。多数のシワが刻まれた手は、見た目に反して力強い。
「はじめまして、ミセス・ロングボトム。俺はジューダス・ビショップです」
「おや、失礼しました。わたくしとしたことが、少々早とちりしていたようです」
「お気になさらないでください。いつもネビル……君のお世話になっていますし」
「お世話になっているのはこの子の方です! ……ネビル、そういえばトレバーを見ませんね。どうしたのですか?」
ネビルは慌ただしくローブをまさぐり、みるみる顔を青くしていった。目が雄弁に語っている『ばあちゃんに殺される!』と。
見かねて俺はポケットからトレバーを取り出した。
「ネビル、落とし物だよ」
「ありがとうジューダス! 本当に、本当に助かったよ……」
救世主もかくやといった眼差しを向けられる。しかしネビルは気づいていない、背後のミセス・ロングボトムが魔王のオーラを発していることに。しわくちゃの手が、ネビルの丸い頭を鷲掴みにした。
「ロングボトム家としての自覚が足りないようですね。家に帰ったら覚悟しておきなさい」
ネビル、圧倒的涙目。だが俺にはどうすることもできない。強く生きろ。
オーガスタさんは俺の方に向き直ると、柔和な微笑みを浮かべた。
「ジューダスさん、あなたに里親が見つかったらしいですね」
「ええ、ですがなぜそれを……?」
「実はその方とわたくしは旧知の仲でしてね。連れてくるように頼まれたのです」
矢庭に鼓動が速まる。油断していた所に言われたので、もろに緊張感が高まってしまった。
ミカエラはカエルチョコレートの付録である魔法使いカードの束を、一瞬にして灰燼に帰した。妙に静かだと思っていたら、ずっとチョコを食べていたようだ。
「もう食い終わっちまった。新しいのくれ」
ないよ。ミカエラにとって、今の時間は退屈以外の何物でもなかったらしい。というか、ハロウィーンの時もカボチャジュースをがぶ飲みしていたし、甘党なのかもしれない。
オーガスタさんは俺の肩に手を置く。もう片方の手は、ネビルの肩に置かれていた。
「今から姿現しをします。少し衝撃がありますが、じっとしていてください。ネビルは言いつけを守らずにバラけかけました」
「え? ちょっと待っ……」
バチン! という音と共に、俺は洗濯機の中に放り込まれたが如き感覚に襲われた。
次の瞬間には、俺たちは大きな門の前に立っていた。内臓をかき回されたみたいな不快感だ。せり上がってくる胃酸を飲み下す。
シャキッと背筋を伸ばしているオーガスタさんを挟んだ所では、ネビルが口元を抑えて這いつくばっていた。ライフはゼロのようだ。
ミカエラは光の速さで俺にくっついていたらしく、今は吐きそうなネビルを眺めている。
「さあシャンとしなさいネビル。先方は首を長くして待っていますよ」
「うえっぷ、姿現しは嫌いだよ」
「俺も……」
超三次元移動をやってのけた直後でも、ミセス・ロングボトムは余裕綽々の様子だ。三半規管どうなってんの?
俺たちがヨロヨロと立ち上がると、鉄の門が独りでに開いた。その先には、無駄に長い玄関までの石畳が続いている。
俺は先行するオーガスタさんについていった。
「中々の豪邸だなァ。ジューダス?」
「俺は一般家庭でも良かったんだけど……」
キリキリと胃が痛む。マナーに厳しい家だったらどうしよう。小市民の俺は雰囲気だけで気圧されていた。
そんな俺を見て、ミカエラがオレンジの目を細めた。
「まァ、新しい友達でも出来んじゃねえか? 知らんけど」
それもそうだな。こんなに大きな屋敷だ。使用人が1ダース単位でいても、なんらおかしくない。いっちょ本気出すか。
ふと屋敷の方から視線を感じる。顔を上げると、灰色髪の男の子が俺を見ていた。しかし目が合うと、サッと引っ込んでしまう。これは距離の詰め甲斐がありそうだ。
俺たちが玄関に辿り着くと、オーガスタさんが声を張り上げて言った。
「ヘクター! あなたの孫を連れてきましたよ!」
時を待たずして重厚なドアが開かれた。中から糸目のゴブリンのような人が現れる。
「お待ちしておりましたオーガスタ様。お荷物はこのセバスめがお持ちいたします」
セバスと名乗った小人はオーガスタさんから荷物を受け取ると、先導して歩いていった。俺たちも後に続く。
俺の頭上でミカエラが言った。
「コイツは屋敷しもべ妖精だ。ア、間違ってもオレとひと括りにするなよ」
小さく首肯する。俺はミカエラが何かと一緒にされると嫌がるのを知っていた。
ネビルは豪奢な調度品を見て、頻りに感嘆していた。血相を変えてオーガスタがネビルと調度品を引き離す。
「すぐにドジをするのだから、近づくのはおよしなさい!」
「わ、わかったよ。ばあちゃん」
「ここにございます」
どうやら目的地に到着したらしい。セバスは丁寧にお辞儀すると、木製の扉を開いた。
そこには、大広間とでも言うべき空間が広がっていた。長大な窓から差し込む陽の光、バカ長いテーブル。まるで貴族が優雅に朝食を摂るのに使う部屋のようだ。そして端から端、10メートルは離れているであろうテーブルの先に座っていたのは――
「おう、よう来たよう来た。儂はヘクター・フォーリー2世だ。お前さんがジューダスか?」
――ウサギだ。真っ白くてふわふわした毛玉が、我が物顔で無駄に背もたれの高い椅子に座っていた。もちろんそのままではテーブルの下に隠れてしまうので、椅子にはクッションが積み上げられている。
情報量の暴力で思考が停止している所に、オーガスタさんがさらなる爆弾を投下した。
「ヘクター! わたくしに何か言うことがあるのでは?」
「おおすまんすまん、感謝するぞオーガスタ。何分この体では碌に出歩けんのでな」
俺の里親がウサギだと確定した瞬間だった。多分今の俺は遠い目をしているだろう。
因みにミカエラはさっきから爆笑していた。
「クハハハ! ウサギ、ウサギが里親! 傑作だなァ!」
呆然とウサギとお婆さんの会話を眺めていると、いつの間にか俺とネビルは席につかされていた。真っ白な毛玉が、渋いダンディな声を上げる。見た目とのギャップが酷い。
「セバアアァァァアアアス! 夕食をお出ししなさい!」
「御意」
あっという間にディナーが始まった。たくさんの種類のご馳走が並べられる。オーガスタさんは旨そうにファイア・ウィスキーを呑んでいた。ウサギはみずみずしい草を食んでいる。
ネビルは苦笑いしながら、ローストビーフを口に運んだ。
「ジューダスのお祖父ちゃんって、とっても……特徴的だね」
「あ、あはははは……」
先程から孫だの祖父だのと言われるが、俺は里親に会いに来たんじゃなかったのか? 疑問をこぼす。
「あの、ヘクターさん。あなたは俺の里親ですよね?」
「厳密には違う。お前さんの母、フィデス・フォーリーは儂の娘だからな。クリスマスプレゼントを贈っただろう?」
プレゼント? ウサギから貰った覚えは……。そこで俺は思い出した。
「もしかしてこの写真ですか!?」
Fの紋章で封された手紙から写真を取り出す。俺の両親や親戚一同の背景は、よく見るとこの屋敷だった。
「そうだ。その写真はフィデスとダニエルの結婚式に撮ったものだな」
感慨深く俺は写真を見つめる。中の人物は手を振っていたり、大笑いしていたりと様々だった。
「あれ? ヘクターさんは写ってないんですか?」
「ヘクターはこのしかめっ面の男ですよ」
オーガスタさんがすかさず教えてくれた。しかめっ面の男というと、大量の勲章をつけた軍服の人だろうか?
「ええ!? 最初からウサギじゃなかったの!?」
「当たり前だ! 儂のこの姿は、死喰い人に呪われたせいだからな!」
「ンな呪いあったかァ?」
俺は自分にウサギの血が流れていないことに、ちょっぴり安堵したのだった。
ネビルとオーガスタさんは、夕食を食べ終わると帰っていった。テーブルに残された食器類も全部セバスによって片付けられ、元の状態に戻っている。
ミカエラは眠いのか、うつらうつらと船を漕いでいた。空中で。
相変わらずクッションの上に鎮座しているヘクターが、口火を切った。
「突然のことで慣れないだろうが、やっと合流できた血族だ。我が家だと思って寛いで欲しい」
「1つ質問です。なぜ今なんですか? 孤児院の時に引き取っても良かったんじゃ?」
「……見つけられなかったのだ」
「え?」
暫時の沈黙の後、重々しく、ウサギは口を開いた。
「お前さんがホグワーツに入学するまで、その孤児院には強力な探知不可魔法がかけられていたようだ。しかも、現在その孤児院は存在していない。イギリス中のどこにもな」
背筋が凍った。今晩ちゃんと寝れるかな。