ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
明くる日の朝、よく眠れなかった俺は、目をこすりながらフォーリー邸を歩いていた。ミカエラは俺よりも早く起きたようで、散歩にでも出かけたのかいない。
そういえば、昨日見かけた男の子のことを聞きそびれていた。まあ自分が10年住んでいた場所が蒸発したのだから無理もないか。
なんてことを考えていると、曲がり角に灰色の頭が引っ込んでいくのが視界に入った。丁度いい、話しかけてみるか。
速歩きで追いかけると、男の子は目を見開いて駆けていった。何だ何だ、鬼ごっこか?
森を思わせる緑目の男の子と、鬼ごっこに興じる。男の子はどんどん屋敷の奥に逃げ込んでいった。やがて、階段を下り地下室に入られてしまう。
「ここって入っても大丈夫だよな……?」
少し躊躇ったが、別に鍵もかかっていないので普通に扉を開けて入った。中は薄暗く、ツンとした薬品の匂いが漂っている。棚には紫色の花や月長石などが所狭しと保管されていた。
男の子は白衣を着た少女の影に隠れていた。少女の、彼と同じ深緑の目は、机上のフラスコに向いている。
「グリム、今は実験中なので用事があるなら後にしてください」
「ね、姉ちゃん、なんか変なのいる……」
グリムと呼ばれた男の子に指を差される。俺は振り返ってみるが、誰もいなかった。
「変なのとはなんだ、変なのとは。俺はホグワーツ1……ではないけど、13番目くらいには常識人だぞ」
少女の肩口で切り揃えられた灰髪が揺れる。男の子の姉と思わしき少女は、初めて俺を認識したかのように眉をひそめた。さりげなくグリムを背に庇っている。
「不法侵入してるくせにどの口が言ってるんですか。今度は誰です? 魔法生物規制管理部の差金ですか? それともグレイバックの手先?」
「どっちでもない。俺はジューダス・ビショップ・フォーリー、ヘクターさんの孫だ」
姉弟は揃ってポカンと唇で円を描いた。訝しげにジロジロと眺め回される。半信半疑といった様子だ。
少女のかけた眼鏡が一瞬だけ光を反射した。
「大叔父さんからは何も聞いていませんが」
「それは知らないよ。なんなら今から訊きに行く? ついでに朝飯も食べない? 俺お腹空いてるんだよね」
2人は毒気を抜かれたように顔を見合わせる。少女がため息をついて、眼鏡を外した。
「……それでは食堂に行きましょうか」
広間に着くと、人参のソテーを美味しそうに頬張るウサギがいた。後ろには従者のごとく糸目のセバスが控えている。
俺たちが各々の席に座る。少女は開口一番に言った。
「大叔父さん、この方がフォーリー家の直系だというのは本当ですか?」
「なんだ、もうジューダスと会ったのかレイン。そうだぞ」
「ほ、本当なんですね……!?」
報連相がしっかりしていなかったらしい。割と本気で少女は怒っているようだったが、ヘクターは愉快そうに耳をピクピクと動かすだけだ。赤い目が俺を捉える。
「遅くなったが紹介しよう。この几帳面なのがレイン、儂に似て寡黙なのがグリムだ。この2人は儂の弟の孫でな、ジューダスとは、はとこに当たる」
「よろしくな、レイン、グリム」
決まった……! 挨拶は先手必勝、これはもう不変の真理だ。よって今ここに、俺と2人が仲良くなることが決定した。
しかし予想に反して、2人の返事は色良いものではなかった。グリムは口をつぐみ、レインに至っては怒髪天を衝く勢いで俺とヘクターを睨んでいる。
「み、認めません! こんな……こんなぽっと出の男! 私は家族だと認めませんよ!」
テーブルを殴打して立ち上がると、走って去ってしまった。グリムはレインが去っていった出口とヘクターを交互に見て、オロオロしている。レインと入れ違いでミカエラが入ってきた。
「なんだァあの女。朝っぱらからブチギレとか頭ヴォルデモートかよ」
ヴォルデモート呼ばわりは言い過ぎでは? しかしそう簡単に俺のことを受け入れてくれるとは思っていない。焦らず行こうじゃないか。
ヘクターが申し訳無さそうに耳を垂れ下げて言った。
「あの娘も色々あってな、いつかわだかまりが溶けると良いのだが」
「ご心配なく、俺とレインはもうズッ友ですよ。なー、グリムぅ?」
「……絶対違う」
全く、グリムはまだまだわかってないな。あれはレインのちょっとしたじゃれ合いだということは明々白々だろうに。
ミカエラが神速で俺の皿からソーセージをつまみ食いした。
「節操なさすぎだろ。その解釈の仕方は神の子もびっくりだぞ」
俺はミカエラにだけ聞こえる音量で、腹話術を行使した。教わってて良かった大道芸。
『そんなに褒めてもジューダスポイントしか出てこないよ?』
「褒めてねえよ! それにジューカスポイントなんかいらん!」
『照れ隠しに暴言を吐いちゃうようなミカエラには、100JP(ジューダスポイント)を進呈しよう』
「そんなくだらねえことに腹話術を使うな!」
素直じゃないな心友は。因みに今のミカエラの所持ポイントは総額で810563JPだ。これは長者番付で1位になる。2番目がマルフォイで1065JPだから、その差は歴然である。
視線を感じて前方を見ると、ヘクターが賢者の石のような目を細めて俺を眺めていた。謎に哀愁漂っている。
「俺の顔になんかついてますか?」
「ッ! ああすまない、その度量の広さがフィデスに瓜二つだったのでな」
「単に頭が逝っちゃってるだけだろ」
ミカエラの茶化しは聞こえなかったことにしておこう。この部屋に狂人はいない。
ずっと影に徹していた屋敷しもべ妖精のセバスが時計を確認した。
「ヘクター様、そろそろオーガスタ様がいらっしゃる時刻でございます」
「おお、そうだな。ジューダス、ダイアゴン横丁への引率はオーガスタに頼んである。レインは今年ホグワーツに入学するから、その買い出しを手伝ってやってくれ」
「次は……杖だな」
俺はレインから『マダム・マルキンの洋装店』の紙袋を受け取る。俺たちは来学年の準備のために、ダイアゴン横丁に訪れていた。大体の物は買い終わり、残す所後僅かだ。
あと、一緒に来ていたネビルとオーガスタは、トレバー捜索のために駆り出されている。逃亡プロのトレバーなら、アズカバン脱獄も夢ではないのかもしれない。
「それぐらい自分で持てます」
深緑の瞳で軽く俺を睨みながら、レインは言った。
「大鍋1つで腕プルプルさせてるレインが持つ? 無理でしょ」
レインはあまりにも非力だった。今も背負った大鍋に潰されかけている。顔を火照らせ、歯を食いしばっている姿は、何よりも雄弁に語っていた。限界だと。
「コイツもああ言ってんだし、持ってやらなくても良いんじゃねえかァ?」
『ミカエラ、俺はレインの兄貴分だ。助けてやらなくちゃいけない』
「あっそ、なら勝手に家族ごっこでもやってろよ」
何かが気に食わなかったのか、ミカエラはつむじを曲げて飛んでいってしまった。人の機敏に超絶さとい俺をもってしても、たまにミカエラが何を考えてるのかわからない時がある。
歩きながら俺はレインに問うた。
「レインはあの地下室で何をしていたんだ?」
「あなたに話す義理はありません」
「あれって魔法薬だよね。入学前から調合できるなんて凄いな」
「……………………」
「俺の恩師にスネイプ先生って人がいるんだけど、その人は魔法薬学の――
俺が一方的に話しかけて親睦を深めてるうちに、オリバンダーの店まで着いた。一年前と同じように入店する。
店内は変わらずにホコリ臭く、おびただしい数の箱が積まれている。
「いらっしゃいませ」
薄暗がりから現れたオリバンダーの不意打ち挨拶。これは何度食らっても慣れない、俺はそう確信した。レインも小さな悲鳴を漏らした。
「これはこれは、ジューダスさんではありませんか。ええ、覚えておりますとも、あなたの杖は……?」
フリーズするオリバンダー。限界まで目を見開き、虚空を凝視している。額から、一筋の汗が流れた。
「し、信じられん……!? 儂が、儂が売った杖を忘れるとは……! 嗚呼、なんということじゃ……」
俺は杖を取り出す。漆で黒く塗られた、美しい杖。確かミカエラに作って貰ったんだっけ。
オリバンダーは俺の持っている杖を見咎めると、頬を紅潮させた。
「ジューダスさん! その杖! あなたの杖を見させてはいただけぬか!?」
「ええ……?」
「今日はそのお嬢さんの杖を買いに来たのじゃろう? しかし杖にもメンテナンスが必要じゃ。サービスで診てあげましょうぞ。騙されたと思って、さあ」
オリバンダーのテンションが怖い。職人というものはやっぱりどこかぶっ飛んでいる。
俺が杖を渡すと、オリバンダーは杖を目元に持っていき、丹念に眺めた。グレーの目は童心に帰ったかのように輝いている。
「ふむふむ……19センチ、使われているのは月桂樹じゃな。この荒々しさと繊細さが共存してる感触、芯は……ん?」
オリバンダーが杖を振ろうとしたその時、杖先から漆黒と橙の靄が吹き出した。靄は雨雲のごとくオリバンダーの頭上に展開すると、禍々しい色の雷を落とす。
「じゃああああああ!?」
店中にオリバンダーの絶叫が木霊した。倒れ伏したオリバンダーは、全身黒焦げにも関わらず、スクっと立ち上がる。
「いやあ興奮のあまりうっかりしておった。月桂樹の杖は主人以外が使おうとすると、こうして雷を落とす性質があるのじゃ。しかも、主人が堕落した場合は、その矛先は他ならぬ主人に向く。気をつけることじゃな」
ポリポリと頭を掻いて、俺に杖を返却するオリバンダー。体を張ってレクチャーするとは、杖職人の鑑である。
レインが引き気味に口を開いた。
「なんだか私、この店不安になってきました。グレゴロビッチに変えません?」
「大丈夫、この人杖に関しては超一流だから」
レインの杖は一発で決まった。オリバンダー風に言えば『リンゴの木と不死鳥の羽、24センチ。一途で純情』である。村娘かよ。
そして俺たちは『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』に来ていた。中は大勢の魔法使いで占領されている。全体的に魔女率が高い気がする。
レインは幽鬼のように魔法薬学の本棚へ行ってしまった。会計のときに合流するか。
人垣の外で腕組みをしているミカエラを見つけた俺は、そちらへ駆け寄った。小声で話しかける。
「ミカエラ、これなんかのイベント?」
「んァ? アア、ジューダスか。あの筋力零娘はどうした?」
「あっちで立ち読みしてるよ」
「ふーん、へェー。……それでイベントだったな、開かれてるぞ。ロックハートを讃えようの会だ」
ロックハート? あのクリスマスプレゼントをくれたロックハート? 俺はよく見ようと背伸びをする。
人混みの中心で爽やかに笑っている男が見える。『私はマジックだ』を携えているので、ロックハートだろう。そしてその隣には……ハリー・ポッター?
ロックハートは、ハリーと握手している所を記者に撮らせていた。著作を全部押し付けられて、ハリーは迷惑そうだ。
「君がミスタージューダス・フォーリーですね?」
唐突に背後から声をかけられ、俺は振り返った。そこにはドラコ・マルフォイと、プラチナブロンドで青白い顔の男が立っていた。男の手には頂点に蛇の意匠をあしらった杖がある。
「ち、父上、こいつに構う必要は……」
「こいつ? ドラコ、口を慎みなさい。フォーリー家は聖28一族に名を連ねる名門。敬意を払う価値がある」
ドラコはギョッとした目を俺に向けた。俺が純血だなんて夢にも思わなかっただろう? 俺もだ。
ここで1つ俺のポリシーを紹介しよう。友情の輪を広げるためなら、なんでも利用する。自らの血統も例外ではない。
「はい、ドラコ君とは親しくさせて貰っています!」
俺はドラコと肩を組む。ドラコは苦虫でうがいしたような顔をした。この恥ずかしがりやめ。
プラチナブロンドの男が全然面白くなさそうに笑う。
「ドラコの父としても、ありがたい限りだ。息子をよろしく頼みたい」
ドラコは嬉しさのあまり表情が抜け落ちていた。友達冥利に尽きるぜ。
しかし少し疑問が残る。
「あの、なぜ俺がフォーリー家だとわかったんですか?」
「マルフォイの当主ともなると、実に様々な情報が入ってくる。特に人間関係は慎重に選びたまえよ」
マルフォイパパはローブを翻して去っていった。ドラコが乱暴に俺の腕を振り解いて、ついていく。ミカエラが耳に小指を突っ込んで掻きながら言った。
「魔法界は狭えからなァ。限界集落みたいなもんだ。さては釘刺して来やがったなアイツ」
何に釘を刺しているのかはさっぱりだが、1つ学べたことがある。純血主義は、俺の友情主義と相反しているということだ。
その後、ロンの妹であるジネブラ・ウィーズリーと話していたレインを回収した。ここから小一時間に渡るオーガスタ捜索の旅が始まるとは、この時の俺は予想だにしていなかったのだった。