ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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魔法の力ってスゲー

 俺に届いた手紙――ミカエラ曰く魔法の手紙――はホグワーツ魔法魔術学校の入学許可証だった。内容を要約すると、入学許可してやるから道具一式揃えてこい、孤児のお前は教師寄越してやるから待っとけ、というものだった。

 

 現実世界に干渉できる系イマジナリーフレンドを見た後の俺は、すんなり魔法学校の存在を受け入れることができた。というか別のことに気を取られていた。俺にとって、ホグワーツよりも一大事な関心事があったからだ。

 

 そう、初めての友達である。

 

 友達、なんていい響きだろうか。二人なら今まで一人でやってきた遊びの楽しさも無量大数倍だ。チェスに腕相撲、ババ抜きや神経衰弱などなど。一人ですると正気が削られるような遊戯に俺は没頭した。最初は渋っていたミカエラも、やっていくうちに熱中していたように見えた。

 

 そんなこんなで、あっという間に教授が派遣される予定の日がやって来た。俺は孤児院の職員に客間まで連れて行かれた。入り口を前にして、俺はミカエラに確認する。

 

「本当にミカエラは魔法使いにも視えないんだよね?」

「くどいぞチキンハート。オレを視ることは伝説の透明マントを看破することと同義だって言っただろ」

「この部屋でお客様がお待ちです。無礼のないように」

 

 ドアを三回ノックする。一拍置いて、くぐもった声が聞こえてきた。何て言ったのかは聞き取れない。ミカエラが悪態をつく。

 

「ケッ、教師ならはきはき喋れや」

 

 まあここまで来て駄目ってことはないだろう。俺は扉を開けた。

 

「失礼します」

 

 ソファーには一人の女性が座っていた。大きなメガネに、スパンコールで飾った服、他にも指輪や腕輪などをたくさん身につけている。痩せたその容姿はまるで……。

 

「カラフルなトンボみてえな女だな」

 

 ミカエラの正鵠を射た一言に、俺は吹き出しそうになる。意志の力で抑え込み、表情筋の損害は中破程度で済ませた。女性はメガネを上げて俺の顔をまじまじと見た。想定通り、ミカエラの姿は視えていないようだ。

 

「……やはり、あなたはフィデス――あなたのお母さんにそっくりですわ」

「ええ!? 俺の母を知っているんですか!?」

「ええ!? ジューダスって木のまたから生まれたんじゃないのか!?」

 

 実の子の俺は顔さえ見たことがないのに。複雑な気分だ。それとミカエラは俺を何だと思っている。女性は霧の向こうから聞こえてくるような声で言った。

 

「それはもちろん。あたくしとフィデスは同じレイブンクローでしたもの。ああ申し遅れました、あたくしは『占い学』担当のトレローニー教授と言います」

「ご丁寧にありがとうございます先生。知っているかと思いますが俺はジューダスです」

「ええよく知って――「サッカーしようぜ! お前ボールな!」

 

 ドタバタと、子どもたちの足音が通り過ぎた。今日も孤児院のキッズたちは活きが良い。しかしトレローニーは眉を顰めた。俺も彼らにハブられた過去を思い出してそれに倣う。

 

「俗世は騒がしくて敵いませんわ。ここを出る準備は済んでいますね?」

「はい、廊下に荷物があります」

「それでは行きましょうか」

 

 トレローニーは杖を一振りして自分のバッグに荷物を纏めた。そして俺を一瞥すると、満足気に頷いた。

 

「流石はフィデスの息子ですわ。この程度では驚きませんか」

 

 魔法はミカエラの時に散々驚いちゃっただけなのだが……。何故か俺の株が上がってしまったようだ。 

 疑問が顔に出ていたらしい。トレローニーが訳知り顔で言った。

 

「安心しなさい。ホグワーツについては移動中にでも説明するとしましょう」

 

 母親とトレローニーの関係が知りたいんだけど。ミカエラが鼻で笑った。

 

「ジューダス並に会話できないなコイツ」

「おい」

 

 

 

 孤児院を出た俺たちは、『漏れ鍋』というパブに来た。俺たちがパブに入ると、人々の喧騒が出迎えてくれた。しかしトレローニーは周りには目もくれず、むしろ邪魔だとでも言うように突っ切る。店内を物珍しそうに見回していたミカエラが、ケラケラと笑った。

 

「おいジューダス、あのターバンのヤツ見てみろよ! スゲーニンニク臭えぞ!」

 

 ミカエラの白い指は、紫色のターバンを何重にも巻いた男の人を差している。神経質に視線を動かしていて、どこか怯えているかに見えた。突然、男は振り返ると、トレローニーに話しかけた。

 

「こ、こ、こんにちはトレローニー、教授。いつも占い学の、きょっ教室に引き籠もっているのに珍しい、ですね」

「残念ながらクィレル教授には察することも出来ないようですね! あたくしが俗世に降りないのは内なる心眼を曇らせないためですわ!」

「そっ、そうでしたか。すすすすみません」

 

 クィレルと呼ばれた男は酷く恐縮したようだった。肩を縮こませている。俺はクィレルの後頭部を凝視しているミカエラに小声で囁く。

 

「ミカエラ、どうしたの?」

「んー…………コイツ、ハゲを隠すためにターバンしてるんじゃないかと思ってただけだ」

「やめてさしあげなさい」

 

 言われてみれば、ミカエラの推測は正解なんじゃなかろうか。クィレルは若い先生だし、生徒にハゲいじりされたくないのかもしれない。

 

「き、君は新入生かな? はじめまして、私はクィリナス・クィレルです。やっ『闇の魔術に対する防衛術』の教室で会えるのを楽しみにしています」

「よろしくお願いしますクィレル教授。俺の名前はジューダス・ビショップです」

 

 俺が名乗ると、クィレルは大きく目を見開いた。挙動不審が激しくなった気がする。

 

「び、ビショップ君ですか。君のち、父君を、存じ上げていますよ」

 

 母親の次は父親か! もしかして俺の両親はフリー素材か何かなのだろうか。クィレルが言葉を継ぐ前に、強引にトレローニーが会話を打ち切った。

 

「こんな喧しい場所に長居はできませんわ。行きますよミスター・ビショップ」

 

 ツカツカと先を急ぐトレローニーを慌てて追いかける。漏れ鍋を抜けると、赤い煉瓦の壁に突き当たった。トレローニーが幾つかの煉瓦を叩く。すると、ひとりでに入り口が開けた。

 

「ここがダイアゴン横丁です。必要な物は全て揃っていますわ」

 

 

 

 まず俺たちはグリンゴッツという魔法使いの銀行に行った。ゴブリンが働いていたり、ジェットコースターばりのトロッコで移動したりと、刺激的なことは多々あった。しかし、ビショップ家の金庫のインパクトには負けた。

 

『清貧を貫くべし』

 

 達筆な文字で書かれた紙切れが一枚と、トレローニー曰くホグワーツの7年分の学費がきっかり入っていただけだったのだ。

 

「先生、ファミリーネームから予想していましたが、俺の親って……」

「あなたの父親は熱心な十字教徒でしたわ。呆れたことに、占いは神託だとよく力説していました」

 

 ミカエラが俺と紙切れを見比べた。納得がいったのか、力強く頷く。

 

「蛙の子は蛙なんだな。オレ、ジューダスがビショップ家のバグじゃなくて安心したぜ」

 

 

 

 銀行で資金を手に入れた後は、念願の買い物だ。大勢の魔法使いが行き交う通りを、足取り軽く歩く。

 

「杖買おうぜ杖。魔法使いはアレがなきゃ締まらねえよ」

「杖は……『オリバンダーの店』か」

 

 トレローニーから渡された地図で場所を確認する。幸い店はここから近いようだ。因みに本人はグリンゴッツのトロッコにノックアウトされており、今頃どこかのベンチで蹲っていることだろう。

 

「ここか」

 

 歩くこと数分、古ぼけた店に着いた。ドアには剥がれかけた金の文字で『オリバンダーの店 紀元前382年創業』と書かれている。

 

「紀元前かァ。お前を選んでくれる杖があるといいけどなァ」

 

 ミカエラが不安になるようなことを言ってくる。高鳴る心臓を抑えて、俺は店に入った。

 

「ごめんくださーい」

 

 埃っぽい店内には、うず高く細長い箱が積まれていた。あれに杖が包まれているのだろう。カウンターに歩いていくと、薄暗い店の奥から白髪のお爺さんが現れた。

 

「いらっしゃいませ」

「えっと、杖を買いに来ました」

 

 途端にミカエラの笑い声が木霊した。宙で腹を抱えている。

 

「プッ、クハハ。杖の専門店に来て『杖を買いに来ました』って」

 

 逆にそれ以外言うことなくない? 俺もちょっと思ったけどさあ。

 お爺さんの眼鏡に、虚空に困り顔を向けている俺が映った。そんなに情熱的に見つめなくても……。

 

「では杖腕を。採寸しますゆえ」

「杖腕って?」

「利き腕のことじゃ」

 

 俺は右腕を差し出した。お爺さんのポケットから取り出したメジャーが、勝手に体中を測っていく。

 

「杖は芯となる魔力を持った材料と、それを覆う木材で作られます。ワシは度重なる試行錯誤の末、芯として最高の3種類を見つけたのじゃ」

「その3つとはなんですか?」

「不死鳥の羽、ユニコーンの毛、ドラゴンの心臓の琴線じゃ。他の材料にも良さはあるが、いかんせんアクが強くて扱いづらいのでな」

 

 オリバンダーはそう言って、役目を終えたメジャーを回収した。手には一振りの杖を握っている。

 

「これを振ってみなさい。黒檀とドラゴンの心臓の琴線、26センチ。硬く、持ち主に忠実」

 

 受け取って振ってみる。杖の先から黒とオレンジの靄――ミカエラの元の姿のようだった――が飛び出し、花瓶の花に直撃した。花は茶色く枯れてしまっている。

 

「ふむ。アカシアにユニコーンの毛、37センチ。柔軟で取り回しやすい」

 

 今度は靄が花瓶の水を根こそぎ蒸発させた。頭上のミカエラが黙ってそれを眺めている。

 

「これも駄目か。リンゴの木と不死鳥の羽、24センチ。一途で純情」

 

 説明が村娘みたいなんですが。しかし俺が手に取った瞬間、杖から靄が放たれ、花瓶を粉々に粉砕した。花瓶に何の恨みがあるんだ。

 

「あぁ! 今日は面白い客が多くて飽きないのう! 漲ってきたわい!」

 

 オリバンダーは銀色の瞳を輝かせた。喜色満面、本当にいい空気を吸ってる。

 次々と新しい杖を渡されたが、どれも靄が物を破壊して終わった。オリバンダー的にこれはよろしくないようで、首をひねりながら杖を引ったくられた。店がだいぶ散らかった頃に、今まで静かだったミカエラが口を開いた。

 

「ああもう埒が明かねえ! ここの杖はオブスキュリアルが持ち主だと不服らしいな!」

 

 ミカエラはオリバンダーの前まで行くと、手をかざした。嗜虐的な笑みを浮かべている。

 

「インペリオ。杖の材料がある所まで案内しろ」

 

 オリバンダーが一瞬とぼけた顔をした。そして恭しく頭を下げると、言われた通りに店の奥に俺たちを誘う。

 

「オリバンダーに一体何をしたんだ?」

「……えーっとだな、…………そうだ! 『懐柔の呪文』をかけたんだ。これは自分のお願いを聞いてもらうって効果でな」

 

 何だ今の間。俺が訝しげな視線を送っていると、ミカエラはお茶を濁すように話題を変えた。

 

「それよりも喜べジューダス! お前の杖はオレが拵えてやることにした!」

「えっ!? そんなことしていいの!?」

「いいよなァ? オリバンダー?」

「もちろんでございます」

 

 先行しているオリバンダーが振り向かずに言った。ミカエラは愉しげにオレンジの目を歪ませる。俺はミカエラがオリバンダーに耳打ちしていたのを見逃さなかったからな。

 

 やがてオリバンダーの仕事場に着いた。大小様々な素材と作りかけの杖が置かれている。ミカエラは飛び回って物色していたが、ある一つの木を取った。

 

「オリバンダー、これは何という木だ?」

「月桂樹にございます」

「ふーん」

 

 杖の木材は月桂樹に決めたようだ。ミカエラは作業机にそれをほっぽり出すと、自分の漆黒の髪を毟った。

 

「ミ、ミカエラ何してるの?」

「何って、杖の芯を採ってるに決まってんだろ」

 

 ミカエラは抜いた中で一番長い髪の毛を見繕うと、両手を机の上に翳す。初めに髪が宙に浮いた。そして月桂樹がひとりでに加工され、芯となる黒い髪を覆っていく。10分もすると、一振りのシンプルかつ美しい杖が出来上がった。ミカエラが額に浮いた汗を拭う。

 

「月桂樹にオブスキュラスの髪、19センチ。良質で手に馴染むって所か?」

「あ、ありがとう。ミカエラって杖も作れたんだ」

「オレにかかれば朝飯前だ。いいから振ってみろ」

 

 杖の握り心地は素晴らしかった。まるで失っていた体が戻ってきたようだ。軽快に振ると、先端から花火が飛び出した。『サンキュー親友!』とネオン色で文字を結んでいる。

 

「その杖で決まりだな!」

 

 ミカエラはいたずらっぽい笑顔を見せる。持つべきものは友、そんな格言が思い浮かんだ。

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