ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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妖精vs妖精(自称)

「コケーッ! コッコッコッコケー!」

 

 独特の臭いが漂う。俺とにらめっこをしている雄鶏が、赤い鶏冠を揺らした。忙しなく首を振っている様は、俺に何かを伝えようとしているように見える。

 

「コケコッコー!」

「ジューダス、お前さん鶏に向かって何しちょるんだ?」

 

 俺はこの小屋の主の方に振り向いた。黄金虫色の瞳は困惑の色を映している。

 

「鳥語の練習」

「よーしわかった。悩み事があるんだろう。成績か? それとも好きな子でもできたか?」

「もうハグリッド、俺のことバカにしてる? 俺は真面目に鳥語を習得したいんだけど」

「おうおう俺が悪かった。だからそんな澄んだ目で睨まないでくれ」

 

 俺は再び雄鶏に向き合った。コミュニケーションを試みてから五時間が経つが、そろそろ絆が芽生えてきた気がする。

 ミカエラは三十分で「頭痛が痛い 」と支離滅裂な英語を残してどこかへ行ってしまった。最近、スキャバーズと一緒にいるのを見かけるし、ネズミ語を学んでいるのかもしれない。

 ハグリッドは鶏に餌を撒き始めた。モジャモジャの口が開く。

 

「して、ジューダス。なんで鳥語なんちゅーもんを学ぼうと思っとるんだ?」

「ハリーが蛇語を話してるのが羨ましいから。コケーッ!」

「だったらハリーから蛇語を教われば良くねえか?」

 

 俺は雄鶏のトムから目を離し、ハグリッドに詰め寄る。森のような落ち着く匂いがするが、その程度では俺の憤りは収まらない。

 

「蛇はハリーが総取りしてるに決まってるじゃん。後から何匹でも紹介して貰える」

「そんなら犬とかでも……」

「爬虫類と来たら鳥類じゃない? 哺乳類や魚類も魅力的だけどさ」

「そうか……。ジューダス、お前さんは『本気』なんだな?」

「ああ『本気』だ」

 

 俺とハグリッドは見つめ合う。鶏の「コッコッコッ」という鳴き声がした。数回の瞬きを挟み、ハグリッドはトムのそばにしゃがみ込む。

 

「俺には夢がある。もちろん今の森番もありがてえし、名誉なことだ。だけんど、一度でも良いから『魔法生物飼育学』の先生をしてみてえ。あいつらの素晴らしさをみんなに伝えてえんだ」

「ハグリッド……」

「お前さんに気付かされたよ。ドラゴンとかアクロマンチュラみてえな花形も悪くねえが、こういう隣人にももっと目を向けるべきだってな」

「ハグリッド……!」

「俺もやる。やってやろうじゃねえか、鳥語の習得。そんで、学会を仰天させるんだ」

「ハグリッドおおおおおお!!」

 

 俺はハグリッドに抱きつく。ハグリッドは目を丸くしながら、優しく抱きとめた。熱い漢の抱擁である。

 

 

 

 頭から雪を払って城に入る。あの後暗くなるまで、ハグリッドと鳥語を研究に熱中してしまった。やはり人間の言葉と違って難しい。

 冷えた体を暖めるために、グリフィンドール談話室を目指していると、もの凄い勢いでアーニー・マクラミンが走ってきた。がっしりと肩を掴まれる。頬は紅潮し、眼光は鋭い。

 

「探したよジューダス! 君、新たな犠牲者が出たって知ってる?」

 

 ガツンと脳を殴られたかのような衝撃が俺を襲う。捻り出した声は震えてしまった。

 

「た、誰か襲はれし?」

「え? 何?」

「ご、ごめん。驚きの余り古英語出ちゃった」

「……まあそういうこともある、かな? とにかく! ジャスティンとほとんど首なしニックが、石になってたんだよ!」

「何だってー!?」

 

 ジャスティンというのは、ハッフルパフ生のジャスティン・フィンチ=フレッチリーだろう。先日の決闘で、蛇に襲われかけていたのを覚えている。

 しかし、ゴーストのニックまで石にされるとは。スリザリンの怪物は予想以上に化け物のようだ。

 犠牲者はこれで二人と一体と一匹。不味いな、このままではジェノサイドルートもあり得るぞ。

 俺たちはどちらからともなく、歩き出した。

 

「あれ? そういえばなんでアーニーは、俺に教えてくれたの?」

「ジューダスが知り合いで一番強そうだから。先生とか上級生に言うのは、ちょっと気後れしてさ」

「する……のか?」

「何で疑問形?」

 

 俺はミカがいなければ、一般的なホグワーツ二年生なのだが……。アーニーはマルフォイと戦う俺を見て、内なるフレンズパワーでも感じ取ったのか?

 アーニーが周りに人気がないことを確認して、声を潜めた。

 

「ここだけの話なんだけど、僕はハリー・ポッターがスリザリンの継承者じゃないかと思ってる」

「ゑ!? なんでふポッター!?」

「しーっ、声が大きいって」

 

 アーニーが人差し指を立てて、黙れのジェスチャーをする。

 

「ご、ごめん。でもどうしてハリーが?」

「ポッターってパーセルマウスでしょ? あれはスリザリンの継承者の標準装備なんだ。それにジャスティンはハリーに、自分がマグル生まれだって話しちゃってたし」

「それだけ?」

 

 ぽかんとした表情を浮かべるアーニー。鳩が豆鉄砲を食ったようだ。

 

「そ、それにミセス・ノリスが石化する前に、ポッターとフィルチの間でゴタゴタがあったらしいよ。一年のクリービーも、ポッターが嫌がってるのに写真を撮りまくってた」

「なーんだ。それだけなら、まだハリーが継承者だって言えないよ。蛇語は頑張れば習得出来るし、ジャスティンがマグル生まれなのは、少し調べればわかることだろう? フィルチだって、喧嘩の1つや2つぐらいするよ。コリンの件も、ハリーは撮影に快く応じてたじゃないか」

「む、むむむ……?」

 

 眉間にしわを寄せて、アーニーは考え込む。その状態でも、消える階段に引っかからないのは、流石二年生だ。

 廊下に水をぶち撒けて、路面凍結を目論んでいたピーブズを、俺が阻止して放送禁止用語を吐かれた所で、アーニーが顔を上げた。

 

「じゃ、じゃあジャスティンに蛇をけしかけてたのは、どう説明するんだよ!?」

「実は蛇を諌めてたかもしれないよ? 案外、傍から見ると、細かいことは把握しきれないものだし」

「ぐぬぬぬ……」

 

 そうこうしている間に、太ったレディまで到着してしまった。俺はアーニーに、力強く目線を送る。

 

「よしわかった。継承者について、先生たちも対応してるだろうけど、俺も動いてみるよ」

「ありがとうジューダス。何か手伝えることがあれば、僕にも言ってよ。それと、まだ僕はポッター継承者説を諦めてないから!」

「はいはい」

 

 アーニーの後ろ姿を見送りながら、既に俺は継承者への対処法を組み立て始めていた。

 

 

 

「それで、スリザリンの継承者に対抗するのと、私のチョコミントに何の関係があるんですか? 継承者のせいで休講になったからって、イカれすぎです」

 

 レインが深緑の瞳を研ぎ澄ませて、俺を睨みつける。大勢のフクロウが鈴なりに止まっているフクロウ小屋は、異様な緊張感に包まれていた。

 

「実は俺、鳥語の勉強しててさ。チョコミントはカラスだし目立たないから、探すのを手伝って欲しいなーって」

「チョコミントはフ・ク・ロ・ウです! しかもそんな危険なこと、させる訳にはいきません!」

「チョコミントは賢いから大丈夫だよ!」

「あなたにチョコミントの何がわかるんですか!?」

 

 俺はチョコミントに目を向ける。濡羽色のイケメンなカラスだ。きっとハシブトだろう。

 

「さっき会話したから」

「ア↑ホォー↓」

「ほらチョコミントもやりたいって」

「適当なこと言わないでください!」

 

 全く、レインは変なところで融通が利かないんだから。もっとゆとり持っていこうぜ?

 レインがすぐそばの、左目に傷跡のあるメンフクロウを指さした。

 

「別にさっきから私たちを見てくるこのフクロウでも良くないですか?」

「その子はメアリー・スーのフクロウだから駄目」

「誰ですか? その三文小説の主人公みたいな名前の人は?」

「俺のペンフレンド」

「あっ……ごめんなさい……」

 

 まあ誰しも間違いやうっかりはある。過ちを改めてやる、これを友達という。

 俺はチョコミントの鋭い目を覗き込みながら、語りかける。

 

「唖唖ー! 唖唖↓唖唖唖↑唖唖ー唖!」

 

 世界から音が消えた。圧倒的な無音が俺たちを包み込む。周囲のフクロウたちも身じろぎ1つせず、硬直している。

 数秒とも、数十分間とも思える静寂の後、レインが『無』を打ち破った。

 

「後生ですから本当にやめてください。かなり恐怖を感じました」

「真顔で言わないでくれる? 結構傷つくから」

「例えペリタセラムを1バレル飲んでも、あなたの心は壊れませんよ」

 

 1バレルは…………約159リットルか。流石に真実薬をそんなに飲んだら廃人になるだろ。それとヤード・ポンド法は死すべし慈悲はない。

 

 なおもチョコミントを未練たらしく見つめる俺。そして雨に打たれた子犬のような、愛くるしいと思われる目でレインをチラ見する。

 そんな俺を死んだ魚の目で見つめ返すレイン。月曜日のフィルチ管理人と、全く同じ動作で溜息をついた。

 

「諦めが悪いですね。是非もありません。チョコミントを貸しましょう」

「おおっ!?」

「ただし!」

 

 レインが指を1本立てた。喜び勇んだ心に、急ブレーキがかかる。

 

「1つだけ条件があります――」

 

 その条件とは、生真面目なレインが言ったとは思えない、驚くべきものだった。

 

 

 

 深夜のホグワーツ城。夢の中では見慣れた光景を前に、俺は自分がハッキリと眠っていることを自覚していた。明晰夢だろうか。

 どうやら俺はスキャバーズに先導されて、どこかへ向かっているようだった。

 

 気がつくと、オレは自然と鼻歌をしていた。曲はシューベルトの『魔王』だ。初めて聴いた時、魔王に連れ去られる子供がどうにも羨ましかったのを、俺は思い出す。

 

 とある空き教室にスキャバーズが入っていく。オレは用心してその中に入り、先客のみすぼらしい姿を矯めつ眇めつする。

 先客――屋敷しもべ妖精が、キッと俺を睨んだ。しかしその右手が、常に自らの太腿を抓って罰しているのを見るに、ここに来たのは主人の命令ではないらしい。

 

「ようイカレポンチ。派手に暴れた割には、随分とあっさり尻尾を掴まれたじゃねえか?」

「ド、ドビーはドビーの意思であなたに会いに来ました! ドビーはハリー・ポッターをあなたのような邪悪な力から守らなければなりません!」

「チッ、やっぱり『素』でオレのことが見えてやがるな。これだから屋敷しもべは嫌いなんだよ」

 

 自分のことをドビーと名乗った屋敷しもべ妖精は、さも悲痛な覚悟を背負っていますというような顔で、オレの前に立ちはだかった。その言動全てが、俺の神経を逆撫でる。

 

「動機なんかどうでも良い。結果的にテメェはジュ……オレを不快にさせた。その時点で大罪なんだよ」

 

 まずは小手調べに無詠唱で失神呪文をドビーに放つ。予想通り、ドビーは指を鳴らして打ち消した。

 

「やはりあなたは危険な存在です! ドビーはご主人様の命令に背いて、あなたを除かねばなりません!」

「ほーう、テメェの飼い主はオレの存在を知り、なおかつ黙認しているんだな?」

「ああ! 言ってはいけないことを言ってしまいました! ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」

 

 突然ドビーは顔を青ざめさせ、頭を壁に叩きつけだした。屋敷しもべ妖精特有の奇行、自罰だ。しかし戦闘中だということは辛うじて理解しているのか、オレの魔法は尽く打ち消される。

 オレは教卓の下でコソコソと身を隠しているスキャバーズに怒鳴った。

 

「おいスキャバーズ! 黙って見てないでお前も手伝え!」

 

 スキャバーズがネズミモードからおっさんモードに切り替える。

 

「しかしミカエラ様。少々、音が……。ダンブルドアに見つかる可能性もございますし……」

 

 そしてスキャバーズは一瞬にしてドブネズミに戻りやがった。スリザリンの継承者を迅速に特定したのは、評価に値する。だが信用性が皆無なため、駒としては全然役に立たない。

 憤懣を魔法にのせて、ドビーに撃つ。

 

「ちくしょう! なんでオレの周りはいっつもいっつもこうなんだ! オラッくたばれ屋敷しもべ!」

「ドビーは死ぬ訳にはいきません! ドビーには崇高な使命があるのです!」

「何が崇高な使命だ! 蛇の帝王の与太話を信奉する極右が! お前らなんかヘビウヨだヘビウヨ!」

「ドビーはヘビウヨではありません! ドビーは自由を夢見る屋敷しもべ妖精でございます!」

 

 一進一退。オレとドビーは互いに静かに戦うというハンデを抱えながら、ほぼ互角に無詠唱呪文を撃ち合っていた。

 しかし、宿主からの魔力供給が薄いオレが、戦闘が長引けば長引くほど不利になっていくのは必至。

 次なる一手、戦いにおける基本中の基本、精神攻撃を見舞うことにした。

 

「だがなドビー、テメェの使命のせいで、多くのマグル生まれが危険に晒されているんだぞ」

「そうなのでございますか!?」

 

 大きな目を目一杯見開くドビー。その反応に、微かな引っ掛かりを感じる。

 

「ああそうだとも。スリザリンの継承者だかなんだか知らねえが、テメェの行いはテロリストのそれだ」

 

 ピタリと、否、ビタリとドビーは動きを止める。

 

「ドビーは継承者ではございません! あなたこそ継承者の協力者でないのですか!?」

「何?」

 

 こちらを探るドビーの瞳には、眉をひそめたオレの顔が映っている。そのまま数秒、オレたちは膠着した。

 オレは余りにも馬鹿らしく、滑稽な可能性に思い当たり、ゆっくりと振り返る。

 

「スーキャーバーアーズーゥ?」

「キィィィ!?」

 

 しかしその頃には、スキャバーズの背中は遥か彼方に消え去ってしまった。

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