ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
時刻は深夜2時。極東では草木も眠るウシミツドキと呼ばれる時間帯だ。そんな時間に、俺は眠っている太ったレディの前でとある人を待っていた。
目の下に隈を作っているミカエラが、とびきり大きな欠伸をした。最近ずっと機嫌が悪いが、寝不足なのだろうか。
「ふア〜ァ。こんな夜中に、あの魔法薬マニアはどこに行こうってんだ?」
「さあ? ここで待っててとしか……」
「ったく、オレがいねえ所で勝手に変な約束するなよ」
ミカエラは面倒くさそうに呟いた。いや、そうそうレインが危ないことをするはずもないし、別について来なくても良いのだが……。
それから、太った婦人がいびきを数十回した頃に、ミカエラが口を開いた。
「何か近づいて来てるな。透明マントかァ?」
果たして、ミカエラの言った通りだった。俺の前の空間が突然破れて、レインの姿が現れたのだ。
レインは素早く周りに視線を走らせると囁いた。
「速くこの透明マントの中に隠れてください」
指示されるがままにマントに潜る。レインがすぐに歩き出したので、俺は置いていかれないように歩調を合わせた。
「レイン、透明マントなんて持ってたの? これってかなり凄い代物じゃない?」
「これは死の秘宝のマントとは別物です。デミガイズの毛皮を加工した、いわば模倣品ですね。それでもかなり高額ですけど」
「厳つい」
「小学生並みの感想をどうもありがとうございます」
素直に感謝出来るのは良いことだ。俺はレインの成長を実感して、しみじみとした趣深い心持ちになるのだった。
そして城の出口で、ミセス・ノリスを思い出して一人静かに泣くフィルチの脇を通り過ぎ、俺たちは『禁じられた森』の入口にやって来ていた。
数分前から薄っすらと予感していたが、本当にレインがここに連れてくるのは驚きだ。ミカエラの眠気も吹っ飛び、白い頬を紅潮させている。
チョコミントを借りるためとはいっても、流石に尻込みしてしまう。俺は堪らず口を開いた。
「こ、こんな所で何する気なんだ?」
「幾つか採取したい薬草があります。あなたには私の護衛をして欲しいのです」
レインが挑発的に俺に振り返った。
「どうします? やめておきますか? 今ならまだ間に合いますよ?」
「いいややるね。俺にはソウルメイトの加護も付いてるし」
「その妄言を聞いて安心した自分が嫌になりましたよ……」
「クハハハ。さァイカれた冒険に出発だな!」
レインはデミガイズ製の透明マントをしまうと、俺に籠を手渡した。この中に薬草を入れるつもりらしい。レインは一度、淡く光る下弦の月を見やると言った。
「では、行きましょうか」
森に入ると、湿った特有の空気が俺たちを出迎えた。遠くで聞こえるミミズクの鳴き声や、頭上で羽ばたくコウモリの気配。ミカエラがそばにいる俺はどうとも感じなかったが、レインの曇り空のような頭はいちいちビクついた。
「大丈夫か? レインの方がヤバいんじゃないか?」
「だ、だいじょうびです」
「絶対無理してるだろこのアホ」
ミカエラの指摘はご尤もだったが、頑なにレインは引き返すことを拒んだ。しかもレインは、光るキノコやチョコ色のミントみたいな草を見つけると、深緑の目を輝かせて駆けていく。俺は逸れないようについて行くので精一杯だった。
森の開けた所(レインによるとギャップというそうだ)で、ミカエラが立ち止まった。どこかに目を凝らしている。
俺はレインが石の苔をこそぎ取っているのを確認してから、話しかけた。
「どうしたの?」
「おい、あれ見てみろよ」
ミカエラが注ぐ視線を辿る。ギャップの外れに、十字に組み合わさった木の板がポツンと立っていた。近寄ってみると、比較的新しく作られたようだ。何か文字が刻まれている。
「『十三の無垢なる魂、此処に眠る』か」
「十字教の墓のようだなァ」
「十字教……」
俺は首にかけたロザリオを見る。思い返せば、俺は生まれてからずっと、十字教と何かしらの関わりがあった。父親は熱心な十字教徒だし、孤児院も十字教系だった。今も十字架を身に着け、聖書を枕代わりに使い、暇つぶしに口笛で賛美歌を吹いている。
なのに俺は、神の存在を信じていないどころか、神敵の総本山で学生なんかをやっている。悲劇を通り越して喜劇だ。
「これ、誰が作ったんだろうね」
「普通に考えればハグリッドだが…………ダニエルもあり得るな」
「…………父さん、生きてるのに、他者を弔う優しさも持ってるのに、どうして俺のことは放って置くんだろう?」
「ジューダス……」
それきり、俺たちは互いにおし黙った。俺はずっと見ないようにしていた、自分自身の内奥に潜む感情に翻弄されるしかなかった。ミカエラは手を出したり引っ込めたり、謎の動きを繰り返している。だが俺は気にも留めなかった。
ふと視線を感じて、樹上を見上げる。しかしバサバサと鳥が飛び立った後で、もの寂しく木の枝が揺れているだけだった。
「何黄昏れてるんですか。次行きますよ」
俺はレインの言葉で我に返った。次いで籠に苔の入った瓶の重みが加わったのを感じる。
レインは腰に手を当て、胡乱な目で俺を見ていた。
「……う、うん。わかったよ」
「しっかりしてください。こんなこと頼めるのはあなただけなんですから」
「それはあれか、俺をようやく親戚だって認めてくれたってこと?」
「最も遠慮が要らないってことですよ」
レインは月光を頼りに手帳を捲りながら答えた。俺たちは更に森の奥深くまで進んでいるが、どこまで探しに行くつもりなのだろう。
「あとどれくらい採れば良いの?」
「ウルフスッ…………アコナイトがまだ採れてません。あれが一番必要不可欠なので、もう少し粘りましょう」
「了解」
アコナイトは去年、最初のスネイプ先生の授業で言及されていたからよく覚えている。トリカブトの別名だ。やはりスネイプ先生は、単にハリーを意地悪な問題で苦しめたかったんじゃなかったんだ。生徒たちの記憶に残るように、高度な教育的判断をしたに違いない。
ミカエラが時折気遣わしげに、溶けた鉄色の瞳を向けてくる。俺がアコナイトのことを理解しているのか、心配してくれているらしい。口ではあーだこーだ言ってても、優しいやつだ。
紫色の花弁があるかどうか、気を配りつつ、前を歩くレインに問いかける。
「時にレイン。なんでトリカブトなんて必要なんだ?」
「どどど、どうしたんですかいきなり?」
「ちょっと気になってさ。それにトリカブトって猛毒でしょ? 間違ってレインに何かあったら大変じゃん」
「鈍間ジューダス。まずは悪用するか気にしろよ」
まさかレインに限って悪用する訳がないだろう。ミカエラは人を疑い過ぎるきらいがあるな。
レインは蜘蛛の巣に引っ掛かりながら言った。
「そ、その辺は心配いりません! 私、こう見えて取り扱いに慣れてますから!」
「なら良いんだけど……」
「やっぱバカだわコイツ」
頻りにバカバカ言ってくる幻覚はスルーするとして…………ねえ、なんでそんなに悪口のバリエーション豊かなの? 変な所でエスプリ効かせないでくれる?
俺は足元の小蜘蛛を踏んづけないように、注意深く歩く。しかしそのせいで、レインとの距離が離れてしまう。
「あ! ありましたよアコナイト!」
レインが足取り軽く紫の毒花に走っていく。月明かりに照らされたそれは、ひどく幻想的だ。
俺は後を追う。
「やったなレイン!」
「ええ! やりましたよジュ……ビショップ!」
「この野郎。まだ他人行儀か」
「アハハハハ」
「まあいっか。うふふふふ」
俺とレインは手を取り合って、トリカブトの周りを回る。二人共、歩き続けた疲労と深夜テンションでおかしくなっていた。
その時、ミカエラの鋭い警告が飛ぶ。
「おいトンチキども! 囲まれてやがるぞ!」
「え?」
「どうかしましたか?」
気づかなかった。知らぬ間に俺たちの周囲を、大小様々な蜘蛛が取り囲んでいた。蜘蛛たちはギチギチと鋏を鳴らし、怪しい八つの目で俺たちを品定めしているようだ。
「落ち着いて聞いてくれ、蜘蛛の群団に包囲された」
「ちょっ、マジじゃないですか! ヤバいじゃないですか!」
「だから落ち着けって」
俺は内心慄いていたが『いつも冷静な頼りになる先輩兼親戚のお兄ちゃん』のイメージを崩さないために、必死に取り繕っていた。もちろん自然体でもイメージはそのままなはずだけど、念の為だ。
蜘蛛たちは、徐々に徐々に、包囲網を狭めていく。それを見たレインが、俺に縋り付いた。
「ジューダス! 何とかしてください! そういう契約でしょう!」
「こんな大勢には勝てません、人間だもの」
もう無理じゃん。あと出来ることといったら、できるだけ痛くないように食べてくださいってお願いするしかなくない?
レインが声を詰まらせながら言った。その瞳には涙。
「ご、ごめんなさい。わた、私がこんな所につ、連れてきたから。結局、私みたいなじん……にい、生きる価値なんか……もう自分から死んだ方が……」
「死にたいって言うなぶっ殺すぞ!」
「だ、だってぇ……」
辛抱堪らなくなったのか、小さい蜘蛛が俺に飛びかかった。これがファーストペンギンってやつか……。
「アラーニア・エグズメイ 蜘蛛よ去れ」
と思ったら蜘蛛がぶっ飛んだ。ミカエラが右手で銃を撃つフリをしている。
「抜け作。オレがいるのを忘れんな」
「まさかの時の友こそ真の友なんだよなあ〜」
「保険料は高くつくぜ?」
一瞬、蜘蛛が同族の吹き飛ばされざまを見て怯む。その隙にミカエラが包囲陣に風穴を開け、退路を確保した。俺はレインの手を取り、走り出す。
「助けてくれたのには礼を言います。ですがあんなことができるなら、最初からもったいぶらないで欲しかったです。私を怯え殺す気ですかあなたは」
「フッ、能ある鷹は爪を隠す……」
「やかましいです」
レインは気丈に振る舞っているが、言葉に普段のキレがない。蜘蛛がトラウマにならなければ良いのだが。
諦めの悪い蜘蛛たちは、なおも捕食せんと俺たちに追い縋る。しかしミカエラがシューティング感覚で打ち倒してくれているので、彼らの願いは叶いそうになかった。俺はレインに怪しまれないように、適宜呪文で応戦するぐらいで十分だ。
もはや作業である。初めのスリル満点、ドキドキスパイダーパニックはどこへやら。たまに伏兵のごとく飛び出す小蜘蛛が厄介なぐらいだった。
話しながら逃げていたのが悪かったのか。レインが木の根に躓いて転んでしまった。たちまち蜘蛛たちが群がろうと這い寄る。
俺は焦って、滅茶苦茶に呪文を撃ちかけた。
「アラーニアエグズメイ! アラーニアエグズメイ!」
「ひーふーみーよーいつむーななやー。大体50キルぐらいかァ?」
主にミカエラの絨毯爆撃が功を奏し、無事に俺はレインを助けることに成功した。地面から引っ張り起こすと、レインは木に寄りかかる。
「置いていってください」
「おい、何言って……」
レインは俺の叱咤激励を遮り、ローブを捲ってみせた。右足が赤く腫れている。
「足を怪我しました。もう走れません。こんな足手まといなんか切り捨てて、せめてジューダス、あなただけでも助かって――」
「そんなことできる訳ないだろ! ほら、おぶってやる!」
有無を言わさずレインを背負い、走り出す。小柄とはいっても、数十キロの重荷をおぶったまま、暗い森の中を駆けるのは辛い。それでも俺は歯を食いしばり、耐える。
「ハァッ、ハァッ」
「む、無理しないでくだ――」
「うるせえ! 苦しい時に助け合えないで何が友情だ!」
幸い、迫りくる蜘蛛はほとんどミカエラが排除してくれたので、俺は過負荷マラソンに専念できた。そして短いような長いような時間を、がむしゃらに走っていると、パタリと蜘蛛たちの追撃が止んだ。
禁じられた森の外に出たのだ。入った時よりも傾いた下弦の月が、相変わらず俺たちを照らしている。俺はレインを降ろし、草の上に寝転がった。
「助かったな」
「助かりましたね」
「助けたな」
いやー、一時はヒヤッとした。禁じられた森に怪物が住んでいる噂は、前々から知っていたが、よもや鉢合わせるとは。これを予想できる人がいたら、そいつはノストラダムスだ。
俺は籠をチラリと見て、重大な過ちに気づく。
「あ、トリカブト採り損ねた。もう一回行く?」
「大丈夫です。何とか採ってきましたから」
そう言ってレインはトリカブトを一束取り出した。抜け目がない。
レインはしばらくその束を見つめて、口を閉ざした。内面の迷いを表すように深緑の目が揺れている。
「どったの? もしや他にも欲しい薬草が――」
「違うんです。その、えっと、つまり……」
意を決してレインは、真っ直ぐに俺を見据えた。体が若干震えている。
「実は私、人狼なんです」
言い切った後に、レインは恐る恐る俺の表情を伺った。その姿は、拒絶されるのに怯えた昔の俺のようで……。
「そうか。打ち明けてくれてありがとう」
俺はそう答えることしか出来なかった。なぜなら…………人狼について知らないから。
え? これどういう反応するのが正解なの? ま、まあ何か重大なことらしいし、受け入れてあげれば良いよな……?
俺は抱きしめるのも違う気がして、謎に握手しながら語りかけた。
「今まで辛かったよな。苦しかったよな。大丈夫、俺がついてる」
「はい……はい……」
「今晩の薬草も、それに関係するのか?」
「脱狼薬を生成する材料が足りなくて……」
「そうかそうか」
脱狼薬? 俺の脳内を疑問符が埋め尽くす。無知って怖い。
その後、優しく慰めてたら急にレインが泣き出して大変だった。人狼であることを隠しているのは、相当にストレスだったらしい。
俺がレインをあやしながらレイブンクロー寮に送り届け、グリフィンドール寮に戻ったのが午前5時。ネビルが気持ち良さそうに眠っている横で、沈黙を保っていたミカエラがポツリと一言。
「お前、人狼が何かわかってなかっただろ」
親友は全てお見通しでした。