ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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いっけなーい! 遅刻遅刻!

 キングス・クロス駅は、新学期シーズンとあって数多くの人で賑わっている。その誰もが忙しなく動く様はちょっとした迫力があった。しかし俺は刻々と高まる新生活の期待を胸に、立ち尽くしていた。ついでに大量の学用品を載せたカートも手にしている。

 

「9と4分の3番線ってどこ……?」

 

 空中から頭髪の薄い人を捜す遊びをしていたミカエラが疑問を溢した。

 

「トレローニーに聞いてたんじゃねえのか?」

「この切符を渡されただけだったよ。先生、調子悪そうで質問しづらかったし」

 

 どうやらグリンゴッツは数日前に強盗に遭ったらしく、警備強化の一環でトロッコも激しくなっていたらしい。そのせいでトレローニーは具合が悪く、説明不足になったのだろうか。

 

「あのカラフルトンボは占い学の教師なんだろ? ならオレらがコレで困ることも予見できたんじゃねえのかよ」

「あはは、まだ本調子じゃなかったとか?」

「いーや、ヤツは雰囲気こそ出してるが本物の占い師じゃねえとオレは思う」

 

 ミカエラは怠そうに頭をガシガシとかくと、再び飛び上がった。そして白魚のような人差し指を少し舐めて、ピンと立てた。オレンジの瞳は細められている。

 

「何してるの?」

「魔力の流れを読んでる」

「え? なんで? というか魔力の流れってそんな風向きみたくわかるの?」

 

 ミカエラはやれやれと言いたげな表情で首を振った。サラサラの黒髪が一緒に揺れている。出来の悪い生徒に教えるようにもう一方の指を左右に動かした。

 

「あのなァ、オレを誰だと思ってんだ。闇の……ゲフンゲフン、光の魔力の化身様だぞ? こんなのお茶の子さいさいだぜ」

「闇の魔力?」

「……んなこたァ言ってねえよ」

「言った」

「言ってねえ」

「言った」

「言ってねえって」

「言ってない」

「言ったつってんだろカス! …………ん!?」

 

 ミカエラは咄嗟に口を手で抑えた。しかし時既に遅し。決定的な一言を俺は聞いてしまった。

 

「引っかかったなミカエラ! まあ俺は闇の力とかカッコいいからむしろ歓迎なんだけどね!」

「……気にしてるオレの方がバカなのか?」

 

 あごに手を当てて唸るミカエラ。おそらく哲学的な問が生まれたのだろう。その間に俺は駅構内の時計を見た。針は列車出発の5分前を指している。不味い。

 

「ちょっと待って! 列車の出発まであと5分しかない!」

「んァ? そりゃァヤベーな」

「どうしてそんなのんびりといられるのさ!? ああもう!」

 

 かくなる上は自らの足で見つけ出すしかない。名前からして9番線と10番線の間にあるのだろう。なきゃ困る。

 

「すみません、すみません」

 

 ホグワーツのローブを着たまま人の群れを潜り抜けるのは大変だ。特にヘンテコな物品満載のカートを押しながらでは尚更である。

 俺は注目の的になってもめげずに目を皿にする。9と4分の3……9と4分の3……。

 

「違う右だ右」

 

 頭の上からミカエラが言った。俺は藁を掴む思いでそれに従う。

 

「そのままそのまま…………ああ行きすぎだアホ……そこだ」

 

 目の前には一本のコンクリート柱が建っている。丁度9番線に4つある柱の数えて3本目だ。

 

「これが9と4分の3番線?」

「魔力はこの柱の中に向かって流れてる。何事も挑戦だ、いっぺん突っ込んでみろ」

「そんな気軽に言われても」

 

 だが躊躇している時間はないこともまた事実。俺はカートを押して走った。どんどんとコンクリートの壁が迫ってくる。ほ、本当に大丈夫だよね……?

 衝突する寸前に目を閉じた。一瞬五感が消えたが、すぐにざわめきに囲まれる。恐る恐るまぶたを上げると、視界いっぱいに魔法使いの群れが広がった。

 

「ほら着いた」

 

 知らぬうちについてきてたミカエラが得意げに言った。俺は周りを見回す。

 

「俺は何に乗れば良いんだろう?」

「バカか、こういうのは汽車って相場が決まってるんだよ。…………ねえな」

 

 そう、駅のホームには何も停まっていないのだ。それどころか周囲の魔法使いたちは次々と消えていく。まるで我が子の見送りが終わったかのように。

 

「あら、もしかしてあなた新入生?」

 

 後ろから燃えるような赤髪の婦人に声をかけられた。同じ赤毛の小さな女の子を連れている。

 

「そうですけど……ホグワーツに行くにはどうすれば良いんですか?」

「ああ何てこと!」

 

 婦人は赤毛を振って天を仰いだ。俺の嫌な予感が急速に膨らんでいく。

 

「落ち着いて聞いて頂戴ね、ホグワーツ特急は――ついさっき出発してしまったわ」

 

 喉がカラカラに渇く。やってしまった、入学前からやらかしてしまった。脳内では遅刻、叱責、侮蔑など暗い未来が渦巻いた。

 

「ど、どうしよう」

 

 婦人の背後に隠れていた女の子が、かん高い声を出した。

 

「ママ、パパに頼んで何とかならないの?」

「アーサーは今朝から魔法省だし、箒も家に置いてきちゃったわ」

 

 詰んだ。ジューダスのワクワクホグワーツ編、完! いや笑えない。

 そんな時、大きなため息が聞えた。ミカエラだ。

 

「ったく、つくづく世話が焼ける宿主だぜ」

「ミカエラ!」

「ほれ掴まれ、ちったァ飛ばすぞ」

 

 ミカエラの手を掴むと、ふわりと地面から足が離れた。それを見た婦人が慌てて言う。

 

「ちょ、ちょっと、自棄になるのはやめなさい」

「大丈夫です! 親友が助けてくれたので!」

「凄いよママ! あの子飛んでる!」

 

 ミカエラに導かれるままに線路の上を飛ぶ。残っていた魔法使いたちから、ギョッとしたように見られるが気にならなかった。いつしか景色は駅のホームから草原に変わる。

 

「アハハハハ! 鳥になったみたいだ!」

「あんま暴れんなよ。うっかり手を離しちまうかもしれねえぞ」

「お、大人しくしておくよ」

 

 しばらく移りゆく地上を楽しんでいると、遠くに紅い点が見えた。モクモクと黒煙を吐いている。ホグワーツ特急だ。

 

「アレだな? よっしゃ、加速するから肩掴め」

「わかった」

 

 ミカエラの肩に手をかける。小さな背中が、今は誰よりも頼もしく思えた。

 そして徐々に汽車の容貌がはっきりしていく。数分もしないうちに、俺とミカエラは並走? した。

 

「どうやって中に入るの?」

「それは、こうするんだよッ!」

 

 車窓に近づいたミカエラは、勢いよくガラスを蹴破った。二人で空いた穴に転がり込む。

 

「ハァハァ、間に合った〜。ありがとうなミカエラ」

「別に、お前が遅刻したらオレも困るからな。仕方なくやっただけだ」

 

 ミカエラはバツが悪そうに横を向いた。そして目を大きく開いた。どうしたんだろう。気になって俺は視線を辿る。

 

「「あ」」

 

 驚愕で表情を染めている三人組と目があった。さて、どう挽回しようか。さっきの親子と似た赤毛の男の子が口火を切る。

 

「ぼ、僕パーシー呼んでくるよ。監督生ならなんとか出来るかも」

「ちょっと待って。俺は怪しいものではない」

 

 丸メガネをかけた男の子が胡散臭そうな目を向けた。

 

「走ってる列車の窓ガラスを割って入ってきた人が何だって?」

「オーケーオーケー、窓ガラスが割れてなきゃ良いんだな?」

 

 俺は杖を取り出すと、ミカエラに目配せした。ミカエラが面倒くさそうに振るう手に合わせて、杖を振る。あっという間にコンパートメントは元に戻った。

 

「これで良いでしょ?」

 

 呆気にとられて見ていた三人組だったが、ボサボサの金髪の女の子が気を取り直した。優等生然として言う。

 

「私知ってるわ! それレパロの無言呪文よ」

「レパロってさっきハーマイオニーがハリーのメガネにかけた?」

「そうよ。難易度はそんなに高くないけど、あれぐらいの物を直すにはかなりの魔力が必要なはず。あなた一体何者?」

 

 赤毛の少年からハーマイオニーと言われた少女が探るような視線を送る。しかし先程の不審者を見る目ではない。知的好奇心が刺激された人のそれだ。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校の新入生のジューダス・ビショップだ。よろしく」

 

 そう言って手を差し出した。ファーストコンタクトは最上とは口が裂けても言えないが、友情とはどこから生まれるかわからないもの。俺はそれを追いかけていきたい。

 

「よ、よろしく。僕はロナルド・ウィーズリー、みんなはロンって呼んでる」

 

 茶髪の少年がロンに小声で囁く。大方、信用していいのか論争が勃発しているのだろう。静かに笑顔で待っていると、金髪の少女がはきはきと言った。

 

「私はハーマイオニー・グレンジャー、私たちも新入生だから気軽にハーマイオニーで良いわ」

「よろしくなハーマイオニー」

「あとさっきの呪文も興味深いけど、箒なしの飛行も聞いたことがないわ。教えてくれるかしら」

「あー、それはまた追々」

 

 ほんの少しだけ話してわかったことだが、ハーマイオニーは優等生のようだ。仲良くしておこう。

 茶髪の少年が諦めたように握手に応じた。

 

「よろしくジューダス、僕の名前はハリー・ポッターっていうんだ」

「ハリー・ポッターってあのハリー・ポッター?」

「多分そのハリー・ポッターで合ってると思うよ」

 

 ハリー・ポッターとヴォルデモートのことについてはトレローニーから軽く教わっていた。しかし有名人と知り合いとは、なんだか変な感じだ。

 その時、ロンの足元のネズミが鋭く鳴いた。デブで愛嬌はあまりない。

 

「静かにしろってスキャバーズ。どうしちゃったんだろコイツ」

 

 ロンに摘み上げられたスキャバーズはジタバタと暴れている。何かあるのかと思って周りを見ると、ミカエラが良い笑顔で手を翳していた。

 

「何しとん?」

「暇潰し」

「やめてあげなよ」

「チッ、後悔したって知らねえぞ」

 

 謎の捨てゼリフを吐くと、ミカエラはふわふわとコンパートメントの外に出ていった。まあ遠くに行くことはないだろう。ミカエラの受け売りだが、俺から離れすぎると魔力の供給が滞るから近くにいざるを得ないらしい。

 スキャバーズのジタバタも収まったようで、今は怯えるように警戒している。

 

「もうすぐホグワーツに到着します。荷物は別で持っていきますので、車内に置いていってください」

 

 いつの間にか車外の景色は山になり、列車も徐々に減速している。さあ、ジューダスのワクワクホグワーツ編(2回目)の始まりだ。

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