ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
一級フラグ建築士
フォーリー邸の一室。テーブルを挟んで、二人の漢が頭脳戦を繰り広げていた。
「チェック」
グリム・フォーリーの置いたルークが、俺のキングに王手をかける。俺は頑固者の白キングを何とか説得して、ルークの射程圏外に逃れた。
俺とグリムは魔法使いのチェスで遊んでいた。親睦を深めるため、俺から提案したのだ。
「チェック」
今度は黒のナイトが、俺のキングに肉薄する。対戦前の俺は、手加減をしてあげようなどと考えていた。しかし、すぐに過ちだったと気付かされた。グリムはすこぶるチェスが上手い。
俺は数少ない生き残りである、ビショップに賄賂を渡してナイトを討ち取らせた。
「チェック・メイト」
そのビショップを、ポーンから成ったクイーンが轢き殺した。俺は必死に勝ち筋を探すが、どう見ても詰みだ。
「降参降参。いやー、グリムは強いなー! 本当に人生一周目?」
チェス盤を挟んでちょこんと座っているグリムが、深緑の瞳を左上に逸らした。
「……いっぱい遊んでるだけだよ」
「本当かー? 俺も親友に鍛えて貰ってたんだけどなー」
「……お義兄…………ジューダスはサクリファイスをしなさ過ぎだよ。全部を守ることなんてできないんだから」
「これまた親友と同じことを言われてしまった」
ミカエラに見られなくて良かった。5歳も年下の子に、チェスでボコボコにされたなんて知られたら、何を言われるかわからない。最悪ミカエラの鬼畜ブートキャンプが開催されてしまう。
グリムが俺の背後をじーっと見つめる。何事かと俺が見つめ返すと、少年は奥歯に物が挟まったように言った。
「……その親友の人って……いや、何でもない」
「ドチャクソ続きが気になるんだけど?」
「……あのロングボトムの人かなって思っただけだから」
「ああーネビルかー」
ネビルも俺の親友だ。というか俺の基準が、一言でも会話交わしたら友達、二言目で親友だからな。
となると、ネビルよりも付き合いの長いミカエラは何なのだろうか。大親友? ソウルメイト? イマジナリーフレンドはそのまんまだし……。
俺が自分の中でのミカエラのポジションについて真剣に考察していると、グリムがおずおずと口を開いた。
「その、ジューダスは、もしもこの世界が5分前に創られていたとして、あり得ると思う?」
「随分唐突だな」
「……親友についてだけで、こんなに時間かけてるジューダスなら、どう思うのかなって」
もしも世界が5分前に創られていたとしたら、か。俺は腕組みをして、天井を仰ぐ。難しい問だ。
グリムは白のビショップを弄びながら、チラチラと俺に注意を傾けている。
「俺は5分以上前の記憶がある。だから世界は5分前に創られてはいない」
「その記憶も5分前に創られたとする」
「ええっ!? そんなのあり!?」
嬉しそうにグリムは首肯した。それに合わせてサラサラの灰色の髪が揺れる。
対して俺は、密かに闘志を燃やしていた。これはグリムからの挑戦状だ。この世界が5分前に創られたなどという、ふざけた仮説を破れるか試されているのだ。なんて恐ろしい子。
「じゃあ歴史! 歴史が昔から続いているから――」
「その歴史も5分前に創られたとする」
「おい!」
やりたい放題じゃん。ビンズ先生キレるぞ。あの人、キレた所見たことないけど。
俺はのっぽの古時計を眺めながら、眉間にシワを寄せて考える。哲学やってる大昔のギリシャのおっさんたちも、こんな気持ちだったのだろうか。
ゆっくりと古時計の分針が6から7を指した。そこで俺は会心の一撃を思いつく。
「はーい! グリムがこの質問をしてから5分経ったので世界は5分前に創られていませーん!」
「僕が質問をしたという記憶も5分前に創られたとする」
「うぉい!」
おのれ世界! 貴様のせいでこの説まで破壊されてしまった!
俺は机に突っ伏し、目を瞑る。ああ、この世界は5分前に創られてしまった。俺たちが今まで積み上げてきたものは、全部無駄だったのだ。道は続かない。
後頭部に軽い衝撃を感じて、顔を上げる。訝しげにこっちを見るグリムと視線が交差した。チョップしたのはグリムではない?
視線を斜め上にスライドさせると、呆れた顔のミカエラが浮いていた。いつの間に来ていたのか。
「アホ、その説を証明しろって言ってみろ」
「その説を証明してみせてよ」
グリムは一瞬、間の抜けたように目を丸くした。そして自信満々な俺の表情を見て取ると、クツクツと喉を鳴らす。
「そう。この説は反駁できないが、証明することも不可能。神でなければわからない……」
「ん? どうしたグリム? 急に黙り込んで」
「……何でもないよ。それよりほら、今度は別のゲームしない? ゴブストーンなんてどう?」
「イイネ!」
後からやって来たレインも交えて、俺たちはゴブストーンを楽しんだ。ゴブストーンとは、マグルのおはじきみたいなもので、負けた者にはくっさい液体を吹きかけられるという罰ゲームが待っている。
大体何時間遊んだだろうか。すっかり日が暮れてしまった頃、ガチャリと大部屋のドアが開いた。特注の椅子型小箒に乗ったウサギが、ひょっこり顔を出す。
「うわ臭っ! 何だこの悪臭は! 亡者でも出たのか!?」
「あー……」
俺はあたりを見回す。部屋の至る所にシミが付いてしまっていた。ミカエラが苛立たしげに頬杖をついている。多分ゲームに混ざれなかったからだろう。初めは渋っていたレインの白衣もビショビショ。グリムと俺は言わずもがなだ。
ウサギの雷が落ちた。
「何で室内にゴブストーンがあるのだ! 常識はどうなってるんだ常識は! 貴様ら禁じられた室内で平気で遊んでるではないか! わかってるのか!?」
「……ごめんなさい」
さっきまでの浮ついた気持ちは吹き飛んだ。たしかに軽率だったかもしれない。俺たちは皆一様に肩を落として謝る。ヘクターが大きく息を吸った。
「セヴァアアアアアアアアアアス!!」
「御意」
糸目の屋敷しもべ妖精、セバスがバチン! と大きな音を立てて現れ、たちまち部屋の惨状をなくしてしまった。すっかり元通りだ。
「レイン! グリムをシャワーへ!」
「はい大叔父様」
レインが沈んだ顔差しで、グリムの手を引いた。思い足取りで、部屋を出ていく。
戸が閉まると、ヘクターはセバスに目配せをした。セバスが頷き、指を鳴らす。またたく間に俺と衣服が清められた。え? 何で二人を風呂に行かせたの?
「ありがとうございます」
「座りなさい」
俺はヘクターの言葉に従い、椅子に腰を下ろす。ヘクターの鋭い眼光は、真っ赤な目になっても健在で、自然と俺の背筋を正させた。
「まずは誤解を解いておこう。儂は怒っていない。室内ゴブストーンは儂もクラウチとやったことがある。めっちゃ楽しかった」
「えぇ……?」
「儂はな、ジューダス。お前さんに警告をしておこうと思ってな。あの子らに盗み聞きされぬように、あえてこういう態度に出たのだ」
「そ、そうだったんですか……?」
「チェッ、つまんねーの」
ヘクターの後ろで待機していたミカエラが舌打ちした。怒られている所で、後ろから笑わせようとしてたようだ。
「ジューダスは自分が育った孤児院を覚えているか?」
「うーん? あまり覚えてないです」
ハブられたり、ぼっちだったりした気もするが、ホグワーツ生活をエンジョイし過ぎて忘れてしまった。辛い記憶は孤児院と一緒に消え去ったのだ。
「儂ら闇祓いがマークしているとある宗教団体があるのだが、実は孤児院がその傘下だった可能性が出てきてな。何か仕掛けてくるとは考えられんが、まあ、念のため頭の片隅にでも留めてくれんか」
「はぁ…… 俺は大丈夫ですけど、レインたちに教えても良かったんじゃないですか?」
ヘクターが窓の外を眺めた。空は相変わらずの英国的曇り空だ。
「バカ言え。最近は笑顔を見せることも増えたが、元来レインはストレスを溜め込む気質なのだ。そっとしておくのが良い。まだまだグリムは幼いしな」
「はぁ……」
何だこれは? デジャヴか? レインもヘクターは繊細だから、人狼のことを話していないと言っていた気がする。お互いがお互いを豆腐メンタルだと思っている……
ヘクターは長い耳をピクピクと動かした。狼と兎。
「どうもこの所キナ臭くていかん。ジューダス、今朝の日刊預言者新聞は読んだか?」
「……よ、読みましたよ」
「お前はクロスワードパズルとウィーズリー家のエジプト旅行しか読んでないだろ」
呆れたように言ったミカエラ。俺は顔をしかめて抗議の視線を送る。
他にも読んでるし! 読者投稿欄には毎回、詩とかエッセイとか色々と書いて送っている。だからそれが採用されていないかチェックしているのだ。新聞は違うが、孤児院時代から続く習慣だ。
「ならシリウス・ブラックがアズカバンから脱獄したのは知っているな?」
「も、もちろんです」
え? 誰? ていうか何で俺もちろんなんて言っちゃったの? バカなの?
助けてくれ―! とミカエラに目で訴える。暫く無言で見つめ合っていたが、ミカエラがガシガシと後ろ髪を掻いた。以心伝心。
「ったく、シリウス・ブラックは逃走中に親友だったピーター・ペティグリューと12人の哀れなマグルたちをぶっ殺した、ヴォルデモートの腹心だ。その後はお縄になっていたんだがなァ」
つまりとっても悪い人ってことか。マジかよ! シリウス最低だな!
「奴には気をつけろ。復讐でお前さんらを狙ってくるかもしれん」
「ヱ? 何でですか?」
「ブラックをアズカバンにぶち込んだのは儂だからな。現役時代最後の大仕事だった」
「へー…… へぇっ!?」
ヘクターさんって実は凄い人? 俺は改めてウサギを見る。凄くもふもふしている……
宿題したり、必要な物を買って荷造りしたり、ホグワーツの知り合い全員に手紙を送ったりしていると、あっという間にホグワーツに行く日がやって来た。皆で身支度を済ませていると、来客を知らせるベルが鳴る。
少し経って、セバスに案内されて魔法使いが二人入ってきた。長大な杖をついた男が、眼帯のような青い目をグルグルとさせる。
「久しぶりだな、ヘクター」
「マッド-アイではないか。こんな朝早くにどうしたのだ?」
「魔法省はお前を護衛する必要があると判断した。シリウス・ブラックが捕まるまでの間、儂とこのトンクスが警備に当たる」
「ニンファドーラ・トンクスです。よろしくお願いします」
ショッキングピンクの髪をした魔女が、ヘクターと握手を交わした。絵面がちょっと間抜けなのは仕方がないだろう。
「ま、待て! 儂はそんなこと聞いていないぞ!」
「言ってもどうせ断られると思ったからな。緊急措置だ」
「しかし儂だって元闇祓いだ。死喰い人崩れに遅れはとらん」
「その身体で何を言っておるんだ」
「クソぅ……」
マッドアイと言われた男は、青い目で俺たちに視線を走らせた。一瞬ミカエラに目を留めたように見えたが、偶然だろう。
「申し遅れた、儂はアラスター・ムーディ。見ての通り闇祓いだ。キングズ・クロス駅まではトンクスが責任を持って送り届けよう」
「よろしくね」
「よろしくお願いします。俺はジューダスで」
「私がレインです」
俺たちはトンクスとハンズシェークした。横文字にすると格好良くなる不思議。
「それじゃあ行きましょうか」
「儂も見送るのだ! これっ、邪魔をするな!」
付いてこようとしたヘクターの首根っこを、ヒョイッとつまみ上げるムーディ。
「早く行け。ヘクターは儂が抑えておく」
「ちょっと待ってください」
俺はムーディに駆け寄り、胸のロザリオを掲げて見せる。
「二年前に父の形見を送ってくださってありがとうございます」
「うん? 儂はそんなもの送っておらんぞ。そのネックレス調べた方が良いんじゃないか?」
なにそれこわい。朝からホラー展開はやめてくれませんか。
「今のところ何ともないので遠慮しておきます」
「後悔してからでは遅いぞ。油断大敵!! ……と言いたいところだが、確かに形見のようだな」
ムーディは感慨深そうに十字架を眺めた。
「しかしそうか、お前はビショップの息子か。一度も祈らないから気づかなかった」
年々俺の父親像がマジキチスマイルしている聖職者で固まっていくんですが。
ミカエラが時計を見て口を開いた。
「うっかりジューダス、そろそろ行かねえとまた遅刻するぞ」
「時間なのでもう行きますね」
「……ああ」
ヘクターがムーディの手の中でジタバタしている。
「二人とも! 今年のクリスマスは帰ってくるのだぞ!」
俺とレインは適当に返事をし、トンクスに連れられて屋敷を出たのだった。