ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
翌朝、俺とミカエラは朝食をとりに大広間に来ていた。向こうのスリザリンの一団で、マルフォイが何やら面白いことをしているのか、どっと笑い声が上がった。俺は光に集まる蛾のようにそちらに行こうとしたが、ミカエラに首根っこを引っ張られたのでそれは叶わなかった。
「ありゃァ昨日ポッターがディメンターで気絶したことを喜んでるだけだ。ほっとけ」
ミカエラが今朝の日刊予言者新聞を広げながら言った。紙面のシリウス・ブラックが険しい顔で周囲を睨みつけている。
「ブラック脱獄、ホグワーツに吸魂鬼配備、ねェ……」
「どうすれば吸魂鬼と友達になれるんだろう」
「や め ろ」
「え? どうして?」
ミカエラが深い深いため息を吐いた。目頭を揉み、ジトッとオレンジ色の瞳を俺に向ける。
「ヤツラはこの地上で最低最悪の闇の種族だ。そこにある関係はただ一つ。魂を吸う者と吸われる者、これしかあり得ねェ」
「でも同じく闇の種族のミカエラとは友達になれたじゃん」
「それは事情が違うだろ。つか、オレは闇の種族じゃねェ!」
ミカエラが『自分は善良な妖精』という死に設定を熱弁していると、ネビルが満たされたお腹をさすりながらやって来た。
「おはようジューダス。一時間目はハグリッドの魔法生物飼育学だよね?」
「おはよう。えーっと……占い学じゃなかった?」
ネビルは「あっ」と少し間の抜けた声を出すと、顔を青ざめさせた。
「すっかり勘違いしてた! 急いで準備しなくちゃ!」
走っていくネビルの背中を眺めながら、ミカエラは口を開いた。
「オレたちもさっさと食って行くか」
「占い学の教室ってどこだよ」
ミカエラのぼやきは尤もだった。教室があるという北塔は入ったことがなく、いざ階段を登ってみると、無限に続くのではないかと思うほどに終わりが見えなかった。
「流石トレローニー先生。心眼が曇らないように、こんな高い塔の上で暮らすなんて」
「お前はどこに感心してるんだ」
額の汗を拭いつつ、ポニーに跨った騎士の絵を通り過ぎようとすると、大声が聞こえてきた。
「其処なるはマーリンの探求者、フィデス・フォーリーであるか? はたまた油を注がれし者、ダニエル・ビショップか?」
見ると、小さな騎士がこちらをじっと見つめていた。そろそろ慣れてきた間違われ方を訂正すべく、俺は立ち止まる。
「どちらも否! 我は友情の求道者、ジューダス・ビショップ! フィデスとダニエルが倅なり!」
「なんで騎士のテンションに合わせてんだよ」
「相手と調子を合わせた方が親しくなりやすいって、ハーバーオックスブリッジなんちゃら大学の研究で証明されてるんだよ」
「混ざりすぎて訳わかんねえことになってるぞ」
ポニーは、俺の名乗りにびっくりしたのか、嘶いて走り去ってしまった。見事に落馬した騎士は、うめき声を漏らしながらも、すっくと立ち上がると、剣を抜いた。
「その意気や良し。抜け、汝が刃を。我が名はサー・カドガン! 真に二人の子であるか、互いの剣に問おうではないか!」
「心得た!」
杖を抜きながら、絵の騎士と向かい合う。踊り場の空気が張り詰めていく。
「いざ!」
「尋常に!」
「「勝負!」」
カドガン卿が剣を構え、こちらに突進してくる。さながら遍歴の騎士のようにその刺突をいなし、足を払って、倒れ伏した騎士の眼前に杖を突きつけるという幻覚を見たところで、視界が急転、天井が眼前に。俺は自分のローブの裾を踏んでずっこけたのだ。
呆れ顔で覗き込むミカエラの周りを、お星さまが廻っている。だとすれば、漆黒の髪は夜空か?
「絵の中の人間と戦ったのはお前が初めてだ。そのことを踏まえて言わせてくれ。お前何やってんだよ……」
ミカエラの手を借りて、俺は立ち上がった。カドガン卿は兜のバイザーを抑えて、蹲っている。ミカエラにどういうことかと視線を投げかけると、彼女は頭痛を堪えるような仕草をした。
「
「ああ神よ! なぜ二次元と三次元を分けて創り給うたのだ!」
俺の慟哭が辺りに響き渡る。どうして、世界はこんなにも残酷なんだ! たった一次元違うだけで、剣を交えることも出来ないなんて!
「心配には及ばぬ。我が友ジューダスよ! 高貴な魂、鋼鉄の筋肉はこの程度で挫けはせぬ!」
「カドガン卿!」
「汝が彼の者らの子であることは、アッパレ、只今の決闘により証明された。なれば汝は朋友同然である!」
隅で草を食んでいる太ったポニーに跨がろうとして失敗し、頼もしいことを言ってくれるカドガン卿。俺は朋友という言葉に頬を緩めた。
「では問おう! 何故決闘で証明されたのかを!」
「それは――「ジューダス!? 何でここにいるの? 急がないと遅刻しちゃうよ!」
ネビルがゼーハー息を乱しながら、階段を駆け上がってきた。俺は占い学が控えていることを思い出し、血相を変えてカドガン卿に頼み込む。
「カドガン卿、折り入って頼みがあります。北塔への道を教えてください」
「あいわかった。我が朋輩よ、我に続け! 叩けよ、さらば開かれん。さもなくば突撃し、勇猛果敢に果てるのみ!」
ガチャガチャと派手な音を立てながら、絵から絵へと走っていくカドガン卿を、俺たちは追いかけた。騎士にチェスボードをひっくり返されて憤慨する紳士たちを尻目に、狭い螺旋階段を登る。そして、上の方で人声が。やっと教室に辿り着いたのだ。
「さらばじゃ! 我が戦友よ! 我が金剛力が必要ならば、何時如何なる時も馳せ参じようぞ!」
カドガン卿に礼を言い、垂れ下がっているはしごを駆け上る。薄暗い、独特な匂いが漂う教室に行き着くと、俺は急いで席に座った。近くのシェーマスに小声で訊く。
「ギリギリセーフ?」
俺の顔に薄い影が差す。俺の机の前にトレローニー先生が立っていたのだ。シェーマスがニヤッと笑った。
「残念、ギリギリアウトだ」
トレローニー先生は、二年前と変わらない大きな丸眼鏡越しに、俺を見つめた。
「すみません先生、実は――「ああ! 皆まで言わないでくださる? わたくしにはわかります。あなたは道中、大いなる脅威、未知との遭遇を果たしたのでしょう?」
俺は直近の大いなる脅威、未知との遭遇を考える。確かに、カドガン卿は強敵だったし、初対面だ。一応当てはまったので、頷いてみることにした。
ラベンダー・ブラウンが大袈裟に息を呑んだ。教室がざわめく。ネビルが不安げにロンに囁いた。
「ロン? どういうこと?」
「トレローニーが、二人が遅刻していることに気付いて、原因を予言したんだ。そしたらおったまげー。ドンピシャ大当たりってわけさ」
全然おったまげてない声色で、冗談めかすロン。トレローニーは満足そうに頷くと、霧の向こうから聞こえるような囁き声で言った。
「やむを得ない事情がありましたので、今回は咎め立てることはしません。並大抵の努力では、予言は打ち破れませんわ。皆さんも、お気を付けあそばせ?」
パーバティ・パチルが身を掻き抱き、ハーマイオニーが眉間にしわを寄せた。
「それでは続けましょうか」
中断していたらしい、お互いのカップの底の紅茶の模様を読み取り、予言し合う授業が再開した。俺はネビルと自分のカップに、高いところから紅茶を注いだ。ミカエラが俺の紅茶に大量の角砂糖をぶち込んで、勝手にホット一息吐いた。
「もうどこでその技術を身に着けたのかは気にしねえ。美味けりゃァそれで良い……」
「ジューダス、これ凄く美味しいよ……」
新しいカップを取り出して紅茶をアクロバティックポアしつつ、俺はネビルが飲み干したカップを覗き込む。そこにはネビルのペットのカエル、トレバーの絵が写っていた。
「ええ!? 何でトレバー? 何でトレバー?」
必死に教科書『未来の霧を晴らす』を捲り、意味を見出そうとするネビル。俺は安心させるように、その肩に右手を置き、左手で淹れたての紅茶を飲み干す。
「大丈夫。それ、俺が描いたやつだから。結構上手でしょ?」
「大丈夫??? え、あ、そういう…… えぇ!?」
目を丸くして、ネビルは俺とカップの底を見比べ続ける機械と化した。ミカエラが俯き、カップの底で親指を立てるカドガン卿を認めると、微妙に嫌そうな顔をした。
「肝心の俺のカップは…… 良し、出来てる出来てる」
底には、ウサギのヘクター、カラスのチョコミント、ニワトリのトム、太ったポニーが、ブレーメンの音楽隊よろしく積み重なっていた。かわいい。
「まあ、あなたのカップ……」
トレローニーがカップを持ち上げて、なにやら目を細めている。どうしたのかと、様子を窺っていると、突然、目をかっ開いてこう言った。
「これは……ロバ? いや、馬ですわね。ウサギとニワトリ、それから……始祖鳥? これは凄まじいカップですわ!」
教室中の耳目が集まる。占い師はショールをはためかせ、厳かに嘯いた。
「ウサギは恵み、ニワトリは黎明の宣告や、存在を世に知ら示すことを表します。その下に早馬、つまりこれらが、急激に訪れるということですわね。そして変化の節目、起源を暗示する始祖鳥……」
「そ、そんなわけねえだろ。チョコミントが、ククッ、始祖鳥…… クハハハッハハァ!」
ミカエラは爆笑しっぱなしだった。そんな中でも、俺は予言を一言一句聞き漏らすまいと、神妙に耳を傾けた。
「ミスター・ビショップ。変化の時は近い…… 心して備えておくことですわ」
「承知しました! トレローニー大先生!」
その後、ハリーが死亡宣告されたり、ネビルが不名誉な予言をされたりして、占い学は終わった。次の授業の変身術では、マクゴナガル先生が、占いに否定的な見解を示していたが、俺は首を傾げざるを得なかった。
昼食にクワトロピザのチーズを引いていると、ハリーが隣に座ってきた。チラチラと遠慮がちに俺の右上の虚空を見ながら、口を開く。
「ジューダスたちはどう思う? あの……」
「予言について?」
チーズを30回噛んで飲み込むと、俺はハリーに向き合った。ハリーがおずおずと頷く。
「うーん、俺は正しい気がするよ。俺のイマジナリーフレンドもそう言ってるし」
「言ってねえよ」
「あ、ごめん。言ってないって」
ハリーは落ち着かないようにキョロキョロと辺りを見回した。バジリスクと戦った時に姿は見えたはずだが、やはり慣れないのだろう。
「まあ、占いなんて、結局は受け手の問題だよね。ハーマイオニーも似たようなことを言ってたんじゃない?」
「そうだね…… ありがとう」
ハリーはロンに呼ばれて、向こうに行ってしまった。ミカエラが腕組みをして、呟く。
「英雄様は大変だなァ。案外、お前みたいな道化の方が気楽なのか?」
「道家? タオが何だって?」
「さてはオメェ話聞いてねえな」
魔法生物飼育学は、今年からハグリッドが受け持つ事になっていた。ケトルバーン先生がいなくなってしまったのは寂しいが、元気にドラゴンの生息域で余生を謳歌して欲しいと思う。
青空の下、初めにハグリッドは、『怪物的な怪物の本』を開くように指示したが、本と友達になっていたのが俺だけだったので、他は誰も開けなかった。マルフォイが気取って言った。
「どうやって教科書を開くんですか?」
「ジューダスみたいにな、優しく撫ぜりゃー良かったんだ」
「こ、こいつは例外でしょう!」
次に、ハグリッドはヒッポグリフを連れてきた。とても美しい魔法生物だ。何やら俺の右上を睨んでいるので、すぐさま挨拶しに行こうとしたが、グリフィンドールの面々に取り押さえられた。
「は、離せえ!」
「ジューダス! 今回は不味い! 親の仇でも見るかのような殺意の高さだ!」
「死に急ぐなぁ!」
それでもなお藻掻く。ああ、ハリーがバックビークとあんなに楽しそうにしている。それからマルフォイも、じゃれつかれて怪我を…… 怪我?
「大丈夫かー! マルフォイィィィィイイイ!」
「ビショップ! 僕の側に近寄るなあああ!」
ヒッポグリフからも、マルフォイからも引き離され、俺は朝まで部屋で沈んでいた。ミカエラが俺のベッドに寝転がりながら、何やら本を読んでいる。
「ミカエラー、俺は何がいけなかったんだろう?」
「アー、多分、ヒッポグリフに近づけなかったのはオレのせいだ」
「ゑ?」
「だってオレ、魔力お化けだし」
「そっかー、それなら仕方ないね。それなら……」
その時、バンっとネビルが飛び込んできた。手には日間予言者新聞を持っている。
「ジューダス!? 『ジューダス・ビショップと賢者の石』発売決定ってどういうこと!?」
「ゑ? えぇー!?」