ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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無知無知

『ジューダス・ビショップと賢者の石』

 

 訳がわからないし、わかりたくもない。とにもかくにも、この著者不明の奇怪な本は出版されてしまった。誰の話題にも挙がらずにひっそりと埋もれていくという俺の予想に反して、瞬く間にベストセラーになり、大きな反響を呼んでいるらしい。

 

 莫大な魔法力の制御に悩む『ジューダス・ビショップ』という少年が、真の友情を求めて『ダームストラング専門学校』に入学し、紆余曲折を経て、復活を目論む闇の魔法使い『ゲラート・グリンデルバルド』とそのしもべから賢者の石を守る、というものだ。

 

 どうせなら俺の名前を『ニュート・スキャマンダー』ぐらいにぼかしてくれたら良かったのにと、何度思ったことか。

 

 それと本当に不可解なのが、ミカエラの存在が抹消されているなど多少のズレはあるが、俺をストーカーしているとしか思えないほど話が正確だということだ。

 

 一方で、良いこともあった。この本を機に友達がグッと増えたのだ。

 

「やあ、セドリック。今までクィディッチの練習してたの?」

 

 箒を持って廊下を歩くハッフルパフ生に声をかける。彼のガールフレンドのチョウ・チャンが『賢者の石』のファンで、それを通して知り合った。

 

 セドリックは瞳に燃える闘志を宿して、柔和な笑みを浮かべた。

 

「ああ、今シーズンの開幕も近いからね。君には悪いけど、今年のクィディッチ銀杯はハッフルパフが頂くよ」

「首を洗って待っててくれ」

「それはどちらかと言えば僕のセリフじゃないかな……」

 

 セドリックに別れを告げて、闇の魔術に対する防衛術の授業に向かう。今日はルーピン先生の最初の授業だ。曲がり角を曲がると、曇り空のような髪のレイブンクロー生とバッタリ出くわした。レインが辺りを見回しながら、口を開いた。

  

「すみません、靴、もしくは青いネクタイを見かけませんでしたか?」

「見てないけど…… どうかしたの?」

 

 レインは言葉を精査するように、深緑の瞳を宙に向けた。

 

「ルーナの私物が失くなってしまいまして……」

「そういうことなら」 

 

 俺は窓から顔を出し、空を飛んでいるカラスに声をかける。

 

「唖唖唖唖唖唖唖(ねえ、今時間ある?)」

 

 カラスが羽ばたいて、窓の桟に着陸する。よく見るとチョコミントだった。一年前はスラッとしたフォルムだったが、ここ最近の怠惰な生活によって、見る影もない。

 

『おっちゃん今忙しいねん。しょーもない要件やったら承知せえへんで』

『そうには見えないけど……』

『ファングっちゅー鈍臭い犬がおんねんけどな、今からそいつ飯の時間やねん。せやからそれを掻っ払わなあかんのや』

『何でよ?!』

『あの犬っころにどっちが上か教育すんねん。自慢やないけど、おっちゃん、恐竜の末裔やねん。空も飛べへん二足歩行に尻尾振ってる輩と、どっちが偉いかなんて、自明やろ?』 

「ジューダス、チョコミントと何て話してるんですか?」

 

 レインが優しげな眼差しを俺たちに投げかけている。俺は目を擦った。陽光を浴びたその姿は、レイブンクローのローブを着ていることも相まって、母との血縁を感じた。

 

「驚かないのか? レインは」

「愚問ですね。あまり私を舐めないでください」

 

 聖マンゴを受診することを真剣に進められたロンの時とは対照的だ。レインはチョコミントの嘴の下を撫でた。

 

「あなたならそれぐらいはやってのけるって、知っていますから」

 

 チョコミントが気持ちよさそうな鳴き声を漏らした。

 

『ああ〜、気持ち良すぎだわ~。今ならご主人のために何でもやってまうわ〜』

『チョコミント、靴と青色のネクタイを探して欲しいんだけど……』

『自分、それは卑怯やわ。もうおっちゃん張り切って探すしかあらへんがな』

 

 黒黒とした翼を広げ、チョコミントが朝の透き通った空に飛び立っていった。俺は口角を上げて、レインに振り返った。

 

「チョコミントも探してくれるって」

 

 

 

 闇の魔術に対する防衛術のクラスに俺がやってきた時には、まだルーピン先生はいなかった。羊皮紙と教科書を机に出して待っていると、両隣にシェーマスとディーンが座ってきた。シェーマスが俺の肩を組みながら言った。

 

「おはよう新たな有名人」

「やめてよ、俺は慎ましく友達を作っていきたいの」

「矛盾してるよな? 今の言葉」

 

 ディーンが例の本を左右に振った。

 

「それは無理な相談だろうね。多分ジューダス、僕たちの世代で生き残った男の子の次の次くらいには有名だから」

「むしろハリーの次が誰か気になる。凄腕クィディッチ選手のビクトール・クラムとか?」

「おいおい、あの爆発的な美貌のフラー・デラクールをお忘れか?」

 

 ディーンとシェーマスは暫く沈黙した後、声を揃えた。

 

「「じゃあ友達教教祖のジューダス・ビショップは四番目か」」 

「何か他の三人と比べて肩書き弱くない?」

「「あ、それならギャグ小説の主人公も追加で」」

「そこはハートフル友情冒険小説たまにシリアスもあるよ、であれ!」

 

 おのれまだ見ぬ作者め…… 本格ミステリとして書いていればこんな扱いにはならなかったものを……

 

 俺が血の涙を流していると、ラベンダーとパーバティが、何やらすっごいニコニコしながら歩いてきた。ラベンダーがディーンの持っていた本を取り上げた。

 

「ジューダス、あなた、何か気付かない?」

「ヱ? 何のこと?」

「予言よ! 予言! 全てトレローニー先生の仰った通りだわ! あなたの存在が急速に世に知ら示された……」

「その変化は恵み…… ねえジューダス、何か良いことあった?」

 

 パーバティがそう二の句を継いだ。痛いほど期待を感じる。俺はポンと手を打った。

 

「そう言えば新しく友達が出来たな」 

 

 シェーマスが鼻で笑った。

 

「朝からダイナマイトな冗談だ。トレローニーが本当の占い師だって? そしたら何だ、次回の占い学もネビルは遅刻で、ハリーは今年中に爆死、ロンはスネイプとダンスパーティーか?」

 

 心なしかトレローニーのように、ラベンダーが声のボリュームを三段階落とした。

 

「ええ、ダンスパーティーはわからないけれど、今回の件でその確率は高まったわ」

「高まってたまるか」

 

 ディーンが彼女の手から『ジューダス・ビショップと賢者の石』を取り返した。

 

「もっと丁寧に扱ってくれよ。これ13シックルもしたんだから」

「やあ、みんな」

 

 ルーピンがやっと来たようだ。みすぼらしいローブに身を包み、くたびれたカバンを教卓の上に置いた。

 

「教科書はカバンに戻してもらおうかな」

 

 

 

 ルーピンに連れられて、俺たちは職員室にやって来た。今日は実地訓練をするそうだ。道中悪戯をしていたピーブズを華麗にルーピンが退治している時、ミカエラが窓から入ってきた。

 

「ミカエラ、どこ行ってたの?」

「ちょっとホグズミードにな。あの馬鹿げた本の作者をとっ捕まえて、印税を巻き上げようと思ったんだが……」

「見つからなかったと」

「まァな。ホグズミードにはいねえのかもしれねえ。でも面白え情報は手に入ったぞ。あのお前のキチガイ沙汰が書かれている本だがな、どれか一つだけ違法ポートキーが混ざっているらしい。陰謀の臭いがするだろ?」

「陰謀臭くはあるけど、面白くはないよ! 本当なら回収騒ぎになっているはずだし…… 魔法省仕事しろ!」

「噂程度じゃ役所は動かねえよ」

 

 そうこうしている内に、古い洋箪笥がポツンと置いてある部屋に着いた。ルーピン先生がその脇に立つと、激しく箪笥が揺れ、前に踊りだしてきた。

 

「ボガートだな」

 

 ミカエラが忌々しそうに洋箪笥を睨みつけた。ルーピン先生とハーマイオニーの説明によると、ボガートは相手が最も恐怖するものに変身する形態模写妖怪らしい。そして退治する方法は笑い、つまりボガートに滑稽な姿をさせれば良いとのことだ。

 

「その呪文はリディキュラス 馬鹿馬鹿しい! さあ、私に続いて――」

 

 皆が自分の一番怖いものを考えた後、ネビルから順に実戦が始まった。ネビルの前に現れたスネイプ先生はネビルのお祖母ちゃんの格好になったし、ロンの眼前の巨大蜘蛛は足をもぎ取られた。部屋中が笑いの渦に包まれる中、俺は自分が恐怖するものが何か、未だにわからずにいた。

 

 ヴォルデモートだろうか? ディメンター? バジリスクか? それとも孤児院の人たち?

 

 どれも正解で、どれも間違っているように感じられた。怖いことは怖い。でも孤独じゃなければ立ち向かえる。ミカエラが倒してくれる。          

 

 それなら俺が一番怖いものは『孤独』ということになる。しかしボガートが概念に変身できるのか、甚だ疑問だ。 

 

 ふと横のミカエラを見る。彼女が畏れていることは何だろう? もう二年弱の付き合いになるのに、俺はそんなことも知らない…… いや……

 

 あるじゃないか。ミカエラが怖いものが! ディメンターだ! これならミカエラがいても勝てない。つまり俺も怖い!

 

 ディメンターを滑稽にするには…… あの闇夜の衣を蛍光ピンクに、瘡蓋だらけの手をファンシーなステッカーでデコレーション、極めつけは冷気じゃなくて紙吹雪を放出…… 完璧だ。 

 

「ジューダス! 君の番だ!」

 

 ルーピン先生に呼ばれて、前へ進み出る。ボガートはシェーマスによって声の出ないバンシーにされていたが、俺を見咎めると、その容貌を変じた。

 

「さぁディメンターちゃんのおでま…… ゑ? 嘘でしょ……?」 

 

 現れたのはディメンターではなかった。ヴォルデモートでも、バジリスクでも、ましてや孤独という概念でさえなかった。そこには、嗜虐的な笑みを浮かべるミカエラの姿があった。ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「リ、リディキュラス! リディキュラス!」

 

 何度呪文を打っても、ボガートの歩みは止まらない。空気が轟音を立ててかき乱される。その両手には黒と橙の靄が逆巻き、徐々にミカエラを飲み込んで巨大な渦へと変貌した。

 

「退け、アホ」

 

 ミカエラが俺の肩をぐいっと引っ張って、場所を代わった。するとボガートは様々な子どもの死体に変わった。

 

「……馬鹿馬鹿しい」     

 

 忽ち死体が動き出し、揃ってスリラーを踊り始めた。ゾンビがゾンビのダンスをするのは、どこか滑稽だ。周囲から笑いが溢れた。誰もが俺が退治したのだと思っているようだった。

 

 続いてボガートがハリーに向かおうとしたが、ルーピン先生が間に割って入った。何やら丸いものに変身したかと思えば、気の抜けた風船になってボガートは弾けて消えてしまった。

 

 そして、ルーピン先生から課題の指示が出され、授業はおしまい。俺はミカエラを探した。しかし、彼女の姿はどこにもなかった。   

 

 

    

『何やそない思い詰めた顔して。どしたん、話聞こか?』 

 

 湖の畔で黄昏れていると、チョコミントが隣に降り立った。胡桃を頻りに突いている。俺はそれに杖を向けた。

 

「ウィンガード・レビオーサ」 

 

 胡桃の殻が爆発し、こんがりと焼けた中身が飛び散る。すかさず烏は啄んだ。

 

『おおきに。ほんで、どないしたん?』 

『なんて言えば良いんだろう…… 絶対ありえない人に、実は恐怖心を抱いていたことに気づいちゃって、それがその人にもバレちゃって…… ああもう、わかんないよ……』 

『それは災難やなあ…… おっちゃん思うに、こういう哲学的なことは、ご主人のお友達の嬢ちゃんに訊くのが一番やで』

『ルーナに?』   

『せや、あの子な、実は誰よりも賢いねん。おっちゃんが保証したる。それと、ほれ』

 

 チョコミントが示した方向を見ると、何とルーナの靴とネクタイが木に吊るされていた。俺はチョコミントに礼を言い、それらを拾うと、レイブンクロー塔に向かった。

 

 

 

 レイブンクローの寮は、高い塔の上にあった。それはつまり、何段もの階段を登らなければならないことを意味する訳で。俺は息も絶え絶え、両手で膝をついた。

 

「ジューダス? 大丈夫ですか?」 

 

 予めチョコミントに手紙を持たせて呼び出していたので、レインとルーナが寮から出てきた。俺は汗を拭って答える。

 

「おかしいな。体力落ちたのかな?」

「まだそんなこと気にするような年じゃないでしょ」

   

 ルーナの言葉に頷きたいが、本当に体力が落ちたとしか考えられないのだ。以前カドガン卿と走った時は、こんなに疲れなかったのに。

 

「ああそうだ、これ、ルーナのでしょ?」

 

 靴とネクタイを差し出す。ルーナは破顔した。

 

「ありがとう。あんた、良い人だね」  

「礼ならチョコミントに言って。彼が見つけてくれたから」

「チョコミントって、レインのペットでしょう?」

 

 レインが力強く首肯した。それ以上何も言わないのを見て取ると、ルーナは可笑しそうに声を漏らした。

 

「わかった。チョコミントには後で、ナッツでもあげるよ。そのほうが嬉しいだろうから」

「あまりチョコミントに食べさせないでくださいね。あの子最近運動不足なんですから」 

 

 訊かなきゃ。俺は自分の唇を舐める。ルーナに向き合う。

 

「ルーナは、恐怖心はどこから生まれると思う?」

「それはまた突然だね」

 

 俺は二人に、闇の魔術に対する防衛術の一件を語った。もちろん、ミカエラの正体は伏せて。

 

 ルーナは考え込んでいたが、暫くして口を開いた。

 

「私が怖いって思う時は、それが何かわからない時かなあ。物が失くなって、初めは怖かったけど、ナーグルの仕業だって知ってからは怖くないもン」   

「それは本当にナーグルのせいなんでしょうか…… しかし、恐怖が無知から生じるというのは私も同意します」

 

 そうか、知らないから怖いのか。確かに、俺はミカエラのことを知っているようで、知らなかったのかもしれない。

 

「ありがとう二人とも。俺、頑張ってみるよ」

 

 未知を既知に変えてやる。ミカエラのこと、謎の本のこと、両親のこと。ああ、なんて世界は謎だらけなんだろう!

 

 知らないということを知らなければ知ることができないことを、俺は知ったのだった。

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