ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
試合の後日、談話室で負傷したハリーのお見舞いに行こうという話をネビルとしていたら、ジニーがもじもじしながら話しかけてきた。何事かと話を聞いてみると、どうやらハリーへのお見舞いの品で悩んでいるので、年上の男子の意見を聞きたいらしい。
「それならロンに訊けばいいじゃないか。君のお兄ちゃんだし、ハリーと俺たちよりずっと長い時間過ごしてる」
「嫌よ。絶対にからかわれるわ。それに、コリンが友達教開祖のジューダスなら何か良い案を出してくれるって言っていたし……」
「だからその変な宗教なんだよ」
謎小説の主人公にもされるし、本当に何なんだ。
今まで静観していたネビルが口を開いた。
「ジニーは何をあげようとしてたの?」
「私の気持ちを綴った手紙よ」
「つまり、ラブレター……ってこと!?」
「違うわよ! あと声が大きい!」
顔どころか全身を沸騰させてジニーは言った。そんなに全力で否定されると逆に怪しまれると思うのだが……。
「手紙かあ……。素敵だけど、もう一捻り欲しいかもね」
「そう言うジューダスはどうなのよ。何かプレゼントするの?」
「ハリーのニンバス2000が壊れちゃったらしいから、せめてもの慰めでそのミニチュアを作ったよ。ネビルは何だっけ?」
「僕はハリーが持ってなかったレオナルド・スペンサー‐ムーンのカエルチョコカードでもあげようかな、はは……」
「どっちも参考にならないわね……」
やはりジニーは人選を失敗したようだ。しかし、現在談話室にいる男性陣は俺たちを除くと、シェーマス、コリン、パーシー、ウッドだ。ジニーと同年代のコリンと彼女の実兄であるパーシーは除外するとして、残っているのは爆弾魔と虚ろな目でハッフルパフ戦の反省会をし続けているクィディッチ狂いだけである。この時間帯のグリフィンドール終わってるって。
「あ、そうだ。魔法で声でも吹き込んでみたら? これならハリーが手を怪我していても読めるし、ダイレクトにジニーの気持ちが伝わるんじゃない?」
「それ、もう去年やったわ。ハリーに芸がない子って思われないかしら」
「それならバックで俺とネビルが楽器を演奏するよ」
「ジュ、ジューダス? 僕、楽器とか習ったことないんだけど……」
「良いわね!」
「決まりだ!」
「え? 僕の意見は?」
そして俺たちはそこら辺にいたコリンを拉致して音楽室を借りた。全てはレコーディングのためだ。ボイス担当のジニー、カスタネット担当のネビル、シンバル担当のコリン、その他諸々全部担当の俺のドリームタッグだ。録音を終えて、遠い目をしたネビルに俺は高まったテンションそのままに話しかけた。
「ね? できたでしょ?」
「そりゃできたけどさ……。ジューダスがヴァイオリンとフルートとトランペットとティンパニを同時に演奏しだした時は流石に目を疑ったよ……」
「いやーもうちょいいけると思ったんだけどなあ」
「君は一体何を目指してるの?」
カードに魔法をかけ終わったジニーが笑顔で駆け寄ってきた。
「完成したわ。聞いてみましょう」
固唾をのんでカードを見守っていると、ひとりでにカードがキンキン声で歌いだした。もちろんジニーの声だ。それの後を追うようにカスタネットがリズムを刻み、徐々に俺が演奏していた楽器たちが加わっていく。要所ではコリンのシンバルが轟いた。最終的にはものすごい壮大な曲をバックに、ジニーの「早く元気になってね」というメッセージが響き渡った。
ネビルが真顔で言った。
「これはひどい」
「何言ってるのよネビル。最高じゃない!」
「このカードが宴会用だったらそうだけどね。ハリーは怪我人なの! け・が・に・ん!」
コリンが写真を撮りながら口を開いた。
「ハリーならきっと喜んでくれるよ! ジューダスもそう思うでしょ?」
「これを貰った日には身体の痛みなんて吹っ飛ぶだろうね」
「ほーらネビル。1対3よ」
「まさかの劣勢」
ネビルは反対し続けたが、神聖なる決選投票の結果、このメッセージカードをハリーに贈ることが決定した。俺たちは勢いそのままに医務室に突撃する。
様々な見舞いの品に取り囲まれて、ハリーはベッドに横たわっていた。俺たちが来たことを知ると、上半身だけ起き上がった。浮かない表情だ。
まずはコリンがハリーに歩み寄った。先の試合中のハリーを撮った写真をプレゼントするようだ。ただ、その写真は雨とピンボケのせいでハリネズミがロンダートしているようにしか見えなかった。ハリーは苦笑してそれを受け取った。
ネビルのスペンサー‐ムーンと俺のニンバスはそこそこ喜んでくれたように見えた。ただ、ミニチュアのニンバスを見つめるハリーの視線はどこかもの悲しさが漂っていた。これも失敗か。
トリはジニーである。彼女はゆでだこのようになりながらハリーにメッセージカードを差し出した。ハリーがそれに触れた途端、ジニーは「お大事に」と捨て台詞を吐き我先にと逃げ出してしまった。羞恥心が限界を迎えたらしい。そして、静かな病室でキンキン声が流れ始めた。
ネビルが言い訳がましく言った。
「四人で頑張って作ったんだ。ジニーが声を吹き込んで、僕らが合奏して……。早く元気になるように……お、おまじない……みたいな……?」
「そ、そうなんだ…………ありがとう、大事にするよ」
ハリーはフルーツが入ったバスケットの下にカードを捻じ込みながら、そう答えた。ネビルが気まずそうな視線を、コリンが俺に判断を仰ぐような視線を、それぞれ寄越してくる。ああ、ネビル。わかってる。作戦は、失敗だ……!
「人にプレゼントするのって難しいね」
医務室を出て、俺たちはとぼとぼと敗走していた。自分の贈り物をハリーは喜んでいたと信じて疑わないコリンが、首を傾げた。
「やっぱり音圧が足りなかったのかな」
「絶対に違うよ!? あれでもだいぶうるさかったからね!?」
「これは要研究だな」
人付き合いにおいて贈り物は必要不可欠、いわば潤滑油のようなもの……! プレゼントを制する者が友情を制す! プレゼントマスターに俺はなる!
それから実に色々なことがあった。ハリーがベッドから出たり、マルフォイがロンにワニの心臓をぶつけられたり、ルーピン先生がスネイプ先生の課題を帳消しにしてくれたりした。しかし、未だに俺とミカエラは冷戦を続けていた。
よもやここまで長引くとは予想していなかったし、友達とここまで喧嘩したこともなかった。しかも相手は初めての友達であるミカエラだ。流石にそろそろ辛い。もう自分から謝っても良い気分になってきた。
しかし、彼女が俺と和解する気があるかは別問題である。無論、俺とミカエラは魔術的に離れられないから、このまま冷戦を続行した場合、死ぬまで会話しないイマジナリーフレンドという最悪な代物が爆誕してしまう。それは向こうとしても避けたいはずだ。
要するに、彼女と仲直りするためには大きく2つのハードルがある。適切なタイミングを見極め、然るべき方法で誠にごめんなさいでしたをしなければならない。これをしくじると熱戦に発展する危険性がある。ミスは決して許されない。
関係を修復することがこれほど困難なものだとは知らなかった。世の何十年来の友情はこの過酷な現実を乗り越えて維持されているとすると、人の縁とはやはり数奇なものである。
そして、俺はこの難題を解決する糸口をなかなかつかめずに、学期末を迎えてしまった。このままドツボにはまってしまうと俺が碌な結論を出さないのは去年の薬騒動で証明済みだったので、気分転換にグリフィンドールの連中とホグズミードへ行くことにした。
初めてのホグズミードは大興奮の連続だった。ゾンコのいたずら専門店はとても刺激的だったし、ハニーデュークスのお菓子はどれも甘くて美味しかった。ただ、どんなに楽しい時間を過ごしていてもふと彼女の不在を思い出してしまい、かえって気が滅入ってしまった。俺は早々に一緒に回っていたシェーマスやディーンと別れを告げ、一人で三本の箒というパブにやってきた。
カウンターに着くなり、俺はジンジャーエールを注文した。ちびりちびりと飲んでぼーっとしていると、隣に長髪を後頭部で束ねた男性が座ってきた。彼はオグデンのファイア・ウイスキーを頼むと、俺をちらりと見やった。
「どうした坊主。好きな女の子にでも振られたのか?」
「違います。余計なお世話です」
「まあそう言わずに。クリスマスが近いのにそんな暗ーい顔でいられちゃ声の1つもかけるってもんよ」
男は白い歯を見せて笑った。その顔はすでにほんのりと赤みがかっており、何杯かひっかけた後のようだ。かなり面倒くさい人種に絡まれた気がする。
「ちょっと、友達と喧嘩してしまって」
「ははーん、なるほどな。そんで今はどうやって仲を直すか考え中と」
「ゑ、開心術使った?」
「すこーし頭が回りゃこれぐらい造作もねえよ」
彼は運ばれたグラスを呷った。その姿は、シリウスほどではないがハンサムな彼の見た目と相まって、非常に絵になっていた。ただ、彼の少々ガラの悪いワイルドな服装に反して、飲み方はひどく上品なものであり、それは奇妙に映った。
「おじさんはこういう時どうするの?」
「知らねえよ、ちったあ自分で考えろ。あとおじさん言うな」
「ゑ? 今の流れは答えてくれるやつじゃないの? おじさん」
「けっガキが」
男は悪態をつきながらハンカチで口元を拭った。
「良いか坊主。物事には順序っつーもんがある。だから何かが起こる前には必ずその前兆が現れる。お前が見落としてきたその前兆は何だ?」
「うーん……強いて言うなら彼女との間に誤解があったかも」
「それが根本の原因だ。その誤解を解くか、もしくはその女にキスをするかしねえと関係は修復できねえだろうよ」
「あんた何言ってんの!?」
「ただのジョークだ。どうした? お子様には刺激が強かったか? 確かにお前のキス以上に縁起が悪いものは思いつかねえがなあ」
「ぐぬぬ……」
この男と話しているとどうも調子が狂う。俺は残っていたジンジャーエールを一気に飲み干し、代金をカウンターの上に置いて席を立った。
「おい、どこ行くんだ?」
「帰る」
「その金はしまっとけ。お前の分も俺が払っといたから」
「はああ!? 何で!?」
「その方が面白そうだから」
ケラケラと悪びれずに笑う男。本当にわけがわからない。
「なあ、そのジュースの代わりと言っちゃあ何だが、1つ暇つぶしに付き合わねえか?」
すでに奢られてしまった以上、こちらが断るという選択肢は取りづらい。俺はしぶしぶ首肯した。
「そう身構えるな。簡単なゲームだ」
男はカバンから小石と水筒を取り出した。カウンターに数個の小石を並べ、空のグラスに水筒の中身を注ぐ。
「こいつはただの石と水だ。これに魔法をかけてパンと葡萄酒に変えられればお前の勝ち、できなきゃ俺の勝ちだ。簡単だろ?」
無機物を有機物に変身させる魔法自体は、マクゴナガル先生に教わっているから当然できる。しかし、このゲームに乗っていいのだろうか。妙に男の用意が良いのが気がかりだ。イカサマをしているかもしれない。
「これをやるより二人でチェスした方が楽しくない?」
「できないならできないって最初から言えよ。時間の無駄だ」
「できらぁ!」
漆黒の杖を一振りすれば、小石と水がパンとワインに早変わり。俺は胸を張った。やればできる子なんだよ俺は。
男は出来上がったパンを割って口に含み、グラスに入った葡萄酒で流しこんだ。
「確かにパンとワインだ。疑って悪かった。味はまあまあだがな」
「何がしたかったの?」
「ただの暇つぶしって言っただろ。なんにせよお前の勝ちだ。じきに日が沈む。ガキは早く帰んな」
男はしっしっと手で追い払う真似をした。俺は釈然としなかったが、彼の言う通りそろそろ帰らなければならない時間だったので帰路に就いた。外は雪が降っていた。
「あ、名前訊くの忘れてた」
翌日のホグズミード駅は、帰宅する生徒でごった返していた。隣ではミカエラが黙って腕を組んでいる。これ以上二人きりでいると心が保たない。俺は汽車で帰る約束をしていたネビルとレインを必死に探した。その甲斐もあって、彼女はすぐに見つかった。眠っているチョコミントが入った鳥籠を持ち、ルーナと連れ立っている。
「お待たせしましたジューダス。ルーナも一緒ですが構いませんか?」
「大歓迎だよ。仲間は多いに越したことはないからね」
その方がミカエラと二人きりになる確率も減るし……。トレバーを探し回っていたネビルをカエルと共に回収した俺は、本心を表に出さないようにしながら特急に乗り込んだ。
無事にコンパートメントを1つ確保した俺たちは、各々腰を下ろした。俺は窓際だ。俺の正面にレイン、右隣にネビル、はす向かいにルーナ、天井にミカエラといった具合だ。とりあえず、俺が目線を上げることができなくなったのは確定した。
汽車が動き出すや否や、ネビルが口火を切った。
「ジューダス、この人たちは?」
「あれ? ネビルと二人は初対面だっけ?」
「そうですね。私はジューダスやオーガスタさんからお話は聞いていましたが、会ったのは初めてです」
「あたしもそうだよ」
3人はお互いに軽く自己紹介をした。それを俺はどこか誇らしい気持ちで眺めていたら、ネビルに見咎められた。
「それはどういう表情!?」
「ああ、友情の輪が広がっていく……!」
「いつもの発作ですね」
「レイン、やっぱあんたの親戚変わってるよ」
「いや、バタービールのコルク蓋でできたネックレスをつけたルーナにだけは言われたくない」
ルーナはどこか自慢げにネックレスを持ち上げた。
「これに気がつくとはお目が高いね。でも欲しいって言ってもあげないよ?」
「言わないよ……」
それから、ルーナがブリバリング・ハムディンガーについて語るのを聞いたり、ネビルのお祖母ちゃんの怖かったエピソードに相槌を打ったりして汽車での一時を過ごした。キングス・クロスが近くなってきた時に、ルーナが車窓の外に未確認生物を見かけたというので、列車の最後尾の窓に行って確かめてみようという話になった。
「僕は行くよ。二人はどうする?」
「私はチョコミントが起きたら餌をあげなければならないので残ります」
「俺も残ろうかな」
俺が退出した時のミカエラの動きが読めなさすぎる……! というかなんで俺は親友とこんな心理戦をやっているんだ?
ネビルとルーナがコンパートメントを去った後、レインが身を乗り出してきた。口元に手を添えている。
「兄さん兄さん、あの二人なんだか相性良くないですか?」
「う、うん、そうだね……」
油断したっー! 普段通りだからあれは夢じゃないかと思ってたけど、その呼び方二人きりになると発動するのかよ! 非常に心臓に悪い!
ちらりとレインの方に目を向けるが、彼女は特段いつもと変わった様子はない。変わったのは天井の……。
「兄さんン……? ハア……?」
ミカエラの……ミカエラの殺気がやばいことになっている。もう俺は恐ろしくて床のシミを数えることしかできない。なぜだミカ……一体どこで機嫌を損ねちゃったんだよ……。そんなにレインの兄になりたいなら俺の兄にさせてあげるから……。
「どうかしましたか兄さん。顔色が悪いですよ?」
そう言って心配そうにこちらをのぞき込んでくるレイン。やめてくれ……また一段階天井の殺気が濃くなっちゃった……。
「列車酔いしただけだよ」
「兄さんにしては珍しいですね。ひどくなったらいつでも言ってくださいよ?」
「うん、ありがとう……ちょっと外の空気吸ってくるよ……」
その後、キングス・クロス駅に着くまで俺がコンパートメントに戻ることはなかった。