ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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ノーバディ・ノーライフ

 キングス・クロス駅ではマグル風の格好をしたトンクスが待ってくれていた。シリウス・ブラックはホグワーツにいることが確定したが、移動している可能性もあり、まだ油断できないということらしい。彼から魔法を教わっている身からすると、この厳戒態勢はリソースがもったいないと感じる。しかし、俺には彼を庇える証拠も権力もないので、泣く泣く若き才能が浪費されているのを黙っていた。

 俺たちはネビルやルーナと別れを告げて、魔法省から借りた空色の車に乗り込んだ。出発して早々、ミカエラは後部座席で眠ってしまった。

 

 トンクスは上機嫌に妖女シスターズの新曲を歌いながら運転した。前回と同様、ヒヤリとする場面は何度もあったが、全て車にかかっていた魔法のお陰で事なきを得た。窓を開けて、赤い髪を風になびかせながらトンクスは言った。

 

「どうジューダス、私の運転テクニックは。これならチャーリーの家の空飛ぶ車も乗りこなせるんじゃない? ずっと前に頼んだ時は断られたのよ」

「チャーリー?」

「そう、チャールズ・ウィーズリー。ドラゴンに魂を売った男よ。確か弟がジューダスと同い年だって聞いたわ」

「きっとロンだ。チャーリーも赤毛でしょ?」

「そうそう。あいつ元気にしてるかな。久しぶりにフクロウでも送ってみようかしら」

 

 旧友とフクロウで文通をする。とても憧れるシチュエーションだ。しみじみとそう思ったが、そういえば俺にも一人ペンフレンドがいたことを思い出した。メアリー・スーだ。年に数回しか手紙を交わさないし、そもそもこの関係の始まりがミカエラと出会う以前の遥か昔過ぎて定かではないが、かつては彼女の手紙だけが心の拠り所だった時代があったのだ。

 

 トンクス号は街を離れ、周りに建物がちらほらとしか見受けられない田舎道を爆走した。対向車もしばらく見なくなった頃、後方からクリーム色の車を筆頭に、何台もの車列が法定速度の3倍のスピードで迫ってきた。

 

「また来たわね……!」

 

 よく車を確認しようと窓から顔を出して後ろを見る。風でローブのフードが捲れないように手で押さえ、目を凝らした。先頭車両の助手席に座っている白装束の男と目が合った。俺は車内に向かって叫んだ。

 

「トンクス! あの車こないだのあおり運転の!」

「ええ! そしてあいつらはただのバカなマグルじゃないわ! 教団の襲撃よ!」

「教団!?」

 

 脇腹目掛けて横から車が突っ込んできた車を、ハンドルを大きく切ってトンクスが避けながら言った。

 

「ウサギのおじいちゃんから聞いていなかった!? あんたの孤児院からお迎えがくるかもしれないって!」

「そんなお迎え聞いてないよお!」

「私もよ! こんなの予想外だわ!」

 

 シートベルトが肩に食い込む。車が唸り声をあげて加速した。トンクスが全力でアクセルを踏み、ついでにラジオの音量を上げたのだ。

 チョコミントの入った籠を抱きかかえたレインが目を白黒させた。

 

「二人とも何の話をしているんですか!?」

「とにかく追いつかれたらやばいってこと!」

 

 後方からは色とりどりの閃光が飛んでくる。緑の光線が車のサイドミラーに当たり、粉々に砕け散った。トンクスが顔面を蒼白にして絶叫した。

 

「ぎゃー! 省用車が!」

 

 俺は窓から上半身を出すと、真っ黒な杖の狙いをクリーム色の車に定めた。

 

「ウィンガード・レビオーサ!」

 

 追手のタイヤが爆発し、一台がスリップしながら地平線の彼方へと消えていった。ミラー越しにその光景を見ていたトンクスが笑った。

 

「やるじゃない! もうエクスパルソが使えるなんて!」

「今のはエクスパルソではない。ウィンガーディアム・レビオーサだ」

「ふざけてる場合じゃありませんよジューダス!」

 

 教団は隊列を立て直して迫ってくる。トンクスがドアを開けた。車内に凄まじい風が吹き込んでくる。

 

「ちょっとハンドル握ってて!」

「良いけど何するの!?」

 

 ドアを支えに限界まで半身を外に晒したトンクスは、前傾姿勢で杖を構えた。

 

「アグアメンティ! 水よ!」

 

 大量の水が杖からぶちまけられる。追手の前方の路上が広範囲にわたって水浸しになった。しかし、彼らが止まる気配はない。即座にトンクスは二の矢を発声する。

 

「グレイシアス!」

 

 瞬く間に氷のトラップが出現した。操作を誤った車が道を外れ、衝突する。

 

「さっすがトンクス! よっ! 未来の闇払い局長!」

「私にかかればざっとこんなもんよ!」

「また来ます!」

 

 窓から顔を出したレインが報告した。生き残った3台が追いすがってくるのを見たトンクスが、俺からハンドルを引き継いだ。

 

「あーもう! しつこいわね!」

 

 そんな時、レインの頭に赤い閃光が直撃した。悲鳴をあげて座席に倒れこむ。

 

「レイーン!?」

『安心せえ。気ぃ失っただけでご主人は無事や』

『本当に? ほんとのほんとに? ちゃんと落ち着いて確認して?』

『自分が落ち着け』

 

 彼女の様子を覗き見たチョコミントが、鳥語でそう言った。ハンドルを右に切って呪文を躱したトンクスが青筋を立てた。

 

「こんな時にやかまいわねこのカラス!」

 

 車内は阿鼻叫喚だ。倒れ伏すレイン、レインを心配して頻繁に容体を訊く俺、俺にうるさく答えるチョコミント、チョコミントにぶち切れるトンクス。ひょっとしたら追手にすら聞こえているのではないかと思えるほどの惨状である。

 そしてついに、彼女が目覚めてしまった。

 

「アァ……? 何の騒ぎだ?」

 

 ミカエラは目をこすって、軽く周囲を見回した。このイギリス史上最高にダサいカーチェイスにどうやら気づいたようだ。彼女は小さなあくびをすると、背もたれに深く身を沈めながら指を鳴らした。

 

眠いから黙れ(シレンシオ)

 

 途端に車の中が水を打ったように静まり返った。トンクスが目を丸くして口をパクパクさせている。俺がそのオーバーリアクションを指を指して笑うと、ビンタされて無理やり顔を後ろに向けさせられた。トンクス号の背後では、巨大な黒い水のような竜巻が立ち上っていた。教団の車は木っ端微塵になり、襲撃犯は次々と姿現しで消えていく。彼女はこの光景に驚いていたのだとようやく俺は理解した。

 

 ミカエラが生み出したであろう竜巻は急速に勢力を失い、後には何も残らなかった。彼女は最早、夢の世界へと旅立ってしまっており、穏やかな寝顔を晒している。トンクスは魔法薬学の授業でスネイプに質問された時のネビルみたいな顔をしながら、車を発進させた。

 

 

 

 フォーリー邸に到着してからは非常に慌ただしかった。出迎えてきたマッド‐アイは、車の惨状を見るなり、搭乗者が入れ替わられていないか魔法の目をぎょろつかせて念入りに身体検査をした。それから、ハウスエルフのセバスが依然として気絶したままのレインを彼女の自室に連れていった。俺は箒のブルーボトルなどを自室に置きに行った後、トンクスと共にヘクターが待つ大広間に通された。

 ヘクターはクリスマスイブの豪勢なディナーを用意していたが、トンクスから事の顛末を聞き、机をガジガジと噛み始めた。

 

「おのれやつらめ、とうとう実力行使に出たか」

「しかし、これまでの周到さからは考えられんほど性急だ。ビショップを失って相当焦っていると見える」

 

 長大な杖をついたムーディが言った。その青い魔法の目は、俺の隣で伸びをしているミカエラに向けられているように見えた。

 しかし、全く話の全容がつかめない。俺はたまらず口を開いた。

 

「一体全体どういうことですか? 教団がどうのとか……」

 

 真っ白なウサギのヘクターが前歯をテーブルから離した。

 

「そろそろ話さねばなるまいな」

「ヘクター。ビショップはまだ子供だぞ」

「良いではないかアラスター、彼には知る権利がある。だが、せっかくの食事が冷えてしまうのもあれだ。座りなさいジューダス。アラスター、逃げるでない。ニンファドーラも遠慮せずに」

 

 ヘクターはセバスを呼び出し、グリムを連れてくるよう言いつけた。真っ先に俺とトンクスが食卓に座った。ムーディが魔法のトランクから銀の皿を取り出し、席に着くのを待って、ヘクターが言った。

 

「孤児院にホグワーツの使者が来たことは覚えているな?」

 

 俺は首肯する。確か、トレローニー先生が直接出向いてくれたのだ。あのいつも塔に引き籠っている先生が。

 

「実を言うと、わしはその何年も前からお前を探していたのだ。お前の両親は闇の帝王の破滅を待たずして世を去ったが、ジューダス、お前は生きているという確信があった」

「ちょっと待ってください。それじゃあ両親は、ヴォルデ……Vから始まってTで終わる人に殺されたんですか?」

 

 ヘクターは無言だった。悔しさを堪えているような、険しい顔をしていた。代わりにローストビーフを銀の皿に置いたムーディが答えた。

 

「お前の父親(てておや)は最期、祈祷したまま息絶えていた。他殺か自殺かは断定できない。母親は無言者だったが、魔法省の神秘部で消息を絶った。あの頃は魔法省に多くの内通者がいた。おそらく殺害されたのだろう」

「もう良いだろうアラスター。話を戻すぞ。わしは捜索を続けたが、なかなか手がかりを得られずにいた。だが、ホグワーツの入学名簿にビショップの姓が書き込まれたとダンブルドアから連絡があった。わしとダンブルドアはこれを端緒に、ついにお前の居場所を突き止めた」

 

 そこで、ヘクターは話を切って皿から水を飲んだ。

 

「当初、わしは私兵を雇って孤児院に突入することを主張した。闇祓いであったわしの捜索網をかいくぐった孤児院なぞ怪しさ満点だからな。しかし、ダンブルドアはトレローニーを送り込むことを提案した。ダンブルドアの策は成功し、我々は教団からお前を救出できた。わしの案が採用されていたら、双方甚大な犠牲を払っていただろう」

「でもなんでトレローニー先生を?」

「ダンブルドアが言うには、トレローニーは確実に『安全』らしい」

 

 フィッシュアンドチップスをつまんでいたトンクスが首を傾げた。

 

「どうして教団はジューダスにこだわるのかしら」

「わからぬ。だが、碌でもないことを考えているのは確かだ。……グリムか。遅かったではないか」

 

 姉と同じ灰色の髪を持った子供が、大広間の入り口に立っていた。

 

「姉ちゃんが起きた」

 

 頭を押さえたレインが弟に続いて現れた。ヘクターがその姿をよく見ようとピョンピョン跳ねる。

 

「おおレイン! 気が付いたか!」

「はい、大叔父さん」

「レイン頭大丈夫?」

「車に乗り込んでからの記憶が曖昧ですが、もう大丈夫です。あとジューダス、その訊き方やめてください。はったおしますよ」

 

 グリムたちが来てからは、暗い話は抜きにしたクリスマスパーティーが改めて始まった。余興でトンクスがモノマネをしたり、無言でブツを要求するミカエラにこっそり食料を渡しているところをムーディにガン見されたりして、夜は更けていった。

 

 

 

 上弦の月が西の空に傾き、遠くに小さく屋敷が見える。広大な雪原の真ん中で、切り株に腰かけた人影が浮かび上がった。オレが近づくと、シルエットは立ち上がった。

 

「おいマッド‐アイ、こんなところに呼び出して何のつもりだ」

 

 暗闇に魔法の眼光が鋭くまたたいた。荒削りの木工彫刻のような顔が微かに動く。

 

「お前を捕縛するためだ」

 

 矢庭にマッド‐アイが杖を振るうと、真紅の一閃が煌めいた。俺はすんでのところで仰け反って、必殺の一撃を躱した。なおもムーディは呪文を畳みかけてくる。たまらず上空にオレは避難した。

 

「いきなり何すんだ!?」

「相手の見た目が小娘だろうと油断しないのがわしの流儀だ」

 

 闇祓いの職業病にしては神経過敏すぎるだろ。だが、こと今回に限ってはマッド‐アイの直感は正しい。なんてったってオレは……オブスキュラスだ。

 ムーディは立て続けに攻撃呪文を放ち、弾幕を張ってくる。反撃が必要だ。オレは急旋回して敵の魔法を引き離すと、両手から暗黒の暴風を生み出した。

 

「これでも食らえ老いぼれがァ!」

 

 前転して闇の魔術から成る旋風から逃れるムーディ。義足とは思えない身のこなしだ。俺はヤツの脅威度を一段階引き上げる。

 

「この破壊的な力……! やはり小娘、お前はオブスキュラスだったか! しかし、これは何だ!? オブスキュラスに自我が宿るとは!」

「ピンポーン、大当たりィ! ご褒美にコイツをやるよ!」

 

 手を下から上へ空気を掬い上げるように振ると、腕から指先にかけてオブスキュラスが滲み出た。触れると必死の黒い柱が5本立ち上り、ムーディに襲いかかる。彼我の距離はそう遠くない。これが命中して俺の勝ちだ。

 しかし、そのようにはならなかった。ムーディは義足を軸に最小限の動きで竜巻の猛攻を避けきってしまった。何なんだアイツ、化け物かよ。

 疾風がかすって小さな穴が空いた服を見遣り、マッド-アイが呟いた。

 

「化け物め……」

 

 まともに魔法を撃ち合ったら負ける。オレの直感がそう囁いた。伝説の闇祓いという肩書きに見合った技術と経験がマッド-アイには備わっている。ならばどうするか。オレは天高く上昇し、地上に向けて手を開いた。

 

「アウトレンジからの絨毯爆撃しか勝ち目はねェ! 死ねェマッド-アイ!」

 

 両手を交互に突き下ろし、漆黒の光弾を射出する。野原では闇の魔力が大爆発を巻き起こした。土煙と靄で地上の様子が見えなくなるも、オレは構わず爆弾を落とし続ける。持っていた魔力の大部分を使い切ったところで、オレは手を止めた。

 

「やったか!? ってうわあああああああ!?」

 

 煙を切り裂いて飛来した赤い閃光が俺の左肩に直撃した。雲間からこちらを睨む無傷のマッド-アイが視界の端に映る。事前に把握していた窪みに身を隠していたのだ。耳を風切り音が聾した。身体が動かない。バランスを崩した矮躯は真っ逆さまに落っこちていく。

 

「何やってんだミカアアアアアアア!」

 

 ベッドから飛び上がり俺は叫んだ。心臓が激しく鳴り、全身汗をかいていた。ここは屋敷近郊の上空ではなかった。ヘクターが俺に与えた部屋だ。

 あれは夢ではない。現実だ。前にも似たようなことがあった。早くミカエラを助けにいかなければ。しかし、どうやって助ける? 今から走っても間に合わない。ああ、こんな時にミカエラがもう一人いれば!

 ふと、窓辺に立てかけてある箒が視界に入った。ブルーボトル。去年ヘクターからクリスマスプレゼントで貰ってから、ミカエラに隠れてたまに乗っていた箒だ。丈夫で安全な家庭用、しかも防犯ブザー付き。

 

「これしかない!」

 

 窓を開け放し、箒にまたがり床を蹴る。ブルーボトルは従順に浮遊した。普段あまり乗っていなくてもこの使い勝手の良さ! 箒界のママチャリは伊達じゃない!

 

「全速前進だ!」

 

 ブルーボトルは屋敷の敷地を飛び出し、ぐんぐん加速していく。流石に競技用の箒には敵わないが、これまでの比じゃないくらいのスピードが出ている。箒が喜んでいるのを感じる。

 夢で見た地点を目指し、一直線に夜空を翔る。東の白み始めた空に、小さな人影が落下しているのが見えた。両手を広げて突進する。

 

「ミカエラあああああああ! ……あれっ?」

「来るならちゃんと受け止めろアホーッ!」

 

 ギリギリキャッチ失敗。ミカエラはそのまま地面に直行していく。俺は箒の先を真下に向け、落下する親友を追った。

 

「もう1回……ミカエラああああああああ!」

 

 今度は地面すれすれでミカエラを抱きとめることに成功した。ゆっくりとブルーボトルが焼け野原に着地する。胸の中で、オレンジ色の目がしばたいた。

 

「というか何でジューダスが……?」

「友達だから」

「理由を訊いたんじゃねえよ」

 

 俺たちにムーディの影が落ちた。朝日を背負った最強の闇祓いは両方の目でこちらを見下ろした。

 

「ビショップ、その小娘を渡せ」

「嫌だ」

「その者は人格を持ったオブスキュラスだ。捨て置くには危険過ぎる。それに、小娘を生かせば宿り主であるお前の魂が蝕まれる。このままでは死ぬぞ。だが、今ならまだ間に合うかも知れん」

「断る」

「これはお前だけの問題ではない! お前のオブスキュラスによって、大勢の魔法族が危険に晒されるのだ! しかも、自我のあるオブスキュラスなど聞いたことがない! 下手をすれば魔法省分類XXXXXレベルに匹敵するやもしれん! そのことをわかっているのか!?」

 

 鬼気迫るムーディの言葉に、俺は少しドキリとした。ミカエラが俺に出会ってすぐに世界をぶっ壊そうと提案したのが脳裏を過る。しかし、親友がかかった手前、引き下がるわけにはいかない。

 

「確かにミカエラは危ないかもしれない! だけど、今まで一度だって人を傷つけたことはない!」

「そのことが将来、小娘が他人に危害を加えない保証にはならん」

「俺がミカエラを止める!」

「そんな口約束信用できん。第一、お前には実力がない」

 

 ムーディに分がありすぎる。間違ったことは何1つ言っていない。だから俺は答えに窮する。

 マッドーアイの手がミカエラに伸びていく。このままでは連れていかれてしまう。頭が真っ白になって何も考えられない。

 気が付いたら俺は、地面に頭を擦りつけていた。

 

「どうか……どうか俺の親友をとらないでください……。お願いします……」

 

 しばしの静寂。彼の手が止まった。頭上で大きなため息をしたのが聞こえる。

 

「顔を上げんかビショップ」

 

 涙でムーディの顔がぼやけて映る。

 

「オブスキュラスが最も危険な状態は、オブスキュリアルの精神が不安定になることだ。小娘を失って取り乱し、オブスキュラスを暴発されては敵わん」

「じゃ、じゃあ……」

「今一度静観する。ただしビショップ、お前には聖マンゴで検査を受けてもらう。オブスキュリアルであると診断されれば、一生を病棟で過ごすことになるが、それでも良いか」

 

 ゆっくりと頷いた。ムーディが杖をついて屋敷に戻っていく。俺はぼんやりとその後姿を眺めていた。身体中が一気に脱力する。寝起きには少々ハードだったようだ。

 ミカエラが俺の襟をつかみ、食ってかかった。

 

「何で庇った!? お前何なんだよ! オレのこと怖いんじゃねえのかよ……」

 

 語勢はみるみる衰えていき、それに伴って彼女の頭が伏せられていく。俺は彼女の頬に両手を添え、顔を上げさせた。

 

「これが怖がっている目に見える? ねえ、ミカエラ」

 

 そっぽを向いて逃げようとするミカエラ。俺は手に少し力を加え、多少強引にでも正面を見させた。真っ直ぐにオレンジの瞳を覗き込む。

 

「目を離さないで。答えてよ」

「ごめん、ジューダス。オレはずっとお前を騙してきた。オレは妖精なんかじゃねえ。オブスキュラスだ。お前の魂を蝕み、死に至らしめる呪いそのものだったんだ」

「それ、質問の答えになってなくない? まあいいや。たった今気づいたんだけど、ボガートでミカエラが出てきたのって、多分ミカエラ自身っていうよりミカエラがまたいなくなっちゃうことを恐れてたからっぽいんだよね。このことを踏まえてさ、答えて」

 

 ミカエラは弱々しく俺の手を振り払おうとしてくる。熱に浮かされたように、言葉を並び立てた。

 

「お前の体力が落ちていたのも気づいていた。もうあと何年保つかわからねえ。時間が、時間がねえんだ! オレ、焦って、お前と向き合うのが怖くて、もしも見捨てられちまったら……もう……!」

「うるさいうるさいうるさい! そんなことどうでもいい。見えるか、見えないか、それが問題だ。それだけが問題なんだよ」

 

 徐々に親友の頬に熱が集まってくる。白い肌が紅潮した。ミカエラは口をパクパクと何度も開閉させる。その長くて短いような間中ずっと、俺は彼女の潤んだ瞳を見続けていた。

 

「見え…………ねえ……です……」

 

 俺はぱっと手を離し、彼女を解放した。合わせていた視線を切った時、ミカエラは「あぁ」と名残惜しそうなよくわからない声を出した。

 立ち上がり、勢いよく俺は手を打った。

 

「はい、それじゃあこの話はおしまい。別に俺は君の正体がオブスキュラスでも良いし、そのせいで寿命が縮んでも良いんだ。君さえいれば良い。俺とミカエラなら必ずこの状況を打ち破れる。そうでしょ?」

「ったく、お前ってヤツは……アア、そうだな!」

 

 ミカエラは俺が差し伸べた手を取り、ふわりと宙に浮いた。弾けるような満面の笑顔だ。彼女が焼いた野はうっすらと雪が積もり、クリスマスの朝日でキラキラと輝いている。俺たちは久しぶりにお互いの顔を見て話しながら、フォーリー邸へと帰っていった。

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