ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
自分の部屋に戻ってみると、枕元には山のようなクリスマスプレゼントが積まれていた。ホグワーツの面々から贈られてきた物だ。孤児院時代では考えられない量に俺は感涙に咽んだ。
「ああ、生きていて良かった。ありがとう神様!」
「大げさすぎだろ」
ミカエラがむっつりした表情で言った。熱した鉄のような目を細めている。
「大げさとは何さ大げさとは。これでも足りないぐらいだよ」
「あのなァ、お前毎年これの倍以上のプレゼントを方々に贈ってんだろ? 釣り合いが取れてねえだろうが」
「愛じゃよミカエラ、愛」
「それはなんの真似だ?」
ため息をついてミカエラは窓辺に腰掛けた。足を組んで我が開封の儀を眺めている。
ハグリッドがいつも通り寄越してきたロックケーキを棚の上に置く。毎年この凶器を贈ってくるが、彼は俺のことを愛するモンスターの一員とでも思っているのだろうか? まあ、歯が欠けそうになるだけでおいしいから喜んで貰っておくけどさ。
杖のお手入れセットはネビルからのものだ。どうやら、俺が頻繁に杖を掃除していたのを見ていたらしい。乾拭きだけじゃ物足りなかったのでとてもありがたい。
ヘクターからの小包を解くと、中には曇った鏡のようなものが入っていた。日の光にかざしてよく眺めてみるが、何かぼんやりとしたものしか映らない。
「なぁにこれぇ」
トレローニーから貰った茶葉を嗅いでいたミカエラが、こちらに体を傾けた。上品な茶葉の香りに混ざって、チューベローズのような匂いがした。
「敵鏡だな。持ち主の敵対者が近づくにつれてその姿を映し出す道具だ。元闇祓いのあのウサギらしいなァ」
「へー。それじゃあ友鏡とかもあるの?」
「何だよそれ」
「持ち主の友達が近づくにつれてその姿を映し出す道具」
「そんなお前にしか需要ねえ頭ジューダスグッズなんかあるわけねえだろ」
「えー、絶対売れると思うんだけどなー」
「売れるモンなら売ってみろアホンダラ」
俺は鏡から目を離し、瀟洒な小包のリボンを解いた。するとたちまち真紅の厚い本が姿を現した。タイトルの『ジューダス・ビショップと秘密の部屋』という舐め腐った文字が踊っている。表紙にはデカデカとマンティコア相手に大立ち回りを演じる白髪の少年が、何か危ない物をキメているとしか思えない満面の笑みを浮かべている。俺は紙とインクを浪費した成果を勢いよくベッドに叩きつけた。無駄に柔らかいベッドの上で本が2,3度軽快に跳ねた。
「だから何なのこれは! 友達になりたいなら正面から来てよ!」
「ギャハハハハ! もう続刊が出たのかよ! どっかの誰かさんと違ってこの作者は筆が速いなァ!」
脇腹を手で押さえ、体を曲げて爆笑するミカエラ。俺は彼女の泣き声のような哄笑を無視して、添付されていた手紙を開いた。気取った文字が流れるように並んでいる。
前略
いきなり本題に入るというクリスマスの朝に相応わしくない暴挙をどうか許してくれたまえ。キミがこの愉快な書物に対してどう思っているのかボクは知らない。ただこれだけは頭の片隅――そうだね、魔法薬学の記憶の隣とかどうだい? うん、きっとここが良いや! ここにしよう――にでも留めておきたまえ。天国への鍵は3つ、すでに汝の手中にあり。キミの幸運を祈るよ。
草々
去年のメッセージとは打って変わって、ひどく素っ気ない。テイストとしては一昨年のものに近い物を感じる。しかし、当時は含まれていた外連味というか、余裕がないように見受けられる。改めて手紙を見てみると、ところどころインクの飛び散った跡が残っているし、折り目も少しずれている。慌ててしたためたという印象だ。
当然、この短文を読んでいる間に彼女の笑い声が収まるはずもなく、豊頬は朱に染まり目の端には涙さえ浮かべている。流石にツボにはまりすぎではなかろうか。
俺はおもむろにベッドの下から赤い袋を取り出す。まだ渡していないクリスマスプレゼントはこれで最後だ。他の人たちのものは前もってフクロウに預けたりできたが、ミカエラの分はいろいろあってできなかった。
黄色いリボンで縛られた袋を若干過呼吸気味になっている親友の前に突き出す。真っ黒いローブのような服の襟を手でパタパタとさせ、体温を逃がしていたミカエラは目をぱちくりと瞬かせた。
「はい、プレゼント」
「ん、アァ……てっきりオレの分はないもんだと」
「そんなわけないじゃん。俺を誰だと思ってるの?」
「稀代のキチガイ」
「類は友を呼ぶって言葉知ってる?」
「確かにお前の周りは異常者しかいねえな。そんなやつから離れられねえオブスキュラスが可哀想だ」
「そうだね。ミカエラは友達じゃないもんね。親友だもんね」
親友は漆黒の髪に手を突っ込んでかいた。その目線はあてどなく宙をさまよっている。
「でもよォ、いっつもお前が寄越してばっかじゃねえか。オレからは何も返せてねえ。こんなんが親友でお前は納得してるのか?」
「別に俺があげたいからあげてるだけだよ。それに、プレゼントって物だけじゃないしね」
「そういうものなのか……? いや、そもそもお前に訊くこと自体が間違いか……なァ、開けて良いか?」
「当然だよ」
どことなくバツが悪そうにリボンを解くミカエラ。中から出てきた黒いウールのセーターを両手で広げ、口を開いた。
「お前編み物もできたのかよ。にしてもなんだって今更服なんか……」
「だってミカエラずっとその薄いローブでしょ? いくらなんでも寒いんじゃないかなーと思って」
「寒かったらこの格好で2回も冬越してねえよバカ。……まあ、たまには季節感を出してみるのも悪くねえかもな」
そう言ってセーターをローブの上から被ったミカエラは「やっぱりセーターにはズボンだよな」と指を鳴らして、勝手に俺のズボンを身に纏った。最後にもう一度指を鳴らしてセーターの下からはみ出ていたローブを消し、手を広げて自分の体を捻ってみせた。
「これで良しと。ど、どうだ?」
「似合ってる似合ってる。良かった、目分量だったけどサイズもぴったりだ」
「まったくお前ってやつは……」
呆れた様子の親友は自らの目でも確認しようと自身の矮躯を見下ろした。
「……ん? この血糊みてえな赤い模様はなんだ?」
ミカエラが漆黒のセーターの正面に緻密に刺繍された赤い楕円形のような模様を摘まみ、熔鉄のような瞳をこちらに向けて説明を促してくる。俺は製造物責任を果たすべく、胸を張って口を開いた。
「それは賢者の石だよ。ほら、ミカエラ欲しがってたでしょ? 1年生の頃に。でもなんで欲しかったんだっけ?」
「それはァ……そうだな……アァ! 肉体が欲しかったんだろ! 多分!」
確かにそんな理由だったのかもしれないが、あまり釈然としない。賢者の石の効能は黄金と命の水の生成だ。人間の肉体を得たいのなら、もっと直接的な方法があるはずだ。それこそホムンクルスとか。基本的に手段を選ばないミカエラらしくない。
視界を白い手の残像が往復する。俺のすぐそばに立って手を振っているようだ。
「おい、どうしたんだよ。急に考え込みやがって。……まあ、呆けてた方が言いやすいか。ありがとな、大切にす――「ああー!?」
突然の大声に両眉を上げるミカエラ。しかし、そんな様子も気にせず俺は今し方気づいた驚愕の事実を捲し立てた。
「本当は命の水で俺を延命したかったんだ! これなら辻褄が合う!」
「べべべ別にィ? お前のためなんかじゃねえしィ?」
「宿主が死んじゃったらオブスキュラスもどうなるかわかんないしね!」
「は?」
ミカエラはいきなり俺の襟をつかみ、ずいと俺の顔を自分に近づけた。鋭く細めた目で、下から睨めつける。しかし、それ以上何かすることもなく静かに時が過ぎていく。
「ミ、ミカエラ? どうかした?」
「ちったァ勘違いしてねえか。お前」
「えーっと、つまり俺とミカは宿主とオブスキュラスではなく心友だったってこと?」
「違えわバカアホマヌケ。お前言ったよな。アレ、お前だけの特権だと思ってたら大間違いだからな」
ミカエラは早口で最後の方を言い切ると、頬を真っ赤に染めて飛び去っていった。ぽつんと一人取り残される俺。
「つまりどういうことだってばよ」
やっと心が通じ合ったと思ったのに、またしても理解不能な状況に直面してしまった。コミュニケーションって難しい。
「ジューダス? どうかしたんですか?」
さっきの親友の心情を簡潔に50字で纏めようと苦心していると、後ろ手に何かを持ったレインが目の前に立っていた。
「ああ、レインか。なんでもないよ。……あ、その靴下、早速履いてくれたんだ」
青地にレインの瞳の色と同じ深緑でRと編まれた靴下が、白衣の裾から覗いている。やっぱり、実際に使ってもらっているところを見るのは良い。
「ええ、プレゼントありがとうございます。それにしてもよく私が冷え性だって知っていましたね。ちょうど必要だったので助かりました。兄さんには全部お見通しだったということですか?」
「え、そうだったの? 知らなかった」
単純にかさばらなくて普段使いできそうな靴下にしただけだったんだけど。まあ、配色はちゃんとレインに合わせたけれど……。
「何も知らずに1番欲しいものを贈ってきたんですか? あなたらしいといいますか、何といいますか……」
「さっきから気になってたんだけどさ、レインが持ってるそれ何?」
「ああ、そうでした。ジューダスの変態的な無意識に圧倒されている場合じゃありませんね」
「それってギリ悪口だよね? ……え? 無視?」
「はい、兄さん。メリークリスマス」
両手でレインが差し出してきた小瓶をとっさに受け取る。中には緑がかった白い液体が入っていて、静かに揺れている。魔法薬のようだ。
「すみません。脱狼薬の調合と並行していたのでギリギリになってしまいました」
「ありがとう。一生大事にするね」
「薬なんですから使ってください!? 何ですか一生大事にするって!? 棚の上にでも飾るつもりですか!?」
「せっかく妹が調合してくれたものだからさ、拝んだらなんかご利益ありそうじゃない?」
「あなたは何を言ってるんですか?」
「もしかしてレインは大切にされるの嫌なの?」
そう訊くと、レインは灰色の毛先をいじりながら小声で答えた。
「嫌では、ないですけど……。でも、頑張って調合したので役立ててほしいです」
「じゃあ普段は棚の上に飾るけど、いざという時に飲むよ。それで、これって何の薬? 友達生え薬?」
「違います。これは頭冴え薬と言いまして、知性を一時的に向上させ、物事の判断を明確にすることができるようにする魔法薬です」
「ついに俺がホグワーツ主席に躍り出る時が来たか」
「ちなみに試験での使用は禁止されています」
途端に崩れ落ちる俺。
「どおおおおしてだよおおお!」
「当たり前じゃないですか。試験で使えるならみんな使ってますよ」
それもそうだ。こんな無法が許されるのならホグワーツの成績上位は毎年スリザリンが独占していなければおかしい。
俺は床に這いつくばったままレインを見上げた。
「ねえレイン、最近俺自分がグリフィンドールなのか自信なくなってきた」
「どうしてですか?」
「今みたいに騎士道精神の欠片もないこと考えちゃうし、友達のためなら騎士道精神なんてかなぐり捨てる確信がある。どちらかといえばハッフルパフとかスリザリンの方が向いてるのかも」
「あなたはグリフィンドールですよ」
「なんで断言できるのさ」
レインは耳の後ろにグレーの髪をかけ、穏やかに微笑みかけてきた。
「だって、兄さんはこんな私と一緒にいてくれるんですから」
レインを連れて大広間に行くと、俺が編んだ青色のセーターを着たヘクターが待ち受けていた。後ろには仏頂面のセバスが控えている。
「メリークリスマス! 感謝するぞジューダス! 冬毛とはいえ、寒さには難儀していたからな!」
「いやいや、こちらこそ敵鏡をありがとうございます」
「それにレイン。消化を良くする薬とは、なかなかわかっているではないか」
「いえ、この家においてくれている大叔父さんには感謝してもしきれませんから」
「二人とも気にするな。わしがしてやれるのはこれぐらいだからな。してジューダス、なぜ青色にしようと思ったのだ?」
「トロフィー室でヘクターさんがレイブンクローのクィディッチ選手として表彰されているのを見たので」
「……それはわしの父親だ」
「あれっ? そうなんですか?」
シンと静まり返る部屋。焚火が爆ぜる音が妙に大きく響いた。糸目のセバスの眼が僅かに開かれる。ヘクターは耳をピンと立て、不愉快なことを隠そうともせずに鼻を鳴らした。
「フン、そういえばジューダスにはまだ伝えていなかったな。この家でアレの話はナシだ」
軽やかな硬い音。いつの間にか席に座り静かに紅茶をすすっていたグリムがゆっくりとカップを皿の上に戻した。
「……そろそろ許してあげたら?」
「許す? 何を言っておるのだ? わしがそのような権利を持ったことなどただの一瞬もない。それに、アレは死んだ。ずっと前にな。わしは寝る」
そう言ってヘクターは耳をひくひくさせながらまだ日も高いのに居室へと消えてしまった。どうやら『アレ』に気分を害されたらしい。完全に不貞寝だ。
戸の閉まる音がするが否や、レインは弟に噛んで含めるような口調で苦言を呈した。
「なぜあのようなことを言ったんですか?」
グリムは冷ややかに姉を見やった。シニカルな微笑み。
「逆になんでレイン姉は大叔父ちゃんのご機嫌取りみたいなことしてるの?」
「それは、私たちがあの方に大恩があるからに決まってるでしょう。両親が亡くなった後に、大叔父さんがいなかったら私たち、路頭に迷うところでしたよ?」
「それは本当に?」
「どういう意味です?」
全く同じ新緑の視線がかち合った。雨後の葉についた水滴を彷彿とさせる姉の瞳は怒気を孕んでいる。片や苔のような弟のものは、随分と挑発的だ。
突如始まった姉弟喧嘩を前にして、俺は目を白黒とさせていた。噂には聞いていたが、生で見るとやはり迫力が違う。これに比べるとミカエラさんの揶揄はカスや。
グリムが何かを言いかけ、すぐさまレインが手を振り上げるのが見えた。俺は咄嗟に彼女の手首をつかむ。右手を上げたまま、レインが口を開いた。
「離してくださいジューダス。グリムは今言ってはいけないことを言いました」
「どんなわけがあっても手を上げるのはだめだよ。少なくとも、俺はレインのそういう姿は見たくない」
「でも!」
「いったん落ち着こう。ほら、脈拍が速くなってる」
俺がレインの手首をにぎにぎしながら言うと、さらに脈が速くなった。反射的に手を引っ込めたレインが、耳まで紅潮させながら手首をさすった。
「ちょっ、何勝手に脈測ってるんですか! 流石に脈拍を把握されるのはまだ心の準備が……」
「姉ちゃん!? まだって何!?」
「お、二人とも冷静になったみたいだね」
「どこがですか!?」「どこがだよ!?」
うーん、息ぴったり。とりあえず諍いを止めることには成功した。俺は疑問を口にする。
「とりあえず、何でヘクターさんはお父さんに怒ってるの?」
姉弟は互いに見つめ合い、首をかしげた。どうやら2人も理由は知らないらしい。
ハウスエルフのセバスが一歩前に進み出た。
「前任のハウスエルフからの又聞きではございますが、説明いたします。先代様は魔法大臣でした。当時、グリンデルバルドという闇の魔法使いが台頭しておりまして、闇祓いだったご主人様は先代様に魔法省としてかの男に対処するべきだと進言なさったそうです。しかし、先代様はグリンデルバルドの危険性を……その……はっきり申し上げますと過小評価されていました。ご主人様の進言は聞き届けられず……その結果、歴史書が示す通りの惨劇が引き起こされてしまったのです」
「でも、それは仕方がなかったんじゃないかな。先代さんにも責任はあるだろうけど、そこまで怒り続けることじゃ……」
「この話には続きがございます。ご主人様にはエリス・ギーベンラートという将来を誓い合ったお方がいらっしゃいました。ええ、お名前が示す通りあのお嬢様はダームストラングの方でした。グリンデルバルドは大陸で悪逆の限りを尽くしておりました。ご主人様は亡命を勧めたそうですが、エリス様はご家族のために残られました。そして……」
セバスは言葉を詰まらせた。若かりし頃の悲劇。当たり前のことだが、改めて突き付けられた気がした。ヘクターにも若者と呼ばれた時期があり、そして彼の時代はあまりにも厳しかった。
どことなくしんみりとした空気が流れる。レインは所在なさげに右手で左の肘の辺りを押さえ、グリムは決まりが悪そうにポケットに手を突っ込んだ。
そして、語り終えたセバスはというと……糸目をかっ開いて蠟燭の蝋を垂らそうとしていた。
「ゑ!? 何やってるの!?」
「セバスはご主人様の秘密を漏らしました! 贖わなければ!」
俺は大急ぎでセバスを羽交い絞めにした。グリムが妖精の手から燃え盛る蝋燭を取り上げる。
「やめなって! そんなことしても誰も幸せにならないから!」
「離してください! セバスは悪い子! セバスは悪い子!」
譫言のように懺悔を口走り、暴れ続けるセバス。哀れな妖精はついにタンスの角に小指をぶつけて気絶してしまった。
「……どうします?」
狂騒の後に残されたのは、困惑した俺たちと――
「おい、ジューダスはいるか!? 聖マンゴの予約が取れたぞ! 今すぐだ! 支度をしろ!」
――意気揚々と広間のドアを開け、入ってきたマッド‐アイだけだった。