ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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ギルデロイによる福音書

 ムーディに有無を言わさずにむんずと腕を掴まれた俺とミカエラは、姿現しで聖マンゴ魔法疾患傷害病院へと連行された。レインやグリムが何かをいっていた気がするが、よく聞き取れなかった。

 

 病院に入ると、待ち受けていた癒者の集団に包囲された。その中の一人が、しげしげとこちらを見下ろしながらマッドーアイにいった。

 

「こんにちはミスター・ムーディ。この子が例の?」

「そうだ。今のところは安定しているが油断ならん。隅々まで検査してくれ」

「かしこまりました」

 

 青い目をぎらつかせて周囲を見回しながら、ムーディは俺の背中を力強く押した。

 

「さあ、ビショップ。準備は万事調えた。行ってこい」

「しっかりとお勤めを果たしてこいよ。それまでオレがシャバは守っといてやっから」

 

 ムーディの隣に浮かんでいるミカエラが、ニカッと笑って親指を立てた。

 がっしりと彼女の賢者の石セーターを掴むムーディ。

 

「何をいっている? お前も受けるんだ」

「そうは問屋が卸すかよ! っておい離せ! 服が伸びちゃうだろ!」

「知るかたわけ! 神妙にせんか!」

「アホジューダスが勝手にした約束のツケをなんでオレも払わなきゃなんねえんだよバーカ! なめくじ食らえ!」

「そんなこけおどし利かんわ!」

 

 ムーディは呪いを避け続けながらミカエラが飛び去るのを阻む。その形相は鬼といっても過言ではなかった。実際、癒者の人たちは結構引いていた。

 

 ミカエラは突然、窓ガラスの外を向いて指を指した。

 

「ア、シリウス・ブラック」

「何? ああ、しまった! あの小娘め! カマをかけたな!」

 

 日頃から用心に用心を重ねていたのが祟り、一瞬だけムーディは注意を外に逸らしてしまった。ミカエラに対してそれは命取りだ。その間隙を突いて黒髪の少女は素早く呪縛から逃れ、ついでにあっかんべえをしてムーディに最大級の敬意を示すと、明後日の方向に飛び去ってしまった。癒者にナメクジの呪いを直してもらうやいなや、ムーディはその後を追って聖マンゴを飛び出していった。

 

 後に残された俺と癒者たちは顔を見合わせた。

 

「そ、それでは検査をしましょうか」

 

 

 

 検査は日が沈むまで続いた。どのようなことをしたのかを挙げだすときりがないが、1つわかったことがある。それは、ムーディは癒者の人たちに向かって、俺のことをとんでもない重病人として説明していたことだ。

 

 確かに、あと数年で死ぬことがほぼ確定してるオブスキュリアルとやらはがちのまじでやばい状態なんだろう。だからといっても、まるで危険物を扱うかのように接してくるのはやめて欲しかった。孤児院時代の遠巻きにされる感覚と似ているから。

 

 当然、そんな調子なので友達を作るなんて不可能だった。というか、オブスキュリアルだと診断されたらずっとこの生活が続くの? 友達を作れないし会えないなんて耐えられない。もしそうなったらごめんだけどオブスキュラス暴走させて無理矢理ホグワーツに帰るよ?

 

 ミカエラとムーディの鬼ごっこは、ムーディの勝ちで終わったようだった。ただ、捕まえるまでに時間をかけすぎた。息を上がらせてミカエラの首根っこを持ったムーディがやって来た頃には、一通りの検査が終了していた。

 

 癒者が検査結果の書かれた紙に目を走らせながら口を開いた。

 

「ムーディさん、お孫さんの検査が終わりましたよ」

「ビショップは赤の他人だ。それで? 結果はどうだった?」

「失礼しました。端的に申し上げますと、彼はオブスキュリアルではありません。他の魔法疾患も調べられるだけ調べましたが、何も異常は見つかりませんでした。少し発育は遅れていますが健康そのものです」

「なんだと? 本当にちゃんと検査したのか?」

 

 癒者に詰め寄るムーディ。癒者は顔を引きつらせながら弁明した。

 

「ええ、現在の癒学でできる限界までくまなくやりましたよ。これ以上となると、魂を調べなきゃいけません。それはもう神秘部の領域ですので……」

 

 ようやく解放されたミカエラが、首を回してえげつない音を出した。

 

「残念だったなァ、マッドーアイ。何時間も鬼ごっこ。病を見つけず何も得ず。しまいにゃしまいにゃバカ扱い。誇大妄想のバカ扱い。それらを払拭せず帰る。実に空虚じゃありゃせんか? 人生空虚じゃありゃせんか?」

 

 やめやめろ。

 これ以上マッドーアイを刺激して何になるんだよ。本当に。

 

 案の定、ムーディの次の標的はミカエラになった。俺を挟んで言葉のドッチボールをするのはやめてください。

 

「大体、お前が逃げ出さなければこんな結果にはならんかったのだ! 病魔の根本の原因はお前だからな!」

「あれれれェ~? 伝説の闇祓いが責任転嫁ァ? それはデスイーターの専売特許じゃなかったかァ?」

「その手には乗らん! 今日はもう遅いから後日改めてお前をここに連れてきてやる!」

「誰が素直に行ってやるかよ。バーカバーカ!」

 

 癒者が冷や汗をかきながら俺に耳打ちしてきた。

 

「長年の戦いのせいで警戒心がおかしくなってしまったとは聞いていたが、まさかここまでとは……。君も大変だな……」

「あ、あはは……」

 

 あ、これミカエラのこと信じていないやつだ。哀れムーディ。ここまで色々と手を焼いてくれたのに……。

 

 なんとなくいたたまれなくなったので、俺はこっそりと部屋を抜け出した。喧嘩してる人たちは見たくないしね。

 

 薄暗い病院の廊下を静かに歩いていると、何かが出てきそうでわくわくしてくる。人狼でも吸血鬼でも何でもどんと来いだ。みんなまとめて友達になってやる。

 

 そんなことを考えていたからだろうか。にわかに開いた扉の方を見ると、そこには懐かしい顔があった。

 

「おや? ジューダス? その顔はジューダスじゃないか? どうしてこんな所に?」

「あはは、お久しぶりです。先生」

 

 ロックハートがなぜここに? と一瞬思ったが、そういえば記憶を失って入院していたんだった。じゃあなんで俺のこと覚えてんだ?

 

「こんなところで立ち話も良くない。私の部屋で話そう」

 

 言われるがままにロックハートが開けた病室の中へと足を踏み入れる。そこは個室になっていて、中の物書き机の上には大量の本と紙束があった。

 

 ベッドに座るロックハートの対面のイスに腰掛けて口を開いた。

 

「自分はちょっとした健康診断があって来たんです。先生は記憶がお戻りになったんですか?」

「いや、記憶が戻ったというより、私の場合は君のことを知識として知っていたというのが正しいかな」

「それはどういう……?」

「これを見てくれ」

 

 そういって、にこやかにロックハートは数冊の本を取り出した。『ジューダス・ビショップと賢者の石』『秘密の部屋』そして書きかけの『クリフハンガーの聖人』……。

 

「なかなかの出来だろう? 実は結構好評でね。第一巻は重版したし、サイン会も計画されているところなんだ。特にここの作者の写真が……」

「犯人はお前かー!」

 

 反射的にロックハートにつかみかかる。ロックハートはぎょっとして俺の腕を押さえた。

 

「い、いきなり何をするんだ!?」

「勝手にあることないこと書きやがって! フィクションの皮を被っている分新聞よりもたちが悪い!」

「ちょっと待ってくれ! 説明! 説明するから!」

 

 しぶしぶ手を離して傾聴する姿勢を取る。ロックハートが無駄に爽やかな笑顔で語るところによれば、元々彼の人格は何者かに乗っ取られていたらしい。塗りつぶされていたといっても過言ではないという。そして、黒幕の駒として使われていたところを俺たちに助けられたらしい。

 

「だからジューダス、君は私の恩人なんだ」

「あれは勝手に自滅していたような気もするけど……。で、なんでこんな本を書くことにしたんですか?」

「とても親切な人にこうしたらお礼になると教えて貰ったんだよ。名前は確か……ダニエルだったかな」

「は?」

「彼はとても親切でね。記憶を失って右も左もわからない私に色々と世話を焼いてくれたんだ。この小説だって、彼のくれた資料がなきゃ書けなかった」

 

 ひらひらと振るロックハートの手帳を奪い取って確認すると、俺がホグワーツに入学してから今年のクリスマス休暇に入るまでの行動が事細かに纏められていた。明らかに監視していないと不可能なレベルだ。

 

「なんかおかしいとは思わなかったんですか?」

「いや? 逆にこんなに詳しく書かれているということは、君の同意の上だからだと思っていたよ」

「……今度ダニエルが来たら真っ先に通報してください。多分何らかの犯罪者なので」

「わかったよ」

「あと、もう俺を題材にした本は書かないでください。この書きかけの第三巻は燃やしますね」

「いやそれはちょっと……」

「ご理解いただきありがとうございます。インセンディオ」

「あああ私の傑作がああああ」

 

 灰になっていく原稿を未練がましく見つめるロックハートを尻目に、埃を被っていた箒とちりとりを持ってきて丁寧に燃えかすを集める。ついでに部屋の隅から隅までを掃除する。汚したら来たときの倍綺麗にするのが俺のモットーだ。

 

 その後はしばらくロックハートと架空の英雄譚を考える遊びをしていたが、途中でこっそり抜け出してきたことに気づいて急いで元の部屋に戻った。もちろん俺を探していたマッドーアイとミカエラの両方に完璧なコンビネーションの説教を食らった。ただまあ、あの本の犯人が誰かわかっただけでも大きな収穫だな。

 

 

 

 フォーリー邸につく頃には満月が南中していた。ムーディは俺たちを送り届けるとヘクターによろしくといって去っていった。

 しかし、そんな深夜になってもヘクターは寝ずに俺たちを待っていたらしく、いつものウサギ顔で出迎えてくれた。心配そうに俺の全身を嗅ぎながら、ヘクターはいった。

 

「アラスターから聞いたぞ。何か悪いところは見つかったか?」

「特には見つかりませんでした」

「それは良かった。全く、アラスターは闇祓いとしては非常に優秀だが、こういう日常的な事柄にも少々気を張りすぎるきらいがあるな。だいたい人格を持ったオブスキュラスなんて信じられん」

 

 まあ、信じられなかったとしても実際問題ミカエラがいるから……。

 

「ともかく、何事もなくて良かったわい。レインとグリムも大変心配していたから今1度顔を見せてやりなさい。グリムはおそらく床に就いただろうが、レインはわからぬからな」

 

 俺は首肯してヘクターの前を辞した。広い屋敷の廊下を歩いてレインの寝室に向かっていると、ミカエラが大きなあくびをしながらいった。

 

「オレは眠いからもう寝る。おやすみ」

「おすやみ~」

 

 レインの扉をノックしてみるが反応がない。もう寝てしまっているのだろうか? 諦めて自分の部屋に戻ろうとしていると、地下室に向かう階段から微かに光が漏れているのが見えた。

 

「レイン?」

 

 下から唸り声のようなものが聞こえてくる。それは階段を下りるにつれてどんどん大きくなっていった。ついに地下室の扉の前に辿り着いた。ノックをしてみるが反応はない。しかし、中からは何かを引き裂く音が聞こえてくる。ドアを押してみるが、鍵がかかっているようでびくともしない。中の音はみるみる大きくなった。ただならぬ雰囲気を感じ、俺は自分の髪の毛を変身術で針金にすると、普通にピッキングして解錠した。そこはアロホモラ使えよというミカエラの幻聴が聞こえるが気にしない。

 

 恐る恐るドアを開ける。そこにいたのは、毛むくじゃらの怪物だった。狼のようだが少し違う。病的な細さだ。

 

 その狼のようなものは、俺に気づくと飛びかかってきた。逃げる暇もなく壁に叩きつけられる。背中の痛みのあまり俺はうめいた。

 

 獣の呼気が吹きかけられる。ぎりぎりと肩に指が食い込んでいく。血走った満月色の瞳と目が合った。

 

「……レイン。ごめん、勝手に入ったのは謝るから。だからもうちょっとソフトに触ってくれない?」

 

 次第にその瞳の理性の光が宿っていく。狼レインは俺を認識すると素早く飛び退けた。そのままの勢いで引き裂かれた毛布の残骸に潜り込むと、小刻みに震えて出てこなくなってしまった。

 

「もしもし、レイン? 大丈夫?」

 

 多分大きく首を横に振るレイン。大丈夫じゃなさそう。

 ただ、今俺がこれ以上長居しても良くないことは確かだろう。そう判断して、一旦俺はここを去ることに決めた。

 

「うん、じゃあ俺出るから。鍵は閉めるから安心してね。えーと、それじゃ」

 

 

 

 翌朝、レインは自分の部屋から出てこなかった。ヘクターやグリムが声をかけても塞ぎ込んでしまってどうしようもないらしい。食事もセバスが部屋に運ぶまで何も食べなかったようだ。

 

 扉を2、3回叩く。返事はない。俺は静かに、けれどもはっきりと中にいるはとこに届くような清涼でいった。

 

「あー、レイン。昨日はごめんね。満月に何も考えないで部屋に入った俺が悪いし……。だから出てきてくれない? 面と向かって話がしたいんだ」

「…………ないです」

 

 蚊の鳴くような声が僅かながら聞こえてくる。俺は扉にぴったりと耳を貼り付けて叫んだ。

 

「ごめんもう1回いって! モールス信号でも良いから!」

「モールス……なんですって!? とにかく、あなたに会わせる顔がありません! 一瞬とはいえ、人狼の本能に吞まれて噛みそうになったんですから! 薬を飲んでいたのに!」

「だから俺は気にしてないって!」

「私が、自分を、許せないんです!」

 

 これは重症のようだ。こういう自責モードに入ってしまったレインはある意味で頑固だ。俺は一旦外に連れ出すのを諦めて、自室へ戻ることにした。

 

 途中でムーディに捕まってミカエラの居場所を問い質されたが、本当に知らないので知らぬ存ぜぬを貫き通したら10分ほど経ってようやっと解放してくれた。いや疑り深すぎるだろ。

 

 部屋に戻ると、当のミカエラが仰向けで俺のベッドの上に寝転んでメアリーから貰った『ジューダス・ビショップと秘密の部屋』を読んでいた。何か面白いシーンを読んでいるのか、けらけら笑っている。

 

「ミカエラ、マッドーアイが探してたよ」

 

 本から勢いよくこちらに視線を変えたミカエラが、目を大きく見開いた。

 

「まさかお前、居場所吐いちまったのか?」

「いわないよ。第一、ここにいるって知らなかったし」

 

 ほっとしたように胸をなで下ろし、本を腹の上に置くミカエラ。ハードカバーだからなかなか重いはずだが、気にも留めていない。

 

「次会ってもぜってえ黙ってろよ。あのギョロ目を撒くのクソ面倒だからな」

「もういっそのこと検査されちゃったら?」

 

 何の気なしにそういうと、ジト目のミカエラがすっと目の前に飛んでくる。何をするかと思えば、限界まで力を溜めてデコピンをしてきた。

 

「いった~っ!? 何するんだよ!?」

「お前がアホだとは知っちゃあいたが、ここまでとはな。このアホウドリの大アホ野郎」

「そこまでいう!?」

 

 黒髪に手を突っ込みひと思いにかいた後、ミカエラは俺の胸に人差し指を突きつけて、一語一語言い含めながらド突いてきた。

 

「いいか? オレが聖マンゴのウスノロどもに調べられるとする。そうしたら十中八九オブスキュラスって出るに決まってんだろ。遠くからお前のオブスキュリアルの特性封じ込めてようやく騙せたんだからよ。そしたらお前も俺も仲良く閉鎖病棟だ」

「いや、それは流石に……」

「そう思うよな? ところがどっこい可能性は0じゃねえ。しかも、問題はオレだけのもんじゃねえんだ。そんな危ねえ橋、誰が渡れっかよ」

 

 ミカエラもミカエラなりに考えてくれた上での逃走だったようだ。途端に俺は自分の脳天気さに顔が熱くなるのを感じた。

 

「そうだったんだ。てっきり俺はミカエラが単に病院嫌いなのかと」

「そんなことは、ぜってえに、ぜってえに、ぜってえにねえ!」

「本当に?」

「ねえったらねえよ! バカ! アホ! 友達0人!」

「友達第一号がそれいうなよ!」

「うっせえバーカ! とにかく、病院が嫌で逃げたわけじゃねえからな!」

「ここにいたか小娘! 今日こそは聖マンゴに行ってもらうぞ!」

「できるもんならやってみろってんだ!」

 

 逆に必死すぎて怪しいんだけど……。俺は顔を真っ赤にして喚く親友と、その声を聞きつけてやってきたムーディが仲良く連なって外に走って行く後ろ姿を見ながら、レインとどう接するか考えていたのだった。

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