ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
翌日から目まぐるしくも刺激的な授業が始まった。『変身術』の担当はマクゴナガル先生だった。マクゴナガルは予想通りの厳格な先生で、ふざけた生徒には二度とこの教室の敷居を跨がせないと言い切った。そんな中、マッチ棒を針に変える授業を受けたのだが、ハーマイオニーが僅かに変えられただけだった。ミカエラがクラス全員のマッチ棒を完璧に針に変えるという暴挙を俺が阻止できなかったら、マクゴナガルはハーマイオニーを褒めるよりも、犯人探しに躍起になっていたことだろう。
地下室で行われた『魔法薬学』は生き残った男の子の公開処刑と化した。スネイプ先生がハリー・ポッターに次々と質問をし、答えられないと嫌味を言うのだ。スネイプはスリザリン贔屓というロンの事前情報は大いに当たっていた。ただ俺の印象に残ったのは、その日授業で扱ったおできを治す薬のレシピではなく、出席確認でビショップと呼ぶときの苦虫を噛み潰したようなスネイプの顔とマルフォイの高笑いだった。
因みに『闇の魔術に対する防衛術』はクィレル先生の後頭部を眺めてたら終わってました。
清々しい朝の空気が肺に満ちる。忙しい毎日の束の間の休憩だ。大広間は、朝食を食べる生徒で埋まっていた。トーストに目玉焼きを載せながらネビルが言う。
「午後の授業って何だっけ?」
「確か『飛行訓練』だったと思う」
「も、もしも箒から落っこちて家に送り返されたらどうしよう。おばあちゃんに殺されちゃうよ」
「ハハハ、ネビルは心配性だな。友情パワーがあれば何とかなるって」
キョトンと首を傾げるネビル。友愛の真理を理解するにはまだまだ鍛錬が足りないようだ。後で教えてあげよう。机の下からぶっきらぼうな声がした。
「シーザードレッシング取ってくんね」
「ほい」
伸ばされた手にサッと小瓶を渡す。タイミングは完璧だ。少しして返却されたドレッシングを机の上に戻す。それをネビルが手に取りながら、不思議そうな目を向けた。
「さっきからテーブルの下でゴソゴソしてるけど……どうしたの?」
「ゴフッゴフ……!」
「大丈夫!?」
い、意外と鋭い。危うくオレンジジュースを向かい側のシェーマスにぶっかける所だった。ヒリヒリとした酸味が鼻を焼く。俺はハンカチで口元を拭いた。
「ちょっとむせただけだから、気にしないで。……そんなことよりあれ!」
俺の雑な話題そらしにネビルは反応してくれた。一緒に窓を見上げる。一斉にフクロウの軍勢が飛来している光景は圧巻だ。
「あれ? あのフクロウ……僕ん家のだ!」
一羽の茶色いフクロウがネビルの前に小包を落とした。ネビルは嬉しそうにそれを持つ。
「おばあちゃんからだ。入学プレゼントだって」
「開けてみたら?」
「そうするよ。……ああっ!」
小包にネビルが気を取られている隙に、ロングボトム家のフクロウがネビルの目玉焼きを掻っ攫った。ネビルが手を伸ばした時には、もう大広間へ羽ばたいてしまっている。
「ああ、僕の目玉焼きが……」
「俺のやつ食べる? ケチャップかけちゃってるけど」
「ごめんね。僕ウスターソース派なんだ」
異端者め。目玉焼きにはケチャップが至高。異論は認める。食べ終わったのかテーブルからミカエラが這い出た。この食事形態には慣れそうにない。
「ジューダスには郵便来ねえのか?」
「来たら嬉しいけどなー」
「ああそうか…………悪ィな」
「いいっていいって。俺には親友がいるし」
「あっそ、能天気なこった」
ミカエラはネビルの持った玉に視線を向けた。たった今小包から出てきたそれは、ネビルが強く握ると赤く光った。
「思い出し玉だよ。忘れたものがあると反応するんだけど……」
「何か忘れてる?」
「そうみたい……」
ネビルが忘れた何かを思い出そうとしている時、マルフォイがグリフィンドールのテーブルのそばに通りかかり、思い出し玉を引ったくった。ハーマイオニーの箒講座を聞き流していたハリーとロンが弾かれたように立ち上がる。俺もやってみたかったのでハリー達と肩を並べた。クラッブとゴイルがバキボキと拳を鳴らす。
「どうしたのですか?」
厄介事の気配を目ざとく見つけたマクゴナガルが割って入った。すかさずロンが言い募る。
「マルフォイがネビルの思い出し玉を取ったんです!」
「本当ですか? ミスターマルフォイ」
「見てただけですよ」
マルフォイはそう言うと、思い出し玉をネビルに押し付けた。劣勢を悟ったのか、クラッブとゴイルを引き連れて蛇のようにスルスルと生徒の群れに紛れる。ミカエラが心底残念そうに言った。
「ちぇっ、つまんねーの」
その時、ほとんどのフクロウが引き揚げているさなかに、左目に傷跡のあるメンフクロウが降り立った。足にはネビルよりも小さい小包と手紙が括り付けられている。
「ゑ? よもや、よもや我への文なりや?」
「昂りすぎて口調おかしくなってるぞ」
指先が震える。冷え性でもないのに、血が止まったかのように冷たい。間違いない、俺は緊張している。
「こここここういう時は深呼吸だ。スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!」
「それは過呼吸だ不審者。あとクィレル以上に吃りが酷いぞ」
「あ、開けるよ。開けちゃうかんな!」
鎮まれ俺の右手! 開封したくてもできないだろうが。辿々しく、しかし細心の注意を払って包みを解く。周りにグリフィンドール生が集まっている気がするが、構わずに手紙を読んだ。
『ジューダス・ビショップへ
入学おめでとう。わしがお前を見たのは10年以上前だから、今はさぞかし凛々しく成長していることだろう。いつか会う機会があれば、色々と話を聞かせてほしい。ホグワーツは楽しいことで溢れているが、いつ闇の魔術に侵されるかわからぬ。よく学び、力をつけろ。油断大敵!
アラスター・ムーディより
追伸――生前、お前の父親に託されたロザリオを同封しておく。強力な魂保護の呪文が刻まれているようだから肌身離さず着けるように。』
封筒から銀の十字架のネックレスを取り出す。朝日に照らされたロザリオは、俺の心と同じでキラリと輝いていた。首から下げると、洗礼を受けた気分だ。
「やったー! 初プレゼントだ!」
「良かったね。差出人は……アラスター・ムーディ?」
手紙を覗き込んでいたハリーが言った。その声色には嫉妬が混ざっている。そういえばハリーも孤児だったな。その発言を聞いたハーマイオニーが目を丸くした。
「ジューダス、あなたマッド-アイ・ムーディーから手紙を貰ったの!?」
「そうだけどなんか凄い人なの?」
「史上最も優秀な闇祓いの一人よ! 魔法史や闇の魔術に対する防衛術の教科書にも載っているわ!」
「ごめん。俺はそんな隅々まで教科書読んでないんだ」
ロンやネビルも読んでいないのか、しきりに頷いている。安心した、マイノリティなのはグレンジャー女史のようだ。俺は改めて手紙を読み直すと、感慨深く言った。
「にしても、俺この人と面識ないんだよなあ。文脈から察するに父さんと知り合いっぽいけど」
思い出し玉を大事にしまったネビルが、おずおずと口を開いた。
「もしかしてだけど、ジューダスのお父さんってダニエル・ビショップさんだったりする?」
「俺はそう聞いてるけど」
瞬間、沈黙の帳が降りた。この状況をフランス語では『天使が通る』というらしい。
「どういう反応? ダニエル・ビショップって実は死喰い人なの?」
ロンが慌てて否定した。手をブンブン横に振っている。
「違う違う! むしろ逆だよ! 君のお父さんは例のあの人に表立って対抗していた一人だって僕の父さんが言ってた!」
ますます腑に落ちない。俺が疑問符を大量に浮かべていると、フレッドとジョージがニヤニヤしながらやって来た。
「ロンの言う通りだ。ダニエル・ビショップは例のあの人も手こずらせる程の『十字狂徒』だった」
「死喰い人に隣人愛を説いた話は傑作だぜ? 一説ではベラトリックス・レストレンジの腹筋に磔の呪文をかけるためだったらしい」
ひょっとして俺の親父は黄色い救急車に運ばれなきゃいけない人なんじゃなかろうか。そうとしか考えられない。
「いずれにせよ、ダニエル・ビショップは闇の魔術に最も縁遠い人だった。『神』に誓ってもいい」
双子のどっちかが、そう締めくくった。メンフクロウは知らぬ間にいなくなっていた。
午後の飛行訓練は中庭集合だった。スリザリンとの合同授業だ。鷹のような目をしたマダム・フーチが生徒たちを整列させる。
「さあみなさん箒のそばに立って。やり方はこうです。手を翳して、そして『上がれ!』と言う」
生徒たちが上がれ! と口々に叫んだ。朝食の席でクィディッチ自慢をしていたマルフォイや、父親がクィディッチ選手だったらしいハリーはすぐに成功している。
「上がれ! あれ? おかしいな。上がれ!」
俺のボロい箒は上がれ! に反応して震えるのだが、何か大きな力に押さえつけられたように上がらないのだ。授業はどんどん進行する。
「では次にまたがって。そして軽く地面を蹴ってください。軽くですよ軽く」
何度言っても箒は言うことを聞かない。それどころか地面にめり込んでいってるように思える。ミカエラが不機嫌そうに言い放った。
「ジューダスに箒の才能はねえんじゃねえか」
「な、何だと。俺はどうやって空を飛んだらいいんだ……」
「それは、しょうがねえからこないだみたくオレが運んでやるよ」
「いや申し訳ないって」
ミカエラに頼り切りも良くない気がする。『友人とは互いに支え合うものである――ジューダス・ビショップ。』全く、格言が溢れ出るのも考えものだな。
「う、うわああっ!」
そんなことを考えていると早速友人に危機が訪れた。ネビルが高く飛び上がりすぎてしまったのだ。
「助けなきゃ! アクシオ――ネビルよ来い!」
しかし俺の貧弱な呼び寄せ呪文は軌道を少しズラシただけだった。ネビルが城の窓に激突する。
「大丈夫ですかミスターロングボトム! みなさん、私はロングボトムの様子を見に行くので、ここで待っていてください。くれぐれも箒に触らないように」
マダム・フーチはそう言って駆け込んでいった。咄嗟に俺が声をかける。
「先生! 俺も行かせてください!」
「いいでしょう。医務室に運ぶ場合は手伝いなさい」
果たして、ネビルは三階廊下で倒れていた。左腕がガラスでズタズタで、即席で担架を作って医務室に搬送した。マダム・ポンフリーによると、命に別条はないそうだ。あと、戻ってきたらハリー・ポッターがグリフィンドールのシーカーになってたのはまた別の話。