さて、産まれてどのくらいの日数が経ったかなんて覚えていないが、世話してくれてる牧場の人たちの話を聞く限り約半年ほど。今日も今日とて様子を見に来た世話係の八代という名のおっさん。特徴は小太りしているその体型。おめーの助手の益城みてーに爽やかイケメン目指して痩せろ!
おう、今日も朝一でわいの様子見に来たんか?暇な奴やな。
てか、早くここから出してくんない?鍵持っとらんのか?ここじゃすることないんよ。な、いいだろ?先っちょ、先っちょだけだから!
「あっ、こら!」
八代のおっさんが腰にかけていた鍵を鼻先でツンツンと押し込みながらここから早く出せよと念を送る。しかし、鍵の返答は無情だった。
あ、痛ぇ!鼻の穴に鍵が入った!抜いてくれ!
「バカだなぁ、お前は」
いってぇ……!あん?俺は元人間ぞ?馬房の鍵がどれかくらい分かるんやぞ!頭いいんだぞ!
嘶きながら馬房の鍵を探して口で挟んで鍵穴に入れて舌で回す。カチャリと音がしたらヒャァァホォォォォウ!
「ウッソだろお前!」
ウォーミングアップ代わりに助走をつけて跳んで脱柵する。そのまま、牧場をパッパカ出て阿蘇の草原を腹の出ているおっさんが全力で走ってギリギリ追いつけないスピードでパッパカ走る。
やはり俺は優しいウッマなのだ。おっさんのダイエットに自ら付き合っているのだからな!
しかし、少し走ったところでドタドタと走る音が聞こえなくなった。なんでやと思って振り向けば、遠くで倒れているのを発見。おいおい、まだ走って200mくらいやぞ。何をダレてんだよ。
今日は大観峰まで行くつもりだからな!3kmくらいしか離れてねえんだから、おめえも少しは運動しろ!
「ま、待て……!」
終始そんな感じで歩を進める中、1時間ほどかけておっさんは息を切らしながら大観峰まで着いてきた。
ナイスガッツ!そう褒めるようにふんすふんすお腹に鼻先を押し当てる。知ってたか?脂肪が燃焼し始めるのは、動き続けて20分経過してからだ。つまり、君は40分脂肪を燃焼させたんだ!その調子で早く痩せろよな、デブ!あ、あと帰りもあるから体力回復させとけよ!(鬼畜)
「はぁ……!はぁ……!すまんが、休憩してくるぞ……!」
息を切らし、毎度の如く社長へ連絡して休憩の許可を貰った。さすがに、勤務中だから連絡は大事。大観峰の喫茶で一息つくことになった八代をほっといて俺は展望台続く道小走りでパッパカパッパカ。以前よりかなり多くなった観光客などが俺の姿を見て「かわいい~」などと言っているのを尻目に坂を登る。
1番上まで着くと視界は一気に開けた。目の前には、『大観峰』と書かれた大きな石の看板。その奥には阿蘇カルデラを始め、九重連山、阿蘇五岳が視界に映った。
今日も異常はなし。暦上秋に入っている。特に最近は寒くなってきて乾燥してきたのもあってか、空気が澄んでいることの方が多い。ここからの光景も既にこの半年の間に100回は見ただろうか。なのに未だに飽きがこない。毎日違う様相を見せてくれる。まあ、100回は見てるのにいつも通りバテバテな八代に思うところはあるが。
夕日が沈む時間が加速する今日この頃。ぼーっと眺めていたためか、度々ここに来ることになった経緯を思い出していた。
第2レース 決意
それは俺が産まれた数日後の事だった。残念なことに母馬はその数日後に他界した。前世が人で、親と18年過ごして大学に入学して4年一人暮らしした俺にとっては瞬きに等しい時間だった。まあ、その1年後に就職した会社はまっくろくろすけも驚くほどの環境だった。今思い返せば、俺が
それはともかく、今生における母親とは交わした言葉も圧倒的に少ない。それでも、彼女は俺を愛してくれたのだ。最後の最後まで。
だからだろうか。この体は悲しいらしい。この心は痛むらしい。俺は泣いた。それはもう泣いた。前世で親父が、お袋が死んだ時と同じくらいに。
時間は明け方。まだ、太陽が前世のくそ部長の如く光る頭頂部を出してもいない時間帯だった。人の時とは違い、寝て起きてを繰り返すこと数度目。母馬が息をしておらず、慌てて起こそうと身体を揺するも反応はなし。俺は大きく数度嘶くと、隣の馬房も騒がしくなる。俺たちの声を聞いて職員たちがなんだとなんだと飛び出てきた。
俺の隣で横になってピクリとも動かない母馬を見ると、職員たちはすぐにキビキビと動きだした。心配する俺はずっと母馬と職員たちの周りをウロウロと歩くしかできなかった。
数分後、そこでようやく息を引き取っていることが判明。そこで箍を外したように悲しみ溢れ出してきた。
翌日のことである。牧場にいる他の馬や八代のおっさんたちが話していたことから母馬について多くのことを知った。
どうやら、日本競馬が始まった頃からの血を引いているようで今では、地方競馬で競走馬をしていたようだった。
そこで俺はこの牧場は競走馬の生産牧場だと知った。そして俺もそのつもりで育てていることも。
それから少し塞ぎ込んでいたが、八代のおっちゃんと益城のくっそイケメンが俺を阿蘇大観峰まで連れ出してくれた。
憂いが吹き飛ぶ、その言葉を前世含めて初めて体感した瞬間だった。
母馬もこの景色をよく見ていたそうだ。母馬がこの景色を見て何を感じていたかは分からないが、ここにいれば少し近づけた気がする。その思いを知れる気がする。
それに、俺自身ここまで力を貰えるとは思っていなかった。まさにパワースポットというものだろう。今なら、心の底で溜まっているトラウマに似た何かを拭えるかもしれない。
それから意識して数秒目の前の景色を目に、脳裏に、心の奥に焼き付ける。
登ってきた朝日を背に八代と益城へと振り返る。どうやら、俺を見て固まっている模様。
「は、ははは……。ホント、お前はなんなんだろうな。特にそのプレッシャーは」
「……ミカは強い馬になるんでしょうね。超える山は沢山ありそうですが」
両者ともに苦笑いを浮かべている。あん、なんかあったか?てか、飯食ってねえだろ。早く帰って飯食うぞ〜。
「あ、こら!服を噛むなよ!」
「うわわわ、尻尾で叩かないでよ!」
いいからはやく帰るぞー。
⿴⿻⿸
うーん、太陽が上がってきたな。観光客も俺を後ろからパシャパシャとってるし。あ、てか、初めて会った時からいつも見に来てる若者たちもいる。
なんて俺はハチャメチャの動きをしながら写真を撮ろうとする邪魔をする。やはりというか、動いたー!だの聞こえてくるが知ったことか。
それから俺は動いてから騒いだ連中のところに寄っていく。撮っていただろうカメラに顔を近づけて覗いてみる。写真は……と、よし!ブレブレやな!ほなまた。どうして負けたか次来る時までに考えとけよ!
そんな感じで観光客とじゃれていたところに
「たく、あれから毎日毎日ここに来て。調教始まったらどうするんだ?」
あん?来るに決まってんだろ!抜け出して!
「……なーんか良くないこと考えてたか?」
いや、何も。(すっとぼけ)
それより、景色見てて聞きたいことが出来たんやが。どうして
……
「ミカ、どうした急に!」
産まれたら馬だった。このフレーズ気に入ってしまった……。