閲覧注意。
俺の名前はルーディア・グレイラット。
TSというおまけ付きで異世界転生した、元ヒキニートのプリティガールだ。
当初こそ心と身体の性差に難儀したものだが、10年も経てば折り合いの付け方も分かってくる。
教え子にして幼馴染のエリオットから受けるセクハラをそつなく流しながら、魔大陸の旅路を進んでいた。
同行人はルイジェルド。転移してからすぐ、子供好きの彼に拾われたのは僥倖だった。
ルイジェルドは俺たちを護り、俺たちはスペルド族の汚名を晴らす手伝いをすることでルイジェルドを助ける。
今後の方針も決まり、俺たち3人はリカリスの街を目指していた。
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スペルド族は恐怖の象徴。
そんな彼でも街中で活動できるようにするため、まずは変装として髪を染めて貰おうと、市場で染料を探している時だった。
「むぐ……っ!?」
目ぼしい店を見つけたからと、エリオットたちと少し離れたのが良くなかった。不意を突かれて、俺は声を上げる間も無く2人組の柄の悪い男たちに路地裏へと引き摺り込まれてしまったのだ。
奇しくも、エリオットと出会って間もない頃に画策した自作自演を、追体験する形だ。
あの時は、誘拐犯に捕まっても魔術を駆使して自力で振り解くことができたし、助けに来てくれたギレーヌのお陰でなんとか切り抜けることができた。
しかし今は、どういうわけかうまく魔術が扱えない。
転移してからここ数日、どうにも身体の倦怠感が続いていたのと関係あるのだろうか。
とにかく今は、俺の両腕を乱暴に押さえつける男たちを蹴散らすことが出来ないでいた。いつもなら、こんな奴らくらい圧倒できるはずなのに……。
流れるような手際で掛けられた猿轡のせいで、助けを呼ぶことさえ出来なかった。
くそ、こいつら手慣れてやがる。
魔術の不調に気が動転しているうちに、男たちは複雑な路地裏を素早く移動して、あっという間に表通りから離れた場所へと連れ去られてしまった。
到着したのは廃屋。
見るからにゴロツキの根城ですと言わんばかりの建物だった。
手心を加えるつもりなど毛頭ない力で、俺はあっという間に両腕両脚を拘束されてしまった。拘束が終わると、埃っぽい床へと粗雑に投げ捨てられた。
痛い。
硬い地面に打ち付けられ、くぐもった声が漏れ出る。
「へへ……人族の貴族令嬢たぁ珍しい。
ちっと幼いが上玉だ。
何でこんなとこに居んのかは知らねえが、
売り飛ばす前に楽しませて貰うぜ」
「俺はこんくらいの方が好みだぜ。先にやらせろよ」
そんな下衆い会話をするのは、おそらく魔族の男二人。
トカゲのような顔の男と、イボガエルのような顔の男だ。
服装がこの辺りでは見ない上等なものだったからだろう、トカゲ男は俺を良いとこの子女だとアタリをつけたらしかった。
実際は貴族の家から出奔した男の愛娘なのだが、そんなのは誤差の範囲だろう。
人攫いは魔大陸でも横行か。
流石はこの世界で最もポピュラーな犯罪だ。
「しっかし護衛の奴らも間抜けだよなぁ、あんな人混みですぐ目を離すなんてよ。
ま、お陰でオイシイ目にあえるんだから感謝しねぇとな?」
言いながらカエル頭の魔族が近づいて、嫌悪感を感じるには充分な程ニヤけた視線を向ける。そのまましゃがんだかと思うと、俺の顎をくいっと持ち上げて顔を近づけて来た。
種族の特性なのだろうか、湿り気のある手がぬとっとしているのも相まって、息が掛かるほどの距離で見つめられるのは気持ちが悪くて仕方なかった。
意識せずとも、不快さに自分の顔が引き攣るのがわかった。
「おーおー、震えちゃって。こいつ怖がってるぜ」
「そりゃお前の顔なんか間近で見たら、人族のガキならそうなるだろ」
「違えねえ。ま、そうやって怯えてるのがイイ訳だが」
言いながら、カエル男は口を開けると、
見せつけるかのように長い舌を伸ばして、
楽しそうに、
唾液に塗れた汚いそれで、
俺の顔を、
舐めた。
べちゃり。
生暖かく濡れた感覚が頬に触れると、耐え難い怖気が全身を走った。
「ひっ……!」
気持ち悪い。
きもちわるい……きもちわるい!
「んー! んんー!!」
俺の悲鳴を聞いて、カエル男は満足そうに頷いた。
「んじゃ、早いとこ頂いちまうか。俺が先で良いよな?」
「ああ、今回は譲ってやるよ。その代わり、分け前は多めに寄越せよ」
男たちは何かを話し合うと、カエル男は徐にズボンをずり下ろし、衣服を脱ぎ始めた。ああ、脚までカエルっぽくぬらぬらテカってやがる。
そんなどうでも良いことに気が付きながら、俺は前世でやっていた陵辱系のエロゲーを思い出していた。
女キャラの尊厳を踏みにじり、無理やり屈服させて、辱めを与えていくゲーム。
当時は、そりゃあもちろん、実在の人間相手にやるわけではないのだし、何より画面越しに起こる架空の出来事だ。俺はひとしきり、そういう楽しみ方をするものなのだと言わんばかりにキャラクターたちを好き勝手に弄んで、快楽の肴にしていた。
当時は罪悪感なんて当然なく、ことが終わればすぐに別の娯楽にシフトするのが当たり前だった。自分を否定する、辛い現実なんかにはちょっとでも目を向けたくなかったから。
きっと、この男たちはこれからそれと同じことを俺にする。
そう
「おっと、お楽しみの前にコイツを外してやらねえと。
ここならいくら叫んでも誰も来ねえからよ、いっぱい鳴いてくれや」
雑な手つきで猿轡が外された。
無駄とは思いつつも、偶然誰かが近くにいる可能性にかけて、力一杯叫ぶ。
「ぷはっ……や、やめてください!
助けて! 誰かっ!!」
「叫んでも無駄だっつの……まあいいか。
んじゃ、失礼して……」
男が、俺の衣服に手を掛けた。
腰のベルトを外して、ショートパンツをずり下ろし、
露わになった下着にも手を掛ける。
「……離せっ、離せよぉっ……!!」
既に、誰かに助けを求めるためという意識はなかった。
ただ、目の前の恐怖に抗うために、
出せる力の全力を振り絞って、
俺は叫び、
暴れて抵抗した。
すると、運が良かったのか悪かったのか。
放り投げた両脚が、カエル男の鳩尾にクリーンヒットして、男はその場に蹲った。
「ぐおぉ……て、てめえクソガキ! ふざけんな!!」
そう毒づくと、カエル男は徐に立ち上がって蹴りを喰らわせてきた。
二度、三度。
顔は狙われなかったが、身動きできず、防御姿勢も取れないのでは、たまったものでは無かった。
「うぐぅぅ……」
「だせえな、何してんだよ。
おら、抑えといてやるからさっさと済ませろ」
トカゲ男が両肩を膝で押さえつけ、無理やり背中を地面に付けられる。
そして、腰の辺りを体重を乗せて押さえつけられて、俺は身じろぎ一つ出来なくなってしまった。
「あ……あ……」
しらなかった。
女というのは、こんなにも踏み躙られるものなのか。
男というのは、こんなにも恐い存在だったのか。
……生前、ちょっとしたイタズラのつもりで、風呂に入れてやった時に姪の裸の写真を撮ったことがあった。
それからしばらくして、両親が死に、葬式をしていた中、俺はその写真を「使って」最低なことをしていた。
あの時部屋に入ってきた兄貴は、それを見て怒った。
時には引きこもる俺を励まして、最後まで何とかしようとしてくれていた兄貴が、見たこともないほどの怒りを俺にぶつけてきたのだ。
あれは、たぶん、自分の娘に対して、
俺がそういう行為に及ぶんじゃないかと危惧したからだ。
今ならわかる。
こんなに怖い、醜い欲望を、自分の大切にしている存在に向けられたらどう思うのか。
俺には娘なんていた事はない。
けれど、例えば、ブエナ村で俺に懐いてくれたシルフィエット。
同い年だけれど、妹のようであり、娘のようにさえ思った初めての友達。
もしも彼女がこんな目に会おうものなら、俺は全力で下手人を潰すことだけを考えるだろう。
……これが、あの時の兄貴の気持ちか。
謝りたい。
今からじゃどうにも出来ないし、手遅れであるのに違いない。
それでも俺は、どうしようもなく、
兄貴に謝りたいと思った。
--- エリオット視点 ---
髪色を変えるだなんて、俺はそれが出来ることさえ知らなかった。
俺にも、そしてルイジェルドにも思い付かなかったことを考えつくのだから、やっぱりルーディアはすごいと思った。
魔大陸の街は、ロアの街とは様子が違っていた。
見たことのない見た目の種族しか居なかったし、言葉も違う。
最初はそんな場所に少し気後れしてしまったが、ルーディアは流石で、俺には分からない言葉を駆使して店主に色々と聞いて回っていた。
初めての土地で、ルーディアだって分からない事はあるはずなのに、全然ためらう様子なんてなかった。
やっぱりルーディアはすごい。
そんな姿を見て、せめて俺も何か役に立ちたいと、ルイジェルドの髪を染めるものを探そうとした。
けど、髪を染める道具が、どんなものか。
使ったことはおろか、見たことも聞いたことも無い俺には探すことさえ出来なかった。
「エリオット。ルーディアはどこに行った?」
何も出来ないことに困りながら立ち尽くしていると、ルイジェルドに肩を叩かれた。
気づけば、さっきまですぐそこにいたルーディアの姿は無くなっていた。
この通りは人が多いから、はぐれてしまったのだろうか?
「分からない。
たぶん、もうすぐ染料? とかいうのを買って戻ってくるんじゃないか?」
「そうか……ではここで待つとしよう」
「そうだな」
きっとルーディアのことだ。
とっくに目当てのものは見つけて、いつかみたいに物の値段を調べたりしているのかもしれない。
あるいは、ミグルド族からもらったお金を少しでも節約するために、値切りの交渉でもしてるんじゃないだろうか。
そう思って、俺はルイジェルドと並び立って、ルーディアが戻ってくるのを待つことにした。
しかしすぐに、ルイジェルドが怪訝そうな顔で眉根を寄せた。
「……む、おかしいな。
ルーディアの気配が見えん」
「そりゃあ、こんだけ人が居たら見失っても仕方ないんじゃないのか?」
「いいや、そこに何人居ようが関係ない。
俺にはわかる」
そう言って、ルイジェルドは髪をかき上げようとして、
今はルーディアが土魔術で作り出した被り物をしていることに気が付いたようだった。ともかく、被り物をしていてもルイジェルドには見えるはずのルーディアが、今は見えない。
「……着いて来い、エリオット」
「え? ちょっ、ここで待つんじゃないのか?」
「ルーディアが心配だ。
人攫いに遭ったのかもしれん」
「人攫いって……ルーディアは強いんだ!
そんなの自分で倒せるぞ!」
「仮にそうだとしても、探さない理由にはならん。
それに、ルーディアは魔術の調子がおかしいと言っていた。
不覚をとっても不思議ではない」
言っていただろうか、そんなこと。
ルーディアは、俺の目にはいつも通りに見えていたのに。
でも、ルイジェルドの言うことももっともだ。
俺はルイジェルドに着いて行き、ルーディアを探し始めることにした。
---
「見ろ。
ここに争った形跡がある。
子供の足跡と……大人の男2人だ」
ルイジェルドは程なくして、薄暗い裏通りに通じている路地に何かを見つけたようだった。
見ろと言われたって、俺には何の痕跡も分からない。
でも、彼がそう言うのならそこには何かがあるのだろう。
「……そうだな」
「痕跡を追うぞ」
「わかった!」
その後も、ルイジェルドは複雑な路地裏を、何かの目印を見つける度に曲がったり、曲がらなかったりして、すいすいと進んでいった。
俺には何も分からなかったが、表通りから遠ざかるにつれて暗い雰囲気になっていく辺りを見て、妙な胸騒ぎがした。
少しすると、細い路地から開けた場所に出た。
そこにはボロボロになった家があるだけで、他には何もない。
ここにくるまで、随分と分かりづらい道を進んできた。
こんなところに用があるのは、隠れ家として使う犯罪者くらいじゃないだろうか。
例えば、人攫いとか……。
「てめえクソガキ! ふざけんな!!」
唐突に、家の中から乱暴な男の声が聞こえてきた。
……まさか、本当に!
そう思った時には、既にルイジェルドが槍を構えて扉を壊そうとしているところだった。
慌てて後についていくと、既にルイジェルドは2人の魔族にとどめを刺しているところだった。
ルイジェルドが、壁に魔族ごと突き立ていた槍を引き抜くと、ドサリと重い音を立ててその魔族は死んだ。
人が死んだ。
しかし、そんなことよりも俺の目には、もっと見逃せない、許してはいけない光景が飛び込んできていた。
「無事か? ルーディア。……目を離してすまなかった」
腕と、脚。
身動きが取れないように縛られた上に、無理やり脱がされたような乱れ方をした服。
小刻みに震えるルーディアは、顔面を蒼白にして涙を流していた。
「!! ルーディアっ! 大丈夫なのか!」
居ても立っても居られずに、貰ったばかりの剣を抜いて、
ルーディアを縛る縄を切った。
「エリ、オット……ルイジェルドさん。
ご心配をお掛けして、すみません……」
ルーディアは、震えていた。
明らかに怯えているだろうに、そんなことを言った。
「ルーディア……」
「……正直、危なかったですが……お陰で間一髪、助かりました。
ありがとうございます、エリオット」
「……俺は、何も……」
できなかった。
探したのも、倒したのも、全部ルイジェルドのおかげだ。
しかし、声を震わせながらも、気丈に微笑むルーディアを見たら、俺には何も言えなかった。
何も言えずに、ただルーディアを抱きしめることしか出来なかった。
ふと、ルイジェルドの方を見ると、彼は俺を見下ろしていた。
「エリオット。
ルーディアは賢いが、まだ子供だ。
お前が守ってやれ」
言われなくても、そのつもりだ。
ルーディアのことは、俺が守るんだ。
---
場所を変え、休憩を挟むと、しおらしかったルーディアはすぐに調子を取り戻した。
さっきあんな目に合ったばかりだというのに、ルーディアは、本当にすごい。
もちろん、これからは彼女に頼りっきりになるのではなく、俺が守ってやることに変わりはないのだが、それでもルーディアにはまだまだ敵いそうにない。
「さて! 先程は心配を掛けてしまいましたが、もう大丈夫です!
切り替えていきましょうっ! まずはルイジェルドさんの髪染めからですね!」
「……ルーディア。無理はするな、子供は余計な気を遣わなくてもいい。
俺のことは後回しに────」
「シャラップルイジェルドさん!
私がまだ話してるでしょうが!」
「む……」
さしものルイジェルドも、ルーディア相手には敵わないらしい。
そのことに少しだけ安心しつつも、俺は彼女を守る決意を密かに固めたのだった。
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ルイジェルドの髪を染め終えると、ルーディアは思い出したかのように再び露店へと足を運んでいた。今度こそは目を離すまいと後をついていくと、彼女は一着のローブを購入したところだった。
「はい、エリオット。
これを着てください」
「なんだ、これ」
「フード付きのローブです。
あなたの髪は目立つので、変な輩に絡まれるかもしれません。これで隠すんです」
「……わかった」
ルーディアに従って渋々フードを着込みつつ、俺は言い返したい気持ちでいっぱいだった。
ついさっき自分が変な輩に絡まれておいて他人の心配とは、ルーディアは俺のことを何だと思っているんだろう。俺の方が歳上のはずなのに、弟くらいにしか見られていないような気がする。
それでも、ルイジェルドみたいに強い訳じゃないから、
何も言い返せなくて、何だか無性に悔しかった。
だから、せめてこうしよう。
「じゃあ、ルーディアはそっちのローブを着ろよ。
お前だって、顔を隠せるようにしないとダメだ」
ルーディアはすごく可愛い。
だからさっきもあんな連中に狙われたんだ。
これだけは、ルーディアが「でもお金掛かりますし……」とか言ってるが譲る訳にはいかない。
だから、ルーディアが持っていた財布を引ったくって、何とかお金の数を数えて間違えないように店主に手渡した。
ルーディアが「あっ、こら、何するんですか!」とか言っているが気にしない。
頑張って算術をできるようになっていて良かった。
「ほら」
「……もう、しょうがないですね……」
店主が苦笑いしながら渡してくれたローブを、どこか諦めた顔のルーディアにむりやり着させる。
せっかくだから、フードも持ち上げて被らせる。
すると、それは獣族のような耳がある種族向けだったのか、三角形の袋が2つ、頭の上に付いていた。
ルーディアもそのことに気がついたようで、頭の上の三角形を興味ありげに触っていた。
……これは。
「……どうですか? 似合いますか?」
似合っているに決まっている。
獣族の耳が生えたように見えるそのフードは、ルーディアにとてもよく似合っていた。
でも、あまりに似合っていて、可愛らしくて、
俺は言葉が出なくって────。
ルーディアがふと、何かに気が付いたかのように、
悪戯っぽく笑った。
唐突に、両手を猫の手のように丸めて、
腰を突き出してしなを作って、
首をあざとく傾けながら、
「ありがとニャん☆ 大切にするニャんっ☆」
俺は何も言えずに、本当に自分がルーディアを守っていけるのか……そう遠くないうちに我慢ができなくなってしまうのではないかと、自信がなくなってしまった。