閲覧注意。
「どうかこの戦士長ギュエスの首に免じて、一族のことは許して欲しい」
目の前で急に自決する武士みたいなことを言い出したギュエスに、私は焦った。
え? ほんとにやるの?
「父ちゃん!」
ミニトーナが泣きながら叫んだ。……この2人、親子だったのか。
自分の首に剣を当てる前に、ギュエスはミニトーナの方を見た。その顔は最後の別れを惜しむようで、娘の姿を目に焼き付けようとしているのがありありと伝わった。
だが、その目はすぐに閉じられた。
覚悟が決まったかのように、ぎゅっと固く、そして剣を持つ手の震えが止まって……。
!!!
「『エアバースト』!」
咄嗟に、ギュエスの剣を弾き飛ばした。
ギュエスのことは嫌いだが、ミニトーナが悲しむところは見たくないと思った。
それに、私のなんてことない一言で自殺されるなんて冗談じゃない。失言に気付かなかった私も悪いが、寝覚が悪すぎる。
ルイジェルドも責任取れって言ったんなら止めろよな……。
カランカランと、地面に落ちた剣が乾いた金属音を響かせた。
「な……ルーディア、殿……? 情けなど……」
「別にあなたのためじゃありません。……家族のことは、大切にしてあげてください」
「……! トーナ……」
そう言うと、ギュエスはミニトーナの方を見て、涙を流しながら崩れ落ちた。
駆け寄ってきたミニトーナが「父ちゃん、父ちゃん」と泣きながらギュエスに抱きついていて、ギュエスも抱きしめ返していた。
……うん。止めてよかった。
ふと、パウロのことを思い出す。
アイツは元気にしているだろうか。
かれこれ1年以上も音信不通だから、心配を掛けているだろうな。
そう思うと、無性にパウロの顔が見たくなった。
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最後まで謝り倒していた獣族の面々に、謝罪の意は十分伝わったので早く出発したい、道案内をして欲しいとお願いすると、渋い顔をされた。
聞けば、もうすぐ────明日にでも雨季の雨が降り始めるらしく、今から出発したのでは何もない所で身動きが取れなくなってしまうのだという。雨の匂いが強くなっているから間違いないのだそうだ。獣族の鼻ってのは便利なもんだね。
「最大限、身の回りのお世話をさせて頂きましょう」
族長だという老人、先程逆土下座を披露してくれた1人でもあるギュスターブにそう言われて、私たち3人は3ヶ月ほどをこの村で過ごす事になった。
3ヶ月間ずっと、獣族と一緒か……。
まあ、ミニトーナやテルセナもいる事だし、我慢しよう。
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村に留まる間、エリオットが森に張り巡らされた立体構造を珍しがったので一緒に歩いて回った。木々の間を縦横無尽に張り巡らされた通路は前世を含めても見たことがなかったので、私からしても歩いているだけで面白かった。
雨の中の散歩デートだな。
なぜか、ルイジェルドも苦笑しながらそれについてきたが……他にやる事も無いのだし、仕方ない。
村を歩けば、当然住人である獣族たちに遭遇する。
彼らは回覧板でも回されたのか、誰に会っても村の恩人として丁重に迎えられた。
行く先々でかしこまった挨拶をしてくれるし、たまに食べ物を貰うこともあった。その割に、住人たちは後ろめたい事があるかのように目を伏せていたのが気になると言えば気になるが、私も似たような対応をしてしまっているのでおあいこだ。
というのも、どうしても大人の獣族というだけで忌避感が先立ってしまって、エリオットやルイジェルドの背中に隠れてしまう癖が付いていたのだ。
冤罪のことではきちんと謝罪をもらったし、獣族ぜんぶが悪いわけでは無いというのはもちろん理解しているのだが、感情は別ということだろう。
こんな調子ではギレーヌと再会した時に支障が出てしまいそうなので早い所治しておきたいのだが、やはり時間に任せていくしか方法はなさそうだった。
そんな風に一週間程過ごしていたら、ある日、貸してもらった空き家にギュエスが訪ねてきた。
ギュエスは出会い頭に平身低頭で再び謝り、温情で自殺を止めてくれた事への礼を述べた後、今日も雨ですなぁ、不便なことはありませんかなどと世間話をし始めた。
ちょうど私以外の2人がそれぞれ出払っていたので、恐々としながら適当に相槌を打ってやり過ごそうとしていたのだが、ギュエスの世間話は中々終わらない。
何しにきたんだ、この人。
ルイジェルド殿の心意気には感銘を受けた、エリオット殿はあの若さでお強いですなぁなどと言われても、私としてはどっちでもいいから早く帰ってきてくれと不在の2人に念じるばかりだった。
そうして不毛な会話を続けていると、やがてギュエスは話題が尽きたのか、すごく気まずそうな顔をして黙ってしまった。
本当に何しにきたんだ?
「あの……それで、用件はなんですか?」
言外に「用がないなら帰って欲しい」という意思を込めて言ってみると、ギュエスはより一層気まずそうな顔をした。何なのよもう。
「じ、実は……その、ルーディア殿にこんなことを申し上げるのは、その、非常に、申し訳なく、言いづらいのですが……」
用件はあった。
ギュエスの言葉の通り、そりゃ私には言いづらいよなと納得する用件が。
どうやら私たちの行く先々で出会った村人たちが怯えているようなので、外出を少し控えてはくれないかということだった。
まあ、先に手を出されたが故の仕返しとはいえ、あれだけ6人をコテンパンにしたエリオットが居たらそりゃあ怖いに決まってる。ここは、私からエリオットにそれとなく伝えておこう。
そう思って返事をしたのだが、
「いえ……その……。エリオット殿では、なくてですね……。
あの、ルーディア殿が発しておられる、嫌悪の匂いが、強すぎるようでして。
ルーディア殿の使う魔術の恐ろしさは皆が分かっていますので、どうしてもその、身構えてしまうと言いますか……。あ、いや! 決して、ルーディア殿が我らに危害を加えるつもりなどない事は、よく存じております! しかし、住民の中には、賊どものせいで心に傷を負った者たちもおりますので……ここは、どうか、お耳に入れてはくださいませんでしょうか」
違った。私のせいだった。
そうか、出ちゃってたか、嫌悪の匂い。もちろんそんな匂いを出した覚えはないが……獣族は鼻が効く。そういうことも、あるのだろう。
「……今も出ていますか?」
「……ここで嘘をついても、気にされるでしょう。率直に言いますと、かなり強く……」
「そうですか」
「し、しかし、自分相手には仕方がないでしょう、しでかしたことを考えれば……。難しいことかとは思いますが……出来れば、そのお気持ちは、自分以外には向けないで頂く訳にはいかないでしょうか……」
それはできない。自分じゃその匂いを出してる自覚なんてないんだから。
「……わかりました。なるべく部屋からは出ないようにします」
「本当に、本当に申し訳ありません……。しかし自分はこの村を守る者ですので……。無論、必要な事があれば何なりとお申し付けてください。本当に申し訳ありません……」
こうして、私は家に引きこもることにした。
まあ、元々前世じゃプロのヒキニートだったし。
今世ではずっと頑張ってきたつもりだから、たまにはこうして昔を思い出すのも悪くないさ。そう、慣れっこさ。平気だよへいき。
「ぐすっ……」
ギュエスが帰った後、よく分からない涙が出てきた。
……こんなところ、2人には見せられないな。またギュエスが自殺する騒ぎになるだろうし。
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しかし、家から出ないとなると退屈だ。
なので最近あまり出来ていなかった人形制作に手をつけることにした。
久しぶりに無詠唱で土魔術を使い人形を作っていく。
何となく懐かしくなったので、今日はパウロをモデルにしてしてみた。普段一緒にいるルイジェルドと違って記憶を辿りながらなので、ちょっと難しい。
うん、やはり没頭できる趣味があるというのは良い。
旅の間は時間も取れなかったし、ちょうど良かったな。
そうして過ごしていると、エリオットたちが帰ってきた。なんでも、戦士団に助力を請われて大型の魔物の討伐に行っていたらしい。
嬉しそうに報告してくるエリオットにほんわかしながら、話を聞いていた。
すると、一通り話し終わったエリオットが私の手に持っているものに気が付いた。
「前に作ってたのと同じやつだよな? それは誰なんだ?」
「私の父様です。なんだか懐かしくなったので……」
「ふぅん、そっか。……寂しいのか?」
「まさか。ただ、ここ1年ほど音信不通になってしまっていますから、どうしてるのかな、と。大森林を抜けて街に着いたら、手紙を出してみるつもりです」
「そっか……早く会えるといいな」
「だからそんなんじゃありませんってば」
エリオットは何を勘違いしたのか、私がパウロに会いたがっていると思ったらしい。
誰があんなデリカシーのデの字もないオヤジに会いたいもんか。やだなもう。
そんな会話をして、その日は眠りについた。
何となく、いつもよりも良い夢を見れた気がする。
パウロ? 出てきてないったら出てきてない。
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「ルーディア! 今日こそ着いてきてもらうぞ!」
そんなこんなで更に一週間が過ぎた頃、例の件で家から出ようとしない私に痺れを切らしたエリオットが、無理矢理手を引いて外に連れ出そうとしてきた。
毎日誘われてもフィギュア作りがいい所だからと凌いでいたのだが……流石に言い訳が苦しくなってきたか。
「いえ、もうちょっと、もうちょっとでキリの良い所まで終わるので……」
およそ2日に1体のペースで作り上げた人形はそれぞれ、パウロ、ゼニス、リーリャをモデルにしたものだった。リーリャのメイド服のヒラヒラさえ出来れば、後は妹たちで『ブエナ村グレイラット家シリーズ』が完成するのに。
その後には追加でロキシーやシルフィの人形も作るつもりだ。
だが、私の計画などつゆ知らないエリオットは、どうしても私を引っ張り出したいらしかった。私が居なくても一人で色んなところを見に行ってるだろうに。
「ずっと外に出ないなんて身体に悪いに決まってる! なんで家の中に居るんだよ!」
そう言って、エリオットはぐいぐいと手を引いてくる。
やめてくれよ……嫌だ、今は外に出たい気分じゃないんだよ。
「……っ」
「なっ、なにするんだよ!」
そう思ったら、身体が勝手に動いていた。駄々をこねる子供みたいに、掴まれた手を振り払っていた。
その勢いが思いの外強くなってしまって、エリオットの身体が少しよろめいた。
「あっ、ご、ごめん……」
「……ルーディア?」
でも、外に繋がる扉の先を想像するともう駄目だった。
出会う人はみんな、表面的には取り繕いながらも、実際には関わり合いになりたくないような態度をとってくる。当然だ、こっちから嫌悪の匂いとやらを発してしまっているのだから。そんな状態で出歩いたりなんかしたら、いよいよ本格的に嫌われてしまいかねない。もう、誰かに拒絶されるのは嫌だった。
「……今は、人形を作っているのが一番落ち着くんです。放っといてください……」
「……。出掛けてくる」
そう言うと、エリオットは意外にもあっさりと引き下がってくれた。
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「お? なんだお嬢、おもしろそうなもん作ってんじゃねえか」
「すごいニャ!」
「こんなの見たことないの」
しばらくすると、ギースとミニトーナ、テルセナが遊びに来た。
私が気兼ねなく話せるメンツ……タイミング的に、もしかしてエリオットが気を遣って呼んでくれたのだろうか。
いやいや、あのエリオットにそんな器用な真似が出来るのか?
……なんでも良いか。
人形を作りながら、4人で会話をした。
時々ギースがそれを眺めるルイジェルドに話題を振って、ルイジェルドが短いながらも返事をする。ミニトーナもテルセナもルイジェルドには懐いているし、ギースの話も面白い。
「ニャあ。……ルーディア、父ちゃんのこと、ありがとうニャ」
話が一段落付くと、ミニトーナがそう言って頭を下げた。
「……私のせいで誰かが死ぬことになるのが怖かっただけです。お礼を言われるようなことは、何も」
「それでも、ありがとうなのニャ」
「……どういたしまして」
そんなやりとりをしていると、ギースが急にガサツな手つきで頭を撫でてきた。
「お前は偉い、偉いよ。流石はお嬢だ。器のデカさが違えよな!」
「もう、それ、褒めてるんですか?」
「ったりめえよ!」
そんな何でもないやりとりが、妙に嬉しかった。
この適当な感じ、なんとなくパウロに似ているな……。
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「る、ルイジェルド殿! ルイジェルド殿は居られるか!?」
「俺ならここにいるが……どうした?」
そんな穏やかな時間は、唐突に終わることになった。
血相を変えて飛び込んできた獣族の戦士が、ルイジェルドを呼び出しに来たのだ。
「と、とにかく来てくだされ! エリオット殿が……このままでは戦士長が死んでしまう!」
その戦士は知らない奴だったが、とにかく急ぎであるとだけわかった。
エリオット、死にかけの戦士長……ギュエス。
嫌な予感がした。
私は外に出たくなかった気持ちなんてすっぽ抜けて、フーデッドローブを引っ掴んでその場にいた全員と一緒に現場へと急行した。
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現場は酷い有様だった。
仰向けに転がされたギュエスと、それにマウントポジションで跨るエリオット。
エリオットの両手からは結構な量の血が滴っていて、下にいるギュエスは顔面をボコボコにされて虫の息だった。
「よせ、エリオット!」
「はなせ! 離せよルイジェルド! こいつ、懲りずにまたルーディアをっ……!」
ルイジェルドがエリオットをぶん殴って引き剥がしたことで、ギュエスは殴打から解放されたが……いくら何でも、やりすぎだ。
あれ、鼻の骨は折れているんじゃないか?
歯も何本か折れているし、よく見れば顔以外にも身体中に青痣が出来ている。
完全に一方的なリンチの後だ。恐ろしいのは、リンチを受けたと思うほどの怪我を、エリオット一人が負わせたのだろうということだが……なんでだ、エリオットはどうしてこんなことをしたんだ。
獣族たちが眉を顰めて、エリオットを非難するような目で見つめた。
よく見れば、取り囲むように立っていた獣族の中の数人にも、顔に青あざがあったり、腹を押さえて蹲っている奴がいた。
多分、ギュエスとエリオットを引き離そうとして返り討ちにされたのだ。
まるで暴走機関車だ。
「なんでだよ!! 元はと言えばお前らが悪いんじゃないか!! 勘違いして、ルーディアを酷い目に遭わせて!! 許してもらったら今度は姿を見せるな!? なんでルーディアばっかり……!! なんで、なんで……!」
エリオットは怒っていた。
私のために怒って、泣いていた。
ああ、これ全部、私のためか……。
エリオットの両手は、真っ赤な血で染まっていた。
私を守るために鍛えた努力の手で、きっと何度も、何度も、ギュエスを殴ったのだ。
「エリオット」
「……ルーディア」
正直、エリオットのやり方が正しいとは思えない。
たとえ私のために怒ってくれたのだとしても、ギュエスが恐らくそれを甘んじて受けたのだとしても、こんなやり方は間違っている。
獣族は一連の流れがあるから静観しているだけで、そうじゃなければ逆にエリオットがリンチされていてもおかしくない状況だ。
ミニトーナは父親があんな姿になってまた泣いているし、私だって自分が原因でこんな血生臭いことになっているのは本意じゃない。
それでも、私がするべきことは決まっていた。
「もう良いんですよ、エリオット。私のために怒ってくれて、ありがとう」
エリオットを抱きしめて、血まみれの両手を握り込む。
握ったその手は、震えていた。怪我もしている。殴る側だって痛いものだし、あんなに激しく殴打したのなら尚更だ。
治癒魔術で傷を治してから、私は無詠唱でぬるま湯を作り出し、エリオットの両手を洗って綺麗にした。
「もう十分です。これ以上は、こっちが悪くなっちゃいます」
「……でもあいつは、またルーディアに負担を」
「彼にだって、守るものがあるんです。あなたにとっての私みたいに」
「……」
私はエリオットがどれだけ自分のことを大切に想ってくれているのか、甘く見ていた。だから自分の行動ひとつで彼がどんな暴走をするか未だに分かっていなかったし、そのせいで選択肢を間違えた。
そうだ、今回のことだって、何も完全に部屋に閉じこもる必要はなかったのだ。
ギュエスも「控えてほしい」としか言っていなかったし、住民と会わないところにだったらいくら出掛けても問題はない。ミニトーナやテルセナに案内をしてもらったりして。
私が獣族を怖がり、獣族も私たちに引け目を感じていたから、起こったことだ。
このままにしていては禍根が残る。
まだ2ヶ月半以上はこの村に留まるのだし、今後のことを考えても関係改善は絶対にするべきだ。「3ヶ月も獣族と一緒はやだなぁ」なんて思っている場合ではないのだ。
血塗れになったギュエスの怪我を治療しながら、どうしたものかと私は考えた。
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そこからは、いろいろな事をやった。
未だに獣族への苦手意識が拭えないのは変わらないし、知らないうちに嫌悪の匂いとやらも出ていただろうが、私は積極的に住民たちと関わった。
元気に挨拶をして、にこやかに会話をして、相手のことを知ろうと努めた。
向こうからしたら胡散臭いことこの上なかっただろう。
なにせ匂いでは毛嫌いしているのが丸わかりなのに、上辺の態度だけは友好的なのだから。お陰で怪訝な顔はされたし、怯えられもした。
しかし、そんな事を続けているうちに変化があった。
彼らも、戸惑いながらも警戒を解いてくれるようになったのだ。
感情はどうであれ、危害を加えるつもりはないし、仲良くしたがっているというポーズを理解してくれたのだろう。和解に積極的な姿を見せることが重要だったのだ。
そういう風に関係性を改善してきたら、今度はルイジェルドと一緒にエリオットを連れて、挨拶回りに出た。みんなが尊敬している戦士長殿をボッコボコのボロ雑巾にしてしまった事を誠心誠意謝って、時にはギースの話術も借りて、その一件の禍根をなくすように動いた。
抑止力であるルイジェルドと、憎めないキャラのギースが居たのが良かったのだろう、獣族たちは複雑な顔をしながらも件の暴行沙汰を水に流してくれた。
こうすることで、私たちの立場はイーブンにまで持っていくことができた……と思いたい。スペルド族の名誉回復程じゃないにしろ、外回り営業も大変だ。
派遣社員のギースも労わないと。ボーナスはバナナとかで良いんだろうか。
そうして過ごしていると、あっという間に1ヶ月が過ぎ去っていた。