獣族との一連のゴタつきにようやく収拾の目処がついたかな、とホッと胸を撫で下ろしていた頃。
目覚めると身体……主に下腹部に違和感があったので、何の気なしに下着を確認すると少量の血がついていた。
「うわっ」
身体は怠くて重たいし、お腹は痛くて頭痛もする。
もしかして過労で血尿にでもなったか……とは思わない。オネショはとうの昔に卒業している。
これは、もしかしなくても来るべき時が来てしまったということなのだろうと、意外と冷静に悟った。
そう、名実ともにと言うとちょっと違う気もするが、これは女の身体になった証……生理だ。
ギースやルイジェルドは面くらいながらも一応「おめでとう」と言ってくれ、それに倣ってエリオットも心配そうにしながら「おめでとう」と言ってくれた。遊びに来たトーナとテルセナも、驚きつつも「おめでとうニャ」「おめでとうなの」と一言。
まるで最終回だが、その順番には何か意味はあるのだろうか。分からない。
分からないのはそれだけじゃない、生理の対応の仕方もそうだ。
トーナたちに教えてもらおうと思ったが、どうやら彼女たちにはまだ来ていないらしかった。
そこで私は、2人にある人を呼んでもらうことにした。
「本当に私で宜しいのですか……?」
「裸まで見せて水遊びした仲じゃないですか、よろしくお願いします」
「……その節は、本当に申し訳ないと今でも反省しております。あの、どうしたら許してもらえますか……?」
「冗談ですよ」
「はあ」
看守のお姉さん、もといラクラーナさん。
この人のこともまだちょっと苦手だが、ここ最近のロビー活動のおかげで関係性は改善してきている。逆土下座の後にはきちんと断食して死にそうになっていたのを見かけたから、親近感すら湧いているくらいだ。
それに、負い目がある分丁寧に教えてくれるだろうという打算もあった。
「何はともあれ、ルーディア殿、おめでとうございます」
「今夜の献立はお赤飯ですか?」
「おせきはん……? 申し訳ありませんが、そういった食材はここにはありませんので……しかし、めでたいことですから。食糧庫からは上等な干し肉と酒をお出ししましょう」
「わーい」
思いがけず晩ごはんが豪華になった。
やったねルディちゃん!
「めでたいといえば、ラクラーナさんも雨季が過ぎたら結婚されるそうで。おめでとうございます」
「は、恐縮であります…………えぇと、素直に受け取って宜しいのですよね?」
「もちろんですとも。なんなら安産祈願のルイジェルド人形もお付けしましょうか?」
「いえ、ありがたいお申し出ではありますが、それは結構です。お気遣いなく」
本気で要らなそうな顔するなよな、社交辞令というものを知らんのか。まあいい。
「それで、月のモノにはどのように対処をすれば良いのでしょうか?」
「ええ、そうでしたね。まずは────」
そうして、ラクラーナに必要な事を教えてもらって、少し豪華な夕食を取ってその日は終わった。また少し仲良くなれた気がする。
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時間はいくらでもあった。
暇を見つけては村を歩き回って、あるいは部屋に引き篭もって、色々な事をした。
ラクラーナに拒否られたルイジェルド人形の製作もその内の一つだったりする。
他にも、トーナやテルセナと遊んだり、エリオットとデートしたり。
ルイジェルド、ギュスターヴの飲み会に付き合って、武勇伝や戦士のなんたるかに耳を傾けたり。
北神流相手に痛い目を見たので、ルイジェルドに稽古をつけてもらったり。
雨季で逃げられないのに、懲りずにまたイカサマで牢屋に入ったギースを揶揄ったり、料理を教えてくれと頼み込んでみて振られたり。
色々だ。
ふとギレーヌの名前を話題に出してみたところ、ギュエスが思いっきり貶してきたときには最悪な空気になりもしたが、その件も最後には謝罪してもらえた。
私たちに負い目を感じている筈のギュエスがあそこまで言うとは、ギレーヌも昔は相当やらかしていたと言う事なんだろうが……いや、彼らの知ってるギレーヌと、私たちの知ってるギレーヌは同じ名前の別人なのだ。深く考えるのはよそう。
ちなみに、修行と称して空を飛ぶ魔術の開発を試みたところ、失敗して危うくまた死にかけたのは内緒だ。私の間抜けな行動でエリオットが泣いてしまうからな。
その日の晩は、修行で倒したトカゲ肉のフルコースになった。
空を飛べるようにはならなかったが、高速で空中を移動する手段はモノに出来たのでよしとしよう。
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2ヶ月半が経過したが、雨は止まない。
今日は、制作が止まっていた『ブエナ村グレイラット家シリーズ』のノルンとアイシャを作っていた。赤ん坊の時の姿しか知らないので、2人の人形は5歳くらいの姿を想像して作ったのだが、中々サマになっていると思う。ゼニスそっくりのノルンに、メガネを外したリーリャそっくりのアイシャ。髪型は2人とも自分とお揃いのポニーテールにしておいた。うん、可愛い。早く、成長した妹たちにも会いたいものだ。
しかし、さすがに5体も作ってしまうとそれなりに場所を取るな。次はシルフィとロキシーの人形も作りたいが、流石に出発する時には7体とも置いていかなければならないだろう。トーナやテルセナにあげたら大事にしてくれるだろうか。
そんなことを考えていると、部屋の外に気配を感じた。
「……誰ですか?」
「ワン!」
ドアを開けてみると、そこには白くてでかい犬がいた。
「あっと、お久しぶりです聖獣様」
「わふっ」
聖獣様はのそりと部屋に入ってくると、胡座をかいて座る私の太ももにぴったりと身体を寄せて丸くなった。随分と距離が近い。んふふ、愛いやつめ。
「うぉん?」
聖獣様が「何してるの?」とでも言うように手元を覗き込んでくるので、首元を撫でてやる。毛並みはモフモフだ。
「故郷が懐かしいので、創作活動でございます」
「わふっ」
手を舐められた。
尻尾はパタパタと動いているので嫌われてはいないようだが……っと、なんだなんだ?
聖獣様は徐に身体を起こしたかと思うと、何かを探るように私の身体を嗅ぎ始めた。なに? もしかして匂う? 水浴びは欠かさず毎日している筈だが……。
「あでっ……聖獣様、くすぐったいです」
「くぅーん」
前足で押し倒されて、背中が地面に着けられる。こうして乗っかられると、けっこう重い。
聖獣様は、顔、首元、胸、お腹と私の身体の匂いを嗅ぎ回していって、やがて顔の位置を腰まで下げていった。なんだなんだ、随分と好かれてるな、まさか獣姦……ってうおお!?
「せっ、聖獣様!? そ、そこはいけませんっ、あっ!」
「クゥーン、クゥーン……」
聖獣様が、私の股間に顔を突っ込んだ。
今日は薄着で、トーナに借りたワンピースみたいなやつだから、スカートの中をまさぐるような格好を取られている。これ、実は真面目に貞操の危機だったりする?
とんだスケベ犬だ。
これじゃあ聖獣じゃなくて性獣だ。誰が上手い事を言えと。
押しつけられる頭に割と力を込めて抵抗するが、押し負ける。犬コロに腕力で負けるとは……転移してこの方、魔術ばかりに頼っていたからか? いや、動物ってけっこう力があるからな。だから私が鍛錬不足で貧弱とかそういうわけではない。ルイジェルドとの稽古では「もっと鍛えろ」とか言われたけど、この細腕にだって必要な筋力はついている筈なのだ。うおお。
真面目にどうするべきかをけっこう焦りながら考えていると、コンコンと扉がノックされた。
「失礼します、こちらに聖獣様の臭いが……ああっルーディア殿!?」
入ってきたのはラクラーナだった。ご無沙汰してます、1ヶ月ぶりくらいだね。
「い、いけません聖獣様、離れて、離れてください……っ。も、申し訳ありませんルーディア殿、お怪我はされていませんか?」
股間に顔を突っ込まれていた所を見て、彼女はすぐに性……いや、聖獣様を引き離してくれた。助かった。
「いえ、大丈夫です……。この子、もしかして女に目がなかったりします?」
「い、いえ、このような事は今まで一度も……とにかく、お二方ともご無事でよかったです」
「お二方とも?」
「あ、いえ、実は聖獣様がこちらにいらしていたのは不測の事態でして……」
「ほう、詳しく聞かせてください」
ラクラーナの話によると。
聖獣様は、世界の危機に現れて、英雄と共に世界を救うという言い伝えのある特別な魔獣らしい。だからドルディア村の奥の奥、立ち入り禁止エリアにある聖木と呼ばれる樹木の結界の中で大事に大事に育てられるのだとか。
それが、何が転んでどういうわけか。
ラクラーナが警備を担当する時間に訪れてみると、聖木の中はもぬけの空だったというのだ。
先の誘拐事件のこともあり、聖木の警備チームは焦りに焦った。
聖木からは、誰かが連れ出さない限りは聖獣様は出られない。
しかし、雨季の大森林に外部犯がやってくるとは考えづらい。そこでまずは村の中の捜索をと探していた所、私のところに聖獣様の臭いがあったというわけだ。
「……ルーディア殿は、本日はずっとここに?」
「ええ、今日はまだ一歩も出ていませんよ」
「そうですか……あ! いえ、決してルーディア殿を疑っている訳では」
「でも一瞬もしかしてとは思った?」
「ま……まさか! そのようなことは断じて!」
そんなに青い顔しないでくれよ、それがお仕事だってのは分かってるから。
まあ、冤罪ふっかけた相手にまたそんなことを言ったら気まずくもなるか。
「……分かってますよ、一応聞いてみただけですもんね」
そう言ってあげると、ラクラーナはあからさまにホッと胸を撫で下ろした。疑ったことに腹を立てて、報復されるとでも思ったのだろうか。
私としてはそれなりに仲良くなれたと思っていたんだが、そんなに信用ならないんだろうか……。
あれか? また無意識に嫌悪の臭いとやらが出ていたか?
「ご理解くださり、痛み入ります。またルーディア殿を傷つけてしまったとあっては、あんな目にあった戦士長にも顔向けできませんから」
どちらかというと、私が不快な気持ちになってないかを気にかけてくれただけな感じだった。そうか、心配してくれたんだな。
あんな目に遭わせた
「それよりも、聖獣様が見つかったなら警備の皆さんに知らせた方が良いのでは? まだ他の人は探してるんじゃ……」
「はっ! そうでした! お騒がせしてすみませんでした。本日はこれで失礼します! またお会いしましょう」
そう言ってラクラーナと聖獣様は帰っていった。
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しかし、その後も聖獣様は私の元に現れた。
二度目はちょうど、ルイジェルドとギュスターヴの酒盛りに参加していた時だった。
参加と言っても、エリオット共々くるみっぽいナッツなツマミをポリポリやりながら2人の昔話に耳を傾けるくらいだが。
一応ドルディア族の年長者だしと前世の感覚でギュスターヴにお酌をしたら、ものすごい恐縮されてやりづらかった。いやほんと、「私めなぞに勿体ないです」とか言われてちょっと引いたよ。
ルイジェルドには「そのくらいにしてやれ」と呆れ混じりに苦笑されるし、エリオットも不機嫌そうにギュスターヴを睨みつけた。
なんでだ、お年寄りには優しくしようぜ。
そんなふうに不思議に思いながらも、私はキャバレーの人気ナンバーワン嬢になったつもりでお酌を続けた。ついでにルイジェルドにも。ギュスターヴは終始居心地悪そうにしていたが、何か作法を間違えてしまっただろうか……。後でルイジェルドに聞いてみよう。
そうやって過ごしていると、酒盛りの席に聖獣様がのっそりと現れた。聖獣様は人の目もあるというのに、またもや私を押し倒して股ぐらに顔を突っ込んできた。
狼狽えるギュスターヴ、気まずそうなルイジェルド、顔を赤くして「ルーディアは俺のだ」と聖獣様を引き剥がすエリオット。数分後には前みたいにラクラーナがやってきて、
今回は強力な証人もいたので良かったが、また同じように聖獣様が現れたら今度こそ疑われかねない。そういう訳で、次の日からはなるべくギュエスの近くに居るようにした。彼は聖獣様の警備責任者でもあるから、無実を証明してもらうのにこれ以上の適任はいないと考えたのだ。
「ルーディア殿は、自分のことなど顔も見たくないのでは?」
一緒に付いてきたエリオットに睨まれながら、ギュエスは冷や汗を浮かべてそう言った。
「もうその話は済んでるんだから気にしないで下さい。トーナのお父さんで、ギレーヌの兄上ですから、できれば仲良くしたいんです」
「……今一度、謝らせてもらってもいいですか?」
「あの土下座は別にいりません。そんなことより、そうだ。アレ教えてくださいよ」
「アレ……?」
「えっと、初めて会った時の、大声を出して相手を動けなくする……魔術ですか?」
「ああ、『
多分そうだろうとは思っていたが、その魔術は種族の固有魔術なのだという。
固有と聞いて心が躍らないのは男じゃない、性別は女だけど。早速レクチャーして欲しいというと、ギュエスは快く承諾してくれた。
何度か空撃ちで実演してもらいながら説明を受け、真似をしてみる。
「うおおーーーん!」
「もっと音を前に飛ばすイメージで発声してください」
「わおおーーーん!」
「声に魔力を乗せて。もっと相手を威圧するように!」
「んぅわおおーーーんぬっ!!」
が、何度試してみてもギュエスは首を傾げている。自分では出来る限りの大声を出しているつもりだが、声量からして足りていないらしい。そもそも獣族の特殊な声帯があって発動できる術なそうなので、使えるようになるかどうかすらわからない。
が、今は
「ぜぇ、ぜぇ……。エリオットもやってみたいんですか……?」
「いや、俺は……。ルーディア、ちょっと語尾にワンってつけて喋ってみて」
「なんですか急に……」
「いいからやってくれよ」
「えー。……エリオット、一緒に練習するワン?」
「つ、次は猫っぽく」
「大声出すコツ、エリオットに教えてほしいニャン」
「よしきた!!」
すると、エリオットはムフーっと鼻息荒く頬を紅潮させながら隣に立ってきた。
っていうかこれ、ヒルダさんに教わった殺し文句の言い方に似てるな……。
「ウオオオオォォォォォン!!!」
「ってうるさ!?」
「おお、エリオット殿は筋が良いですな」
いきなり隣で大声を出すんじゃない。
普段の数倍はでかい声で叫ぶから鼓膜が破れるかと思ったぞ。
「わかったか?」
「え?」
「大声を出すコツ!」
そんなルイジェルドみたいな聞き方されても分からん。
「ぐ、具体的にはどうすれば?」
「こう、まずは息をいっぱい吸い込め!」
「……っすうううっ!」
「そしたら、腹に力を入れて全部出す!」
「うぉぉーーーんっ!!」
「もっと腹から声を出すんだ!」
「う、うおぉぉーーーんっ!!」
「ルーディア殿は喉だけで声を出そうとしてますな。そうではなく、喉を開いて空気を直接腹から吐き出す感じです。魔力を乗せるのも忘れずに」
「うおおおぉぉぉんっ!!!」
「おお、今のは良い感じですぞ!」
結局、最後に良い感じの発声が掴めてきたところで、訓練は終わりにしてもらった。ギュエス相手に実践させてもらったところ、相手を少しだけビクッとさせるに留まる効果だったので魔術としての体をなしているかは微妙なところだ。
「くぅーん……」
「し、しかし人族でありながらこれだけ習得に近付いた者は初めてです、流石はルーディア殿!」
「そ、そうだぞ、ルーディアはすごいんだ!!」
ちょっと落ち込んでいると、2人から慰められた。
……まあ、訓練を通してギュエスとエリオットの間の険悪な空気が少し和らいだので、良しとしよう。
そうしていると、忘れた頃に聖獣様がやってきていた。
いつものように股間に顔を突っ込んできたが、今回はすぐにエリオットのガードが入って事なきを得た。恍惚とした表情で白い毛並みをモフるエリオットがギュエスやラクラーナから胡乱げな目で見られていたが、ご愛嬌だろう。あまりに熱烈な可愛がりで聖獣様がぐったりしだしたところで、ラクラーナが連れて帰っていった。
そんなことが何回か繰り返され、やがて雨季の終わりが近づいてきていた。
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雨が止み、出発の日を明日に決めたある日。
そのことを伝えると、この3ヶ月で仲良くなったトーナとテルセナが別れを惜しんで引き留めてくれた。旅は続けなければいけないし、ずっとここにいる訳にもいかないのだが、私は純粋にそのことを嬉しく思った。
かつてのシルフィのように、離れたくないと駄々をこねられているのだ、嬉しくないはずがない。しかし私は心を鬼にして、自分も2人とは一緒にいたい、でも離れなくてはならないということを優しく説明した。
すると、渋々と言った感じで納得したテルセナとは対照的に、自分の我儘が通じないと悟ったトーナが、次第にイジけ出して攻撃的なことを言い始めた。隣ではテルセナがアワアワとしている。
「このまま旅を続けてたら
「なんで出て行こうとするニャ! ギレーヌ叔母さんみたいに、みんなから嫌われてる訳じゃニャいのに!」
おおう、まあまあ言うねミニトーナ。
完全に否定しきれないのが辛いところだが、私を直接貶すならともかく、その仲の良い相手の暴言を吐いてまで引き留めるのは良くないんじゃないか?
「こらトーナ。ギレーヌはともかくエリオット殿のことを悪く言ってはいかん」
暴言を交えつつ駄々をこねるミニトーナを、ギュエスが宥める。アンタもギレーヌはともかくとか言うなよな……まあ、一応兄貴だから立場上そう言ってしまうのも分からんでもないが。
癇癪を起こすミニトーナは、なんだか出会った頃のエリオットを彷彿とさせた。我儘で言うことを聞かずに叫ぶところとかそっくりだ。まあ、子供なんて大体そんなもんだと思うが。テルセナみたいに聞き分けの良い方が珍しい。
「置いていくなんて酷いニャ、そんなの友達じゃニャい!!」
すると、トーナはとうとう泣き出してしまった。
ひっくひっくとしゃくりあげながら、溢れる涙を手の甲で拭って、鼻をズビッと鳴らした。……こんなに惜しまれると、あと一週間くらいは居てあげたい気持ちが湧いて来るが……いいや、こういうのはズルズルと長引かせるのが一番良くないのだ。
根本的な解決になっていないし、なんとか諭して納得してもらわなければならない。
私よりも少しだけ下にあるトーナの目線に合わせて、少し腰をかがめる。
「トーナ。そんな悲しい事、言わないでください……」
「私は、トーナ達が仲良くしてくれて嬉しかったです。最初は獣族のことが怖かったし、恨みもしたけど、2人のお陰で嫌いなままで終わらずに済みました」
「私は、ここを離れた後もトーナ達のことをずっと友達だと思い続けます。約束します。きっと必ず、また会いに来ますから」
「でも……」
「帰らないと、会えない家族が居るんです。お願いだから、良い子に……ね?」
トーナだって、泣いて心配するほどギュエスによく懐いていたのだから親子仲は極めて良好なのだろう。だから家族を引き合いに出したのは、少し卑怯だったかなとも思う。しかし、ここで本心じゃないことを言うのは躊躇われた。
本音で語って別れるからこそ、また会いたいと思えるし、思ってもらえるはずだから。
俯いたまま黙るトーナを抱きしめる。
やがてトーナは、私の腕の中でポツリと呟いた。
「……ん。家族なら、しょうがないニャ……」
「ありがとう、トーナ。テルセナも」
傍で所在なさげにしていたテルセナも巻き込んで抱き締めると、2人はわんわん泣いた。つられて私も熱いものが込み上げてきて、少しだけ頬を濡らした。
その日の晩はギュエスの家にお邪魔して、トーナの部屋で3人、夜更かしをした。
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出発の朝、彼らは旅に必要なものを何からなにまで用意してくれていた。
馬車と馬、充分すぎる額の旅費、消耗品等。もちろん生理用品も入っている。
これならミリスの首都まで寄り道なしで行けるだろう。
諸々のお詫びと感謝としては申し分ないと言える。
「ルーディア殿、これを」
荷造りを終え、後は馬車に乗り込むだけとなった時、ギュエスがあるものを手渡してきた。便箋が刻印付きの封蝋で閉じられているものを、3つ。
「ラノア魔法大学に、長女のリニアーナが留学している話はしましたね。
テルセナの姉、プルセナも一緒です。もしも2人に会うことがあれば、これを見せてください」
「手紙……ですか?」
「ええ。我ら獣族が、どれだけルーディア殿達に助けられたか。そしてその恩義がとても返しきれないものであると……一連の出来事を記してあります。必ずや力になって差し上げるよう、言伝を」
「そんな……良いのですか? その2人にとっては知らない出来事でしょう?」
「知らずとも、2人とも誇り高きドルディア族の娘です。関係ないとは言わせません」
手紙が3通あるのは、万が一ダメにしてしまった時のための予備らしい。保険まで用意してくれるとは、至れり尽くせりだ。ちょうど3人いるから、1人1通ずつ持つことにしよう。
「わかりました。ありがたく、頂戴させていただきます」
「これしきのことで礼は不要です。ルーディア殿にしでかしたことを考えれば……」
「それは言いっこなしの筈ですよ、おとっつぁん」
「……? 自分はルーディア殿の父君ではありませんが……?」
「知ってます。人族流の冗談ですよ」
そう言うと、ギュエスは困惑しながらも笑ってくれた。
ルイジェルドがやれやれと言う仕草でこっちを見てきた。
良いじゃないか、最後くらい和みたかったんだよ。
「それじゃあ、2人ともお元気で」
「ルーディアも、達者でニャ」
「また来てね、絶対だよ」
最後にもう一度2人とハグをして、私は馬車に乗り込んだ。
目指すはミリス神聖国、首都ミリシオン。
『デッドエンド』の3人と何故か同行することになったギースを乗せて、馬車は進み始めた。
〜聖剣街道にて〜
ギース「お嬢、少しは寂しさも紛れたか?」
ルディ子「何のことです?」
ギース「聖獣と会わせてやったろ。動物、好きなんだよな?」
ルディ子「お ま え か」
次回は一旦時系列を遡った回になります。