オレはパウロ・グレイラット。
ブエナ村で2人の妻、3人の娘と暮らしながら駐在騎士をやってるナイスガイだ。
1人目の妻ゼニスとの結婚を境に冒険者稼業を引退し、アスラ王国のフィットア領にあるこの村に居を構えている。
結婚してすぐの頃は中々子宝に恵まれなかったから、長女のルーディアが生まれた時にはそりゃあもう喜びと幸せに満ち満ちていた。
おまけにルーディア────ルディは生まれた時から優秀で、5歳になる頃には家庭教師から水聖級魔術師の称号を授けられちまった。
あのロキシーという少女が優秀な師匠だったとも言えるのだろうが、それを抜きにしたって教えをくまなく吸収した我が娘の優秀さには脱帽せざるを得ない。
ルディは頭の良さもさることながら、子供とは思えないほどの察しの良さと機転を利かせて、家庭崩壊の危機を救ってくれたことがある。
……情けないことだが、その原因はオレの浮気だ。ゼニスが2人目の子供を妊娠している時に、使用人兼乳母として雇っていたリーリャの誘惑に我慢しきれなかったのだ。
リーリャの妊娠が分かった時にルディが取りなしてくれなきゃ、ゼニスはミリスの実家に帰り、リーリャは親娘ともども冬の厳しい北方大地で野垂れ死にする事になっていたかもしれない。
その時の説得でオレの家庭内カーストは落ちるところまで落ちてしまったが……家族みんなが一緒にいれるだけで奇跡のようなものだ。
それだけでオレは幸せだった。
本当にルディには頭が上がらないことばかりだが、父親としてはまだまだしてやれることも、してやりたい事も多いので、あいつにはもうしばらくは守られるだけの子供のままでいてほしいと思う。
それに、ああ見えてあいつはたまにお馬鹿なのだ。
一番衝撃的だったのは、友人であるロールズの娘のシルフィと友達になったと思っていたら、なんと当初ルディは彼女のことを男の子だと勘違いしていたらしいことだ。
どこにあんなに可愛い男がいるものかと思わず呆れてしまったが、ルディが深刻そうにしていたのでこっそりと仲直りの方法を伝授してやった。
それですぐに元の仲良しに戻るのだからやっぱり要領は良いのだろうが、その時オレは馬鹿な子ほど可愛いというのは本当だと身をもって実感した。もちろん、賢い時のルディも可愛いんだがな。
さて、しかし、そんな自慢の我が娘については一つ懸念点がある。
たまに見せるお馬鹿な一面のことではない、アレはアレでむしろ長所だ。
見る奴が見れば一発で初恋を奪うこと請け合いのあざとさが……っと、今はその事はいいか。
「父様、今日こそは剣術を教えてもらいますよ!」
7歳になる我が娘は、今日も元気におねだりだ。
庭でいつもの鍛錬をしていると、ルディが子供用の木剣をぶんぶん振り回しながら話しかけてきた。
あの木剣は男の子が生まれた時のために用意していたもので、納屋にしまってあった筈なんだが……いつの間に引っ張り出したのやら。
ねだってるものがお人形さんとかじゃなくて剣術の指南なのが、またズレていてアホ可愛い。
が、残念ながらオレの返事はいつも決まっている。
「あん?
ダメだダメだ、ルディの可愛い手が豆だらけになったらどうするんだ。
それに、お前には魔術があるだろう」
「ロキシー師匠と巡り合わせてくれたことには感謝しています。
でも、魔術と同じくらい剣術も出来るようになりたいんです」
ルディに魔術師の家庭教師をつけたのは、生まれたのが女の子だったら魔術師にするというゼニスとの約束があったからだ。
男の子であれば、オレが手ずから指導して剣士にするつもりだった。
実際5歳の頃までは方針通りで、ルディがロキシーの卒業試験に合格してからも剣を教えるつもりはなかったのだが、
ちょうどその頃からルディは剣を教えてくれと時々ねだってくるようになったのだ。
ちょうど、今日のように。
「同じくらいって……おまえなぁ。そんなに鍛えてどうするつもりだよ」
あまりに熱心にねだってくるものだから、卒業から半年が過ぎたあたりでオレは少しだけ折れた。
剣術を身につけるためには体力からだと言い聞かせて、剣を使わないでもできる鍛錬をルディに教えたのだ。
最初は軽い気持ちだった。キツい鍛錬を毎日やらせればそのうち嫌気がさして剣術への興味を失ってくれるだろうと思ったのだ。
しかしそんな予想に反して、ルディは弱音の一つも吐かずに毎日鍛錬を続けた。
走り込みに腕立て伏せ、腹筋運動、スクワットなど。
決められた量のメニューを毎日……1年半くらい、ずっと続けたのだ。
まあ、剣士じゃなくとも適度に身体を鍛えるのは良いことだから、それは構わないのだが……。
「どうって、それは……引き締まった身体の方がモテるでしょう? 母様みたいにナイスなボディになりたいのです」
「ナイスボディねぇ……」
オレのように強くなりたい、オレのようにカッコよくなりたい。そうした理由を言ってくれたら、ああ、親のマネをしたがってるんだなぁと微笑ましい気持ちにもなっただろう。
ゼニスが良い身体をしているのもその通りだ。
しかし、『モテたいから』。
いや、これも一応
それに村の男の子といえば例のソマル坊たちくらいだ。
言っちゃなんだが、ルディはあんなのにモテて嬉しいんだろうか。
あんな悪ガキたちにウチの可愛い可愛い娘をやる訳にはいかん。
……いや、あれか。
前に学校の話をした時に『貴族の女は身体がだらしない、何度か騙された」なんて零したからか。
今思い返しても7歳の娘にする話じゃねえ。
だが、ルディがリーリャの一件を収めてくれて以来、もう言い訳の余地が無いほどの弱みを見せたからかあいつとの距離はぐっと近くなったように感じる。
ルディが「父様」と呼ぶ声が前より増して気安くなった気がするし、オレも変に威厳を保とうとしなくなったから、遠慮がなくなって口が滑ってしまったのだ。
ルディは何故かオレの下世話な話を楽しんで聞いている節があるし、まるで息子と男の会話ができたように感じて嬉しかったのを覚えている。
懸念点とは、そのことだ。
ウチの娘はこんなに可愛いのに、一度気を許した相手には妙に距離感が近いのだ。
ロキシーにも、シルフィにもそうだった。
相手が女の子だから問題ないって?
だが思い出して欲しい、ルディは最初、シルフィのことを男の子だと勘違いしていたのだ。
男の子だと思っている相手に、平気で手を繋いだり、身体を擦り寄せたり。
今はまだ気にする年齢じゃないかもしれないが、もうあと数年も経てばそうも言ってられなくなる。
あの無防備さは、色々な意味でヤバい。
「あ、さては父様。私の魔術がすごいから、剣術も教えたら追い抜かれちゃうとか思ってるんですか?」
思案げにしていると、ルディはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。
こっちは娘の将来を割と真面目に心配しているというのに、失礼な話だ。
「は? 馬鹿言ってんじゃねぇ、そんなこと思うわけないだろ」
「またまたぁ。そんなこと言って実は娘に負けるのが怖いんでしょ? ……ざ、ざぁこ、父様の意気地なし!」
「こんにゃろう」
それに、最近言うようになったこの煽りは一体どこで覚えてきたんだろうか。
今じゃ大分落ち着いたが、もっと鼻っ柱の強かった冒険者時代にこんなことを言われた時には、相手を徹底的に『分からせて』やったものだ。
男なら剣術でねじ伏せ、女なら口説いてからベッドに連れ込んだ。
特に、馬鹿にしてきた女を屈服させて好き放題できる瞬間は堪らない……いや、昔の話だ。
もちろんルディをどうこうしようなんて全く思わない。
娘相手だぞ?
「ざぁこざぁこ! 年中発情期!
母様に頭が上がらないよわよわ剣士!」
なんだとこのやろう。
いくらなんでも言い過ぎじゃないか?
しまいにゃ泣くぞ。
今日の煽りはここ最近で一番過激だ。
ちょっと前まではあんなに素直で可愛かったのに……。
いや、今も可愛いんだが、こんなにも罵倒されると本当に泣けてくる。
「うっ……」
「あ、あー!
娘に詰られて泣いた! と、父様のざぁこ!
…………あの、言い過ぎました、
お願いですから泣かないでください」
ちょっと涙目になってやると、ルディは途端にオロオロし始めた。
フン、まだまだ詰めが甘いな我が娘よ。
相手を追い詰めるならもっと徹底的にしなければならないのに、おまえはそこを油断した。
優しいお前らしいが、慰めるために近づいてきたことを後悔させてやる。
「かかったな、ルディ」
「へっ? あ! 嘘泣き────」
気付いた時にはもう遅い。
自然と口角が上がる。
オレはルディの無防備な脇腹をがっしりと掴んで、
両手の指を這わせた。
「くらえ、脇腹くすぐりの刑!」
「ひゃあ!? アハハハハハ!?
ご、ごめんなさい父様っ、あはははははっ!!」
「大人をからかうとどうなるか教えてやろう」
「うひぃっ!!
も、許してっくださいぃ!
ご、ごめんなさハハハハハっ!?」
ルディは可愛い声で泣きながら笑った。
オレは偉大な父親を馬鹿にしたらどうなるかを分からせてやるべく、謝るルディを無視してくすぐりを続行した。
数分そうしていると、やがて息も絶え絶えになったルディが可哀想になってきたので止めてやった。
「ヒューっ……、ヒューっ…………」
「すまん、ちょっとやりすぎた」
「はぁ、はぁ…………ひどいです父様……」
ぐったりとして仰向けになるルディは、頬を紅潮させていた。言葉とは裏腹に口元は緩く笑っていたから、親父との戯れを楽しんでくれたようで何よりだ。
「……ルディ〜? 遊びに来たよー」
満足感に浸っていると、玄関の方から聞き慣れた声がルディを呼んでいた。シルフィ、今日も遊びに来たのか。
「んはぁ、はぁ……。しるふぃ〜、こっちです」
「……? ルディ? あ……!」
ルディが寝転んだまま呼ぶと、敷地に入ってきたシルフィがこちらに気が付いた。
彼女は地面に横たわるルディを見つけると、驚いたように目を見開いて、次の瞬間にはキッとオレの方を睨んできた。
「るっ、ルディをいじめないで!!」
「はっ? ちょ、まじかよ……!」
するとシルフィはいきなり無詠唱で魔術を放ってきた。
これは中級の『ウィンドスマッシュ』か?
咄嗟に後退して水神流の技で受け流したが、なんつー威力だ! 受けたのがオレだから良かったものの、普通は無事じゃ済まないぞ!
「ルディ、大丈夫!?」
「へ? あ、うん、父様にくすぐられてただけだから……」
「え。そうなの……?」
「うん、ちょっと父様に意地悪言ったらやり返されちゃって」
「そ、そうなんだ……。あ、あの、あの、パウロさん……」
「お、おう、オレは平気だから構わんが……」
ふと、自分が右手に何を持っていたのかを思い出す。
冒険者時代からずっと愛用している片手用直剣。
訓練用の木剣ではない、本物の剣だ。
そして、仰向けに転がっていたルディの傍には、先程まで振り回していた木剣が転がっていた。
……なるほどな、勘違いする訳だ。
まあ、ルディのおかげでシルフィも勘違いに気付いたようだが。
しかしここは大人としてひと言注意してやらねばならないだろう。
「危ないから、無闇やたらに魔術を使うのはやめなさい」
「はい……ごめんなさい」
ぶっ放してきた魔術の威力はともかく、自分から謝れるなんて良い子じゃないか。
頭を下げるシルフィを見て、素直にそう思った。
「うむ、宜しい。ルディを守ろうとしてくれてありがとうな」
「……! はいっ!」
そう言うと、シルフィは嬉しそうにそのエルフ耳をピコピコさせた。
シルフィはルディによく懐いている。
女の子同士だが、たまに恋人同士なんじゃないかと思ってしまうくらいベッタリだ。
ルディもルディで、シルフィからそんな風に慕われて嬉しそうにしている。
微笑ましい限りだが……
ああ、そういえば、懸念点はもう一つあったな。
ルディとシルフィがお互いに依存しすぎてて、
ちょっとヤバい。
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その懸念は、それから数日後のある日にますます強くなった。
ロキシーからの手紙が届いて何か心境の変化があったのか、ルディがラノアにある魔法大学へ行きたいと言い出したのだ。
そして、シルフィも一緒に連れて行きたいと。
オレは当然突っぱねた。
ルディの向上心は立派だし、その自主性は尊重してやりたいと思う。
だが、ルディはまだ7歳なのだ。
親元を離れて別の国に行くなど、到底許可はできない。
隣町まで遠足に行くのとは訳が違う。
それに金の問題もあった。
ルディ1人ならともかく、シルフィの分まで学費を出してほしいと言われたら気軽に良いぞとは言えない。
そうやって一つ一つ説明すると、ルディは納得してくれた。
納得した上で、「金は自分がシルフィの分まで稼ぐから仕事を斡旋してください」と言ってきた。
オレは頭を抱えた。
いくら何でも、依存しすぎだ。
このままルディがシルフィに構い続けていたら、いずれあの子はルディ無しでは何もできない大人になってしまう。
貴族社会で見てきた、親に言われるがままに育った木偶の坊と同じだ。
それは良くない。
ロールズの娘……何よりルディを慕ってくれるあんなに可愛い女の子を、そんな風にしてしまう訳にはいかないと思った。
それに、ルディ自身の為にもならない。
今の2人の関係性は、洗脳しているような状況に近いと言える。
ルディは頭が良く、力もあるから、そんな関係性に慣れてしまえば将来は支配することでしか人間関係を築けなくなってしまうかもしれない。
それはきっと寂しいことだ。
オレの親父が頭を押さえつけて支配しようとするタイプだったからそりゃあもう嫌ったものだが、ルディにはそんな風にして嫌われる人間にはなって欲しくないのだ。
だから、早めに別の関係性を学ばせるべきだと思った。
その場では「心当たりを当たってみよう」とルディの提案に乗ったふりをして……いや、これからやろうとしていることからすると、半分乗っているも同然だな。
もう半分は、大人の裁量で決めさせてもらうことになるが。
悪いなルディ。
ともかくオレは、ロアにいる親戚宛に手紙を出すことにした。
手紙の返事が来るのは1ヶ月後くらいだろう。
その間なら……離れて暮らすことになる前に、
ルディに剣術を教えてやってもいいかもしれない。
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次の日から、オレはルディに稽古を付けてやることにした。
何だかんだ1年半も辛抱強く鍛錬を続けていたから、ルディの身体も少しは鍛える土台ができている。
それに、考えてみればルディがあそこまで強く我儘を言ってきたことなど、昨晩の件を除いて他にないのだ。
手紙の返事が色良い物であればルディを半ば騙すことになるし、ここは叶えてやるべきだろう。
ゼニスも最近では「あなた、ルディが可哀想だわ。剣術も教えてあげて?」と言っていたしな……。
教える流派は、水神流にした。
守りに特化した剣術はルディの身の安全にも繋がるし、ルディの性格にも合っているような気がしたからだ。
仕事先には
……よく考えたら、その山猿はボレアスの本家から突き返されるほど乱暴者だって話だよな。
胸糞悪い話だが、本家の連中がそいつを殺さずに突き返したのだって、その方がロアの親戚────フィリップの醜聞に繋がるからだと風の噂で聞いたことがある。
話だけ聞くと、まるで理性のない野生動物みたいな奴だ。
そんな奴がいる所に、オレは娘を送り込むのか?
予定では、5年間一つ屋根の下だ。
その頃には山猿も色を覚える歳になるし、運が悪ければルディが手篭めにされてしまうかもしれない。運が良くても、出来の良い娘に反発して暴力を振るうくらいはするかもしれない。
いかん。
手紙を書いた時にはその辺をあまり考えていなかったが、
早まったかもしれん。
「父様! 剣術をさせてくださり、ありがとうございます! 一生懸命がんばります!」
「う、うむ。剣の修行は厳しいぞ、我が娘ルーディアよ」
ルディは元気にそう言うと、頬を上気させ、やる気に満ちた表情で俺を見上げていた。
だが、この期に及んでなお、オレは剣を教えることに積極的な態度を取ることが出来ないでいた。
自分から「稽古をつけてやる」なんて言っておいて、だ。
「父様? なんだか口調が変ですよ?」
「……最初に言っておくが、父さんは厳しくするつもりだ。もしかしたらルディは、途中で父さんのことが嫌いになるかもしれない。
それぐらい厳しくするつもりだ。……本当にやるか?」
「もちろん厳しいのは覚悟の上です。
必ず乗り越えてみせます!」
「本当に厳しいし、痛いぞ? 今からでもやめないか?」
「もう、父様! そんな意地悪しないでください。
修行の前から嫌いになりますよ!」
「と、父さんが悪かった! ちゃんと教えるよ」
「はい!」
……今更なかったことにはできないか。手紙も、剣術も。
なら、オレはルディを信じて全力で剣を教えなければなるまい。
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そうして剣術の稽古を付け始めてから1ヶ月ほどが経った頃。
思っていた通りの時間を掛けて、フィリップからの返事が届いた。
息子の家庭教師として雇いたいと、色良い返事だった。
チッ、これじゃあルディに「やっぱり仕事の件はなしで」って言えねぇじゃねーか。
……分かっている、冗談だ。
そんな事をしたら本当にルディに嫌われちまうからな。
はぁ…………。
ルディにはいつ仕事のことを話そうか。
手紙によると、明日にでも迎えの馬車を寄越してくれるらしいから、出来るだけ直前が望ましい。
ブエナ村を5年間も離れることになるとはもちろん伝えていないので、うまくやらないと猛反発を受けるだろう。
……いっそ話さずに力ずくで行くか?
ルディはオレよりも頭が良いから言いくるめられちまうだろうし。
いやでも、稽古では打ち合いをしているとは言え、流石に娘相手に理不尽な暴力を振るうのは……。
抵抗するとなれば剣だけじゃなくて魔術も使ってくるだろうし、そうするとオレも本気を出さざるを得ないから力加減は難しい。
最近分かったのだが、ルディはけっこう強いのだ。
剣を教えるまでは魔術の上手なお姫様のように見ていたのだが、教えてみたら化けた。
ルディは水神流の適性が高く、驚異的なスピードで初級相当にまで上達したのだ。
正直なところ太刀筋はまだまだひよっこだ。
せいぜい、最も基本的なカウンター技に及第点をギリギリ出せるレベル。
しかし身のこなしには光るものがあり、魔術を組み合わせて戦ったら既に並みの冒険者では勝てる奴が少ないと思うほど、連携がうまい。
これぞ無詠唱魔術の真骨頂と言わんばかりの手管だった。
「たぁーっ!」
「受けてからの振り始めが遅い、もっと早く反応しろ!」
「う"っ……!」
「!! すまんルディ! ちょっと強かったか!?」
オレの打ち込みに対してカウンターを叩き込もうとしてくるが、ルディの剣は一拍遅い。
もっと早く反応しなければいけないと教えるために隙を突いて更に打ち込んだが、呻き声を上げるルディに心が痛む。
「こ、これくらい平気です父様、稽古の続きを!」
「……よし、わかった」
稽古の中でさえ、ルディを木剣で叩くのには罪悪感を感じる。
打ち込み稽古を始めさせてから二週間も経つというのに、
未だにこの感覚には顔を顰めてしまう。
だって、こんなに健気なのだ。
稽古でいくら厳しくしても「父様、父様!」と懐いてきて、
「いつもありがとうございます」と言ってくれる良い子なのだ。
こんな子を理不尽に叩こうものなら、オレの感情がえらいことになってしまう。具体的に言うと、罪悪感で3日は寝込む自信がある。
ましてや追い出して他所の家で働かせるなんて、もはや悪魔の所業だ。
オレはいつの間に魂を売り渡してしまったのだろうか。
……でも、そうしないとシルフィとお互いに依存しっぱなしになるから、長い目で見れば引き離す方がルディのためなんだよなぁ……。
分かっちゃいるが、内心は複雑だ。
だから、何とかしてルディを馬車に乗せなければならない。
その為には、ルディを言葉で納得させるか、意識のない間にでも簀巻きにするかしかない。
説得は無理筋だから、必然的に意識を奪う方向になるが……。
あ。
意識を奪うと言っても、それは力ずくじゃなくてもいいんじゃないか?
例えばそう、寝ている間に運び出すとか。
馬車が来るのは昼頃だから、ゼニスに頼んで子守唄でも歌って寝かしつけてもらえばいいんじゃないか?
これだ。
この方法なら、ルディを傷付ける必要がなくなる!
ついでにオレの精神も死なずに済むし、暴力親父として娘から嫌われる心配もない!
なんだ、やりようはいくらでもあるじゃないか、今日のオレは冴えてるな!!
「よしっ、今日の稽古はこれまで!」
「はぁ、はぁ……ありがとうございました!」
---
翌日。
タイミングを見計らってゼニスにルディを適当な口実で呼び出してもらい、眠りこけたところをギレーヌに引き渡した。
ゼニスの膝の上でスヤスヤと眠るルディの寝顔はまるで天使のようだった。
こんな子を他所の家に送り出すとはとても正気の沙汰とは……いや、もうそれは諦めよう。
これはルディのために必要なことなのだ。
送り出す時には、俺がルディを売り飛ばそうとしていると勘違いしたシルフィが殺意の篭った魔術をぶち込んで来て、危うくルディが目を覚ましそうになってしまった。
ルディめ、可愛い顔してなんてもんを教えてやがる。
シルフィを宥めるのはロールズに任せて、オレは久方ぶりに顔を合わせたギレーヌに向き合う。
「オレたちの娘を頼む」
「ああ、任せろ」
「その、フィリップんとこには山……エリオットっていう聞かん坊が居るんだろう。
くれぐれも、ルディに手を出さないように見張っといてくれ。
色んな意味でな」
「エリオット様は確かに乱暴者だが、あれでいてあたしの言う事は聞いてくれる。そんなに心配するな」
「いやお前、見てないところでとか色々あるかもしれんだろ。
その手の奴はちゃんと相手を選ぶし意外と周りを見て好き勝手するもんだ。
お前が見てる時だけじゃなくて寝てる間にも気を配ってくれ」
「無茶を言うな……まさかお前がここまで子煩悩になるとはな、パウロ」
「うるせぇな。
ルディは無防備なところがあるんだからホント頼むぞ?」
いざ別れの時となると、不安が次から次へと湧いてくる。
ギレーヌは剣の腕だけは確かだから、抑止力にはなってくれるだろうが……それでもやはり心配だ。
すると、ノルンを抱いたゼニスが隣に来た。
「パウロ、あんまりギレーヌを困らせちゃ悪いわよ。
大丈夫、あの子だって心配するほど弱くはないもの、
私たちの子なんだから……ぐすっ」
「そりゃあそうだが……
お前だって、やっぱり心配なんだろう?」
「いいえ、心配なんてしてないわ……少し寂しいだけ。
10歳の誕生日には会いに行く予定なんでしょう?
我慢できるわ」
「……そうだな」
「旦那様、奥様、そろそろ……」
リーリャに言われて、オレたちはルディとギレーヌの乗った馬車を見送った。
自分で仕組んだこととはいえ、次に会えるのは3年後か……。
何か大きな間違いをしてしまったような気分になりながら、その日はいつもより1人少ない食卓を囲んだ。
---
年月は過ぎ、ノルンとアイシャも大きくなってきた。
2人の娘はルディと違って年相応だ。
アイシャの方が歩き出すのも話し始めるのも早かったが、それだけだ。
2人ともが特に大きな怪我も病気もせず、元気に育ってくれている。
喜ばしい限りだ。
ルディは今頃どうしているだろうか。
結局10歳の誕生日パーティには、魔物の活性化と重なって子供たち2人ともが熱を出したために、家族の誰も行くことが出来なかった。
騎士としての仕事と、看病があったからだ。
仕方のないことだが……やはり楽しみにしていただけに、会えなかったのは残念だ。
ルディが帰ってくる時には12歳だが、その時には盛大に10歳の誕生日の分も合わせて帰還祝いをしてやりたい。
あと2年かぁ……。
時折フィリップから届く手紙では、ルディの家庭教師としての働きぶりが非常に好意的に書かれているから、上手くやってはいるんだろう。
噂の山猿のこともきっちり躾けていると言う話だし、他の教師からも頼りにされているらしい。
さすがはオレの娘だ。
本人の気持ちも固まっているから山猿の嫁に迎えたいとかいう戯言には「断固許さん」と強めに断る手紙を送り返しておいたが…………もし、本当にルディが望むなら、娘の幸せを第一に考えて…………いや、いや。
可愛い娘だぞ?
どこの馬の骨……かは分かっているのか。
だが、姿を見たこともない乱暴者にそうやすやすとくれてやるわけにはいかない。
きちんとオレがこの目で確かめて、ぶちのめしてやる。
話はそれからだ。
庭先で剣を振りながら、ルディがいた頃を思い出す。
3歳で中級水魔術をぶっ放し、2階の壁を壊したルディ。
ロキシーと一緒に水浴びをして、ご機嫌だったルディ。
5歳で卒業試験に合格して、ロキシーとの別れを乗り越えたルディ。
シルフィと友達になって、嬉しそうにしていたルディ。
7歳で剣術を習い出して、いきいきとしていたルディ。
全ての記憶が懐かしい。
思い出すだけで口の端が緩んでしまうのを感じる。
ルディと本格的に仲良くなれたのは、たしかリーリャの一件で守るべき父親の威厳が粉砕されてからだったな。
やはりいらんプライドなんてあっても邪魔なだけだ、
そのせいでぎこちなくなってちゃ世話ないさ。
ルディにはついぞ伝える事はなかったが、
その頃からオレはルディのことを半ば息子のように感じている節があったと、今では思う。
もちろん良い意味でだ。だってそうだろう?
普通は7歳の娘に下世話な話をしても、理解されないか嫌われるかのどちらかだろうからな。
冒険者時代にはパーティメンバーのギースと女の話や下ネタで盛り上がる楽しみがあったが、結婚してからはそれがパタリとなくなった。
その時と全く同じとは言えないが、ルディがある程度ソッチの話にも寛容だったことは、オレのそういうバカな話で盛り上がりたい欲を満たしてくれた。
他人からみたら下品この上ない親子だったろうが、
オレはそれが嬉しかった。
そう考えると、ルディって結構男っぽいところがあるな。
小さい頃はゼニスが推す可愛い服をあまり積極的に着たがらなかったし、髪もそれほど伸ばそうとはしなかった。
ある日には自分で肩口くらいまでバッサリいって、
ゼニスが発狂して以来はポニーテールに落ち着いたんだったか。
父親の不始末をリカバリーする頼もしさもあるし、
剣術にだって意欲的だった。
……ま、色々と言いはしたが、それでもオレにとってルディは可愛い可愛い娘っ子だ。
「パウロ、お疲れ様」
庭での鍛錬を終えると、ゼニスが出迎えてくれた。
腕の中にはノルンを抱えている。
ノルンは甘えん坊で、3歳になった今でもだっこがお気に入りだ。
ゼニスが渡してくれたタオルで汗を拭い、椅子に座って一息つく。
部屋の一角では、リーリャが同じく3歳のアイシャに何かを教えていた。
英才教育には反対なんだがなぁ……。
何かきっかけでもあれば良いんだが、
言っても聞き入れてくれないんだよなぁ……。
「……ウロ。パウロ!」
「あ……?」
「もうっ、全然気が付かないんだから……」
「わ、悪い、考えごとをしてたんだ」
「そう。それより、ほら。
ノルンがだっこしてもらいたがってるわよ」
見ればゼニスも椅子に座り、ノルンを床に下ろしていた。
ノルンは何かを言いたげにオレを見上げている。
「女の子は大きくなったら父親との接触を嫌がるようになるわ。
ルディだって、もう一緒には剣を振ってくれなくなってるかもね」
それはどうだろう。
「父様、父様!」と懐いてくれていたあのルディが、
オレを拒絶するようになるとは考えづらいが。
「ノルンもあっという間に大きくなるわ。
だっこできるのも今のうちよ?」
「う……だが俺は威厳のある父親に……。
そうやすやすと子供を抱いたりは」
「んもうっ。
あれだけルディルディってべったりだったのに今更じゃない。
ほーら、だっこ! ね?」
ウジウジと尻込みするオレに、痺れを切らしたゼニスがノルンを抱え上げてオレに差し出してきた。
釣られてオレも立ち上がる。
抱えられたノルンは、期待を隠しきれないように両手をオレに向けていた。
……まあ、今だけだもんな。
こうしてだっこできるのも……。
だっこしてあげると、ノルンは花が咲いたような笑顔になった。
それを見て、ルディを懐かしんで寂しくなっていたオレの胸は温かいものに満たされた。
ああ、やっぱりオレたちの子供は可愛いな。
ルディと同じように、ノルンも────。
その時、視界の端にあった窓から白い光が差してきた。
なんだ、いったい……。
────気付けばオレは、ノルンを抱いたまま草原にいた。