【TS】無職転生 ルディ子 ss   作:みいけ

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9.「再会」

「ううぅ……お腹いたぃぃ……」

 

ドルディアの村を出発してから二ヶ月が経とうとしていた。

 

大森林を抜け、ミリス神聖国の首都ミリシオンへの到着を目前に控えたある日、揺れる馬車の中で私はお腹を抑えて蹲っていた。

 

初経を迎えてから、4度目の生理が来たのだ。

 

これまでの経験からすると2日目が一番辛くなるのだが、今回は腹痛が1日目からフルスロットルだ。

頭痛や倦怠感といった他のデバフも軒並みパワーアップしている気がする。

 

旅の疲れが出たのだろうか。 

 

「もう少しで街に着く。頑張れ」

「お嬢、気張れよ! うまい飯作ってやっから!」

「大丈夫だルーディア、俺が付いてる!」

 

男性陣からの熱い声援を頂くが正直それどころじゃない。

 

「う……頭に響くから黙ってて……」

 

二日酔いのOLみたいな返事をして、初日はグロッキーなまま馬車に揺られていた。

 

---

 

翌日にはミリシオンに到着した。

 

聖剣街道から町並みを一望することができたのだが、とても美しい景色だった。

こんな体調だから、あまり景色を楽しむ余裕がなかったのが悔やまれる。

映画の重要シーンを寝ぼけながら見流してしまった時のような勿体なさを感じる。

 

町中には南側にある冒険者区から入った。

入ってすぐのところには、馬屋と宿屋が立ち並ぶ。

 

不規則に揺れる馬車ではあまり身体を休められなかったので、早いところ宿を取って柔らかいベッドで休みたい。

 

「さてと、俺はアテがあるから、ここらで失礼するぜ!」

 

とりあえず馬屋に馬車を預けると、ギースが唐突にそう言った。

 

本当に急だった。

そりゃ最初から町に着くまでだとは言っていたが、宿までは一緒にいると思っていたのに。

 

「ギース、もう行っちゃうんですか……?」

「何だお嬢、寂しいのか?」

「そりゃ寂しいですよ」

 

ギースのからかうような言葉に素直に答える。

思い返せば村を出てからここ2ヶ月、ギースのいる旅は楽しいもんだったからな。

 

デッドエンドの男衆は基本的に無口だ。

ルイジェルドは言わずもがな。

 

そして意外に思うかもしれないが、エリオットも話し声がでかいだけであまり口数が多い方ではない。

これまで会話が少ないことを苦痛に感じたことはないが、退屈に思うことはあった。

 

そこにおだて上手でお話上手なギースの登場だ。

パーティは一夜にして楽しげな会話の絶えないアットホームな環境に早変わりした。

加えて振る舞う料理が絶品とくれば、居なくなったら寂しく感じるのは無理からぬことだろう。

 

それに、ギースは命の恩人だからな。

一緒にいるだけでルイジェルドとはまた違った変な安心感があったことも、寂しさに拍車をかけていた。

 

ギースは私の言葉を聞いて、ちょっと照れたかのようにそっぽを向いて指先で頬をかいた。

そしてフッとニヒルに笑うと、私の頭に手を乗せてポンポンと撫でてきた。

 

「そう寂しがんなよお嬢。

同じ町にいりゃあまた会えるさ。

それに、そういう言葉は好きな男に取っとくもんだぜ」

「次に会った時には料理を教えてくれますか?」

「だからそいつは嫌だっつの」

 

すげなく断ったギースはルイジェルドやエリオットとも二言、三言と言葉を交わして、ヒラヒラと手を振りながら街の雑踏へと紛れていく。

 

二ヶ月間一緒にいたとは思えない程、あっさりとしたものだった。

 

と、ギースは雑踏に消えていきそうになり。

ふと振り返った。

 

「あっ、そうだお嬢。

体調良くなったら、冒険者ギルドには忘れず顔出せよ!」

「……ん? わかってますよ!」

 

無論、言われるまでもないことだが……。

ギースは私の返事を聞いて、今度こそ雑踏へと消えていった。

 

---

 

宿を取ったら、いつも通りのルーチンワークをこなす。

装備品の手入れに部屋の掃除、洗濯、補充品のチェック等々。

 

到着したのが昼下がりだったからか、全てが終わる頃には日が落ちていた。

まあ、元々今日は身体を休める予定だったし、ギルドに行くのは明日調子が良ければで良いだろう。

 

ベッドで休んでいたい衝動を抑えて食事を取った後は、恒例の作戦会議をこなしてこの町における行動方針を決めた。

 

ひとまず、私の体調も普段より芳しくないので明日は休日とした。

町に着いたら手紙を出そうと思っていたから、余裕があれば便箋を買いに行くくらいはできたらいいな。

 

男2人はというと、それぞれ用事があるらしい。

 

エリオットは、かねてから憧れていたゴブリン退治に。

ルイジェルドは、昔の知り合いに会いに行くのだとか。

 

そういったことを話し合って、この日は眠りについた。

 

---

 

翌日。

腹の鈍痛で目が覚めると、2人はまだ休んでいるところだった。

 

エリオットは隣のベッドでぐーすか眠り、ルイジェルドは部屋の隅で座りながら槍を抱えつつ眠っている。

通常運転だな。

 

こっちは生理で辛いってのに……いやいや、2人は充分気遣ってくれていた、イライラしてはいかんよ。

 

体調は相変わらず優れないままだが、昨日に比べるとはるかにマシになってはいる。

しかし今回の波はいつもより重めだったためか、気軽に外に出ようと思えるほど回復している訳でもない。

 

となると、うん。

今日のところは、大事をとってお休みしよう。

 

魔の2日目を乗り越えたとはいえ、やはり普段よりも体調が良くないのなら休むべきだ。

そう思って、布団を被り直す。

と同時に、エリオットがもぞりと起き上がった。

 

「うぅん……ルーディアおはよう……」

「はい、おはようございます」

「体調は……?」

「まだちょっと休んでた方が良さそうなので、今日は宿で大人しくしてます」

「そっか……ふぁ……」

 

目を擦りながらあくびを一つ。

エリオットはベッドから降りて、洗面台へと向かっていった。

その足音に、ルイジェルドが片目を開ける。

既に起きていたのだろうか。

 

「出掛けるのは明日にする」

「え?」

「お前が動けないと言うのなら、1人にはせん。

付いておいてやろう」

 

つまり、私のことが心配だから予定を繰り下げるということだろうか。

気持ちはありがたいが、実際動けないというほどではない。

気を遣わせてしまったみたいで、何だか悪いな。

 

「そんな、大丈夫ですよ。

昨日よりはマシですし、知り合いに会うんでしょう?」

「俺のことなど後回しで良い。遠慮はするな」

 

しかし、断ろうとしたら有無を言わさない口調でそういうことになってしまった。

今日のルイジェルドはやけに過保護だ。

 

……いや、今日に限らず、ここ最近は何かとこういった気遣いをしてくれていた気がする。

旅の間、私が1人になりそうな時には近くにいるようにしたりとか。

 

もしかして、この前のドルディア村での一件が原因なのだろうか。

もう数ヶ月も前のことだというのに、私が酷い目にあったと思って気にしてくれているんだろうか。

 

まあ、何でも良いか。

ルイジェルドはこうと決めたら曲がらない頑固者だし。

お言葉に甘えて、看病から使いパシリまで頼らせてもらうことにしよう。

 

「じゃあ、今日一日、お世話になります」

「ああ」

「何の話してるんだ?」

 

そうしていると、顔を洗ってきたエリオットがタオルを首にかけながら戻ってきた。

眠気が抜けて、いつも通りのキリッとした表情だ。

 

「ルイジェルドさんが、今日は私の看病をしてくれるそうで」

「ふぅん。……俺も、今日は依頼に行くのはやめる」

「あ、エリオットは気にせずゴブリン討伐に行ってくれて大丈夫ですよ。

せっかくの休日ですし、やりたいことをやってください」

 

昨日の話からすると、前々からずっと憧れていたみたいだしな。

看病も1人居てくれるだけで充分だし、エリオットの休日を邪魔することはあるまい。

そう思ったのだが、私の返事を聞いたエリオットは口をへの字に曲げて、ちょっと不機嫌そうに「フン」と鼻を鳴らした。

 

「? どうしました?」

「何でもない」

 

何か怒らせるようなこと、言っただろうか。

わからん。

ま、エリオットが急に不機嫌そうにするのは今に始まったことでもない。

どうせ元から寝起きで機嫌が良くないとかだろう。

 

そんなやりとりの後、2人は部屋を出て朝食を食べに行った。

私は布団から出たくないのでお留守番、少し寂しい気持ちになる。

 

と思っていたら、すぐに2人は戻ってきた。

2人の手には食事が乗ったお盆。

なんか、病気の時に自室まで料理を運んでもらった時みたいな感覚だ。

ブエナ村にいた頃も、風邪をひいた時にはゼニスやリーリャが同じようにしてくれていたっけ。

 

メニューはパンとベーコンエッグ、温かい野菜のスープだった。

3人で朝食を食べるのはいつものことだが、部屋に持ってきてもらって食べる食事にはいつもと違う温かみがあるような気がした。

 

---

 

エリオットがゴブリン退治に出掛けた後、二度寝して昼前まで眠っていた。

目を覚ますと、ルイジェルドは旅の荷物の点検や槍の手入れをして時間を潰しているようだった。

 

「起きたか」

「ルイジェルドさん。おはようございます」

「ああ。気分はどうだ?」

「あまり変わりませんが……少し、お腹が空いてきました」

「そうか。何か買ってくるが、何が良い?」

 

動かなくとも腹は減る。

私の返事を聞いて、ルイジェルドは槍の穂先に布を巻きながら尋ねてくる。

しかし、一日中ずっと外に出ないというのもな。

エリオットには悪いが、ここはルイジェルドと2人で出掛けるとしようか。

 

「いえ、お昼は私も外に出たいので、一緒に行きましょう」

「わかった」

 

---

 

外に出て適当な店で昼食を済ませた。

本当ならいつもの市場調査もしたいところだが、今日は商品の品揃えを見るのに留めておいた。

 

ミリシオンはさすが人族の豊かな領域とあって、パッと見ただけでも食料品の品揃えがかなり良い。

肉に魚に野菜類、果物。

 

実に美味しそうな食材が所狭しと並んでいる。

魔大陸とは比べ物にならない豊富さだ。

 

特に、新鮮な鶏卵を見つけられたのは良かった。

安く手に入るので、朝のランニング前とかに飲み干すことだって出来てしまう。

ボクサーじゃないのでやらないが。

 

やはり、卵をいただくなら卵かけご飯だ。

米も醤油も手元にないのが、実に口惜しい。

 

いずれ食べたい懐かしの味、TKG。

米はシーローンにあるとロキシーとの文通で確認済みなので、あとは醤油だな。

世界は広いことだし、探せばどこかにあると願いたい。

 

「ここは食料が豊富なのだな」

 

そんなことを考えていると、ルイジェルドも活気のある市場を見てそう思っていたらしい。辺りをゆるりと見渡しながら、呟くようにそう言った。

 

「南の海の方では魚介類が取れますし、ニコラウス川やグラン湖も近いですから、淡水魚もよく取れるようですね。

この辺りでは畜産なんかも盛んにやってるみたいですし」

「詳しいな」

「昔、世界のあらゆる地域の記録を残した本を読んだことがありますので」

 

『世界を歩く』は、実家でゼニスが読み聞かせてくれていた。

特にゼニスはミリス出身だからか、この辺の地域については熱心に教えてくれていたように思う。そのおかげで記憶にもよく残っている。

 

ルイジェルドは感心したように「ほう」と言うと、褒めるように頭を撫でてきた。

別にいいんだが、子供扱いされているみたいでむず痒い。

 

「お前は賢いな」

「お褒めに与かり光栄です」

「む、もう少し端に寄れ。馬車がくる」

 

すると、大通りを通り抜ける馬車に気付いたルイジェルドに肩を掴まれた。

そのままぐいっと抱き寄せられて、逞しい胸板に寄りかかってしまう。横を馬車が危なげなく通り抜け、ルイジェルドは抱き寄せた肩を離した。

 

「ありがとうございます」

「ああ」

 

馬車は徐行しており大して危ないとも思わなかったが、確かにこういう場面では男が女に気を遣うものだろう。こういったエスコートも手慣れているとは、さすがは漢の中の漢ルイジェルドである。見習いたいものだ。

 

……あれ?

そうすると私ってばルイジェルドから女として扱われてる?

成長してきたルーディアちゃんにルイジェルドも首ったけなのか?

おいおい勘弁してくれよ、エリオットとフクザツな三角関係とか……なんてな。

 

今朝と同じで、ルイジェルドは過保護になってるだけだろう。

今しがた頭を撫でられたのも、私のことを子供と見なしているからか。

魔大陸にいた頃は「お前は戦士だ」と言ってもらえた筈なんだけどな。

 

ま、過分な期待をされるよりかはマシだ。

私に出来ることなんて限られているからな。

 

---

 

「あっ」

「どうした?」

 

宿に戻り、魔術で出した白湯を飲んでひと息ついていた時。

しまった、と思った。

 

「手紙を書く道具を買い忘れました」

 

パウロたちに出す手紙を書ければと思っていたのをすっかり失念していた。

せっかく外に出たのだから、ついでに買ってくればよかった。

私の返事を聞いて、ルイジェルドがゆっくりと立ち上がる。

 

「それなら俺が買ってこよう。お前は休んでいろ」

「えっ、わざわざ悪いですよ。また明日にでも行きますから」

「遠慮などするなと言った筈だ、お前は休め」

 

そう言って、ルイジェルドはさっさと出掛けて行ってしまった。

本当に至れり尽くせりだな。

 

ルイジェルドが買い物に行く間、手紙の内容を考える。

何を書くべきか。

思えば、生前を含めても家族宛に手紙なんて書くのはほとんど初めてかもしれない。

 

ロキシーとは文通していたから書き方が分からないわけではない。

が、やはり家族相手だと少し照れ臭さが出てきてしまう。

ふむ。

生存報告はマストとして、どこから書いたものか……。

 

文面を考えるが、腹と頭が痛いのと身体が怠いので上手く内容がまとまらない。

これは、一度眠って頭を休めた方が良いかもしれないな。

 

そう思って横になり目を閉じてみるが、夜更かしはしていないのでなかなか眠くならない。

何か適度な運動でもすれば程よく疲れて昼寝くらいは出来そうだが、身体が重いので却下。

 

思えば、旅の間は魔術に頼りきりになっていたから、剣術の訓練はややおざなりになってしまっているな。

大森林でルイジェルドに稽古をつけてもらった時も、鈍っていると指摘されてしまっていたし。

 

ギレーヌから教わった時には水神流の中級と剣神流の初級の認可を貰っていたが、どちらも当時の実力からは落ちてしまっているだろう。

 

体調が戻ったら、エリオットにも付き合ってもらって改めて鍛え直す必要があるか。

パウロたちの教えを無駄にしたくはないもんな。

 

そんなことを考えつつ、部屋の日当たりが悪いせいか少しだけ肌寒さを感じたので、魔術で部屋を温めてみる。

 

『バーニングプレイス』で空気を暖めつつ、風魔術を駆使して空気の循環を作り出す。

気流が出来たら、それを最小限の消費魔力で維持できるように調整、安定させた。

 

ドルディア村の牢屋でも似たようなことはやったが、今回はあの時よりも上手く出来た気がする。

隙間のある牢屋と違って、壁で仕切られた密閉空間だからだろうか。

 

となると、次の課題は環境に左右されずに同じ効果を発揮できるようにすることか。

開けた場所で使うとなると、空気の境目が分かりづらくて操作が難しいんだよな。

 

「戻ったぞ……少し暑いな」

 

と、あれこれと試行錯誤していると小一時間が経っており、ルイジェルドが帰ってきた。

 

その手には便箋だけじゃなく、小ぶりな紙袋が抱えられていた。

中身を見てみると、いくつかの赤い果実。

実に美味しそうなリンゴだった。

 

寄り道してお見舞いの品まで用意するとは、ルイジェルドはいつの間に気遣いスキルにポイントを振ったんだろうか。

 

「すみません、ちょっと暖房をかけてました」

「そうか。相変わらず器用なものだな」

 

ルイジェルドが少し暑そうにしていたので、窓を開けて換気した。

室内よりも少しだけ冷たい外気が密閉されていた部屋に入り込み、少しずつ暖かい空気が抜けていく。

 

ペンとインク、便箋を受け取って、考えながら書こう……と思ったところで、ちょうど眠気がやってきた。魔術を使って少し疲れたか。

 

「そういえば、先ほど道でお前に似た……」

 

ルイジェルドの言葉を最後まで聞くことなく、私の意識は眠気の波に呑まれていった。

 

---

 

再び目を覚ました時には、すっかり日は落ちかけて夕暮れ時になっていた。

 

暗くなった部屋の外から、ドタドタと階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。

足音はやがて大きくなってきて、

 

「ただいまルーディア!」

 

バン! と勢いよく開かれた扉からエリオットが帰ってきた。

 

一応病人みたいなのが寝ている部屋なのにその辺を気にしないとは、さすがエリオットだ。

まあ、ちょうど起きていたから目くじらを立てるほどでもない。

 

「随分と元気いいですね。

何かいいことでもあったんですか?」

 

某アロハ小僧のように尋ねつつ、土埃で汚れていた頬をハンカチで拭ってやる。

よく見ると服にも葉っぱとかが付いている。

はて、ゴブリン討伐は森に行かずともできる筈だが。

 

そう思っていると、エリオットは興奮しながら今日あったことを聞かせてくれた。

 

冒険者ギルドで変なやつに出会って、付き纏われたこと。

成り行きで訪れた森で、騎士と子供がきな臭い連中に襲われていたので助けてあげたこと。

はじめて多人数を相手に立ち回ったが、なんとか勝つことができたこと。

 

エリオットの冒険譚だ。

ゴブリン退治は少ししか出来なかったが、それでも満足のいく一日だったらしい。

 

「子供を救ったのか。よくやった」

「ふ、ふん。当然だろ?」

 

部屋の隅のルイジェルドが薄く笑って、エリオットが隠しきれない様子でニマニマと笑う。

褒める師匠に得意気な弟子。

実に心温まる光景だ。

 

そんな風に微笑ましい気分になっていると、サイドテーブルにリンゴが乗っているのが目についた。

傍にはフルーツナイフも添えてある。

 

リンゴを手にとり、ナイフで剥いて、瑞々しい果実にかぶりつく。

シャクシャクといい食感で、甘酸っぱい果汁が起き抜けの乾いた喉を潤してくれた。

美味しいなこれ。

 

ああ、そうだ。

忘れないうちに、夕食前にでも手紙を書いてしまおう。

1日をほとんど寝て過ごして、体調は随分と楽になったからな。

 

向かい合って会話を続ける2人を見ながら、

なんとなく、良い手紙が書けるような気がした。

 

---

 

そして翌日。

体調は生活に支障のないレベルまで回復していた。

 

今回の生理は重めだったが、なんとか山場は越えたといったところか。

やはり丸1日を休みに充てて正解だった。

 

「俺は知り合いの所に行ってくる」

 

私が元気になったので、ルイジェルドはそう言って出掛けて行った。

 

休日ではないが、必ず3人一緒でなければいけないわけでもなし。

今日は街中でできることを済ませ、エリオットと2人でこなせる依頼をやって金を稼ぐとするか。

 

討伐系の依頼なら、この辺りに生息する魔物は魔大陸でブイブイ言わせてきた私たちの敵ではないはずだ。

報酬の高いやつがあればそれをやろう。

 

「俺たちはどうするんだ?」

「まずは消耗品の補充ですね。

それが終わったら、ギルドに行ってみましょう」

 

予定の確認を終えて、出かける準備に取り掛かる。

と言っても、補充品のメモを今一度チェックして、身だしなみを整えるくらいだ。

あとは、昨日書いた手紙を懐にしまえば準備完了。

たいした用意は必要ない。

 

そういえば、ルイジェルドはいつ頃帰ってくるとか言っていなかったな。丸1日はかからないと思うが、古い知り合いなら積もる話もあるだろう。

帰ってくるのが夕方くらいとして、それまではエリオットと2人きりか。

 

いそいそと支度をするエリオットは、昨日の朝とは違って少し機嫌が良さそうに見える。

ルイジェルドに褒められたのがよほど嬉しかったんだろうか。

 

だとしたら少し妬ける。

家庭教師時代には、問題が解ける度に褒めても次の時間にはいつも嫌そうな顔をしていたからな。

 

先生として負けた気分だ。

 

……まあ、ルイジェルドは普段の稽古じゃ「わかったか?」としか言わないしな。

滅多に褒めない奴が褒めるから、価値があるのかもしれない。

 

---

 

町に出て、メモを見ながら生活用品などの消耗品を買い込んでいく。

店の場所はまだ把握しきれていないので、辺りを見回しながらゆっくりと周る。

さながらお散歩デートのような感じだ。

 

「見ろルーディア、あそこに変なのがある!」

「お土産屋さんですね」

 

「あっ、武器屋だ! ちょっと寄ってこう!」

「装備品は足りてますから、見るだけですよー」

 

「なぁ、あの屋台で売ってるやつ」

「もう、1本だけですからね?」

 

と思ったら、エリオットは気になる物が目に入る度に走っていってしまうので、必要な買い物は少しずつしか出来ていない。

デートというよりも、まるで手のかかる子供と出掛けているような気分だ。まあ、私も楽しめているから良いんだが。

 

エリオットは先んじて屋台に駆け寄って、メニューが書かれた看板と店先の品物を見比べていた。縁日とかでよく見る、串焼きのようなものを売っている店だった。

 

「これ2本!」

「あいよ、大銅貨4枚だ。ちょっと待ってな」

 

1本だけと言ったのに、エリオットはさっそく2本注文していた。

今のところ金に余裕はあるから咎めることはしないが……ここは代わりに、計算問題を出してみることにするか。

 

最近じゃ使う機会もなかったし、良い復習になるだろう。

 

「エリオット。いま買った品物の代金を、銀貨1枚で支払ったらおつりはいくらになりますか?」

「ぅえっ!? えっ……と、銀貨1枚は大銅貨10枚だから……大銅貨6枚?」

「おお、正解です。ちゃんと忘れずにいてくれたんですね」

「こ、このくらい当たり前だ!」

 

エリオットのことだから忘れてしまっていてもおかしくないと思っていたが、これなら教えた甲斐があったというものだ。

この後の買い物でも、ちょっとずつ問題を出してみよう。

 

銀貨を渡して、お釣りを受け取る。

串焼きはエリオットに任せると、1本は私の分だと言って渡された。

 

今は昼飯時より少し早い時間だ。

串焼きはちょっとしたおやつみたいなものだな。

焼き鳥みたいな感じで美味かった。

 

---

 

そんな風に、時折道草を食いながらメモのリストを買い揃えていくと、すっかりと昼飯時は過ぎてしまっていた。

ギルドに赴く前に適当な場所で昼飯を済ませるべく、キョロキョロしながら飯屋を探す。

 

そうしていると、入り組んだ細い路地の多い、宿場街のような場所に出た。

 

この辺りは酒場と併設されている宿もあるのか。

目の前には『門の夜明け亭』という宿があり、隣の酒場はかなり大きかった。

 

「お昼はここにしましょうか」

「わかった」

 

そう言って、その酒場の方に歩き出したその時だった。

 

「きゃっ」

「おっと」

 

背中の方に、トンッと軽い衝撃。

少しだけ驚きながら振り返ると、そこには金髪の幼い女の子がいた。

女の子は私にぶつかった拍子に尻餅をついていた。

 

「大丈夫ですか?」

「あっ、ご、ごめんなさ…………おかあさん?」

「えっ?」

 

助け起こそうと手を差し出して……女の子の言葉に虚を突かれた。

おかーさん? 私が?

人違いにしても、まだこんな子供がいる歳ではないというのに。

 

「ルーディア、その子……」

 

エリオットが少しびっくりしながら、私と子供を交互に見やる。

なんだ? 私たちの顔に何かついていたんだろうか?

 

そう思いながら、女の子の顔をよく見てみると。

 

その目鼻立ちは、幼いながらも在りし日のゼニスにそっくりで、どこかパウロの面影も感じられた。

 

……まさか、まさか。

随分と大きくなっているが、この子は。

 

「……ノルン?」

「……! こっち、来て!!」

 

一目みてわかった。

この子は、私の妹の一人。

ノルン・グレイラットだ。

 

名前を呼んだことで、ノルンは何か確信を得たのだろうか。

私の手を掴むと、ちょうど入ろうとしていた酒場へと引っ張って行った。

 

---

 

酒場には、木製の丸テーブルが10席ほど並んでいた。

 

「おとうさん! おかあさんいた!!」

「の、ノルン、私はお母さんじゃなくて、君の姉で……」

 

手を引かれるがままに酒場に入ると、ノルンはそうやって叫びながら店内を進んでいく。

「おかあさん」と大声で叫ぶものだから、周りの客から妙な視線が注がれるのがわかった。

 

そりゃそうだ、最近は少し背が伸びてきたとは言え、まだまだ見た目は子供なのだから。胸の大きさも年相応。

こんなのが「おかあさん」とは到底思えないだろう。

 

そんな視線にはエリオットが威嚇するようにガンを飛ばしてくれるのだが、あまり目を逸らす奴はいない。

いつもと少し、様子が違う。

……ていうか、ノルンは今、「おとうさん」って言ったのか?

 

てことは、パウロが居るのか?

7歳の頃、眠る私をボレアス家に送りつけたロクデナシ親父が。

まあ、仕事の斡旋を頼んだのは私だが。

 

「おとうさん、起きて!」

 

やがてノルンは1つの丸テーブルの前で止まった。

そこには、ボサボサの茶髪を後ろで一本にまとめた男が座っていた。

酒の入ったジョッキを握りながら、だらしない格好でテーブルに突っ伏した男が。

 

顔を見なくても、雰囲気で分かった。

 

この男は、パウロだ。

4年ぶりのパウロ。

やっと会えた、念願の家族。

 

パウロ。パウロ……!

 

「……んぁ? おお、ノルン……どうした……?」

 

ノルンに身体を揺らされて、パウロはゆっくりと身を起こした。

たった今まで眠りこけていたのだろう、酔いもあってか目つきはトロンとしていた。

 

しかし、久々に見たパウロの顔。

一緒に住んでいた頃のやんちゃな顔つきとは随分と変わっている。

 

ひどい顔だ。

 

頬はげっそりとやつれていて、目の下には隈があり。

無精髭を生やして、髪はボサボサ。

なんというか、全体的にやさぐれている印象だ。

 

酒だって、昔は嗜むくらいにしか飲まなかった筈なのに、随分と酔っ払っているように見える。

 

目を離した隙に、自殺でもしてしまうんじゃないかと思ってしまう程の有り様だった。

 

記憶にあるパウロと一致しない。

いったいどうしたんだ……?

 

「見て! おかあさんいたの!」

「ゼニスが……?」

 

そう思っていると、ノルンにビッと指を向けられて、その先を見たパウロと目線が合った。

パウロはうつろな目をしていたが、見つめ合ううちに、やがてその目に光が戻っていった。

 

「あ、ああ……ゼニス……お前、こんな所にいたのか……」

 

パウロが立ち上がった勢いで、座っていた椅子がガタンと倒れた。

しかしそんなことはまるで気にせずに、パウロは覚束ない足取りでフラフラと近寄って来る。そして、数歩歩いたところで躓いて、前のめりに転びそうになった。

 

咄嗟に、よろめくパウロを抱き止める。

すると、パウロは膝立ちになったまま私を抱きしめてきた。

久々に触れ合ったパウロは、心なしか身体が小さくなっているような気がした。

 

「ゼニス、ゼニス……どこ行ってたんだよ……本当によかった……」

 

近づくだけでむわりと酒の臭いが漂ってきた。

パウロめ、相当飲んでいるな。

目の前の可愛い長女のことを、ゼニスと勘違いしているのだ。

 

「……はい、あなた。私はここにいますよ」

 

しかし、かなり感極まっている様子だったから、咄嗟にそうやって返事をした。

ついでに頭を撫でてやると、パウロは涙まで流し始めてしまった。

 

「もうどこにも行かないでくれ……ずっと一緒に……」

 

それにしても、話している内容からするとゼニスはパウロと別行動していたんだろうか?

大方、パウロがまた不貞をやらかして喧嘩でもしたんだろうが……いや、そもそもなんでパウロはミリスにいるんだ? 

いかん、理解が追いつかない。

 

「本当に、無事で……あれ?

ゼニス、おまえ、ちょっと小さくなったか……?

あれ……?」

 

そう思っていると、パウロは抱きしめながらペタペタと身体を触ってきた。

両手が何かを確かめるように動き、背中、腰へと移動していく。

やがて尻に到達して、撫でり撫でりと無遠慮に撫でられた。

 

「チッ……。その人、ルーディアの父親なんだよな?」

「ええ、まあ……。

あの、大丈夫ですから殴ったりしないでくださいね?」

「……わかってる」

 

そうやって話していると、パウロは尻を撫でるのをやめて、抱擁を解いた。

 

「ゼニス……えっ? あれ?

お前、まさか……ルディ?」

 

ここで初めて名前を呼んでもらえたので、私はホッとしながら返事をした。

 

「はい、可愛い娘のルーディアちゃんです。

……お久しぶりです、父様」

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