真面目な話をするということで、ノルンはパウロの部下だというおっぱいのでかいお姉さんに連れられていった。
エリオットにも、親子水入らずということで席を外してもらった。
今は隅の方の少し離れたテーブルで、ちびちびと所在なさげに飲み物を飲んでいる。
先に昼食を食べていて良いと言ったのに、律儀に待ってくれているらしい。
さて、と目線を目の前に座るパウロに移す。
パウロは団長だとか呼ばれていたが、ブエナ村の駐在騎士としての仕事はどうしたのか。
いつの間にか転職でもしたんだろうか。
それでミリスに移住したとか?
それならそうと、ロアにいる時に手紙でも送っておいてほしかったと思うが……まあ、まずは話を聞くことからだ。
「……まあ、なんだ、ルディ……よく生きていてくれたな。
さっきはすまなかった」
そう言って、パウロは気まずそうにしながら頭を下げた。
心なしかゼニスじゃなかったことにガッカリしているような感じだが、後で仲は取り持ってあげるつもりなので安心してほしいと思う。
それにしても、久々の再会だというのに意外とあっさりしているな。
もっと喜びながら抱きしめてくれると思っていたんだが……期待しすぎだったのだろうか。
「いえ、それはいいのですが……その、父様たちはどうしてここに?」
そう言うと、パウロの表情が強張ったような気がした。
「どうしてって……伝言を、見ただろう?」
伝言。
そういったものを見た記憶はない。
何のことかわからず首を傾げていると、これまでどうしていたのかと聞かれた。
事情を聞きたいのはこっちも同じだ。
でも、パウロからしたら1年以上も行方不明だった娘がどうしていたのか、まずはそれを知って落ち着きたいだろう。
そう思って、私はこれまでの道程を説明することにした。
「どうしたもこうしたも……大変でしたよ。
父様は、1年半ほど前に起こった魔力災害を知ってますか?
そのせいで私、魔大陸まで飛ばされちゃって────」
「最初はもうダメかとも思いましたけど、ルイジェルドさんに助けてもらいまして。あ、ルイジェルドさんていうのは、なんとあのスペルド族で、すごく強い方なんですが」
「そこで訪れた村が、なんとロキシー先生の故郷だったんですよ。
旅の方針を決めたのはその時で」
「冒険者ぐらしというのも慣れてくるとなかなか楽しかったです。
でもご飯が美味しくないのはどうにも我慢できなかったですねー。
なので、私が考案した土魔術による圧力土鍋で調理することを思い付かなければ」
「魔大陸とか言って、私にかかれば余裕でしたよ!」
「船ではエリオットが船酔いしちゃって。
私の膝枕でずっとヒーリングを掛けてあげていたんですよ!
その時の弱っているエリオットが、普段とは違って可愛らしくて」
「そう、そこで見つけたのは密輸人に攫われた獣族の子供たち!
義憤に駆られたルイジェルドさんの指示のもと、私は捕まった子供たちを治癒して聖獣様と呼ばれる子犬も助けたりして」
「助けたお礼にと連れて来られたのは竜宮城、あいやドルディア族の村でして、そこで出会ったのは」
「もういい」
冒険譚を語る口調に熱が入ってきた頃、そう言って、パウロは私の話を遮った。
パウロは眉間に皺を寄せて、何かに苛立った様子でこちらを睥睨してきた。
「と、父様……?」
「お前がこの一年ちょっとの間、遊び歩いてたって事は、よくわかった」
「あ、遊んでたって。
やだなぁ、私も、それなりに大変だったんですよ?」
「どこがだ?」
「えっ?」
「お前の口調からは、大変さなんて微塵も感じられねえ」
それは、そういう風に話したからだ。
たしかに、ちょっと調子に乗っていたかもしれないけど。
落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。
そう伝えたかっただけなのだ。
パウロに安心して欲しかったから。
しかし、パウロは何が気に食わなかったのだろうか。
指先で机をトントン叩いて、不機嫌さに拍車が掛かっていた。
「お前が来てくれたと分かった時は、
もしかしたらと思ったが……期待はずれだ、ルディ」
「なっ」
なんだ、それは。
期待はずれ?
いったい、何の話をしている?
パウロが私に何を期待していたのかわからない。
だが、そんなことを言われたら流石に黙っちゃいられなかった。
「いきなり何ですか期待はずれって!
そんなことを言われる筋合いはないはずです!」
「筋合いがない?
ハッ、馬鹿言うんじゃねぇ、そんなわけねぇだろうが。
お前ほど優秀なら、もっとやれたはずだろうが!
冒険者ごっこなんかよりも、もっと別のことをな!」
「別のことって、何ですか!」
何かがおかしいと思った。
会話が噛み合わない。
しかし、パウロの理不尽な罵倒が、頭の冷静な部分を奪っていく。
私はただ、家に帰るために必死だっただけだ。
冒険者になったのだってそのためだ、決して遊びのつもりはない。
エリオットと一緒に無事で帰らなきゃって。
どうすればルイジェルドの信頼を裏切らないで済むか考えて。
必死だったんだ。
それなのに、どうしてやっと会えた家族にそんな風に言われなきゃいけない。
もっと別のことって、何なんだよ。
そんな反論が、次々に浮かんでは消えた。
悔しくて、目の前の分からず屋を睨み付ける。
すると向こうもまた、話の通じない奴を見るように睨みつけてきた。
なんでだ。
前はそんな顔する奴じゃなかっただろ?
そんな目を私に向けたことなんて、なかっただろう?
「何ですか、だと?」
そう思っていると、パウロが俄に立ち上がった。
「そんなもん決まってるだろうが!」
テーブル越しに胸ぐらを掴まれて、身体が持ち上げられる。
ヤバい。
思ったより本気で力を込められている。
対応を間違えば今すぐにでも殴られそうな剣幕だ。
「ひっ」
息が詰まる。
苦しい。
怖い。
まるで、大森林の時のような……
「行方不明者の捜索だ!
お前が魔大陸を探してりゃ、今頃家族の誰かは見つかってたかもしれねぇだろうが!!」
吐き捨てられた言葉に、頭を殴られたような衝撃を感じた。
行方不明。家族。
見つかってた、かもしれない……?
てことは。
それってつまり。
「まさか……母様たちは、行方不明なんですか!?」
「ああそうだよ! ゼニスも、リーリャも見つからねぇ!
転移したのはお前だけじゃねぇんだよ。
ブエナ村の奴らみんな……それどころか、フィットア領全体が巻き込まれた」
そんな…………
あ。
そういえば人神が言っていた。
『大規模な魔力災害』って。
なんで私はブエナ村が無事だと思っていたんだ。
「……オレたちはな。
転移した奴らを探すために、こうして捜索団を組織している。
ミリスに居るのは、ギルド本部の方が情報が集まりやすいからだ」
いつしか酒場の客のほぼ全員が、食事をやめてこちらに注目していたのに気が付く。
そうか。
ここに居る周りの客は、みんなパウロの仲間なのか。
「捜索する中で、死んだ奴を大勢見てきた。
覚えてるか、ロールズだってその一人だ」
ロールズ。シルフィの父親。
そうか、彼は死んでしまったのか……。
「生きてても、奴隷にされちまった奴だってたくさんいる。
そんな大変だって時にお前は何してた。
見ず知らずの魔族に媚を売って。
家族を探さず手紙も出さず。
男2人にチヤホヤされながら、姫様気分で呑気に冒険者暮らしか。
それで。ミリシオンにまで来て最初にやったことがアレかよ」
私が最初にやったこと。
初日はほとんど生理で寝込んでいた。
強いて言うなら手紙を書いたことくらいだが……そんなことはパウロは知らない。
確かに家族を探さなかったのは私の落ち度だ。
手紙だって、本当はもっと早く出せたのもその通りだ。
でも、それ以外で気に障るようなことは、何もしてないはず……
「ゼニスのフリなんかしやがって。
楽しかったかよ、ええ? 馬鹿な親父をおちょくるのはよ。
憐れむフリして見下しやがって!」
「ちが……私そんなつもりじゃ……!」
「それ以外に何があるってんだ!」
ショックだった。
パウロが言ったことは完全に被害妄想だ。
見下してなんかいない。
断じて違う。
久しぶりにパウロを見た時、私は安心したのだ。
そりゃ、酒を片手に眠りこけていたのには驚いたし、相変わらずだらしない奴だとは思ったが、やっと家族に会えたのだ。
嬉しくないはずがない。
でも、死にそうな顔をしているのを見て不安になった。
だから、生気を取り戻していくのを見て、せめてひと時でも安らいで欲しかった。
たとえゼニスと勘違いされたのだとしても。
それ以上のことは考えていない。
……でも、余裕のないパウロからしたら、そういう風に映ったのかもしれない。
遊び気分で呑気にしている娘が、居場所の分からないゼニスの真似ごとをしてきたのだから。
そう思うと、それ以上何も言い返せなかった。
胸ぐらを掴みながら、憎々しげに睨みつけてくるパウロ。
……その怒りも当然か。
私は間違えた。
対応を、行動を、間違えたのだから。
---
「離せよ」
「……あ?」
「聞こえなかったか?
ルーディアから手を離せと言ったんだ」
気付けば。
テーブルの隣に、誰かが近寄って来ていた。
その誰かは、私を持ち上げるパウロの腕を横合いから掴んでいた。
「誰だテメェ。親子の会話に首突っ込んでじゃねぇよ」
「黙って見てれば……ルーディアの苦労も知らないくせに、好き勝手言うな。お前なんか、父親失格だ」
「その赤毛……そうか、テメェ。
フィリップんとこのガキか」
エリオットだった。
いつの間にか、彼は酒場の隅から移動して来ていたらしい。
彼にしては珍しい事に、その声は静かだった。
静かなまま、パウロに殺気の籠った視線を向けていた。
「……チッ」
掴まれた腕には、エリオットの指が固く食い込んでいた。
その程度で根を上げるパウロではない。
しかし、顔を顰めながら舌打ちをして、私を掴む手を緩めた。
「っ! けほっ……」
急に離すものだから、支えを失った身体が崩れ落ちるように地面に倒れてしまう。
「……で? ボレアスの能無しお坊ちゃまが、なんだって?」
「ルーディアに謝れ」
「テメェに指図される筋合いはねぇ。
そもそもこいつならもっと上手く────ぐはぁっ!」
「謝れっつってんだよ!!」
身体を起こして目線を2人に向けた時には、既にパウロが吹っ飛んでいた。
パウロは周りのテーブルや椅子を巻き込みながら吹っ飛んで、地面に落ちる。
その延長線上には、拳を振り抜いた格好のエリオット。
久方ぶりのボレアスパンチ。
これを見るのは、大森林ぶりだ。
「くそっ! やりやがったな!」
パウロは酒を飲んでいる癖によく動いた。
すぐさま起き上がると、素早い身のこなしで距離を詰め、
待ち構えるエリオットに殴りかかった。
が、エリオットはそれをひょいとかわして、ガラ空きの鳩尾に二撃目を叩き込む。
パウロの顔が苦悶に歪む。
無理もない、並のやつなら既に気絶していてもおかしくないパンチを二発も貰っているのだ。
「ぐおぉっ……」
しかしパウロは倒れなかった。
蹲ることもなく、至近距離に近づいていたエリオットの胸ぐらを雑に掴むと、そのまま掴んでいない方の腕を振るってエリオットの顔面を殴った。
「ぶぁっ!」
エリオットも痛そうな声をあげた。
それでも殺意は消えていない。
すぐに体勢を立て直して、こちらもパウロの胸ぐらを掴む。
そうして、互いに相手を逃すまいと掴み合って。
2人は至近距離で殴り合いを始めた。
「テメェっ、山猿が! ウチの娘に色目使ってんじゃねぇ!」
「ルーディアを大切にしない奴がほざくな!」
「お前なんか、どうせルディの身体目当てなんだろうが!!」
「……ぶっ殺してやる!!」
殴って、殴られて。
時折2人はよく分からないことを口走りながら、殴り合いを続けた。
が、よくよく聞いてみればその内容は私のことを言っているらしかった。
呆然とその様子を見つめていたが、名前を呼ばれて我に返る。
止めないと。
エリオットには、もう私のことで人を殴ったり、殴られたりしないで欲しかった。
パウロには……こき下ろされはしたが、それでも殴られて欲しいわけじゃない。
周りの奴らは、喧嘩を止めもしないで見ているだけ。
そんなギャラリーに苛立ちを覚えるが、それで喧嘩が止むわけではない。
だから、慌てて起き上がって、掴み合いになっている2人を引き剥がそうとした。
エリオットを庇うような立ち位置で、無我夢中で割って入って。
「この山猿が!!」
「やめてください父様! 父ざっ」
「あ……」
---
「ルーディア! ルーディア!?」
「ぅ…………ゃめ……とうさ……」
……意識を失っていた。
そんなに長くはない。
数秒といったところだろうか。
視界がチカチカと点滅する。
遠くの方でパウロが棒立ちになっていた。
あれ、なんで?
今、近くにいた筈なのに……。
思い出した。
殴られたんだ。
パウロを止めようとして……
「うっ……ぁぁ……?」
ぐわんぐわんと耳鳴りが酷い。
助け起こしてくれているのはエリオットだろうか。
衝撃のせいか、視界が黒っぽいもやに埋め尽くされていてよく見えない。
それでも何とか身体を起こすと、頬と鼻に熱を感じた。
いたい。
正面からだったもんな……。
覚束ない手つきで顔を触る。
あれ? 触ってるよな?
ジンジンとした感覚はあるのに、手に触れられる感触が薄い。
そう思って軽く指で押してみると、ズキッと鈍い痛みが返ってきた。
「ぁぅ」
ボタボタと何かが垂れる。
鼻を熱い何かがつたっている。
手の平を見てみると、真っ赤な液体がベッタリと付いていた。
これ、鼻血か。
「ルーディア!? 大丈夫か!?」
知覚する痛みが増してきた。
触らなくても、ズキズキとした感覚が遅れてやってくる。
あまり近くで大声を出さないで欲しい、怪我に響くから。
「あ、止血! ほら、これ使え!」
近くに転がっていた買い物袋から布を取り出して、鼻に優しく押しつけられる。
さっき買い足したタオルか。
新品なのに……。
「ヒーリングは使えるか?」
そうだ、ヒーリングで治せばいい。
そう思って詠唱しようとするが、不明瞭な声しか出すことができなかった。
口を開こうとすると激痛が走って、呂律がうまく回らない。
これではヒーリングを詠唱できない。
「……わかった、宿でちゃんと手当てしよう」
そう言うと、エリオットは私の背中を優しく撫でた。
そのまま立ち上がると、散らばった中身を買い物袋にテキパキと集めて、それを背負ってからパウロに向き直った。
「二度と顔を見せるな」
吐き捨てるようなエリオットの言葉に、パウロはどんな顔をしたのだろうか。
視界がチカチカする。
よく見えない。
でも、これだけはわかる。
昔は優しくて、たくさん甘やかしてくれたパウロが。
私の父親のはずの男が。
忌々しいものを見る目で私のことを殴ってきた。
脳裏に昔のことがよぎる。
あれは、そう、転生するきっかけになったあの日。
俺を拒絶する家族の……兄貴たちの、あの目で……。
頭の中が真っ白になった。
---
どうやって宿まで帰ってきたのかは覚えていない。
なんとなく、エリオットが肩を貸してくれていたのは覚えている。
タオルで顔を抑えながら、私は通行人にどんな目で見られていたのだろうか。
「ルーディア」
「なんでしょうか」
「ルイジェルドが帰ってきたら、街を出よう。
お金稼ぎはこの街じゃなくてもできるだろ……?」
「……そうですね」
ふと、自分が普通に受け答え出来ていることに気が付いた。
……そういえば、帰り道でエリオットが誰かに呼び止められたんだったな。
その誰かが、2人して顔を腫らしているのに驚いて、有無を言わさずヒーリングを掛けてくれたのだ。
最初はこちらの空気も読まずにあれこれ言いながら絡んでくるものだから、エリオットは鬱陶しそうにしていた。
結局押し負けて、彼にしては珍しいことに、頭を下げて「ありがとう」と言っていたのを朧げに覚えている。
その誰かは名乗りもせずにどこかへ行ってしまったが、エリオットを名指しで呼び止めていたから、ちょっとした知り合いだったのかもしれない。
私はどんな態度だったろうか。
まともな受け答えをした記憶がない。
それでも、その小柄な誰かは惜しげもなく治癒を施してくれた。
街で見かけたら、改めてお礼を言わなければならないな。
そんなことを考えながら、足を抱えてベッドの上で座り込む。
動く気力が湧かなかった。
エリオットは、そんな私にどう接して良いのか分からないと言った風に、落ち着かなそうにしている。
今日は落ち着きのないエリオットしか見てないな。
それも私のせいか。
苦労をかけてしまって申し訳なく思う。
でも、今は何かを言って宥める気分にはならなかった。
思えば、私は両親に冷たくされるのは初めてだった。
前世でも、今世でも。
なんだかんだ言いつつも、親は私に甘かった。
パウロなんて特にそうだった。
剣を教えてもらえた時も、ちょっと強く打ち込まれただけで大袈裟なくらいに心配してきたのだ。
まるで娘を溺愛するバカ親のお手本みたいな奴だった。
それが、本気で殴ってくるとは思わなかった。
……それくらい、本気で怒らせてしまうことをしたということか。
期待してくれていたのを、裏切ったんだもんな……。
でも、仕方ないじゃないか。
だって、魔大陸だぞ。
伝言なんてどうやって知れば良かったんだ。
私だっていっぱいいっぱいだったんだ。
襲われかけるし、エリオットは喧嘩するし、
ルイジェルドはスペルド族だし。
その時その時で、最善の行動を考えたつもりなんだ。
他に転移した人がいると気付ける余裕なんてなかった。
私なんかに出来ることなんてたかが知れている。
忘れてたって、しょうがないじゃないか。
久しぶりに会えたってのに。
頑張ったなって、言って欲しかったのに。
……ああ。
手紙が無駄になった。
捨てよう。
そう思ってローブの内ポケットを探るが、手紙はなかった。
どこかに落としてきてしまったのだろうか。
もしかしたら、さっきの騒ぎで服から抜け落ちてしまったのかもしれない。
どうでもいいか。
---
エリオットはいつの間にか居なくなっていた。
と思っていたら、
猫のように首根っこを掴まれながら帰ってきた。
「離せよルイジェルド!
アイツはもう一度ぶん殴ってやらないと気が済まない!」
「親子喧嘩に口を出すな」
そう言いながらもルイジェルドは難しい顔をしていて、ベッドに座る私を見てさらに顔をしかめた。
ルイジェルドは喧嘩というが、今回のことは私に非がある。
パウロの信頼を裏切り、自分の能天気さをやっと自覚しただけだ。
言い争いにすらなっていなかった。
その後のエリオットの方が、よほど喧嘩らしい喧嘩をしていた。
「……父親と再会したのだろう?」
「ええ」
「ずっと会いたかった家族ではないのか?」
「まあ」
「それなのに、町を出るつもりなのか」
「……はい」
「……家族は大事にしろと、言ったはずだ」
大事にしろと言われても。
パウロはもう、私のことを見放したのだ。
そんな相手に、今更どうしろというのか。
「父様はもう、私のことが嫌いみたいなのですが。
どうしろって言うんですか」
「きちんと話し合え。
お前の父親は、お前のことを嫌ってなどいない」
いつもは寡黙なくせに、今日のルイジェルドはよく喋る。
何か良いことでもあったのだろうか。
ああ、だめだ。
きっとルイジェルドは、私のことを心配して言ってくれている。
それが分かっているのに、イライラしてしまう。
このままじゃ、今度はルイジェルドと喧嘩をしてしまいそうだ。
「なんだよ!
見てないくせに、ルイジェルドに何が分かるんだよ!
あんなの父親じゃない!」
そう思っていると、まるで私の気持ちを代弁するかのようにエリオットが叫んだ。
「……だが」
「だがじゃない!
ルーディアがこんなに弱ってるんだぞ!」
「……」
ルイジェルドは何かを言おうとしたが、エリオットがそれを遮った。
その様子にため息をつくと、ルイジェルドは無言で立ち上がり、扉の方へと向かっていった。
「……ルーディア。もう一度、よく考えてみろ」
そう言うと、もう日も落ちているというのに、部屋を出て行ってしまった。
出ていく直前まで気遣わしげだったその目に、少し罪悪感を覚えた。
---
気付けば横になっていた。
なにも考えたくなくて、今日はもう眠ってしまおうと思った。
眠って、全部無かったことにしたかった。
だが、脳裏には怒鳴り散らすパウロの姿がチラついて眠れなかった。
身体をよじると、重なった布団のずれる音がやけに響いて聞こえた。
「ルーディア」
と、薄暗い部屋の中で私を呼ぶ声が聞こえた。
背を向けた方からだった。
寝返りをうって反対側に顔を向けると、エリオットもまた、隣に並んで寝転がっていた。
人1人分の距離を空けて、その赤い瞳と目が合う。
部屋は暗いが、燭台には1本だけ蝋燭を残してあった。
「手」
言いながら、エリオットは布団の上で手を伸ばしてくる。
釣られて、近い方の手を伸ばす。
すると彼は、少しだけ躊躇うように目線を逸らしてから、おずおずといった様子で伸ばした手を重ねてきた。
「大丈夫だ、俺がついてるから……」
エリオットはそう言って、私の手を握った。
いつもの少し強引な手つきとは違った。
優しく、包み込むような手つきだった。
安心感があった。
家族に突き放された不安や恐怖が払拭されていくような、そんな感じがした。
「その……こういう時、俺、
どうしたら良いか分からないんだ。
こんなことしか出来なくて……ごめん」
「いえ……ありがとう、エリオット」
「……うん」
エリオットだけは何があっても味方でいてくれる。
その実感のおかげか、少しだけ、余裕が戻ってきた気がする。