俺は水聖級魔術師、ルーディア・グレイラット。
幼馴染で教え子のエリオットとミリス大陸に渡って、怪しげな密輸組織の取引現場を目撃した。
取引を見るのに夢中になっていた俺は、背後から近付いて来る、もう一人の仲間に気付かなかった……いや、見つけたのは取引現場じゃなくて、密輸品にされてたお犬様なんだけどな。
身体も縮んでいない、むしろ最近は成長してきている。
だからこそ、私は内心焦っていた。
冗談でも言えば落ち着けるかと思ったが、そんなことはなかった。
なんせ、屈強な獣族の男に縛り上げられ、何処とも知らない場所へ拐われている真っ最中なのだから。
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船旅を終え、ザントポートに降りた後。
夜を待って、私とエリオットは密輸人に預けていたルイジェルドを引き取るべく、予め指定された波止場へと訪れていた。
ここで、密輸品の保管庫まで案内してくれる下っ端と落ち合えるらしい。
本当は、エリオットには留守番をして荷物を守っておいて欲しかった。この辺りではもうすぐ雨期がくるとかで、治安の悪そうな場所の宿しか残っていなかったのだ。
しかし、「ルーディアを危ないところに一人で行かせるなんてできない」という強引でありながら乙女冥利に尽きる言葉を貰ったので、嬉し恥ずかし夜のデートへと繰り出すことにしたのだ。
荷物は貴重品だけ持ち出して、あとはフロントにチップと一緒に預けてきた。
夜のデートといえば、夜景だ。
キラキラと儚く光る対岸の街並みを眺めながら、水着姿で寄り添う二人。
見て見て、夜景が綺麗よ!
ああ、そうだね。でも僕はもっと綺麗なものを知ってるよ。
え? それって……
君の方が、夜景なんかよりもずっと美しいよ。
きゃー! 素敵! 抱いて!
絡み合う視線。めくるめく夜の逢瀬。
夏の浜辺のアバンチュール。
若い二人を邪魔するものは何もない。
……うん、ないな。
エリオットならそんな言語コミュニケーション抜きで襲いかかってくるだろうし、私も別に夜景に興味がある訳ではない。
なんならザントポートの浜辺は真っ暗でほとんど何も見えない。
だからこそ引き渡しは夜に行われるのだ。
波止場の端まで行くと、そこには木造倉庫があった。
倉庫の中では、世紀末スタイルのモヒカンが一人掃除をしていた。
「よう、スティーブ。渚のジェーンは元気かい?」
仲介人に教えられた通り、声をかける。
するとモヒカンは胡乱げな表情で俺たちの顔を見て、やがてある一点で視線を止めた。顔、よりは少し下。
俺の身体のある一部分が、遠慮なしにジロジロと見られているのがよく分かる。
いやらしい目線だ。
すると、エリオットが俺の身体を隠すように、サッと一歩前へ出た。
「ルーディア、俺の後ろにいろ」
「話すだけだから、そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」
「……ルーディアを見せたくない」
「別に見られるくらいどうってことないですよ」
するとエリオットは、そういう問題じゃないと言いたそうにムスっとした顔になった。かと思うと、俺にも分かるほどの殺気をモヒカンに向けて牽制を始めた。
おやおやエリオット君、麗しのルーディアちゃんに独占欲かい?
わかる、分かるさ。
好きな娘がエロい目で見られてたら、良い気分はしないもんね。
可愛いなあ、もう。
けど今は、話を進めるのが先決だ。
気持ちだけ受け取っておこう。
「エリオット、話が出来ないからちょっと落ち着いて。
ステイ」
「……わかったよ」
そして、冷や汗を浮かべるモヒカンと会話をし、私たちはルイジェルドが収容されている場所へと向かった。
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ルイジェルドと対面すると、彼は静かに怒っていた。
髪を剃れずに一週間だから、緑髪が少し伸びている。
怒れるマリモだな。
耳を貸せと言われたので顔を寄せると、エリオットもそれに倣ったため意図せず急接近する形となった。
エリオットは身体的接触を頻繁にしてくるが、ここまで顔を近づけてきたことはそんなになかったように思う。
あ、良く見ると意外とまつ毛が長いんだな。
目元はまだ少し幼いが、シュッとしていてカッコいい。
そんなつもりはなかったのに、ドキがムネムネだ。
っといかん、ルイジェルドはお冠なのだ。
まじめに話を聞いてやらねば。
ルイジェルドは小声で私たちに話しかける。
「子供が捕らえられている」
聞けば、無理やり攫われた獣族の子供が泣いているので、
助けてやりたいそうだった。
だが、その子供たちを助けるとなれば、私たちは裏切り者だ。
そうだろう、だって密輸人はきっちりと仕事をしてくれたのだから。
そう伝えると、ルイジェルドは表情を曇らせた。
しかし、それでもルイジェルドは、たとえ裏切り者の汚名を被ることになっても、子供を助け出したいのだという。
実直な彼らしい言葉だ。
なら、私から言うべきことは一つだけだ。
「どうしても助けるというなら、外に情報が洩れないようにしないとですね」
「ルーディア……!」
顔を綻ばせるルイジェルド。
まあ、先っぽだけだからと言う男が結局我慢できないのは、良く知っていたことだ。
え? ルイジェルドはそんなこと言ってない?
こりゃ失敬、てへぺろ。
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哀れな密輸人たちをルイジェルドが皆殺しにしている間、
私とエリオットは子供が居る部屋を探す。
程なくして見つけたその部屋には、7人の子供たちがいた。
男3人、女4人。
獣耳が6人にエルフ耳が1人。
彼らは私たちと同年代くらいだったが、大きくちがう所が一つあった。
もれなく全員が全裸だったのだ。
おそらく、攫われた時に密輸人に衣服を奪われてしまったのだろう。
ごくり……と息を呑む音が隣から聞こえた。
見れば、エリオットはカッと目を見開いて、鼻息を荒く、頬を少し赤くしながらある一点を見つめていた。
視線の先は、裸に剥かれて縮こまる犬耳の女の子……の、顔よりちょっと下。
その子のOPパワーは、見たところ4人の中でも一番強力だった。
まあ、気持ちは分かる。
状況がどうあれ、そこに柔らかそうなものがあれば目線は釘付けになってしまうものだ。
それが男ってもんだ。
私にはよく分かる。
それに、たしかエリオットの実家はみんな獣族好きだったな。
サウロスもフィリップも、ケモミミメイドのお姉さんにはかなりだらしなかった記憶がある。
無論、エリオットもその例に漏れない。
屋敷にいた頃は、よくギレーヌに懐いてたもんな……。
てことはあれか。
エリオットは犬耳少女にエクスカリバーがアーサーなんだろうか。
ふーん、そっか。へえー。
私を守ると言ってくれても、ケモミミっ娘は別腹なんだろうな。
と、そこでエリオットは私が向ける視線に気付いたらしく、ハッとして目線を外した。
「み、見張っておくから任せたぞ!」
そう言い残すと、そそくさと部屋の入り口に立って背を向けた。
まあいいさ。
見ちゃうのはしょうがないもんね、男の子だもんね。
私は理解のあるカノジョだからね。
ありすぎてついついケモミミ全裸な子供たちをガン見してしまうくらいには理解がある。
私だけすまんね。
子供たちは怯えた様子だったが、次々に怪我を治していってやると警戒心は解けた。
「あ、あの……あなたは……?」
治療した犬耳の少年に、獣神語で話しかけられる。
全裸だからだろうか、オドオドとした様子で大事な所を隠しながらこちらを伺ってくる様子にはちょっとクるものがある。
私はいつの間にショタ属性を獲得してしまったんだろうか。
ケモノ属性もついている分、業が深いな。
そういえば失念していたが、この身体になってからは
それはさておき、身体に引っ張られてか
生命の神秘だ。
と、私がまじまじと少年の裸を見ていると、彼はとても恥ずかしそうに身を屈めてしまった。
そりゃ、人族とはいえ同い年くらいの女に裸を見つめられたら恥ずかしいわな。
「失礼。助けにきました。向こうの彼は仲間です。
3人とも、一緒に部屋の入り口を見張っててください」
そういうと、少年たちは不安そうに顔を見合わせた。
ふむ、やはり怖いか。
「男の子なんだから、それくらいできるでしょう?
かっこいいところ、見たいなぁ」
そう言うと3人は頬を赤くしてからキッと顔つきを変え、部屋の入り口の方へ向かった。チョロいもんだ。
まあ、私としても幼気なオトコノコの観察に気を取られてしまいそうだったので、視界に入らないようにするのにはちょうど良い。
続いて少女たちの方も治療する。
しかし、うーむ。
さっきは少年の身体にドキリとしたが、完全に女の子に興味がなくなったかと思えば、そうでもないらしい。
男としての記憶がある精神の問題だろうか。
少女たちの身体を見て、全く興奮しない訳ではなかったのだ。
治癒魔術は使う場所に手を当てなければならないが、そのことを役得だと感じるくらいにはムラッとしている。
自分のことは魔術師だと思っていたが、知らないうちに両刀使いになってしまったんだろうか。元がノンケだっただけに不思議な感覚だ。
まあいい、治してやらねば。
この子は胸のあたりを怪我しているな。
おっと、君は太腿に青あざが出来ているじゃないか。
そうやって触診兼治療をしていると、少女たちから怪訝な目で見られた。
まさか性的に見ているとは思われてないんだろうが、ベタベタ触り過ぎちゃったようだ。程々にしておこう。
「終わったぞ」
治療を終え、ひとしきり感謝された後にルイジェルドは戻ってきた。
一仕事終えてきたにしては、返り血もなく身綺麗なものだった。
流石だね。
「あ、髪は剃ったんですね」
「ああ、怯えられては敵わんからな」
その後、カーテンを羽衣のように切って裸んぼな7人に着せて、私たちは密輸品の保管庫を後にした。
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町に戻る途中、子供たちは私たち3人に守られながらも不安げな様子だった。
周囲をキョロキョロ。
たまに後ろを振り返ってキョロキョロ。
攫われた時も散々追い回されたのだろう。
トラウマになっていてもおかしくはない。
見かねたルイジェルドが、安心させるように近くの子供の頭を撫で、「大丈夫だ」と励ます。本当に隙あらば子供の頭を撫でたがるな、こいつは。
と思っていると、エリオットがソワソワとしだして、犬耳の女の子……テルセナの頭に目をやった。
テルセナは、集団の先頭にいるルイジェルドとは離れているが、真ん中あたりにいるエリオットのちょうど隣にいた。
犬耳が気になっているのだろうか……と思っていると、テルセナが不安そうに後ろを振り返り、身を縮こまらせていた。
と、そこで。
「俺たちが守るから大丈夫だぞ」
エリオットがルイジェルドの真似なのか、すかさずテルセナの頭を撫でた。
テルセナは少しびっくりとしながらも、自分より少し高い位置にあるエリオットに安心したような顔を向けていた……。
んん〜?
ちょっと、エリオットさん。
その子には随分と優しいじゃないの?
おっぱい大きけりゃ誰でも良いのか?
……なんてな。
わかっている、分かっているとも。
エリオットは犬耳を触りたかっただけだ。
その証拠にほら、頭を撫でるどさくさに紛れて耳の付け根から先まで撫でてる。
ご満悦の表情だ。
テルセナも嫌がってはいない、どころかちょっと気持ちよさそうにしている。
なら問題はないか。
……いや、やっぱりけしからん。
いいなぁ、あれ……。
「ニャー!」
突然、隣を歩く猫耳少女のミニトーナが声を上げた。
「どうしました?」
あまり騒がないでほしいと思いつつ聞いてみると、どうやら建物の中にいた犬を助けてほしいとのことだった。
なんでも、獣族にとっては大切な魔獣であるらしい。
「どうして助けてくれなかったニャ!」
そりゃ、犬と子供なら優先するべきなのは決まっている。
と思ったが、今から戻れないわけでもない。
密輸人の連中は片付いているし、ちょっぱやで行ってきてもいいか。
「私が今から引き返して助けてきます。
ルイジェルドさんとエリオットは子供を守って先に行っててください」
「わかった、どこへ連れて行けばいい?」
「町に入る前くらいで待っててください」
ミニトーナの感謝を背中越しに聞きながら引き返す。
と同時に、私を追いかけるように一人が着いてきた。
エリオットだ。
「俺も行く」
「別に、ワンちゃんを連れてくるだけだから平気ですよ」
言ってから、あ、コイツさてはあの白い犬をモフる気だなと悟る。
そういえば、ルイジェルドの牢に着く前に見かけてたもんな。
獣族じゃなくても、動物が好きなんだろう。
ウェンポートまで乗ってきたトカゲにも、別れ際には名残惜しそうにしてたし。
「ルーディアを一人にしたくない」
違った。
目を真っ直ぐに見て、真剣な顔で言われた。
単純に、私を心配してのことだったらしい。疑って申し訳ないな。
「……心配してくれてありがとうございます。
でも、子供たちの方についててあげて下さい。
万が一、密輸人の残党がいたらまた攫われてしまうかもしれませんから」
「でも……」
「こっちはパッと済ませてきますから。
いざとなったらちゃんと逃げるので安心してください」
「……わかったよ」
やはり優先すべきは子供だろう。
『デッドエンド』は、子供を絶対に守らなければならないのだから。
エリオットは口では分かったと言いつつも、不承不承といった感じでルイジェルドたちの方へ足を向けた。
そのまま戻っていく……その前に、こちらに振り返る。
「……でも、絶対に無事で戻れよ! 約束だからな!」
「分かりました、約束します」
あ、なんか今のフラグっぽいな。
なんて縁起でもないことを思いながら、いやいやそんなまさかと思い直す。
犬を一匹連れ帰るだけだ。
何も起こるはずはない。
そう思いながら、私は密輸品の保管庫を目指した。
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だが、私の見通しは甘かった。
お犬様を封印の魔法陣から解放して、油断していたのが良くなかった。
背後からやってきたその男たちに、私はなす術もなく捕まってしまった。