閲覧注意。
アンチ・ヘイト、残酷な描写があります。
閲覧注意。
暗い森の中を獣族の男に担がれて移動した先は、木々の密集した集落のような場所だった。
建物の前に到着して、雑な手つきで降ろされる。
目の前にあったのは木造の小屋だった。
謎の咆哮で身体の自由を封じられて捕まった時、この獣族の男とその上司らしき老人の会話から、どうやら私はお犬様に狼藉を働いた不届き者として扱われているのだと分かった。
私が何をしたっていうんだ。
ただ白い毛並みをモフってただけじゃないか……。
しかし、彼らはそうは思わなかったらしい。
子供で女だったのが幸いしてすぐに殺されはしないようだったが、あれよあれよという間に牢に入れられるのが確定した。
なら、この小屋が牢なんだろう。
暗がりをよく見れば鉄格子もある。
けどまあ木造だし、いざとなれば自力で出れそうだな。
なあに、元々冤罪なんだし、話せば分かってもらえるさ。
そう、楽観的に考えていた時だった。
────強い力で掴まれて、衣服を脱がされ始めた。
最初は、そう、魔大陸でエリオットが選んでくれた、フーデッドローブだった。
あ、上着はハンガーにでもかけておいてくれるのかな、と思ったが、そうではなかった。ローブの次はその下の衣服、次はシャツと手を掛けられて。
全部取られる、と遅まきながら悟った。
「!!」
身体の自由は効かない。
さっき浴びせられた咆哮のせいだ。
でも、時間が経っているからかあと少しで動けそうな感じもする。
動け、動け、うごけ……!
「……ぅ、ぉお!!」
「む!」
動けた。それと同時に、縛られた腕をそのままに身をよじって抵抗する。
が、屈強な獣族の男の前では悪あがきにもならなかった。
「大人しくしろ!」
と、すぐに押さえつけられてしまう。
でも、大人しくしろと言われてその通りにするなら、今暴れだしたりなんかしない。
服を取られるってことは、裸にされるってことだ。
裸にされる。
俺が男のままだったら然程危機感を覚えはしなかっただろう。
でも、今はそうじゃない。
私は女だ。
捕虜になった女が裸に剥かれて何をされるのかなんて、エロ同人で何度も見てきた。
こいつは、老人の「手を出すな」という言葉を無視するつもりなのだ。
きっと、「激しく抵抗したので厳罰が必要と判断した」とかいって、私を辱める気なのだ。
そんなのは嫌だった。
エリオットに、無事に帰ると約束したのに。
ウェンポートで、身売りしかけた私を本気で心配してくれたのに。
彼に、またあんな顔をさせるわけにはいかない。
押さえつけられても、必死でもがいた。
ギュエスを蹴っ飛ばして、拘束を振り解こうとした。
「大人しくしろと言っている!」
聞こえると同時に、衝撃が襲ってきた。
ゴッと鈍い音がして、首がグンと捻られる。
頬が痛い。
殴られたのか。
その勢いのまま、地面に倒れてしまう。
駄目だ、力じゃ敵わない。
そうだ、魔術はどうだ。
身体が動くようになったのだから、魔術も使える筈だ。
「……!」
「ぐぉっ……!?」
使える。
そう分かると同時に、風魔術で衝撃波を発生させた。
ギュエスが吹っ飛び、自分も吹っ飛び、距離が出来る。
両手を縛っていた縄を燃やして、自由になる。
よし、逃げられる。
そう思った時だった。
「ウオォォーーーン!!」
ギュエスが吠え、遠吠えが森に響き渡った。
私を無力化した咆哮とは別の、何かの合図のような遠吠えだった。
すぐに、近場から3人くらいの獣族の男が飛び出してきた。
援軍を呼んだか。
「その者を捕らえろ! 聖獣様に狼藉を働いた不届き者だ!!」
ギュエスの声に男たちが応える。
すると、彼らは連携の取れた動きで素早く俺を取り囲み、ジリジリと距離を詰めてきた。
どうする、どうやって切り抜ける。
こっちはただでさえ痴漢されかけてテンパってるんだ。
ここで捕まったら下の衣服まで剥ぎ取られて、何をされるか分かったもんじゃない。
そう考える間にも距離は詰められ、正面の一人がものすごいスピードで迫ってきた。
「!」
すかさず岩砲弾。狙いは違わず命中し、1人の無力化に成功した。
が、その間にも残りの3人が私に向かってきていた。
「よくもギュンターを! 手練れの魔術師だ!
多少手荒でも構わん、取り押さえて衣服を奪え!」
状況は多勢に無勢。抵抗は間に合わなかった。
獣族の男たちは素早い身のこなしで、あっという間に私を取り押さえに掛かったのだ。魔術は全て避けられた。
腕を掴まれ、地面に押さえつけられて、組み敷かれる。
力ずくだ。
子供の女と大人の男なら当たり前だが、そこには動かしようの無い力の差があった。
……嫌なことを思い出した。
魔大陸に来て最初の頃、人攫いにあって、無理矢理
あの時は、なんだかんだで助かった。
でも、今は違う。
ルイジェルドにもエリオットにも先に行けと伝えてあるし、森の中を二時間は移動した。
こんなに遠くまで来てしまったら、ルイジェルドたちの助けは望めない。
だから、リカリスの街で
冗談じゃない。
魔術の出力を上げて、組み敷いてくる男たちを吹き飛ばす。
殺さないようにする手加減なんて頭から抜けていた。
ものすごい勢いで男たちは吹き飛ばされ────しかし、空中で身体を捻ると、いとも簡単に体勢を立て直して、再びこちらに向かってきた。
あ、これは勝てない。
そう思うと同時に、四方から飛び込んで来る男たちは、今度こそ逃すまいと本気の力で取り押さえてきた。
魔術を撃って突き放そうとした。
でも、腕を二人がかりでそれぞれ抑えられて、掌が明後日の方向を向いているので失敗に終わる。
今気付いた。
魔術は掌から出るのだ。
腕を固定されてたら照準を合わせられない。
どうする。どうする!
火魔術で身体を包むか?
いや、コイツらを突き放せても、治癒を詠唱できなくなる。
水はどうだ?
いや、せいぜいこの辺りを水浸しに出来るくらいだ。
土は。風は。
……どれも逃げの一手には繋がらない。
私にできるのは、魔術なしで暴れて抵抗することだけだった。
「……はなせっ! 私は何もしてない!」
だが、その叫びも虚しく、まずはシャツが奪われた。
力づくだったから、ビリビリと嫌な音を立てて繋ぎ目から破れてしまう。
同じように、ショートパンツも、下着も全部奪われた。
ああ。
前にもあったな、こんなの。
学校の購買の列に並んでたら、不良に横入りされたから注意したんだ。
自分じゃ正しいことをしたつもりだった。
でもその後は、殴られて、蹴られて、
無理やり裸にさせられて……校門の前で……。
「……っ!!!」
嫌だ。
もうあんな思いはしたくない。
「ぐっ……この娘、どこからこんな力をっ……!」
「押さえつけろ! 魔術を使わせるな!!」
痛い。
殴らないでくれ。
嫌なんだ……。
……もう嫌なんだよ! 晒し者にされるのは!!
「あああぁぁぁあ! がっ……!」
もがいた。殴られた。
ああ。
やめてくれ。
嫌なんだよ。助けて。
許して やめ
---ギュエス視点---
魔術師の娘をなんとか抑え込むことができた。
我らドルディアの戦士が4人がかりでも手こずるとは。
特に、最後の抵抗は凄まじかった。
タガが外れたかのような馬鹿力は一体何だったのだろうか。
仕留め損ねた魔物が死に際に暴れる様とよく似ていた。
こちらには殺す意図などなかったのだが……。
何にせよ、闘気を纏わぬ身であれ程の力とは、やはりコイツはただの人族の娘ではない。
父上が言っていたように、密輸人ではないのやもしれぬが……いや、聖獣様に不埒なことをしていたのはこの目でしかと見ている。
微かだが発情の匂いもしていたのだから、その件に関しては疑う余地はない。
聖獣様に害をなす者は、すなわち獣族に仇なす者だ。
手を出すなとは言われたが、こいつの魔術も厄介だ。
厳重に拘束して、牢屋に繋いでおく程度はすべきだろう。
「ギルバド、ギンバル。俺は父上に合流し、子供たちを追う。ソイツが暴れられないよう、磔にでもしておけ」
「ハッ。情報は吐かせますか?」
「そうだな……。聖獣様の居場所を知っていたのだ、少なくとも密輸人とのつながりはあるだろう。喋るまでは飯を与えるな」
「……ハッ!」
若い2人の戦士は、衣服を全て剥ぎ取った娘を引きずって牢へと向かった。
見れば、人族の娘は気を失っていた。
あれ程暴れたのだ、体力を使い果たしたのだろう。
2人が娘を牢の柱に磔にして縛り上げ始めたところで、俺は父上との合流を急いだ。
---ルーディア視点---
目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
いつのまにか気を失っていたようだ。
どうしたんだったか。
たしか、そう、獣族の男たちと戦って、無理矢理……
「……!!?」
身体が動かせない。
なんだ、これは。
身じろぎすると、縄のようなものが腹や足首に食い込んだ。
それに肌に直接当たる、これは木だろうか?
その感覚からすると、どうやら素っ裸に剥かれて柱のようなものに縛り付けられているようだった。
裸で、縛り付けられる…………。
全身に怖気が走った。
叫んで助けを呼んだ。
でも、私の声はくぐもった音にしかならなかった。
猿轡まで掛けられているのか。
全裸で磔。
その状況は、私のトラウマを否応なく突き刺してきた。
面白半分で晒され、携帯で写真を回されて。
俺の尊厳はいとも簡単に踏みつけにされたのだ。
幸いと言って良いのかわからないが、今は夜だ。
今すぐどうにかなるというわけではなさそうだが……でも、昼になれば当然人が来るだろう。
獣族の聖獣様とやらに不貞を働いた変態として、晒し者にされるのだ。
私は何もやましい事はしてないのに……。
「……っ」
止める事もままならず、涙が出た。
不気味なくらいに静かな夜と、明日待ち受ける状況にどうしようもなく不安に駆られる。
魔術は試そうとしたが、縄を焼き切るには全身火だるまにならなければならない。
掌が明後日の方向を向けさせられているせいで、ピンポイントで縄を焼けないのだ。
火に包まれながらも冷静に水魔術を行使できれば、治癒を使って回復できるが……。
私に、そんなクレイジーな曲芸を試す度胸も自信もない。
治癒だって、肺が焼けでもしていたら使えないのだ。
どうすることもできなかった。
どうすることも出来ないまま、私は眠れない夜を泣いて明かした。
こんなに何も出来ないのは、この世界に来てから初めてだった。
---
翌朝。
日が昇ってくる頃にようやく眠気が訪れてきたが、同時に看守と思われる獣族のお姉さんがやってきた。
彼女はやたら不機嫌そうだったが、牢の中に入ってくると猿轡を外してくれた。
……飯の時間か。いかに捕虜といえど、最低限の食事くらいはさせてくれるんだろう。
「なぜ聖獣様を狙った。貴様らの根城はどこにある」
「……え?」
出されたのは飯じゃなかった。
意味不明な質問に、どう反応すれば良いかわからずに沈黙が続いた。
獣族のお姉さんは、忌々しいものを見る目でこちらを睨め付けた。
「子供のくせに犯罪なんぞに加担しおって……」
何をどう伝えられたのか。
昨日の時点では推定無罪だったはずが、私は密輸人の一味だということになっているらしい。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は、何もしてません!」
「しらばっくれる気か……まあいい。話したくなるまでここに居てもらうだけだ」
「聞いてください! 冤ざ──むぐっ」
慌てて否定するが、再び猿轡を掛けられた。
冤罪なんですと言わせてもらうことすらできなかった。
参ったな、人の話を聞かないタイプか……。
どうしたもんか。
考えていると、お姉さんは牢の外から何かを持ってきた。
水の張られた桶だ。
そんな物を持ってきてどうするんだろうか……そう思っていると、彼女はそれを躊躇なくぶっかけてきた。冷水だった。
「この外道が」
そう言い残すと、お姉さんは飯をくれることもなく、舌打ちをして何処かに行ってしまった。
全裸に剥いて冷や水をぶっ掛けるのが、獣族式の拷問とかなんだろうか。
全裸は中々
楽だからって良いことは何もないが……しかし、寒い。
「くしゅっ!」
とりあえず、腕の自由が効かなくても使える火魔術『バーニングプレイス』で身体を温めておいた。
結局この日は、昼と夜の飯時にも同じような問答が繰り返されて、その度に水をぶっかけられ、私の冤罪は晴れず、飯も食えず、再び夜を迎えた。
話くらい聞けよな。
それにしても腹が減ったな……。
昨日の夜、ルイジェルドを迎えに行く前に食べたきりだから、丸1日か。
腹が減ると、気持ちが落ち着かない。
不安な気持ちがぐるぐると頭を回り、悪い方、悪い方へと考えてしまいそうになる。
それでも。
こんな時だからこそ、気を確かに保たなければいけないんじゃないか。
助けが来ないにしたって、まだ1日。
案外、明日目覚めたらエリオットたちが来てくれているかもしれない。
ギュエスと別れた老戦士が子供たちの痕跡を追ったなら、ルイジェルドやエリオットとも合流することになるはず。
その後、子供たちを送り届けることを優先させたなら、1日くらいは待たされても不思議では無いのかもしれない。
それに結局、全裸磔を衆人環視に晒されることもなかった。
そんなのは、私がトラウマと結びつけた被害妄想だったのだ。
ギレーヌは言っていた。獣族とは、デドルディアとは、誇り高い種族なのだと。
いくら捕虜とはいえ、うら若き乙女をこれ以上辱める仕打ちをするはずがない。
色々と嫌な思いはしたが、もう少しすれば、誤解はすぐに解けるだろう。
そうやって、どうにか不安を鎮めようとしながら眠りについた。
---
だが、そんな希望的観測は簡単に裏切られた。
さらに翌日。
「この変態が……!」
いつも通りそう罵倒されながら、冷たい水をぶっかけられた。
女看守は中々口を割らない私に苛立ちを募らせたのか、態度がキツくなっている気がする。
口を割らないというか、実際は密輸人のアジトなんて壊滅させた場所以外知らないんだけどな。
「ご苦労。交代の時間だ」
と、そこで知らない男の声が聞こえた。
女看守は男に向かって敬礼っぽい動きをすると、こちらを忌々しげに見ながら獣族の男に向き直った。
「コイツ、どうやら冷水は全然
何か物騒なことを言っている。
え? えっ? 冗談ですよね?
「そのようだな……。だが手は出すなと戦士長も仰っていた。別の手立てを考えよう」
よかった。爪剥ぎは流石に無いみたいだ。
男はそう言いながら、ふむ、と思案げに私の方を見てきた。
見られるくらいどうって事は……いや、やっぱり見るな、
やっぱり相手が
やめろよ、向こう向いてろよ……。
「……ふむ? なにか嫌悪の匂いがするな……。
ラクラーナ、お前の時もこうだったのか?」
「いえ。自分の時は、特には何も」
「そうか、なるほどな。
人族は冷水よりも、異性に肌を晒すことの方が抵抗があると聞いたことがある。
しばらくはその手でいってみるか」
そう言うと、新しくやってきた男は牢の前を陣取って、私の身体をジロジロと眺めてきた。
「そんな回りくどいことをせずとも、直接辱めてやれば良いのでは?
コイツは、聖獣様だけじゃなく子供たちもさらっています」
「そう焦るな。段階を踏むことに意味があるのだ。
これでダメなら、手を出すことになったとしてもお咎めは少なかろう」
「なるほど。では、次の交替の時まで、お任せします」
「うむ」
少なかろうって。
それ、視姦して屈しなかったらもっとエグいことするって意味なんだろうか……。
異世界で、性的な拷問といえばゴブリンだ。
エッチなゲームではAVの汁男優のごとき役割を果たす、あのゴブリンだ。
ロアの屋敷にいた頃読んだ本に書いてあったのだが、この世界のゴブリンも大体そんな感じらしい。ちょうど、このミリス大陸にも生息していて、ミリス神聖国が敵国のスパイに対する拷問装置として利用しているのだとか。
……まさか、それをけしかけられたりはしないよな?
さすがに、こんな幼気な11歳の少女に……ねぇ?
ああ、でも聖獣様って獣族にとってめちゃくちゃ崇められてる存在っぽかったし。
子供も攫ったと思われてるなら、村の大人にしてみればこの上ない悪人だ。
話を聞かない獣族なら、やりかねない。
……ゴブリンは嫌だ! ゴブリンは嫌だ!!
脳裏にチラついた魔法使いの三角帽子が『グリ○ィンドール!』と声高に宣言してくれたが、何の気休めにもならなかった。
「ふむ、嫌悪の匂いが強くなったな。
話す気になったか?」
飯時ではないが、男はそう言いながら牢に入り、猿轡を外した。
……正直、こんな至近距離で裸を見られるのは本当に嫌だった。
エリオットにも見せたことないのに……。
「……私は、本当に何もしてません。
むしろ、捕まっていた子供たちと、聖獣様を逃がしました。
こんな仕打ちを受ける覚えはありません」
「貴様を連れてきたのは、ギュエス戦士長だ。
誇り高きデドルディアの次期族長となる御方だ。
その言い分を信じろと? 馬鹿も休み休み言え」
「あなた方が、どんなにギュエスさんを信頼していようと、人は誰でも間違えるんです。私は逃げません。せめて、この拘束を解いてくださいませんか?」
できる限り、嫌味に聞こえないようにそう言った。
しかし、目の前の男の顔は、憎々しげに歪むだけだった。
「チッ……何を言うかと思えば。
貴様、ここに来た時えらく暴れてくれたらしいじゃないか。
その手には乗らん、自由にしたら魔術を使うだろう。
その上、戦士長をコケにするとは。
反省の色なしとみなす。……覚悟しておけよ」
これだ。
話を聞いてくれないだけじゃない。
獣族は、上下関係に厳しいが故か、目上の者を徹底的に敬う姿勢があるのだ。
それとは逆に、自分達の敵に対しては徹底的に下に見て、何を言っても聞き入れてはくれない。
仲間内なら、統率の取れた軍隊みたいで悪くないと思うが……こうも排他的だと、時には合理的な判断ってやつを見誤るんじゃないだろうか。
今がその時だ。
去っていく男の捨て台詞に嫌な予感を膨らませながら、私はうなだれた。
……いい加減空腹も限界に近いし、もう、認めちゃった方が楽かもしれない。
ああ、でもなんだかんだで直接手を下されていないのは、ギュエスから「密輸人の関係者かもしれない」と曖昧に伝えられているからだろうし、下手に認めたらその場で私刑に掛けられかねない。
でも、エリオットたちはまだ助けに来てくれない。
ギュエスが老人と合流し、ルイジェルドたちとも話をつけたのなら、私の無罪は分かっているはずなのに。途中で解放してくれたって問題ないはずなのに……。
腹が減った。
身体も痛い。
もしかして、ルイジェルドたちは話し合いに失敗したのだろうか。
それとも、全くの別件で2人とも動けない状況にあるんだろうか。
どっちにしたって心配だ。
なおさら、こんな所で足止めを食らっている場合じゃなくなる。
……明日だ。
明日、助けが来なかったら、もう罪を認めて、とりあえず飯を食わせてもらおう。
獣族の奴らには、それ見た事かと磔にされたまま殴られるかもしれない。
でも、いい。
餓死するよりマシだ。
それで解放して貰えるなら、耐えてみせる。
---
次の日になった。
昼時になっても、助けは来なかった。
もういい。
言ってしまおう。
私が攫ったと、認めてしまおう。
殴られたって、治癒魔術を使えばいい。
とにかく食べさせてもらおう。
身体を縛る縄が至る所で擦れて、皮膚が擦り切れているのを感じる。
早くこれも治したい。
「……やり、ました」
「あ? なんだって?」
声が掠れる。
もっと聞き取れるように言わないと。
「私、が、子供たちと、聖獣様を、攫いました……」
「……やはりな。手間を取らせおって。
……で、貴様らの拠点は?」
「え……?」
「だから、密輸組織の根城だ。そこに行けば、まだ子供たちを救えるかもしれん。
さっさと吐け」
「拠点、は……。
だから、子供たちを助けた時に、壊滅させました……」
「ああ!?」
男が苛立ちを込めて叫んだ。
二の腕を掴まれる。痛い。
「この期に及んでまだしらを切るつもりか!
それは嘘なんだろうが!!」
嘘なんて言ってない。
密輸組織から子供たちを助けるために、ルイジェルドが皆殺しにして、私が死体を焼いたのだ。一人も逃していないはずだ。
だから、嘘なんかじゃ……。
ああ、そっか。頭が回っていなかった。
ちょうど今、自分が密輸人の仲間だって認めた所じゃないか。
密輸人が、自分の拠点を壊滅させるわけないもんな……。
「これ以上手間取らせるな! 拠点は何処だ!!」
「……、ない」
「あ……?」
「しら、ない……。私は、下っ端、だから……」
どうにか、そうやってでっちあげた。
すると男は再び舌打ちをして、グーパンを顔面にくれた。
……痛い。
私が何したっていうんだ。
そんなものより、何か、食べるものを……。
---
気付くと夜になっていた。
少し眠ったからか、幾分か意識ははっきりとした気がする。
「……っ」
気を失う前に、腹いせで殴られて口の端を切ったらしい。
鋭い痛みが走る。
一度痛みを認識すると、全身の縄ズレした箇所もじくじくとした痛みを訴えてきた。
唯一の救いは、いく所までいったのか逆に空腹を感じない事か。
でも、人は何も食べずに生き延びられるのが3日だかその辺りだと何かで聞いたことがある。
いよいよ、何とかして飯を貰わないと餓死してしまう。
……明日の朝だ。
朝になったら、火魔術を使って縄を切ろう。
縛り方のせいで縄だけを狙うことは出来ないが、全身を包むような炎を発生させることはできる。
縄が焼け落ちたら、無詠唱で水をたくさん出す。
そしてその後治癒を使えば、なんとか無事で済むはずだ。
……縄が焼け落ちるまで、どのくらい耐えれば良いんだろうか。
普段、野営で焚火を作るときは、力任せな火魔術で簡単に着火出来た。
でも、今回は力任せでやったら死んでしまう。
かと言って火力が弱ければ、いかに縄が燃えやすいとはいえ火をつける事はできないだろう。生前やったことのあるキャンプを思い出すに、チャッカマン程度の火力ではなかなか火は燃え移らないのだ。
10秒か、20秒か。あるいはもっと。
……だめだ、例え10秒だとしても、途方もない。
博打に負けた中間管理職の男だって、詫びの焼き土下座では永遠にも近い苦痛を体験してたじゃないか。
それに、引きこもって数年経った頃に興味本位で読んだ『完全自○マニュアル』じゃ、焼身死が一番辛いと書いてあった。
軽快な文章で様々な方法を紹介しているあの本ですら、異様な解説がなされていた方法だ。
そんな苦しみの中で、冷静に水魔術を使えるだろうか。
よしんば使えたとして、その後の火傷は私の使える治癒魔術で治せる範疇なのだろうか。
でも、やらないと飢えて死ぬ。
今日のあの様子じゃ、きっと明日もご飯を貰えない。
なら、やるしか無い。
想像だけで震え上がってしまうが、私は覚悟を決めた。
---
明け方。
日が登り始めて、牢の前の看守が最も眠そうにしている時間。
私は、意を決して火を纏った。
熱い。熱い……熱い!!
痛い。痛い! あつい! いたい!!
「な……どうなっている!? 燃えて……」
熱い。
痛い。
苦しい。
まだか。
縄は、まだ。とれない。
はやく。とれろ。とれろ……!
腕に力を入れると、ゆっくりと拘束が緩んでいくのを感じた。
もう少しだ。
もう少し耐えて。
あとちょっと────あ、無理
---
目を覚ますと、磔にされたままだった。
一度は収まったかと思った空腹感は、またぶり返してきていた。
……もしかして、今のは夢だったんだろうか。
その証拠に、身体には火傷の跡などなく、一切の痛みがない……。
目だけを動かして見れば、昨夜気になっていた縄ズレの傷も無くなっていた。
縄に滲んでいたはずの血の跡もない。
まるで、治癒魔術でも使って治した後みたいに、綺麗さっぱり……。
「目覚めたか。
全く、貴重な聖級治癒のスクロールまで使わせおって……。
いいか、貴様が情報を吐くまで死なせはせん。
楽になりたければ変な意地など張らないことだ」
ダメだった。
失敗したんだ。
死ななかっただけ運が良かったが……もう、餓死を待つしか無いんだろうか。
「ははっ……」
涙も出なかった。
---
そういえば、捕まってからもう何日経つんだろうか。
エリオットたちはまだ来ない。
飯も食わせて貰ってない。
また、縄ズレが痛くなってきた。
昼になると、牢の前が騒がしくなった。
「ちくしょう! もっと丁寧に扱いやがれ!」
看守に雑な扱いで牢に放り込まれてきたのは、冒険者風の男だった。
彼は色々と喚いていたが、看守は無視して外へ出て行った。
私の時と一緒だな。
尻餅をついた冒険者風の男が振り返る。
必然的に、私の姿が目に入ると、彼はギョッとした顔でこちらを見てきた。
「ゼ……!?」
やめろよ。
こっち見んなよ……。
男は立ち上がると、いやらしい目つきをしながら近付いてきた。
やめろ。
こっちに来ないでくれ。
嫁入り前の大事な身体なんだ……。
犯される。
反射的にそう思ったが、目を瞑るくらいしか抵抗できなかった。
もう、身体を動かす体力なんて残ってなかった。
きっと私はこれから、なすすべもなくこの猿顔の男に陵辱されるんだ。
……ああ、そういえば昨日くらいに、「覚悟しておけ」と言われたんだっけ。
なるほどね、そういうことか。
自分達は待機命令があるから手を出さないけど、私と同じ犯罪者に犯させるなら手を出したことにはならないもんな。
下手なとんちかよ。
まずは何をされるんだろう。
やっぱり胸でも揉まれるんだろうか。
私が男のままだったらきっとそうする。
なら、コイツだってそうする筈だ。
「……おい、怖がらせてちまって
「……?」
「ああん? お前さん随分と顔色悪いな。
その様子じゃ何日もまともに飯食ってねえんだろ。
いくらココの飯が味気ないからってよ、そりゃあ身体によくねえぜ」
しかし、その男は私の身体をまさぐるどころか、自分が着ていたベストを掛けてくれた。まるで、晒されていた裸体を隠すかのように。
「あんた何日ここにいるんだよ、おい。
ってああ、
そうやって一人で喋ると、猿男は私の猿轡を外してくれた。
「おい、貴様! 何を勝手なことを!!」
看守がそれを見咎めて、腰につけた鍵をガチャガチャと牢に突っ込んでいたが、猿男は特に気にした風でもなかった。
「で、何日?」
「……4日か、5日……わかんない」
「マジかよ、おい、マジかよ。ずっと磔のまんま? 飯もなしで?」
うん、と力無く頷くと、猿男は血相を変えて、牢に入ってきた看守に食ってかかった。よく見ると看守は、初日の女戦士に替わっていた。
「貴様! 勝手なことをするなと……」
「ああ!? ふざけてんじゃねえぞテメェ!!
さっさと飯を出しやがれ、さもなきゃこの嬢ちゃん死ぬぞ!!」
「し、しかし」
「しかしもクソもあるか!
いいからはやく何か消化に良さそうなもん持ってこい!
味付けは薄めに……いや、俺がここでやる。はやくしろ!!」
「わ、わかった……」
女看守は、獣族以上に有無を言わせない猿男の剣幕に気圧されて、牢の鍵を閉めると足早に何処かへ行ってしまった。
なんだ。
展開が急すぎて状況が分からない。
困惑する私に、猿顔の男は振り返る。
「おう、嬢ちゃん。
このギース様が来たからにゃ、もう安心だ。
縄解いてやるから動くなよっと……」
言いながら、ギースは私の拘束を器用に解いていってくれた。
数日ぶりの自由に、全身が変な痛みを訴えてきて、まだまだ思うように動かせない。
それでも。
磔からも、全裸からも、私は解放されたのだ。
「おうおう、怖かったよな、可哀想に……お、食料が来たぜ。
待ってな、いま作ってやるから」
そう言うとギースは、女戦士が持ってきた食材と調理器具を駆使して、あっと言う間にお粥のようなものを作ってくれた。
固形物はほとんどなくて、細かくちぎったパンをふやかした薄味の病院食のようなスープだったが、4日だか5日ぶりの食事は、どうしようも無く美味かった。
一口食べると、早く次もと胃が催促してくるのが分かった。
「あーあー、泣いちゃってまぁ……。
ゆっくり食えよ。
腹がびっくりしちまうからよ」
「うん……うん……!」
ギースに頭を撫でられながら、餓死を免れたのだとやっと自覚した。
薄味だったはずのスープが、やけにしょっぱく感じた。
でも、本当に、美味しかった。