【TS】無職転生 ルディ子 ss   作:みいけ

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エリス→エリオット

閲覧注意。
残酷な描写があります。

ルディ子がまた酷い目に遭います。
エリオットが曇ります。


ルディ子曇らせハードモード3.「ドルディア村の戦い」

毛皮のベストを羽織り、病院食のようなスープをゆっくりと食べて。腹が満たされて眠って目覚めると、翌朝になっていた。泥のように眠っていたらしい。

薄暗い牢屋には、明かり取り用の窓から辛うじて弱い光が差している。

 

相変わらず裸ベストのあられもない姿で牢屋にぶち込まれているのには変わりないのだが、食事と楽な姿勢で寝られたのが良かったのだろう。体力も少しは回復してきた。

魔術を使えるようになっても暴れなかったことで、磔から解放されたのが大きかった。身動きが取れないというのは、想像以上に体力を奪われるのだ。

 

記憶が曖昧だったが、投獄されてからは6日が経っているらしい。

ギースは栄養管理士の資格でも持っているのか、私の回復に合わせて食べるものを変えてくれた。徐々に、少しずつ、食事の固形物を増やしていくのだ。

女看守はあまり良い目で見なかったが、私が餓死寸前だったことに少しは良心の呵責があるらしく、飯時にはギースの指示に合わせて食材を持ってきてくれた。

 

「そんで、お嬢はなんでここに?」

 

私がまともに口をきけるようになった頃、ギースが部屋の反対側から話しかけてきた。視線はこちらを向くことなく、明後日の方向。

目を覚まして、隣に座っていた所を思わず突き飛ばしてしまってからはずっとこの調子だ。

 

腫れ物でも扱うかのように距離を取られている。

というと言い方が悪いか。

私を怯えさせないようにと配慮してくれているのだ。

ギースには文字通り命を救ってもらったのだし、恩人にそんな態度を取ってしまっている事に申し訳なく思う。

 

想像以上に、牢にぶち込まれる前のリンチが精神的にキているらしかった。

まさか男相手に苦手意識を持つなんて思いもしなかったが……せめて、会話くらいは普通にできるようにしたい。

 

「見ての通り、公然わいせつ罪ですよ」

 

適当に言うと、ギースはなんだそりゃと首を傾げた。

そりゃそうか。

 

「捕まってた白い子犬を抱きしめていたら、密輸人の関係者と間違われて連れて来られました」

「あー……ってぇと、冤罪か?」

「そうですね」

「まあ、なんだ、冤罪なら分かってくれるさ」

「だと良いですがね」

 

ギースが可哀想な奴を労わるように慰めてくれた。

その気持ちはありがたいが、もう獣族の連中に分かってもらおうとは思っていない。

明日か、明後日か。

体調が戻り次第、何とかしてこの牢から逃げて、エリオットたちと合流するのだ。

余裕があれば、ギースも連れていきたい。

彼が何の罪で捕まったのかは知らないが、どうやら悪い奴ではなさそうだし。

命の恩には釣り合わないだろうが、せめて返せることから返していきたいものだ。

 

「ところでギースさん」

「さん付けなんてよせやい、ギースでいい」

 

ああ。

なんか、懐かしいな、このやりとり。

まるでギレーヌみたいだ。

恩人に呼び捨てなんて気が引けるが……いいか。

ギースはそういうのより、気安い関係の方が好きそうだもんな。

 

「ギース、聞きたいことがあります」

「あん?」

「ここはどこ?」

「大森林。ドルディア族の村の牢屋だ」

「私はだれ?」

「あー……名前、まだ聞いてなかったな」

「申し遅れましたね。私はルーディア。

ルーディア・グレイラットです。

子犬に手をだす全裸の変態です」

「おいおい、自分でそれを言うのかよ」

 

ギースなら笑い飛ばしてくれるかと思ったが、渋面をつくるばかりだった。

今の私が言っても痛々しすぎて笑えない冗談か。

悪いことしたな……まあいいや。

 

「ギースはどうしてここに?」

「昔の知り合いがいるかと思ってよ。

訪ねついでにギャンブルしてたら、イカサマがバレちまった。バレねえと思ったんだがなあ」

「すると、知り合いは居なかった訳ですか」

「ああ」

 

居ないのにイカサマやっちゃうのか。

ダメだコイツ、早く何とかしないと……。

 

しかし、知り合いを訪ねて来たとな。

なら、ここから町までの道も分かるって事じゃないか?

道がわかるなら、ここを出た後に森を抜けられる。

牢は、魔術を使えばいくらでも破れる。

看守が居なくなった隙を突けば、逃げられるかもしれない。

 

「ギース、ちょっと」

「……?」

 

手招きして、離れて座るギースを呼ぶ。

意外そうにしつつも彼はのそりと立ち上がり、ゆっくりと近づいてきて腰を降ろした。

……自分で呼んでおいてなんだが、やっぱりちょっと威圧感があるな。

ギースは威圧してるつもりなんてこれっぽっちも無いだろうが、自分より大きいってだけでそこそこの迫力はある。

いや、大丈夫、ギースは安全だって。助けてくれたじゃん。

 

「明日、ここを出ます。一緒に来てください」

 

看守に気付かれないよう、ヒソヒソ声でそう言った。 

 

「……逃げるってことか?」

「ええ。仲間も来てくれないみたいですし。

もうこんな所に居たくはありません」

「何で俺まで?」

「道が分かるんでしょう? 牢は私が破るので、案内を頼みます」

 

ギースは、少し考える顔をした。

 

「やなこった。なんで俺がそこまで助けてやらなきゃならんのよ」

 

そして、あっさりとそう言った。

 

「え?」

「いいか、お嬢。あんたを助けたのは、目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いからってだけだ。俺ぁ捕まったってもただのイカサマだし、こっからはすぐに出られんだよ。お嬢と違ってな」

 

だから、脱獄に付き合う理由は無いと彼は続けた。

ああ、そうか。

最初に助けてくれたから勘違いしていたが、ギースは別に人助けが好きな訳じゃないのか。

飯の世話を焼いてくれるし、どこか人懐っこくて話しやすいから勝手に仲間意識を持っていたけど、向こうからして見れば所詮は行きずりの他人なのだ、私は。

 

忘れていた。

この世界じゃ、家族や友人でもない限り無償の善意なんてものはない。

 

ルイジェルドは子供を助けたりしているが、それは彼の『戦士の矜持』からの行動だし、人助けはあくまでも汚名を雪ぐための『デッドエンド』の活動方針だ。

あのロキシーだって、ブエナ村にいた頃はきちんと対価を貰って村人たちに手を貸していたのだ。

 

なら、ギースの協力を取り付けるには、何か対価が必要だ。

金……は、身ぐるみを剥がされたから、いつかの魔界大帝と同じくスカンピン。

後払いなら可能だが、それでギースは協力してくれるだろうか。

 

「話がそれだけなら、俺は寝るぜ。脱獄なんかやめとけ、ロクなことねぇよ」

「あ、ま、まって」

 

元の場所に戻ろうとするギースの腕を、咄嗟に掴んだ。

私は、すぐにでもここを出てエリオットたちと合流したい。

だからギースの協力は絶対必要なのだ。

 

ギースの協力を取り付ける対価。

この場で提供できるものが、あるには、ある。

 

「あん? 何だよお嬢、報酬でもくれるっての、か…………」

 

年齢的には幼いにしても、この世界基準じゃ男好きのする身体。

それなら、ある。

前あわせに閉じていた毛皮のベストを、私は夜道の露出狂みたいなポーズでめくりあげた。

 

振り返ったギースは唖然としていたが、泳ぐ目線は正直だった。

あ、いま胸を見た。

思わず身がすくんでしまうが、何とか耐える。

大丈夫だ、火だるまになった時の苦しさに比べたらずっとマシだ。

 

「協力してくれるなら。

私のこと……好きにしても、良い、ですよ……?」

 

元々、ギースが来てくれていなかったら死んでいたようなものだ。

彼になら、命の恩人になら。

惜しくはない……とまで腹を括ることは出来ないが、仕方ないと思える。

我慢できる。

 

「ちょ、おま……本気か?」

「はい。……初めてなので、あんまりその、

痛くしないでもらえると助かりあだっ」

「馬鹿野郎。そんなつもりで断ったんじゃねえよ。

風邪ひかないうちにさっさと寝とけ」

 

頭を軽くチョップされた。

ギースは馬鹿な子供をあしらうような態度で、面倒臭そうにボリボリと尻を掻きながら、壁の方を向いて寝転がってしまった。

涅槃仏のポーズだ。

 

「確かに居心地は良くねえかも知れねえけどよ、もう少しその仲間ってヤツを待っとけよ。脱獄の片棒担いでまた捕まるなんざゴメンだね」

「……はい。すみませんでした」

「謝んなよ、お嬢はさっさと体調戻しときゃいいんだよ」

「はい……」

 

なんか、一応してたはずの覚悟とかは一瞬でいらなくなってしまった。

同時に、ギースがフッてくれたことに心の底では安堵していた。

もう少し待つ、ね。

……ギースがそう言うんなら、そうしよう。

 

それに、そうだ。

私にはエリオットとの約束がある。

いくら焦っていたからって、今の行動はどうかしてた。

エリオットに、またあんな顔をさせる訳にはいかない。

 

エリオットなら、きっと助けに来てくれる。

ルイジェルドだって付いてるんだ。

今はせめて、合流した時に心配されないよう、しっかり食べてしっかり寝よう。

それが一番だ。

 

---

 

7日目。

ギースが作ってくれる飯が今日も美味い。

体調がかなり良くなってきた今朝は、しっかりと味のついたものをご馳走になった。

最初は病院食のような薄味だったから気付かなかったが、この男は料理が上手いのだ。

素直に褒めてみると「俺ぁなんでも出来るのよ」とドヤ顔をしていた。

 

「なんでもって?」

「なんでもは、何でもだ。まあ、戦いとかはからっきしだけどな」

 

じゃあ何でもじゃないのでは? とは言うまい。

大森林の味気なさそうな食材も、彼が隠し持っていた調味料の威力で味わい深いスープに早変わり。ちょっとした物を作るだけでも、非常に熟練しているのが伺える程の手際だった。

 

食材も道具も最低限しかない牢屋の中でコレなのだから、その制限を取っ払ったらどんな絶品料理を作れてしまうのだろう。

冤罪が晴れて無事に牢から出られたら、料理を教わってみるのも良いかもしれない。

 

---

 

「おいお嬢起きろ! 火事だ!」

 

食後にうたた寝をしていると、ギースの叫び声で目が覚めた。

見れば、彼は明かり取り用の窓に飛びついて外を見ていた。

 

「ううん、何ですかギース、私はもうお腹いっぱい……」

「んなベタな寝言言ってる場合かよ、このまんまじゃ蒸し焼きだ!」

 

いつもは飄々としているギースの狼狽えっぷりに只事ではないと直感する。

私も窓から様子を見たかったが、こんな格好で肩車をして貰う訳にもいかない。

とりあえず、看守も居ないようなので牢屋を魔術で破壊して外に出た。

辺りは火の海に包まれていた。

 

「火事だ!」

「だからそう言ってんだろ! どうするお嬢!?」

「そんなの逃げるに決まってるじゃないですか!

ザントポートまで案内してください!」

「はあ!? こんな状態で道なんか分かるわけねえだろ!」

 

ひとしきり言い合うと、結構まずい状況に思えてきた。

この火事に紛れて逃げられると思ったが、道が分からないんじゃどうしようもない。

火を消せばひとまず安全だが、火事が収まれば獣族に見つかってしまうかもしれない。見つかって、放火犯に間違えられでもしたら、今度は魔術を出せないように両腕を切り落とされた上で磔にされるかもしれない。

牢屋で火魔術を使っている所も見られたし、言い逃れは出来ないだろう。

 

「お嬢! あれ!」

 

と、ギースが指差す方向を見ると、猫耳の小さな子供がよろよろと歩いていた。

咳き込んで、目を擦りながら、逃げ場のない火の手に囲まれて……。

 

「危ない!」

 

真っ赤に燃え盛る木が、メシメシと音を立てながら子供の方に折れていく。

咄嗟に風魔術を使って木を吹き飛ばし、倒れ込む子供に駆け寄って抱き抱える。

顔は煤で汚れて、身体中に火傷みたいな跡があったので、水魔術で目元を洗い流し、治癒魔術をかける。

苦しそうな顔をしていた子供の表情が和らいだ気がする。

これでひとまず大丈夫だと思いたいが、それよりも。

 

「もしかして、避難が済んでない……?」

 

こんな小さな子供が一人で逃げ遅れていたのだ。

村の大人たちは何をやっているのか。

 

「ああ、雨季に入ろうって時期に火事ってのも珍しいだろうし、その可能性はあるかもな……」

 

ギースが言う間にも、また別の木が倒れ、火の手はどんどん勢いを増していく。

消化活動が進んでいる様子も見られないし、このままじゃ私たちの身も危ない。

かと言って子供は置いていけないしな……。

よし、決めた。

 

「ギース、村の中心は!?」

「それなら分かるが、どうするつもりだ!」

「火事を止めて、恩を売ります!」

 

逃げるにしても、どうせ火は消さないといけない。

それなら、自分たちだけ助かろうとするよりも、森全体の火事を収めて感謝される方が得だと思った。こうして子供を助けたことだし、放火犯と間違われることもないだろう。

 

流石に全裸ベストは動き回るのに色々と危ないので、ルイジェルドの知恵袋を借りることにした。

無事な小屋を見つけてカーテンを切って身に纏い、子供を抱えて走り出したギースを追った。

 

---

 

村の中心に着くと、火事よりも酷いことが起こっていた。

火の手はまだ回っていないみたいだが、戦士風の格好をした人族の集団が住人たちに襲い掛かっていたのだ。これはもう強盗とか山賊とか、犯罪者の類だ。

賊は、子供を脇に抱えて連れ去ろうとしていたり、それに追い縋る母親を斬りつけたり、獣族の戦士を多人数で痛ぶっていたりした。

……あまりにも、ひどい。

 

「こりゃひでぇ……。この火事も、連中の仕業かよ」

 

隣のギースが呆然と呟く間にも、その凶行は続いている。

対峙する戦士が多勢に無勢で斬り伏せられ、子供を抱きしめて守ろうとする母親が、家に押し入ってきた男たちに引き剥がされる。子供は髪や腕を乱暴に掴まれて、泣き叫びながら連れて行かれていた。

 

「お嬢、どうする。賊が居るなんて想定外だ。

連中に見つかる前に逃げた方が良いんじゃねえか? 今ならまだ間に合うぜ」

「……そうかもしれませんね」

 

でも、無視をするには目の前の惨状は余りにも酷かった。

確かに私は、この一週間、獣族から酷い仕打ちを受けた。

感情的に考えるなら、獣族を助けるなんてまっぴらごめんだ。

正直、やられた事を思い返すと、今でも恐怖で身体が震えてしまう。それほど、奴らは私のトラウマを抉って精神的に追い詰めた。

……それでも。

 

「でも、放ってはおけません。『デッドエンド』は子供を見捨てちゃダメなんです。ギースはその子を連れて逃げててください。私は獣族を援護します!」

 

それでも。

獣族全部が悪い訳じゃない。

脳裏には、ギレーヌや助け出した子供たちの顔が浮かぶ。

彼女たちのためにもここで見捨てるという選択肢は無かった。

 

「流石はお嬢だ! こっちは任せとけ!」

 

そう言うと、ギースは子供を抱えて安全な場所を探しに行った。

昨日は寝覚めが悪いから助けただけだなんて言っていたが、やっぱり結構なお人好しなんじゃないだろうか。

もしかすると、泣き落としでもしていたら案外道案内くらいはしてくれたのかもしれない。

 

あ、でもアイツ、あんな身なりじゃ人攫いに間違えられやしないだろうか……。

いや、きっとギースのことだ、そこは上手くやる算段があるのだろう。

 

色々と思うことはあるが、まずはやることがあった。

 

「『大雨(スコール)』!」

 

両手を天に掲げ、上級水魔術で消火活動だ。

火事の範囲がどれくらい広いのか分からない。

だから、出来るだけ広範囲に、なるべく強い勢いで雨を降らせた。

叩きつけるような雨が周囲の火を消していく。

それと同時に、賊の中の数人が私の仕業だと勘づいた。3人ほど、抜き身の剣を持ったままこちらに向かってくる。

即座に、予見眼を開いた。

 

「……っ」

 

殺気を纏いながら近づいてくる男たちに、拒絶反応で息が詰まりそうになる。

が、大丈夫だ。

ルイジェルドやエリオットはおろか、獣族の戦士たちにも及ばないスピードだ。

この距離なら普通の魔術師が詠唱する程の時間はないが、私には詠唱なんて必要ない。

落ち着いて息を吸って、眠っていても放てそうな程に馴染んだ『泥沼』で脚を絡め取り、『岩砲弾』で昏倒させていく。

よかった、大した相手じゃない。倒せる。

 

しかし、村一つ襲いに来ているとなると、全部でどれくらいの人数が居るのか分からない。処理が追いつかない程の物量で攻められたら、余裕は無くなってしまう。警戒しつつ索敵して、数人単位を各個撃破していくのがベターだろう。

 

「新手の魔術師だ! 火を消された!」

「3人やられてるぞ!」

 

そう思っていると、仲間をやられた事に気が付いて、他の奴が声を張った。くそ、思い通りにはいかないか。

賊の男たちは即座にフォーメーションっぽい陣形を作ると、魔術の命中率を下げるためか散開しながら距離を詰めてきた。

……やばい、思ったより連携が取れているし数も多い。

 

「殺せ!」

「いや、よく見ろ上玉の女だ! 捕まえて売っ払うぞ!」

 

向かってくる何人かが、いやらしい笑みを浮かべて勢いづいた。

気持ち悪い。

 

一人、二人と岩砲弾で撃ち落とし、

 

────もし捕まったら絶対に酷い目に遭わせられる……

 

「あっ」

 

一瞬、集中力が切れてしまったせいで手許が狂った。

敵が照準から逃げるように動き回っていたのも良くなかった。

 

[賊の一人が岩砲弾を躱して、こちら側に踏み込んでくる]

 

あ、やばい、撃ち漏らした。一人、動きの良い奴がいる。

リーダー格と思しき顔に傷のある剣士だ。

そいつは嬉々とした表情で剣を構える。

剣神流、とは違う。軌道の読みにくいあの構え。北神流か。

 

[剣士は一気に踏み込んで、横薙ぎに剣を斬り払う]

 

剣士の間合いに入られた、まずい、見えていても避けられない。

 

「大人しく捕まっとけやぁ!!」

「ぅぐッ……」

 

腹を強かに打ち据えられたかと思えば浮遊感。

剣を振り抜いた姿を見るのと同時に、峰打ちでぶっ飛ばされたのだと理解する。

 

「かはっ……!」

 

背中に衝撃。木か何かにぶつかった。

肺の中の空気を無理矢理押し出されて、息が、出来ない。

 

「っひ、ぁ、……っ!」

「そう怖がんなよお嬢ちゃん。上玉の魔術師、それも無詠唱なんて聞いたこともねぇ。ちゃあんと高値で捌いてやるよ……」

 

男が顎で指示すると、頭陀袋とロープを持った手下が近づいてきた。

捕まったら終わる。

奴隷にされる。

今度こそ犯される。

 

「うおっ!?」

 

咄嗟に、身体を覆う程の炎を発生させた。

火力はそこまで強くしない。

フランベするみたいに、一瞬で掻き消える程度の小爆発を引き起こす。

ちょっと火傷する程度の熱が全身を撫でて、手下の男を飛び退けさせた。

 

息が出来なくても、その一瞬があれば充分だった。

 

岩砲弾で手下を気絶させて、風魔術で無理矢理肺に空気を送り込む。

 

「……っはぁ! はぁっ!」

 

次の獲物を見繕っていたのか、リーダー格の男はよそ見をしていた。

手下の男が倒れる音に気が付いて、ギョッとした目でこちらに振り向く。

でも遅い。もう岩砲弾の準備は終わっている。

 

「このガキゃあ!!」

 

[男はギリギリの身のこなしで岩砲弾を回避する]

 

でも、予見眼に見えたビジョンは無情だった。

嘘だろ、この距離で見てから回避なんて。

思った以上に手練れなのか?

 

そう思った時には、男は怒りを露わにして再び剣を構えていた。

今度は峰打ちの構えじゃない。

()られる……!

その恐怖から、思わず目を閉じてしまった、次の瞬間。

 

スッ、と。

岩砲弾を打ち終えたまま、中空に掲げていた腕に熱が走った。

肘より少し、下のあたり……。

 

ドサッ、とも。ボトッ、とも言えない音がすぐそこで聞こえて、右腕が軽くなった。

 

私の右手が地面に落ちていた。

私の、右手…………。

 

「ぃい"っ……!!??」

 

真っ赤な血が溢れ出た。

あ、血ってこんなに真っ赤なんだっけ……。

 

「ったくフザけた真似してくれるからよぉ。

思わずぶった斬っちまったじゃねえか。

……ま、嬢ちゃんの場合、片腕ないくらいじゃ買い手は居なくならねえよ、安心しな。見てくれが良けりゃ、使()()()()はいくらでもあるからな……」

 

血が。血が止まらない。早くとめないと。

死んじゃう。

 

「って聞こえてねぇなこりゃ。

獣族のついでとは言え、死なれちゃ勿体ねえ。とりあえず止血しとくか……」

 

男が近づいてきた。

腕を縄できつく圧迫して、出血を止めようとしている、のか?

 

「一丁上がり……っと。

また魔術ぶっ放されちゃかなわねぇな。

おい! 『魔術師殺し』持ってこい!!」

 

男が何かを叫ぶと、別の奴が近づいてきて小さくて赤い木の実みたいなものを手渡した。

それを受け取ると、男は私の口を無理やり開けさせて、それを放り込んできた。

口と鼻を抑えられ、息ができなくなってしまう。

反射的に、口の中の物を飲み下してしまった。

 

「んぐっ」

 

何を飲まされた。

『魔術師殺し』ってなんだ?

私は死ぬのか……?

 

異変はすぐにあった。

まず、予見眼が発動しなくなった。1秒先の未来が見えなくなる。

次いで、身体中の血管が逆撫でされているような不快感。

血が……いや、魔力の流れが、なんか、おかしい。

やばい、身体に力が入らない。抵抗出来なくなる。

 

右腕の熱に気をやってしまいそうになりながら、風魔術を使って、男を突き飛ばそうとした。

 

「……!?」

 

魔術は出なかった。

なんだ、これ……。

ダメだ、もう、意識が。

 

「ルーディア!!!」

 

目の前が真っ暗になる直前。

聞き慣れた叫び声がして、赤毛の男の子が目の前に現れた気がした。

 

 

--- エリオット視点 ---

 

片腕を斬り落とされてぐったりとするルーディアを見つけて、一週間前のあの日、ルーディアが戻って来なかった時すぐにでも追いかけるべきだったと後悔した。

 

あの日。町の前でギュスターヴと名乗る獣族が「密輸人の居場所を吐かせるために捕らえた」と言った後、本当ならすぐにでもドルディアの村に向かうつもりだった。

でも、ルイジェルドたちが密輸人の船を襲撃する間、子供の護衛を引き受けたら、何だかよく分からない内にザントポートの役人と揉めることになってしまった。

 

ルイジェルドやギュスターヴが矢面に立っている間は、密輸船から助け出して更に人数が増えた子供たちから離れられなかったし、揉め事が解決した後には子供たちを親元に帰すのに時間がかかりすぎた。

気が付けば一週間が経っていた。

 

そして、森の遠くの方で火事が起こったと思ったら、その場所だけに大雨が降っていたから大急ぎで駆けつけた。

きっと、森の火事をルーディアが魔術で止めたに違いない。

捕まっている身のはずなのに獣族を助けてあげるなんて、流石はルーディアだと思った。

そう思うと、ますます彼女のことをすごいと思ったし、好きになった。

でも、それは違った。

現実はもっと酷いことが起こっていた。

 

ドルディアの村を襲撃した密輸人が、獣族を助けようとしたルーディアを拐おうとしていた。

目の前の光景を信じたくなかった。

 

あのルーディアが。

いつも元気で、活発に動き回るルーディアが。

 

片腕を失って、血の気の引いた青白い顔で、死にそうになっていた。

 

「ルーディア!!!」

 

頭に血が上った。

そばにいる剣士の男。

そいつはルーディアを動けない様にして、頭陀袋を被せてほくそ笑んでいた。

コイツが。

コイツがルーディアをこんなにしたのか……!

 

「おい!! ルーディアを離せ!!」

「あん? ……なんだぁ、このガキの知り合いか?

なんでドルディアの村にこんなに部外者が居るんだよ、ったく」

 

男は面倒臭そうなそぶりで返事もしなかった。

でも、その佇まいは俺を警戒させた。

返事があってもなくても斬り殺してやるつもりだったのに、出来なかった。

油断しているように見えて、隙がない。

……こいつは、手強い。

 

「ま、いいや。生憎だが、この嬢ちゃんにはたっぷり稼がせてもらうつもりなんでな。テメェにくれてやる気はねぇ」

「ならお前を殺す!!」

「へっ、やってみろよ。……言っとくが、俺は北聖だ。

北聖ガルス・クリーナー。

無様にやられて後悔しやがれ、ヒーロー気取りの坊ちゃんよぉ!!」

 

言うが早いか。

そいつはルーディアを放り投げたかと思うと、剣神流の構えで最速の軌道で斬り掛かってきた。その剣速は、剣神流奥義『無音の太刀』に迫るほどだった。

何が北聖だ。いきなり別の流派の技を使いやがって……!

 

「ぐっ!」

「へぇ、これを受け止めるか。これでも剣神流上級程度の力はあると自負してるんだが……っと!」

「があぁぁッ!!」

 

男がペラペラと喋る間に、距離を取って撹乱する。ルイジェルドから教わった足捌きだ。男の視線がこちらの動きを追い切れなくなったタイミングで、自分に出せる最速の一太刀を浴びせる。

その太刀筋は狙い違わず、男の左腕を捉えた……が、浅い。皮膚を切り裂いただけだった。

 

「っの野郎、テメェ剣神流か!! らしくねぇ動きしやがって……!」

 

すると男は腰に差していた短剣の鍔に指をかけた。

右手に構えた長剣に、左手で短剣を居合の形。

北神流の型はよく知らないが、二刀流か。

どうやって攻める……いや。

隙を見せたところに最速の剣を叩き込んでやるだけだ。

ジリジリと互いに機を伺う。

 

「……あん? 剣神流のくせに来ねぇのか! とんだ腰抜け野郎だなぁおい!!」

「……」

 

聞くな、あんな見えすいた挑発……

 

「あーあー、この嬢ちゃんもかわいそうに!

()()()()()()()()()()にゃ泣きながらテメェの名前を呼んでたのによぉ! いざ来たかと思ったらこぉんなに弱っちぃんだもんなぁ!?」

「あ?」

 

気付けば。

相手の隙を窺うこともせず、俺は剣を振るっていた。

同時に、男の口の端がニヤリと釣り上がった。

男は左手の短剣の鍔を指先で弾いて、真っ直ぐに剣を投げてきた。

剣は凄まじい速度で飛んできて、俺の右肩に突き刺さった。

 

「ハッ! ザマぁねえな、死なぁ!!」

 

男は左手を緩慢な動きで右手の剣に持ってくると、両手持ちになって右袈裟に切り掛かってきた。その動きにはほとんど無駄がなくて、刺さった短剣で動きが鈍れば避けることは出来ない一太刀だった。

 

でも。

それが何だと言うのか。

ルーディアはもっと痛かった。

ルーディアはもっと苦しかったんだ。

 

()()()()()()()()()()()動きを止める訳にはいかない。

 

俺は右肩の痛みを無視して、最高速度を保ったままで剣を振り抜いた。

全てを置き去りにして、刀身の反射光が実体を持つほどの速度に達した。

剣神流奥義『光の太刀』。

 

ロアにいた頃、ギレーヌに一度だけ見せてもらったその技を、俺は初めて成功させることができた。

男の緩慢な一太刀に遅れをとる理由はない。

 

「がああああ!!!」

「てめっ、なんで動け」

 

男の顔に驚きが浮かんだ。

そしてそのまま、男の頭は身体を離れて宙を舞った。

男の身体がドサリと地面に崩れ落ちる。

 

「……勝った」

 

でも、そんなことはどうでも良かった。

ルーディア、ルーディアは無事なのか。

ああ、見つけた。

あそこで倒れている。

顔が真っ青だ。

呼吸も弱々しい。

腕が、腕から血が出ている。止めないと……。

 

「神なる……ちから、は、ほうじゅんの糧。

ふたたび、立ち上がる力を、与えん……『ヒーリング』……」

 

本当なら、手を当てた場所に光が灯って、傷が治っていくはずだった。

でも、何も起こらなかった。

 

「な……なんで……」

 

何で治らない。

何で何も起きない。

分からない。

 

「神なる力は……、……。『ヒーリング』…………」

 

2回、3回と試してもルーディアの傷は治らなかった。

 

……本当は、分かっていた。

多分、詠唱が間違っているんだ。

 

ルーディアが教えてくれた筈なのに。

どうして俺は、一つの詠唱も覚えていないんだ……。

 

「エリオット!! ルーディアは無事か!?」

「ルイ、ジェルド……。ルーディアが……ルーディアの腕が……」

 

ルイジェルドは獣族の援護に入り、他の密輸人を相手にしていたはずだ。

ここに来たってことは……彼のことだ、問題なく倒してきたのだろう。

 

「落ち着け。止血はしてあるな……すぐに死にはせん」

「そ、そうなのか?」

「ああ。確か、治癒魔術のスクロールがあると獣族の戦士が言っていた。

それを使えば助かるだろう」

「助かるのか……?」

「じきにギュエスたちが来る。奴らも使わせんとは言わん筈だ」

「そう、か、良かった……」

「……その前に、お前も止血しておけ」

 

この世の終わりだと思った。

でも、どうやらルーディアは助けることができるらしい。

それが分かっただけで、俺には後のことはどうでも良かった。

 

……でも、約束を守れなかった。

どんなに謝っても許して貰えるとは思わないし、何より自分自身を許せない。

それでも。

ルーディアが目を覚ましたら。

ルーディアが、無事に回復したら。

その時は、また守らせてほしいと言うしかない。

たとえ嫌われたとしても、謝って、謝って、彼女のために剣を振るうことを許して貰うしかない。

 

それだけが、俺にできる唯一のことだ。

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