寒空の下校の道すがら。あたしはまるで日課のように駅前の店が立ち並ぶ通りを一人で歩いていた。それらの店はどれも、クリスマスを控えた年末商戦の装いをしている。流行り物を街行く人々に見せびらかして存在をアピールし続けるそのどれもがあたしにとっては薄らと滑稽に見えていた。
そんな店の先々に並ぶ品物を目的にやってきたというのに滑稽であると吐き捨ててしまうあたしはなんてシュールなのか。頭にそんな考えが僅かに過っただけで、可笑しくなってあたしは鼻で笑い飛ばした。霧散した考えを踏み分けるように、あたしは目新しいものを求めて、パッと目についた雑貨屋に入る。
棚には赤や緑の装飾がなされて、明るい橙にも映る木の台に可愛らしい小物が所狭しと並んでいる。勉強机の上に置いたら勉強中でもテンションが爆上がりしそうな小さい置き時計。数本しか入らなさそうだけど配色に当てられて気分が明るくなりそうなペン立て。少しばかり気分の低い今のあたしが見たら、そのどれもが色褪せて、つまらないもののように見えてしまう。なのに、それに釘付けになってしまったかのようにあたしはそれらから目を離さないでいた。
「何かお探しですか?」
「えっ?」
すっかりあたしの意識は無機質に思われた小物に奪われていて、その意識の外から自分に掛けられた声に遅れて反応した。反応した瞬間、小物に取り憑いていた黒い光は徐々に消えていって、あたしが視界を変える頃にはそれらは正常な発色を取り戻していた。
声のした方向を振り返るとこの店の店員さんらしきエプロンを着た女性が不思議そうな顔をあたしに向けていた。下の方に置いてある商品を眺めていたあたしに合わせるように、膝に手をつきながら少し屈んで。
「クリスマス仕様の小物を随分と長いこと見つめていらっしゃったので。プレゼントですか?」
「えっ、ああ」
あたしが意識をしていない間にもすごい早さで時間は流れていたらしい。店員さんに半ば促されるような形で腕時計の文字盤を見れば、あたしがこの店に入ってから実に二十分はくだらないほどだった。一つの棚の前で二十分も屈んでいるお客がいたらそりゃあ店員さんも気になるか。しかもそこまで大きい店ではないためにお客さんの入りが多いわけではない。悪目立ちしている。
「いや、特に何か探してるわけじゃないですよー!」
「そうなんですね! また何かあればお声がけください! ごゆっくりどうぞ」
お客に不快な思いをさせまいと明るい声を残して去っていく店員さん。背中を向けて去っていくその姿を眺めながら安堵のため息をついたあたしは、視線を再度棚の上の商品に戻した。
プレゼントを探しに来たりだとか、店に訪れている目的はそういうわけではなかった。確かに、近々プレゼントを渡す予定というのはあるだろう、なんていう事情もありながらも、その目的で来店したわけではない。個別でプレゼントを用意しなきゃいけない相手なんてのはたくさんいるが、今はその時じゃない。
特定の誰かに渡すプレゼントがどうというよりは、今日のあたしは一つ、話題を探しに来たというような言い回しが一番正しいのだろう。あたしが生きる、バンドの他のもう一つの世界である、SNSの世界の準備みたいなものである。インフルエンサーとして何かをバズらせようだとか、そういう大きな野望とまでは言えなくても考えはある。要はネットの世界に発信するための材料を探しにきたのだ。
でも、改めて棚の上の商品に目を通してみても心が惹かれるようなものはなかった。むしろ、どう足掻いてもクリスマス一色や、時節に染まり切ってしまった陳腐さが鼻につく。決して店を貶すつもりはなくても、あたしにとっては初めに抱いた滑稽という感情を抱かずにはいられないのだ。
結局あたしはこれだけ長い時間お店にいたというのに、何も買わずに外に出てしまった。店に長時間滞在したという後ろめたさやバツの悪さもあってか、店員さんには目も合わせることなく、店の自動ドアが開く音が虚しく響いた。
「さっむ……、今日とかマジ寒すぎでしょ……」
店を出た瞬間に吹き抜けた風の冷たさは言うまでもなかった。暖房の効いた空間から一歩外を出ればこれだ。街の人たちが寒く苦しい冬から目を逸らそうとクリスマスだ、年末だなんとかと盛り上がろうとするのもよく分かる。皮膚に突き刺すような風から隠れるように、あたしは赤いマフラーを首元に巻いた。
それから同じような書き入れ時の数店舗を回り、あたしは取り敢えず目についたものを幾つか買ってみた。街を歩いていると、雪がほんの僅かにちらついているような時間もあったが、そんな寒さから逃げ込むように店に飛び込み、そこで目に止まったものを買っては手提げに入れ、となんてしていた。時間はものの見事に夜に突っ込んでおり、あたしは手提げ一杯の戦利品と一緒に帰宅の途についた。
外を歩く合間も震えは止まらない。底から立ち上ってくる冷気から逃げ出そうと急ぎ足で帰った。呉服屋の実家の玄関も、廊下も駆け抜けて、家に帰った声かけもそこそこにしてあたしは自室に飛び込んだ。
「はぁー、疲れたぁぁぁ」
手提げと一緒にあたしの体はピンクの暖かそうな毛布に向かってダイブする。しかし、部屋までもが外の冷気に当てられて寒い空気を纏っていたわけで。そんな空気の中、主人の帰り待っていたこの布団の表面とて、冷感を充分に伝えるのだった。
それにびっくりしたあたしは体を思い切り跳ねさせて、握りしめていた手提げかばんの持ち手を放り投げた。力なく布団の上に崩れ落ちた手提げ袋を見送るように、あたしは少し起こしていた上体を力なく布団に横たえた。
少しずつあたしの背中と布団の設置面が熱を帯びてきたころ、ようやくあたしはよいしょと声に出しながら起き上がる。そして、袋から飛び出そうになっていた、そこにあるだけで目を引きそうな小物を取り出した。これは確か三店舗目か四店舗目で回った店で買ったものだったか。そんなことを考えながら何度もマジマジと、色んな角度からその小物を見つめた。
雪兎をデフォルメにした小さいぬいぐるみがついたキーホルダーだった。特に何かを考えて選んだわけではないけれど、どこか心が惹かれた。そんなとても単純で感情的な理由であたしに買われた雪兎は少し寒そうだった。雪で出来ているのに寒いなんて感じるわけはないだろうけど。
「んー、可愛い。鞄の横につけてるところとか良いかなぁ」
ただそのキーホルダーがふわふわと揺れているのを見るだけは飽きた。どの角度から見たらこの雪兎の愛らしさだとかが伝わるのか悩んでも答えが出るわけじゃなく。単に手に乗せてあちこちから見るだけじゃ満足できないあたしは、さっき帰宅と同時にどこかへやってしまいそうになった学校のカバンを引っ張ってくる。
既に元からついていたキーホルダーだとかは一旦外して、その雪兎のキーホルダーに付け替える。サイズ感としてはあたしの掌に乗せて、少し小さいかなと感じるぐらいだったから目立たないかと心配したけど、白の色合いが映えることと、キーホルダーとしてつけると意外と目立っているようだった。
そんな雪兎が群れている鞄をいつも登校の時のように背負う。あたしの体の横から白い体をした雪兎がフラフラと揺れている。雪兎でもウサギであることには違いないからおたえさんは喜ぶだろうなぁ、とか。この兎は純朴で翳りが一つもないしシロって名付けたらうちのMorfonicaの方のシロと同じだな、なんてくだらないことを考えて、自分自身を小馬鹿にするように笑ってしまった。
「おっ、なかなか良いじゃん」
鞄を体の斜め前に持ってきて、部屋を忠実に映し出した姿見の前で斜めに構えて立つ。あたしの体を横切っていくように跳ねた雪兎が数度往復して、金色の金具を支点に規則的に揺れていた。
懐からスマートフォンを取り出して、あたしは鏡の方へとカメラを向ける。雪兎が落ちついて、暴れるのをやめてからあたしはシャッターを切った。画面に映った写真の中心には可愛らしくも、真っ白という単調すぎる色に毒されてしまった雪兎が堂々と鎮座していた。光の加減もぴったりで、斜め前から入ってきた明かりが月明かりのように雪兎の体の横を照らして神秘的な雰囲気を纏っている。ただ、白がさらに白を足してしまって、幻想的という表現を通り過ぎた雪兎がひどく空虚なものに見えて仕方がなかった。
それでも無理やりに納得した写真をみて開いたSNS。投稿を促すプラスの画面をタップして、さっき撮れたばかりの雪兎の激写を画面上に並べてみた。確かにその兎は可愛いのだけど、それなのにやはり、さっきにも増して、華々しいクリスマス仕様の小物店に並んでいた時のそれに比べてもなお、味気なくてなんだかつまらないものに見えてしまって仕方がないのだった。素直に受け取れない理由も自分ではわからないし、少なくとも少し前までの自分であればそれは圧倒的に可愛いものだとして、嬉々としてすぐさまSNS上のあたしのフォロワーに紹介していただろうに。
「んー。……まぁ、アップしよ」
自分で納得がいっているかと問われればそんなことは全くない。むしろ、自分が流行るともあまり思わないし、可愛いとは思っても、大きく心が揺さぶられるようなほどでもないのにネットにあげるのも少し違うような気がする。
そんな葛藤からは目を瞑るようにあたしは写真に映された雪兎をネットの海に流した。数分も経たないうちに通知の音が少しうるさくなり始めて、それにどことなく安心感を覚えたあたしは通知を切って、今日はもう休むことにした。
数日後、あたしはいつも以上に気合を入れて、いわばおめかしのようにメイクにも時間をかけて家を飛び出していた。その日は特別だった。一人で街へ出かけて店を巡っていたその日も、Morfonicaの練習がなかったという意味で特別だったけど、今日の特別はそれとは少し毛色が違う。
待ち合わせの時間に遅れるか遅れないかのギリギリで、あたしは目的の場所に辿り着いた。分かりやすい何かの銅像みたいなのの前に、彼は立っていた。あたしが駆け寄るのを認めた彼は、顔を上げて、こちらを向いてにこりと笑っていた。
「ごめーん! 遅くなった!」
「そんな、時間通りだよ」
彼から目を逸らしながら腕時計で時間を見れば、そこに書かれている時刻はやはり約束の時間からは二、三分遅れている。きっとルイが待ち合わせの相手だったとすれば、ぐうの音も出ない正論をかまされて敗北していただろうから良かったなんて胸を撫で下ろした。幸いにも彼、あたしの恋人はあたしがその辺りにルーズなことも十分に知っているし、とやかく言ってくるわけでもない。もちろん申し訳なさはあるけど。
仮にも今日はデートなんていうやつだ。出かける用事の中でも最上級に特別なイベントである。だから遅刻したこと、しそうだったなんてことも全てエッセンスとして無意識のうちに吸収されてしまいそうだった。
「それじゃあ行こうか。周りたいお店があるんだっけ?」
「そーそー! 駅前にあるカフェなんだけど一人で入るのも気がひけるなってね〜」
あたしは自然と流れるように差し出された手に自分の手を重ねて歩き始める。手を繋いだ瞬間から彼の顔を直視できないようになっているところとか、変なところであたしはこういうのには慣れていないのだなと嫌でも実感する。
彼から目を逸らすようにしていると、やたらと歩道に降り積もり始めた薄い雪だけが目についた。先日から急激に冷え込み、天気予報では本格的な冬到来が云々と言っていた。気温も零度を下回り、その証拠として歩道表面に重なりつつあった雪の層が存在を主張していた。徐に後ろを振り返ってみると、雪の層には幾多の足跡がつけられているし、今しがたあたしたちが通った道には当然、ほとんど同じ歩幅で歩く足跡が二つ並んで付けられている。ただ、その足跡のサイズはかなり違いがあるようだった。
「ん、透子。どうかした?」
「なんでもないー! ささ、お店が混む前に早く行くぞー!」
あまりに露骨に変なところが気になりだしてしまったせいか、彼もあたしの挙動不審に察したらしい。そんな彼を無理やり手で引っ張りながら、あたしは白く色づいてしまった、元はカラフルだった石のタイルの道を急ぐことにした。
そのお店は集合場所から大体歩いて五分もかからない程度のところにあった。表通りに面しているわけではなく、そこから一本入った道の奥の方にこじんまりと佇んでいる。店の前に置かれた焦茶色に変色した樽は少しばかり年季が入っているように見えて、お店全体の渋い雰囲気を暗示しているようだった。
渋いなんて評価を自ら下してはしまったけど、最近のSNSではここのお店はかなり評判だ。それもこの古めかしい雰囲気が良いとかではなく、若い女の子たちの間で人気を博しているのである。そんな話題沸騰中の店にまだ自分が行ったことのないという引け目もあってか、彼にはここに行こうと声を大にしていたわけなのだ。
「なんというか、透子がこういうお店に行きたいっていうの、なんだか意外だね」
「そう? 結構今人気なんだよねここ。雰囲気も良いみたいだし」
とはいえ、あまりSNSのことを大っぴらにするのは、彼をネットのあたしのファッションの一部としてしまっているようで嫌だった。それに加えて、あくまで今日は彼とのデートであって、あたしの話題探しのためとかではない。だから、恋人とのデートという口実で、この少しアダルティックで渋い雰囲気を楽しもうという方向に持っていこうとしているわけである。
幸運にも、彼の反応を見る限り芳しくないというわけではないらしい。彼の好みを全て把握しきれているわけではないけど彼が楽しみにしてくれているようでよかった。彼は店の前に置かれた樽だとか、ビンテージ調の壁に掛けられた看板なんかを目にして、顎に手を当てながら唸っているようだった。
そんな店の醸し出す雰囲気を存分に出している彼を連れて店に入る。まだお昼前ということもあって、人気の割には人の入りはそこまで多くはないようだった。店員さんに案内されて座った座席は店の奥の方の二人掛けの座席だった。
「カフェ……というよりバーみたいな雰囲気だね」
「えっ、バーとか行ったことあるの?」
「まさか、俺まだお酒飲めないよ」
彼は席に座るなり、興味津々といった様子で店内の壁の装飾や、棚に飾られた年代物のワインの瓶なんかをマジマジと見つめているようだった。どうやら店の入り口でお客さんに伝わっていた雰囲気は店の中でも同じようで、店内はより甘ったるくて重っ苦しい匂いが漂い、このお店の積み重なった歴史すら漂っているようだ。
アダルティック、なんて言っていたのも強ちハズレではないようで、彼がテーブルの横に据え付けられていたメニュー表を適当に開くと、開幕一番飛び込んできたのは赤ワインのボトルの写真だった。あたしと同じような女子高生が多く来る店のメニューだということには驚きを隠せないが、もちろんお酒だけが提供されている訳ではなく、料理はもちろんソフトドリンクもあるらしい。
「ボルドー産……やっぱりフランスのワインが多いんだ」
「だね。まぁまぁ、絶対にワインを飲むことはないから他のところ見ようか」
彼は急かすようにメニューのページを捲る。次のページもワイングラスなんてのが描かれていたからかなりそういうところにも力を入れているのだろう。ただ、彼が何かをペラペラと喋っているところよりも、あたしは段々と目の前にいる彼の手にワイングラスが握られていた時のことを想像してしまっていた。
「少なくともあたしよりは似合いそうだよね」
「え?」
「何でもない!」
うん、確かに似合っている。彼がダンディーだとか、そういう表現は少し違う。けど、彼が風味漂う赤ワインの注がれたワイングラスを持っているところを想像すると、絵になると言えば良いのか、物凄く似合っているような気がするのである。
得体の知れない感動を覚えたあたしは、スマートフォンを取り出して、メニューを食い入るように見つめている彼にピントを合わせて、撮った。シャッター音にびっくりしたのか彼が急に顔を上げたからあたしまでビックリしたけど、彼はあたしの様子を一瞥して、安心したようにまた視線をメニューに戻し、あたしの名前を呼んでいた。
「俺はメニュー決めたけど、透子は?」
「うん、あたしも決めたよ」
あたしはほとんど即興で目についた何かのパスタを選んだ。料理自体に拘りがなかったわけではないが、なんとなく悩む時間をかけることが気が引けたのだった。
彼が呼んだ店員さんに注文を伝えて十分弱、二人分の皿が運ばれてくる。あたしに提供されたパスタはミートソースが絡まって赤く照り輝いていた。テーブルの上に並んだ二皿は色映えにしてもよく、あたしは自然とスマートフォンを取り出していた。
「あれ、食べないの?」
「ううん、写真撮ろっと思って」
彼はお腹も空いていたのか、運ばれてくるなら手を合わせ、写真を撮る余裕もないぐらいに食べ始めていた。まぁ、飲食店に来ている以上それが普通なのかも知れないけど、やはりあたしとしては写真を撮ってアップするまでがセットだから、デートでもそこの決まりきってしまった所作を崩すのも悩ましかった。
ただ、いつもよりはほとんど加工に時間をかけることなくあたしはミートソーススパゲッティに手をつけた。あまりの美味しさに声が漏れたのは言うまでもなかったけど、そんなあたしを見た彼は微笑んでいるらしかった。
実に一時間弱、店が混み始めたぐらいに食べ終わって落ち着いたあたしたちは店を出た。満腹感もあるけど、彼が手を差し出してきて歩き始めたのであたしも釣られて歩き始めた。
「それで、透子が次に行きたいって言ってたお店ってどこだっけ? ここの近く?」
「あれ、あたしばっかでいいの?」
「うん。折角ならね」
彼のありがたい言葉を聞いて、あたしはこの近くの地図を頭に思い浮かべた。彼はこう言ってくれてはいるものの、一応前々から行きたいと言っていたお店は、丁度数日前に一人で下見をしてしまったのである。特にめぼしいものがあった訳ではなく、どうしようかと考えあぐねていたものだから彼から心配される始末だった。
結局一人で行ったということを彼に伝えられないままお店の場所を伝えて歩き始める。まぁ、ウィンドウショッピングとすれば全然構わないだろう。そう納得させたあたしは歩いて数分のお店に向かった。
あたしが言い訳だとかを考えている時間だけですぐにお店には着いてしまう。やはり数日前と変わらず、どのお店もすっかりジングルベルを流し、浮かれる人々を誘い込んでいるらしかった。そして辿り着いたのは何か買うでもなく、店員さんに話しかけられて挙動不審のままに出てきたお店だった。
「ここ……かな」
「うん、じゃあ入ろっか」
彼に促されて、数日前と同じような光景を目にしたあたしは自然と店員さんの方から目を逸らして、店内中に広がる商品棚に目を向けた。そこらにはあたしが見るだけ見て、冷やかすことになってしまった小物がたくさん置かれている。隣の彼はすっかり楽しげな雰囲気のそれに当てられているようだったけど、あたしはどうにもそこら中が毒されたように面白みのない色合いになっているように見えてしまった。
あたしはなんだか、この前のように同じ小物をじっくりと見るのも憚られるような気がして、手持ち無沙汰にスマートフォンを取り出していた。そのまま流れるようにSNSを開き、自分の投稿への反応を無心で眺める。単にお気に入りのアイコンだけを残す人たちや、コメントを残してくれる人たち、ネットの世界に潜む有象無象に辟易としながらあたしは画面をスクロールしていた。
「透子」
「えっ?」
そんなネットの世界に沈みかけていたあたしの名前を呼ぶ声がして、驚いたあたしは顔を上げる。そこには彼がいた。
「えっと……何?」
「今はSNS、見ないでおこうよ」
「えっ、あっ、うん。ごめんね、デート中なのに」
そこまで注意されて、あたしはすっかり自分がSNSの方に引き摺り込まれそうになっていたのを自覚して、慌ててスマートフォンを鞄に仕舞い込む。けど、彼は少し不満げというか、そんな表情をしていた。でも彼を不快にさせたのは間違いなくあたしだから、何も文句は言えなかった。
「デート中だから……というより」
「え?」
「透子が楽しくなさそうだから、逆に楽しめないようなデートにしてたら、俺の方こそごめんね」
「楽しくなさそう……?」
その瞬間、SNSに踊らされるようにどう着飾るかを悩み続け、何軒ものお店を回った数日前の記憶が喚起される。あたしが本当に滑稽で仕方なかったのは、少し気疲れしてしまった自分の方かも知れない。それと同時に、彼が頭を下げる意味がもっと分からなくて、あたしは慌てて取り繕った。
「楽しくないなんてことないよ?」
「……うん、それなら良かった」
どうにか誤魔化せたと安心したのも束の間、視線を彼から外した矢先に彼の掌が、あたしの両頬に触れていた。冬の手先なんて冷たそうなものなのに、どういうわけか体温の高い彼の手は、冷たさなんて混じってすらいなかった。
「だから今日は、SNSのことは全部忘れて楽しもうよ。透子」
「あ……」
頭に何度もちらつき続けるネットの中のあたしの存在。彼との楽しいはずのデートすらも邪魔しているのは、紛れもない自分自身だった。彼は聡いことに、あたしが変に拗らせてしまっていたことまで見抜いてしまっていたらしい。
何かに追い立てられるような焦燥感に、あたしの心はいつのまにか疲れてしまったらしく、彼に差し出された掌は依存してしまいそうなほどに温かい。その温かさを知覚して、もう十センチとない彼の顔をみて、あたしは静かに目を閉じた。そして、自然と軽くなった瞼を上げると、それまでどこか白く、つまらない色味だった店の中が一気に色づいたようだった。
クリスマスだとかいうイベントの雰囲気はここまで愉快で、心が躍り、赤と緑のカラーリングとはここまで鮮やかだったのか。まるで世界が変わったように見えて、そんなあたしの反応がおかしかったのか、彼は満足そうに笑っていた。
「そっか、あたし」
自分でも気がつかないうちに、あたしは目先の楽しさすらも忘れてしまっていたのかも知れない。あたしの日常の一つとして完全に溶け込んでいたと思っていたはずのSNSも、どうやらそういうわけではないらしいのだ。
「お、こんな机の上に置けるのもあるんだ」
「あっ、これこの間ななみとかと話してたやつだ」
「Morfonica?」
「そうそう!」
それまではこれをどう写真に撮ったらいいか、だとかそんな考えに縛られていたのかも知れない。そんな固定観念が取っ払われてからは、なんだか自分の心がすっかり軽くなったような気がした。
気が軽くなって、ほんの少しだけ息を吐いた。彼はクリスマスのプレゼントを楽しみにして待つ子どものように並んだ小物を一つ一つ手に取って、輝くような目を凝らしている。
それからはずっと、あたしは彼を見守ることにすっかり心を奪われていた。彼の挙措のどれもが、あたしを惹きつけて離さなくなったのだ。やがて彼も一通り見終えたのか、盛り上がりが落ち着いてきたのか、屈んでいた腰をゆっくりと上げて立ち上がった。
「あぁ、楽しかった。ごめんね、勝手に楽しんじゃって」
「んー、あたしも楽しんでたからそんな心配ミクロンミクロン!」
あたしは彼を店から出るように促してからこっそり会計を済ませた。多分彼なら何でも喜んでくれそうだけど、あれだけ熱心に見ていたのだからきっと喜ぶという確信を持って。
「お待たせ、はい!」
「えっ? くれるの?」
「もちろん! これからもよろしくって気持ち篭ってるから!」
そう。これは彼への感謝と、もっとずっと一緒に居たいという気持ちの塊。ただ一シーズン過ぎれば溶けてしまう雪じゃなくて、形としてはっきりと残る何かを彼にあげたかったのだ。
「ありがとう、透子。……そうだ、写真撮ろうか」
「あ……、うん」
即興のプレゼントを受け取った彼は、あたしを呼び寄せて少ししゃがませる。彼は前に思い切り腕を伸ばし、あたしも定められた何かを待つように自分に向けられたカメラを見つめた。
シャッターの音が小さく響く。画面にあたしと彼の二人が、真ん中に彼へのプレゼントが。その瞬間、あたしはこれで良いんだとゆっくり目を閉じた。
変に着飾らなくても良いのだ。これをみんなに見てもらう必要だってないのだ。ただ、あたしと彼の二人だけで、あたしだけが見られる彼の姿を、あたしの心にそっと仕舞い込めば良いのだから。
昼下がりの冬の空気は、どこか暖かいのだった。