ガールズバンドたちのBirthday   作:敷き布団

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【宇田川 巴】頼りたい『今』

 またやってしまった、という何度となく繰り返した後悔の念が込み上げる。Afterglowという、幼馴染で結成した5人組ロックバンド。そこだけ聞けば、その仲はとても良いものだと多くの人が想像するだろう。その予測は大枠で捉えれば当たっているし、一面的に見ると実は外れている。

 例えばアタシと蘭。アタシと蘭はある意味では似ている。似ているからこそアタシと蘭はしょっちゅう喧嘩をする。それは幼馴染としての暦が相当長くなった今でも変わらない。そんなわけだから今日も変わらずに喧嘩をして、その後悔を一人帰り道、延々と考え続けているのだ。

 

『蘭! 一人で考え込まずにもっと周りを見ろよ! アタシたち幼馴染なんだろ?』

 

『……巴に言われたくない。巴こそちゃんとあたしたちのこと考えてよね』

 

『なんだと……?』

 

 今日のそれだって、きっと取り立てて論うものではなかったかもしれない。蘭が曲作りで一人で悩んでいるところが居た堪れず、声をかけたのが始まりだった。自分でもどこから棘のある言い方をしてしまったのかが分からない。気がつけばヒートアップして、日頃思っている不満やちょっと気になったことを全て口に出そうとしてしまう。

 蘭もアタシも自重したりしないから、周りが止める暇もなくこうやって衝突を繰り返すのだ。それは分かっているのだ。つぐみやひまりが口論を止めに入ろうとしてくれるのは分かるのだが、それで不完全燃焼になるのがお互いもっと嫌で、こうして後悔と反省を後に繰り返す程度には気持ちをぶつけてしまう。

 

「はぁー。明日、会うよなぁ」

 

 幼馴染で同じ学校に通う以上は平日会うということはどうあがいても逃げられない。あこの手前、姉貴であるアタシが学校をサボるなんてもってのほかだ。とすれば、明日学校で会って、素直になって謝って、それで改善すればいいだけの話。だが、それが出来るようなら最初からそんな口論にはなっていない。元々思うところがあったが故に蘭に口酸っぱく言ってしまったわけだから。

 では蘭に思うところがあったとすれば、それはどこの部分かと問われると、詰まるところ蘭が何でも一人で抱え込もうとするところなのだ。それ自体は改善こそ促すべきであれど、執拗に叩くべき部分とまではいかないとは思っている。だが、困ってるいるところを頼られないというのは、Afterglowの一人であるアタシにとって耐え難い事実だった。

 春を迎えて、日が暮れるのがだんだん遅くなってきたとはいえ、練習が終わったこの時間と同じくらいともなれば辺りはかなり暗さを増していた。早く帰って落ち着いた場所で考えたいアタシは足早に近所の公園の前を通り過ぎようとした。その時だった。

 

「あれ、巴?」

 

「え?」

 

 公園の方からアタシをピンポイントで呼ぶ声が聞こえて、キョトンとしたアタシは徐に声のした方を振り返った。そこに居たのはAfterglowとは別のもう一人の幼馴染、とは言いつつも性別はアタシとは真反対で、関わりこそ薄くなっていたのだが。そんな見知った顔に声をかけられたアタシはどうもフワフワした感じを拭いきれずに足を止めた。

 

「今から帰りか?」

 

「あ? あー。……まぁそんなところだよ」

 

「なんか訳ありって顔だな」

 

 そう言うと、アタシの許可を得るでもなく隣に並び立つ。普段会う人はアタシより身長が低い人ばかりなせいか、隣に立った幼馴染がやけに高く見えた。

 

「一緒に帰ろうぜ。久しぶりに、な」

 

 男勝りなアタシが思わず自分を見失うほどにカッコいい幼馴染がそこに居た。放心状態と現実の狭間をゆらゆらと漂っていたアタシの意識は、置いていかれそうになった足音で目覚める。慌ててその足音に追いつこうと、自分の足に発破をかけた。

 

「困っているとしたら、Afterglowのことか?」

 

「おっ……。よく分かったな……」

 

「こういうのは相場が決まってるんだよ。あと、経験則、顔を見りゃ分かる」

 

「……そんなにアタシ分かりやすい顔してたか?」

 

「蘭か誰かと喧嘩して落ち込んでんだ、って顔してるぞ」

 

 幼馴染の四人といる時も等身大のアタシでいると思っていたのだが、今この瞬間にいるアタシも、等身大のアタシだった。喧嘩した相手のことまでお見通しみたいで、ここまで正確だと、コイツが言うみたく、アタシがどこまでも馬鹿正直な反応をしているのか、生でこの喧嘩の瞬間を目撃したかの2択にすら絞れそうである。でも、後者だとしたらこいつはそんな待ち伏せみたいなことをするような回りくどい方法は取らないはずで、とするとやっぱりアタシの反応が分かりやすいらしい。

 

「喧嘩の相手が蘭っていうのは……そう」

 

「だろうな。いつも通りじゃん」

 

 アタシたちの求めているいつも通りってのはそんな殺伐としたいつも通りではないのだが、それが日常風景の中のワンシーンとして定着してしまっていることに危機感を覚える。これ以上それでイメージが固定化されてしまったら、立て直せる未来が見えない。アタシたちが生きたい未来はそんなんじゃない。

 

「喧嘩したいわけじゃないんだよ」

 

「ふーん。で、何について喧嘩したんだ?」

 

 一見興味のなさそうな反応をする割には、こうして話にも付き合ってくれるし、内容にまで踏み込んでくれる。関係のないことでも親身になって相談に乗ってくれる幼馴染がいるだけでアタシは恵まれているんだなと肌身で感じた。

 

「喧嘩の内容は……。今度作る曲のことで蘭は悩んでたからさ。その話を聞いて、アタシは励まそうとしただけなんだよ」

 

「ふんふん。励まそうとした、ねぇ。で、何て言ったんだよ?」

 

「えーと、確か」

 

 アタシは春風に揺れる赤に邪魔をされながら、学校で起きた、たった数時間前の悔いるべき過去を思い返した。

 

 

 

 その日の授業も全て終わったチャイムの音が鳴っていた。大して重要なことは話さないHRがものの数分で終わり、放課後をどう過ごそうかと考えあぐねていたアタシ。今日はつぐが生徒会の仕事で居ない……、もといHRが終わった瞬間日菜先輩が教室に突入してきて誘拐していったのだが、そのせいでAfterglowも練習はない。バイトだってないということは、思えば予定という予定はないに等しかった。

 教室をぐるりと見渡したアタシは机の周りで駄弁るひまりと日向で昼寝を続けるモカの姿こそ見たが、蘭が居ないことに気がついた。そして、蘭なら帰り道誘うなりしてくれそうだから、恐らく蘭はまだ学校から帰ったわけじゃないんだ、なんて推論を立てたのだ。

 

『ひまりー。帰りどうするんだ?』

 

『え? あれぇ、蘭は?』

 

『居ないんだよなぁ』

 

 一通り談笑を終えたらしいひまりも蘭と会話を交わしたわけではないらしく、当然すやすやと眠りについていたモカも見ていないだろうから、まぁいいか、なんてその時のアタシは軽く考えていた。

 

『そっかぁ。とりあえず帰る?』

 

『だな。モカは……お、起きてきた』

 

『おはよー』

 

 寝ぼけ眼を擦るモカ。アタシの席からじゃモカの姿は見えていなかったが、多分この分じゃHRも惰眠を貪っていたに違いない。それはそれでモカの平常運転だが、流石のモカも寝ていては蘭の動向を知るよしもなかった。

 

『モカちゃんはねー。蘭を探そうかなー』

 

『おっ、そうか? ならアタシたちも探しに行くか』

 

『うーん蘭ならどこにいるかな……って待ってよー! とーもーえー!』

 

 なんだかんだ言って伊達に幼馴染を続けているわけではないアタシたちにとって、蘭の行き先なんて大体見当がつくのであるが、今日も今日とて屋上のドアを開けた先に、蘭はいた。けど、蘭ならあの日と同じ夕焼けを見ていると思っていたのに、蘭は既に青が混じりつつある空の方、殆どが校舎の影になって暗がりになった中庭を見下ろす位置に座っていた。

 

『らーんー。珍しいねー』

 

『……モカ。巴、ひまり。……どうしたの?』

 

『どうしたのも何も、蘭が何も言わずに教室を出て行くから探しに来たんだろ?』

 

『……あぁ。ごめん』

 

 そんなに謝るようなことでもないだろうに、部活動に動き始める生徒たちを見下ろしながら、蘭はその表情に影を落とした。蘭は確かに口数が多い方ではないのだが、それでも全くの無口というわけではない。そのことを考えると、蘭の表情や仕草は何かを隠しているような、後ろめたいものがあるような態度に感じられたのだ。中庭の桜が殆どその華やかな姿を消していた。

 

『何かあったのか?』

 

『別に……。歌詞考えようとしてただけだから』

 

『おー。蘭が音楽にお熱でモカちゃんは嬉しいよー』

 

『うるさい……。茶化さないでってば』

 

 モカの脱力の軽口にも少々蘭の当たりが強いように見える。歌詞を考えるということならば、まぁそれなりに行き詰まっていたりだとか、そんな感じなのかと思って、アタシはもっと詳しく話を聞こうとした。

 

『何か悩んでるのか、蘭』

 

『そういうわけじゃない』

 

『ほんと? 蘭ってば、顔ちょっと暗いよ?』

 

『……夕焼けの陰になってるからじゃない』

 

 蘭の言う通り、蘭の視線の先にはアタシたちの縦に長い影が伸びて、角っこで折れているのだが、ひまりの言うような暗さはそんな物理的な暗さではないように見える。

 

『モカちゃんは放っておいた方がいい感じかなー?』

 

 モカが間延びした声で蘭の方を僅かに覗き込むと、蘭はその顔を見返すこともなく小さく首を縦に振った。

 

『あー。山吹ベーカリーのタイムセールが始まっちゃうー』

 

『え、モカ?』

 

『スタンプカードの期限が今日までなんだよ〜。急げぇー』

 

 太陽の光を横から強烈に浴びているのにまだ眠たそうなモカは踵を返して、屋上のドアの鈍い音を残して帰って行ってしまった。あまりに突然、モカがすんなりと身を引いたことに困惑をしつつも、残されたアタシとひまりは何を言うでもなく突っ立っているだけだった。

 

『巴とひまりは。どうするの?』

 

『どうするのって……。アタシたちが居たら邪魔なのか?』

 

 蘭は持っていた紙とペンを膝の間の床面に置いた。紙には何やら黒で塗りつぶされた何かが何列も積み重なっていて、蘭の苦悩や、不調が垣間見えていた。

 

『……邪魔じゃないけど』

 

『アタシたちが手伝えることとかないか?』

 

『そ、そうだよ! 蘭だけじゃ無理でも私と巴で考えることとか!』

 

 アタシやひまりの言うことにもあまり肯定的な反応を見せない蘭は黙りこくったまんま何も言わない。恐らく本人としてもそこまで乗り気ではないのだろうが、かと言ってこのまま考え込む蘭を見放すという対応がアタシには出来なかった。

 

『そっか……。一人で考えたい時もあるよね』

 

『は、はぁ? ひまりもか?』

 

 ひまりは何かを口に出そうとしてそのたびに躊躇ったように口をつぐむ。アタシからすれば蘭が一人で悩んでいる時なんてのは知らんぷりできないような、そんな状態だった。

 

『その紙、相当悩んでそれだったんだろ? 考えたって答えが出ない時なんてあるんだし、ならアタシたちを頼れよ!』

 

『と、巴もその辺りで……』

 

 アタシとしては別に蘭を咎めるとか、そんな意図はなかったのに、隣でひまりはアタシを嗜めている。蘭は相変わらず俯いたまんまだし、そんな鬱々とした屋上の空気がアタシには耐えられなかった。

 

『蘭! 一人で考え込まずにもっと周りを見ろよ! アタシたち幼馴染なんだろ?』

 

『……巴に言われたくない。巴こそちゃんとあたしたちのこと考えてよね』

 

『なんだと……?』

 

 今まで口数少なめで、特に反論することもなかった蘭が漸く口を開いた。……そうかと思えば、途端に蘭の言葉尻は厳しいものだった。

 

『構わないでって言ってんの。考えたいから』

 

『はぁっ?!』

 

『ちょ! 巴っ!』

 

 吠えそうになったアタシの腕を無理やりひまりが思い切り引いてくる。本気の力を出せばその腕は振り払えそうなものだったが、流石にそこまで抵抗するのも気が進まず、アタシは蘭にぶつけようとしていた想いのほんの一欠片をひまりにぶつけた。

 

『何すんだよひまり!』

 

『いーいーかーらー! ごめんねっ蘭!』

 

 アタシはいつになく大きな声のひまりの勢いに押されるままに屋上を後にした。その後アタシはひまりと、どうしてあの状態の蘭を放っておこうとなんてするのかと文句の応酬を繰り広げたのだが、不完全燃焼なまんまアタシは家路につく他なかったのである。

 

 

 

「はぁー。なるほどな、そんなことが」

 

 隣を歩く二人のなす影が体の真下に小さく縮こまっていた。アタシはそんなところで足を止めるこいつの動きに困惑しながら立ち止まった。

 

「ま、そんな日々の1ページを聞いてたら家まで着いちゃったわけだけど」

 

「ほんとだ……早いな」

 

 アタシはどうやら相当長くことの次第とやらを語り尽くそうとしていたらしい。いつのまにか幼馴染のそいつの家に着いていて、玄関横の小窓から黄色い灯が透けていた。

 

「話聞いてくれてありがとうな。アタシは帰るよ」

 

「まぁ待てよ」

 

「え?」

 

 付き合ってくれたことに感謝しつつもこれ以上関係ないことに巻き込むのは忍びないと思ったアタシは踵を返そうとしたが、それを呼び止めたのは他でもない被害者の方だった。

 

「今のまま帰っても、気分悪いだろ? 上がれよ」

 

「え、あ、あぁ」

 

 どんな風の吹き回しだと思いつつもアタシは案内されるがままに上がる。幼馴染とはいえ、関わる頻度も相当に少なくなっていたアタシがこの家に来るのは実に年単位のことだった。それでも小さい頃からたまに遊びに来ていたこの家の外観も内装もそれほど変わってはいなかった。玄関を入ってすぐ、左手に階段があって2階に上がろうとして、数年前によく来ていたことをふと思い出した。

 

「誘っといて聞くの遅れたけど、時間遅いのとかは大丈夫か?」

 

「あー。あこはRoseliaの練習があるって言ってたし、帰り遅くなるだろうから、ちょっとならいいぞ」

 

 優しい色味の木のドアを開いて足を踏み入れる。ベージュの壁材の表面には、アタシたちのポスターがその存在を強く主張していた。Afterglowを始めてからは余計に関わりが薄くなっていたものだから、ちょっとだけ不思議な感覚になった。

 

「これ、アタシたちの……」

 

「ん? まぁ、幼馴染のバンドって言ったら、応援したりして当然だろ?」

 

 照れ臭くなるような言葉を吐きながら、そんな羞恥心を知らない幼馴染は豪快にベッドに座り込んだ。

 

「にしても、まーた喧嘩してんのか」

 

「だから喧嘩したくてしてるんじゃないんだよ」

 

「分かってるって」

 

 分かっているとは言われても、そんなにも呆れたような口調で言われて仕舞えば、アタシからするととてもじゃないが、何も分かってないなんて考えてしまうというものだ。アタシだって、蘭と言い合いになるのは、意見の衝突であって、蘭が嫌いでただ強い言葉をぶつけているわけではない。それだけは分かってほしかった。

 

「ひまりやモカは放っておいたのに、巴は蘭のこと放っておかなかったんだな」

 

「当たり前だろ? 悩んでる幼馴染をそのままにしておけるわけが」

 

 アタシに言わせれば、蘭があれほど作曲にも、作詞にも苦労しているのであれば、何かしら手助けをしようとしないのは薄情なのだ。アタシたちの音楽は、アタシたちの経験から形作られる。それこそ、究極的にはアタシたちが喧嘩したことですら歌にはなるのだから、そういった意味でもAfterglowにとって、悩んでいる幼馴染を放っておく意味なんてものはない。

 

「……へぇ。流石()()()ってところだな」

 

「お、おぉ。それ、褒めてるのか?」

 

『流石』なんて枕詞をつけているぐらいなのだから、褒めるつもりなのだろうが、その表現は褒められているのかそれともレッテル貼りされているだけなのか絶妙にわかりづらい。だが、仮にも褒められているだろうなんていうアタシの期待は意外な形で裏切られた。

 

「いや、褒めてない」

 

「褒めてないのかよ……」

 

「だって蘭は構うなって言ってたのに、無理に構いに行って一触即発の空気になったんだろ?」

 

「それは……そうだけど」

 

 第三者から見て、この状況を極めてアタシの責任として見るのならば、その言い方は正しかった。喩えアタシが善意で蘭の悩みに寄り添おうが、蘭が要らないと言っているのならば言葉の表面上はモカやひまりのように放っておくことが正しいように思えるから。けど、蘭はいつだって自分の中で悩みを抱える。誰かに鬱憤として、八つ当たりするんじゃなくて。華道の時もそうだった。そんな蘭を見てきて、アタシは蘭が腐心しているところを放っておけないと思っていたのだ。

 

「でも……。蘭がそう言ってたとしても、本当は誰かに助けて欲しいとか、そんなこと思ってるかもしれないだろ?」

 

「否定はできないけどなぁ」

 

 蘭が素直になりきれずに、ってそんな考えだって正しいはずだから、アタシは自信を持ってその信念を貫こうとしたのである。

 

「困ってる蘭を助けたいんだよ」

 

「本当にそれは、助けたい、なのか?」

 

「……へ?」

 

 だから、そんな質問をされたアタシはすっかり頭がこんがらがった。

 

「幼馴染同士だから助けたい。それはきっとモカやひまりもそうだったと思う」

 

「だろ?! なら……!」

 

「でも巴のそれは、助けたいじゃなくて、頼られたい、じゃないか?」

 

「……え?」

 

「どれだけ善意でも、突っ込みすぎちゃお節介にしかならないからな」

 

 お節介……。アタシが? 途端に視界が真っ暗になったような気がした。それまで蘭を放っておけないと言っていた自分の発言が、全てそんな独り善がりのお節介だとしたら?

 頼られたいという気持ちは、ある。蘭に限らずモカも、つぐみも、ひまりも、困っていたならアタシがそれを助けたい。その気持ちは、言い換えれば頼られたいという表現も出来て、アタシのそれはお節介だとでも言うのか。

 

「アタシは、お節介なのか?」

 

「モカがタイムセール云々で先に帰っても蘭は特に何も言わなかったんだろ? なら、もしかしたら蘭は本当に、言葉の通り一人で悩みたかったんじゃないか?」

 

「で、でも。蘭の持ってた紙の歌詞は何回も書いたり消したりで、くしゃくしゃになって……!」

 

 アタシが目撃した蘭の努力は確かなものだった。それほど自分で努力して、先の見えない努力を無限に続けるぐらいなら、頼れるものは頼った方が良い。もしも何かを頼るのであれば、幼馴染のアタシたちを頼ってほしい。アタシは必死にそんな思いだったことを何度も頭でも口でもなぞった。

 

「何も言わずに蘭が屋上で、ずっと歌詞で悩んでたんなら、蘭は一人でやり切りたかったのかもな。全部俺の推測でしかないけど、な」

 

「……そんな」

 

「……まぁ、そうだとしたら、感情が複雑に入り混じる部分だろうから、理解は難しいだろうけどな」

 

 蘭がどういう意図で手助けを頑なに拒んだかなんて確認のしようがないからな、とまるで全て分かったような口を叩く幼馴染を見て、アタシの視界はどういうわけだか滲んでいた。それは悔しさからなのか、将又悲しさからくるものなのか釈然としないが、アタシからすれば久方ぶりに流した涙だった。

 

「なんで……なんでお前に分かるんだよ」

 

「あ? いやいや、分かるなんて言ってないぞ。推測だからな?」

 

「そんなこと分かってるよ!!」

 

 蘭との口論で出したぐらいの大声。あの時は屋上の直上に広がる赤い空に吸い込まれるように声が消えていったけど、今この部屋では、壁で何度も何度もアタシの叫びが反響して、反響が耳に届くたびにアタシの心は揺れ続けた。

 

「なんでお前にわかって……アタシには分からないんだよ……!」

 

 アタシの方がこんな少し疎遠気味の幼馴染に比べれば、よっぽど蘭と長い時間を過ごしている。なのに、アタシは蘭と衝突してばかりで、アタシより関わりの薄いこいつは蘭の考えること一つ一つを、さもインタビューでもしたかのように解説してくる。それが堪らなく悔しくて、自分が情けなくて、アタシの目からは滝のように想いの結晶が流れ出ていた。

 

「……ずっと一緒にいれば、却って分かんないことだとか、気づかないこととかもあるんだよ」

 

 それを宥めすかすような柔らかい口調で、アタシの肩を2回、そっと叩いていた。

 

「長い時間を一緒に過ごせば過ごすほど、変化なんてものは気付きにくいもんだ」

 

 そんな言葉を聞いた時、ふと頭に思い浮かんだのはあこだった。これまでずっと『おねーちゃん』と、アタシを慕って背中を追いかけてきていたあこは、Roseliaに入り、ほんとに突然、ものすごく大きな背中を見せるまでになっていた。勿論今だってアタシのことを慕ってくれるのだが、あこも気づかぬうちに変わろうとしてるんだと感じざるを得ない時があった。とすると蘭だってそうだと言うのか。

 

「……蘭も、変わろうとしているって言うのか?」

 

「さぁな。かもしれないけど、それを確かめる術は、本人に聞くしかねーだろ?」

 

 蘭は、アタシの知らないところで少しずつ前を向うとしていた。思えば、お父さんとも向き合おうとして、バンドも、華道も、全力でやろうとしている蘭はアタシなんかより遥かに成長しようとしていた。いや、アタシの知らないところで、なんて発想がまず、アタシが成長せずこのままで居ようとしている願望を反映しているのかもしれない。だからさっき()()()なんて、言われ方したんだ。励ましではなく、皮肉、叱咤の言葉だったのだ。

 

「モカもひまりも、それを分かって。アタシは……踏み込みすぎたのか?」

 

「でも、面倒見の良さは巴の良いところでもあるから、気にしすぎんな」

 

「それじゃ、蘭が成長しようとしてるのを……」

 

 アタシは、ひょっとして寂しいのだろうか。陳腐に喩えるなら、親離れをする子供を見るような。そんな一抹の寂しさと、情けなさと、不安がアタシを支配しているように思えた。さっきからずっと止まりそうにない涙は、アタシの心の脆さを物語っていた。

 

「アタシは……アタシは……!」

 

「……巴」

 

 さっきまで座り込んでいたこいつは、ゆっくりと立ち上がった。そして。

 

「……蘭が成長しているなら、お前も、成長しなきゃ、な。巴」

 

「……へっ?」

 

 その時、アタシの髪をクシャクシャと力強く太い腕で、それでいて優しく撫で回された。アタシが他の誰かにすることはあっても、アタシがそんなことをされることはあまりなかったものだから、アタシは急に悲しさと恥ずかしさで感情がわからなくなって、咄嗟に変な声を上げてしまった。

 

「心配しなくても、巴が優しくて、人を大切に出来て、誠実なことは、俺が知ってるからな」

 

 さっきまで止まる未来の見えなかったアタシの涙は、ピタリと止まっていた。柄にもなく泣いていたものだから、可笑しいとか思われていないだろうか。そんなことに不安になりながらも、アタシは威勢を張るような強い言葉で文句を垂れる。

 

「やめろよ……」

 

「これされるの嫌いか?」

 

「……慣れないんだよ」

 

 いつものように声が出そうになくて、か細くて聞き取れないぐらい、掠れた声で呟いていた。

 

「アタシは……そんな優しくない。……放っておけないなんて言いながら、善意を無理やり押し付ける、お節介だ」

 

「そこまで言ってないけどな……。言っただろ? 幼馴染を助けたいっていう巴の気持ちは分かるって」

 

「確かに、言ってたけど」

 

 次の瞬間、アタシの体は安定を失って、抱き締められていた。久しく、感じたことのない体感に、涙腺が少しだけ緩んだ。

 

「俺だって、幼馴染を助けたいからな」

 

「あ……」

 

「俺の我儘だ。頼られたいっていう、お節介だよ」

 

 アタシは何も言い返すことなく、その抱擁に全体重を委ねていた。

 

「誰しも頼られたら嬉しい。頼りたい時もある。蘭にだってな。でも今じゃない。今はそっと遠くから見守っておくのも、優しさだ」

 

 優しさの形なんてものは、どうやら一つじゃないらしい。AfterglowがAfterglowであり続けるには、いつも通りで居続けるためには、ずっと傍に居なきゃいけないって、そうだとアタシは思い込んでいた。喧嘩こそすれど、また一緒にいなきゃって。

 それは正しいようで正しくない。Afterglowがこれから先もAfterglowでいるためには、いつも通りを大切にしながら、いつも通りじゃなくなることだって必要なのだ。アタシは今、いつも通りを捨てて、いつも通りを探しているのだ。

 

「本当に辛い時が誰にでもいつだって来る。その時は反吐が出るぐらい頼らせてやればいい。今みたいに……な」

 

「……うん」

 

 しおらしい姿なんてアタシの性に合わないかもしれないが、その姿を誤魔化すことは出来なかった。誰かに頼りたいとここまで強烈に思ったのは、初めてだった。アタシはずっと、頼られる立場だったから。商店街の人にも、あこにも、Afterglowのみんなにも。姉御肌なんて呼び名は、アタシを的確に表現しているが、それがもしも破られた時、アタシは何者になるのか、分からなかった。

 姉御肌でいたい。もっともっと頼れる姉御肌に。だからアタシはそのために、少しだけ()()()を休むのだ。

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