ZELDEN RINK ─GRACE OF FRACTURED MARIKA─ 作:屋根裏のナナチ
──目を覚まして、リンク。
そう、誰かに呼ばれた気がした。
理由は分からないが、その声色はひどく懐かしくて、つい泣いてしまいそうになるけれど、自分に心当たりは一つとしてなかった。
郷愁が込み上げ、けれどそれがどこからやってきたのか分からず、思い出せそうで思い出せず、非常にもどかしい。
そうして何度かかけられた目覚めを促す声に手を取られ、深き眠りの彼方からゆっくりと這い上がる。
そうして起き抜けの瞳が捉えた世界は、寂れきった礼拝堂の一室だった。
自分の後ろに佇む女神の像がなければ、そう認識することもなかっただろう。
恐らく全盛は荘厳だったが、今やその欠片もなく、素寒貧の自分が──何故か持ち物二つを除いて丸腰だった──雑魚寝したところで気に留める者もきっとないほど荒れ果てていた。
そこまで考えてふと、思い至る。
どうしてここに──いや、そもそも自分は何者なのだろうか。
暗い室内をあしげく歩き回れど、その答えは帰ってこなかった。自分をリンクと呼んだあの声も、もう聞こえない。
意味もなく歩き回る最中、思わず足を止め、即座に後ろに跳んだ。
女性の死体だ。四肢は弛緩し力なく壁にもたれかかっている。
付近に流された彼女の血は不思議と乾いていないが、見る限り蘇生など試みようもないほどに時間が経過していることがわかる。
……まさか、あの声の主はこの女性では?
「──ぐぁっ!?」
突如頭に走る鈍痛。たまらず床を転がった。
生の終わりを示す赤い文字が脳裏に瞬いた気がした。
……どうやら人違いらしい。身体が思考に拒絶反応を起こすことがあろうとは。
這いつくばったおかげか、暗い室内でよく見えなかった女性の足元がよく見える。怪我の功名であった。
床にはくっきりとメッセージが記されていた。恐らく、寝こけていた自分に宛てたものだろう。記憶はすっぽりと消えているが、現時点ではそうとしか考えられなかった。
……彼女と自分を無関係だと断じることは難しくなってしまったようだ。
生きていれば、守ることさえできれば、彼女から話を聞くこともできたろうに。
握りしめていた屍蝋の指先は見なかったことにして、決意を新たにする。
何が何だか何一つ分からないし、彼女には悪いが、王と言うより騎士の方が性に合っている気もするが、その想いには報いねばならないだろう。
……ここにとどまっていても仕方がない。まずは自分から動かなければ。
奥にそびえる閉じた扉に向かい手をかけた。
刻んできた時を感じさせるような重苦しい音をたて、ゆっくりと扉は開いてくれる。
一歩、足を進めて空を見やった。霧がかった曇天である。
素寒貧の身の上では少々肌寒い。何か着るものを調達しなければ。
…………現実を見よう。
その暗い空を覆うように、天を衝いて聳立する巨大な黄金の樹があった。
普通ならば腰を抜かして然るべきだろうが、思ったよりも驚かない自分に驚いた。もしや似たようなことを過去に体験したことがあるのだろうか?
この礼拝堂はどうやら切り立った断崖に建てられているようで、落ちればひとたまりもないだろう。
岸壁を掴んで降ることも考えたが明らかに今のスタミナが持つ高度ではない。
素直に諦め、正面にある階段を下り、その先へ続く吊り橋を渡ることにした。
橋の奥には大きな磔の女神像が目を引く広場があった。女神の閉じた眼下には幾つもの墓があり、彼女はあたかもそれらの安息を見守っているように見えなくもない。
礼拝堂にあった像とは少々形が違うような気もすると、それに近づこうとして──女神の背後に飛んだ影を視た。
急いで離れると、影は像の前に砂塵を散らして着地する。
黄金の大盾と二本の直剣。それを携えるのはヒトのパーツで再現した蜘蛛、とでも形容しようか。ともかく、化け物には違いない。
恐らく本体であろう端正な顔をした人間の上半身は感情のない瞳でこちらを見下ろしている。
分が悪い勝負であることは百も承知。しかし、引けない理由がある。
まだ何も、何一つ掴めないままで、あっさりと幕を引くわけにはいかないのだ。
……例えここで負けるとしても、挑まない理由にはなり得ない。
最後の最後まで、足掻いてみせる。それが彼女への、せめてもの手向けとなると信じて。
見切り発車、次回未定。
あらすじのSEはゼル伝で新しい場所に着いた時のアレ。
素性︰素寒貧
形見︰眼の刻印が入った石版
武器︰青い翼の意匠がある両刃剣