Sword Art Online―EXTRA ギルドユニオンのキセキ    作:まつK

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第一話

時間が進むのがこんなに遅いと感じたのはいつ以来だろうと思案しならがら、私、神子島健一郎はこの一時間で十数回目かになる時計の確認作業を行った。

 

――正式サービス開始まで後41分。

 

さっき見たときから二分しか過ぎていない時計、に若干落胆しつつまだ新しいナーブギア端末に手を置いた。

 

神子島健一郎。31歳。妻子有。趣味ゲーム。

 

《SAO》――完全ダイブ型初のMMORPGとの触れ込みのこのゲームは、発表当初からゲームファンやその手の掲示板、ニュースサイトを大いに賑わせていた。

社会に出てからもゲームを続けてはいたが、ライトユーザーになった私には、最初はそれほど興味を引かれるというものでもなかった。。

βテストの募集が始まったというニュースを見て、とりあえずといった感で応募。

倍率約100倍という狭き門をくぐり抜け、テスター枠に当選のメールをみた時にも、ラッキーだったくらいの感想しかもっていなかった。

そして、βテストが始まったその日、私は学生時代に戻ったかのように嵌ってしまった。

テスト初日には昼間にゲームを始めてから、夕食にいつまでたってもやってこないと、妻に蹴倒され強制ログアウトをするまで全てを忘れて没入していた。

次の日の仕事は大胆にも仮病を使って休んだ。

そしてその日から仕事には新人に戻ったかのように意欲的に取りかかった。

全ては、空いた時間をゲームへの思索と睡眠に費やし、仕事を定時は終わらせ退社するためである。

寄り道することなく家に帰れば、日付が変わるまでログインし続け、休日には前日の夜から翌日の朝まで24時間ダイブし続けた。

そんな社会人としては間違った方向に精力的で夢のような日々がβテスト終了5日前―――妻の堪忍袋の緒が切れるまで続いた。

3時間にわたる弁明と8時間説得、必死の土下座それとナーブギア端末の尊い犠牲のもと、

①週に1日は家族サービスを取ること、②食事を毎日3食取ることを妻と娘に誓うという、菩薩もかくやという妻の裁定にて結婚後初の妻との諍いが終結した。

 

テスト最終日になんとか新調した端末を使ってログインした際に、ギルドのメンバーに伝えたところ―

 

「お前馬鹿だろ!!!」

「MOGERO!」

「奥さん、女神ですなー」、などともらったことと含めていい思い出とさえいえる。

 

――正式サービス開始まで後10分。

 

そして正式サービス開始日。

今現在、私は住み慣れたアパートではなく自身の実家にいた。

今日に至るまでに、上司と同僚に頼み込み有給と土日、あわせて8日間もの休日を確保していた。

ちなみに妻には、短期の出張だと伝えてある。

ゲームが始まってしまえば、間違いなく自身生活のの大部分をゲームがもっていってしまう。そんな中で仕事ができるだろうか?私の判定はNOだった。

そして私の出した結論がこの8日間。最初の7日間に全てを忘れてやり込み、それでひとつの区切りとする事に決めていた。

そして8日目には公約どうりに妻と娘とのデートに当てる。

以降はややライトなユーザーとして社会人に戻るという作戦だ。

一週間分のインスタント食料は用意した。

妻と娘には一週間実家でゆっくりしてもらっている。

両親への口止めも万全、後は全てを尽くして楽しむだけだ。

 

――正式サービス開始時刻。

 

「リンク・スタート」 

 

始まりの言葉を口にしてゲームが始まった。

キャラクターネーム、アバターはβテスト時と同じものにするとあらかじめ決めていたので、入力は手早く終わり《始まりの町》へ早々に降り立つことができた。

自分と同じくテスターか、アバターの設定に見切りをつけてスタートをきったと思われる人で、スタート地点のそれでも広場は大いに混雑していた。

広場を駆け回る者、フルダイブ型のゲームの感触に歓声を上げる者、座り込んでシステム画面を確認する者、決闘をはじめる者。

どれもβテストを始めたときに見た光景だとおもうと、思わず顔がにやけるのをとめられなかった。

そんな中で何人かのプレイヤーたちは、その光景を横目にダッシュで広場から小道へ駆け込んでいく。

スタートダッシュをかける元テスターだなとあたりをつけ、自分もその一人だと思い出した。

その後を追うように、いまだに人の増え続ける広場を後に自身も小道へと足を進めた。

βテスト時の記憶を頼りに町のとある商店へ歩く。

この町ではその店でしか扱っていない一品のある店だ。

店に向かう小道は、リアルではなかなか見ることのない石造りの中世風の風景。

ひさしぶりにブーツ越しから伝わってくる石畳の感触が《SAO》に戻ってきたことを強く実感させた。

歩きながらシステム画面を確認する。

初期のステータス、スキル、アイテム等々にそれほど変更はないようだった。

目当ての店に着くと既に先客のプレイヤーがいた。

姿に見覚えのあるプレイヤーではなかったが、ここにいるということはおそらく元テスター。

テスターならば知り合いの可能性もおおいにある。声を掛けようか思案していると、取引が終わったらしいプレイヤーと目が合った。

標準よりやや小柄な体格に長く赤い髪。男性キャラ。

アバターに見覚えはなかった。

 

「あの、ちがってたらごめん。元《バーサーカー》の人?」

 

相手プレイヤーがそう尋ねながらこちらに向かってきた。

 

《バーサーカー》―――βテストの際に所属していたギルドの名前だ。

テスト終了時の人数は40人程度。

それなりの人数がフロアボス攻略にも参加していた。

どちらかと言えばヘビーユーザーの集まったギルドだった。

二ヶ月弱の短い期間とはいえ、一緒に塔を攻略したメンバーは仲間と言えるだけの時間と経験を過ごしたとおもっている。

何人かのメンバーとはリアルでのメールのやり取りもあった。

 

「はい。そうですけれども……どちらさん?」

 

「元リック。おひさしぶり。そして今はディエスと名乗ってます」

 

元ギルドメンバーの一人だった。

以前は2m近い大柄マッチョなアバターで両手剣をやっていたのだが……

 

「おひさしぶりです。アバター完全に変えてきたんですね。ちょっと意外です」

 

「んー、どうしようか悩んだんだけど、今度は長くなるだろうから、思い切って。そっちは、そのまま使ったんだね。おかげで一発だったよ」

 

リック――ディエスが笑顔をうかべながらそう言い、彼の視線が上から下へと走った。

 

「この顔に意外と愛着があったようで」

 

そう言って頬に手をやる。

このアバターはβテスト時に4回ほど作り直した結果のものだった。

二ヶ月弱使っていて確かにそれなりに愛着もあった。

だが本音を言うと、新しく考えるのが面倒だったと言う事が3割。

今のように知り合いが声を掛けてきてくれることへの期待が半分といった感じだ。

狙いは達成できたといえる。

 

「他に誰かと会いました?」

 

「いや、今のところは。特別誰かと待ち合わせているわけじゃないし、ここにはこいつを買いに来ただけ」

 

両手持ちの大剣を掲げてみせる。

 

「今回も武器はそれを?」

 

「もちろん! 浪漫だからね!」

 

大剣を構えて、基本の縦切りを一閃。

そのまま納刀をする。

ぎこちなさの無いスムーズな動作だった。

 

「今日は一日?」

 

「もちろんそのつもりです」

 

笑ってそう返す。

 

「……これからの予定は?」

 

「今のところ特には……」

 

「それなら……一緒にどうよ?」

 

ディエスがシステムメニューを開きその指先が走る。

視界にパーティー申請のウィンドウが浮かび上がる。

誘われて断る理由はひとつも無い。OKを選択する。ディエスのステータスが視界に現れ、パーティーとなった。

システム的にはこれで全てなのだが足りないものがある。記念すべき初パーティー。ディエスの正面に立つ。それでディエスも察してくれた。人によって色々あるだろうがうちのギルドではこれだ。掲げたこぶしを打ち合わせる。そして一言。

「「よろしくお願い(します)」」

 

形式美というやつだ。

 

店で装備品を揃えた後、二人は未だ人の増え続ける町を後にしていた。

《はじまりの町》にはいわゆる、チュートリアル系のクエストを含めがかなりの数がある。

しかし時間と報酬の釣り合いを考えて、回復ポーションをもらえるいくつかのクエストを除いて、ほとんどをスルーする事にした。

フィールドに出て少し進むと《フレンジー・ボア》の姿が見えた。開始時の混雑を予想してか、見渡す限り《ボア》といった、かなりの数が配置されていた。

レベル1相当のモンスターではあるが《フルダイブ》と《SAO》の両システムに慣れないうちは相当に苦労する。

周りにも《ボア》相手に、四苦八苦するプレイヤーが見て取れた。

 

「リハビリに2,3匹いいです?」

 

フィールドを走りながら問いかける。

ディエスのほうも同じ事を考えていたのか頷きが返ってきた。

 

手近な《ボア》の一匹を目標にして、走った勢いのまま一撃。

さらに一撃を加えたところで、一歩分ほど後ろに後退する。

こちらの攻撃を受け、戦闘状態となった《ボア》が下からかちあげる様な体当たりを行ってくるが、届かずに空振りに終わる。

そのモーションを見て、片手直剣スキル《ハイスラッシュ》上段からの縦切りでもう一撃。

それで《ボア》は、青いポリゴンなって消え、わずかな経験地とコルを手に入れた。

一呼吸ついて、もう二匹の《ボア》と戦った。

頭は戦闘を忘れていなかった。

アバターはβテストの時の記憶通りに動いてくれた。

戦闘システムに関しても大きな変更は無いようだった。

ひさしぶりだったがイメージ通りに動けたことに、小さな安堵感を得た。

武器をしまい、ディエスの方へと向かう。

ディエスも戦闘を終えていた。

ただその顔にはやや不満げな成分が見て取れた。

 

「久しぶりだけど、どんな案配?」

 

大剣で型をなぞるような動きをとりながら、そう問いかけてきた。

 

「私のほうは問題なく……なにかありました?」

 

「多分、アバターを変えたせいだと思うんだけど……、違和感が無いことが違和感に感じるというかなんと言うか……」

 

自分でも言葉にできないない、といった口調で言葉をにごしてきた。

 

一般的に現実の体と、ゲーム内のアバターに大きな違いがあるとうまく操ることができない。

極端な例を挙げると、腕を三本にすることもゲームによってはできなくも無い。

ただその三本目の腕をそのほかの二本の腕と同じように扱えることはシステムによるサポートが無い限りいきなりは、まずできない。

目測で約30cm。ディエスは身長で変えてきている。細かい動作の中でそれが障害となっているのかもしれない。

これはただひたすらに、体を動かし、慣れていくしかない。

 

「どうします?もう少しここでやっていきます?」

 

「いや、やってる内に気にならなくなると思う。先に行こう」

 

了解とだけ返し、再び二人で草原を走り始めた。

パーティーを組んで町を出るまでの間に目的地は決めていた。《はじまりの町》から、グランドクエストである塔へと続く街道。

その途中にある村から、道を脇にそれて進んだところに居るモンスターを当面の獲物としていた。

本来なら街道に沿って進み、村で情報を得た後に向かうことになるところを、目的地まで草原を最短距離でひたすら走る。

これがテスターの特権というやつだろう。

現実だったら3分、いや1分で根をあげて走るのをやめているような速度で進む。

ただ走るだけならば走り続けられる。ゲームならではのいいところだ。

辺りの風景がずっと平坦だった草原から起伏が見られはじめるようになり、目的地の近くにきた事がわかった。

目標としているモンスターには、討伐クエストがあるので、まずは発注元のNPCへと向かう。

NPCのところには先客がいた。

1組の男女ペア。

今度も両方ともに覚えの無いキャラだった。

ディエスの方に目を向けると、首を振って否定の反応を返してきた。

だが、町の武器屋のときと違い偶々ここにきたということはないだろうから、元テスターだと断定はできた。

この《SAO》は、なぜか攻略データの扱いが非常に厳しいかった。

通常のゲームであれば、例えクローズドβテストであっても、Wiki等の外部攻略サイトがすぐに立ち上がりデータベースができあがる。

しかし《SAO》では、運営側の要請によりその手のサイトが作られなかった。

もちろん運営の要請に従わず、攻略データをまとめようとするものもいた。

しかし、攻略情報を流したと思われるプレーヤーのアカウント停止が何件か続くと、テスターからの情報も途絶えがちになり、結局まっとうなデータベースはできあがらなかった。

そうして、システムの情報やプレイムービーは広く公開されているが、具体的攻略情報はそれぞれ個人が持っているものだけとなった。

なので現時点でここに居るのは、情報を持っている元テスターになる。

また、そういった経緯でゲーム内での情報収集の必要性から、βテスト時フレンドリストはギルドメンバーを含め100人程度はいた。

ゲーム開始早々ここに居るようなプレイヤーなら、半々くらいで知り合いだろうと目星をつけていた。

クエストNPCの元に着くと、向こうのプレイヤーのほうから声を掛けてきた。

 

「すまないが、ここで狩をするなら俺たちも混ぜてもらえないだろうか?」

 

予想通りの問い。

れ以上の反応が無いところから知り合いではなかったようだ。

プレイヤーが言葉を続ける。

 

「ただ、こっちの連れが完全な初心者でも良かったらなんだが」

 

堂々とした感じの彼と、その三歩ほど後ろで、どことなくぎこちない風に佇んでいるもう一人の彼女の様から、元テスターとそれに誘われて始めた初心者さんといったところだろうか。

初心者のサポートが好物で、火急の用事がない場合を除いてはパーティーを断らない主義の私としては、むしろウェルカムな状況である。

ディエスも同じく初心者、パーティー大好き人間ではあるが、一応形だけの断りをいれる。

 

「ディエス、いいですかね?」

 

「オッケーオッケー、大歓迎。オレは大剣使いのディエス。ヨロシックー」

 

ディエスは予想以上にやる気満々応じてくれる。

 

「と、いうことなのでよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしく。俺はジュリエット。テスターだったから、まあ適当に合わせられると思う。それと、こっちが連れの……おい、ほら、自己紹介だ」

 

「あ、うん、えーと。私……ロ、ロミオです。ゲームの初心者ですけど、よろしくおねがいします。……キョウちゃん、こんな感じでよかった?」

 

彼女のは、あらかじめ決めていた台詞を読み上げたといった声をあげた。

 

「馬ッ鹿、キョウちゃんじゃない。ジュリエットだ。ジュリエットと呼べバカモンが」

 

「ご、ごめんなさい。でも、ジュリエットっていうのはなかなか……」

 

思わず本名の方で呼びかけてしまったロミオを、ジュリエットが頭を小突いてたしなめる。

現実でも仲がよいのだろう空気を感じさせる。こういった光景を見ると、ゲームで身近な知り合いが自身にはいなかったので、昔は若干羨ましく思えたものだが、最近は名状しがたい感情とともに、ニヤニヤとした笑みが浮かんでくることが多くなった。

ディエスの方も似たような笑みを浮かべ、それを隠すように口元に手を当てていた。

そんなこちらの様子に気づいたジュリエットとロミオは、しまったという表情で、互いに一歩距離を取り、こめかみに手を当て考え込むような素振りを見せた。

 

「そっちの話はOK?」

 

隠しきれていないニタニタした笑みを浮かべながら、ディエスが問う。

 

「ああ、すまない。時間を取らせた」

 

器用に表情をリセットしてジュリエットが答える。

 

「それじゃあ、ちょっと作戦会議。そっちのふたりは何を使う?」

 

「そうだな――ロミオには槍でいかせるつもりだ。それで俺が盾でカバーに入る。そっちには攻撃をおねがいしたいと思っていたんだが……」

 

「了解了解。ただ一応きいておきたいんだけど、ジュリエットさんテストの時も盾つかってた?」

 

「……いや。だがここいらでなら十分にこなせるとは思う」

 

その言葉に、我が意を得たりといった感で私とディエスが顔を合わせ頷きあった。

そうして私が提案した。

 

「でしたら、その盾役は私にやらせてもらえませんか?一応メイン盾を張ってましたので」

 

ジュリエットがロミオに視線をやり、一瞬考え込む。

 

「そうだな、それならそちらにお願いしよう。スパルタで頼む」

 

話について行けていないロミオが、きょとんとした表情を浮かべていた。

 

 

「うう、やっぱり……、大きい……」

 

これから狩るモンスターをみて、ロミオが思わずそう漏らした。

《ビック・フレンジー・ボア》。

その名前のとおり町の周りで狩った《フレンジー・ボア》を、縦横ともに2倍程度に大きくしたモンスターだ。

《フレンジー・ボア》と比べて、見た目から受ける圧迫感は4倍。

そのギャップと、胸の高さまである体高とをあわせて、現実では見ることの無いまさしくモンスターに見える。

 

「それじゃあ……いくよー」

 

そんなモンスターを前にしても、ディエスは特に気負った事も無く、剣を振りかざして周りに合図をしてきた。

 

「了解」

 

「っは、はい」

 

「ゴーゴー」

 

全員がそれぞれ合図に返す。

ディエスが大剣を大きく振りかぶって、狙い済ましたファーストアタックを決め、戦闘状態に入った。

敵のターゲットが、ファーストアタックを決めたディエスへと向かう。

ディエスは続けて攻撃はおこなわず、敵の攻撃へと備えるために、大剣を構えやや腰を落とした。

敵を真ん中において、私とロミオ、ディエス、ジュリエットで三角形を作るように位置を取る。

三角形は敵の正面と、左右の敵後方で二辺の長い二等辺三角形になる。

これが今回の基本となる配置だ。

正面で敵のターゲットを取っているディエスが回避や防御に徹している間に、他の三人は背面や側面から攻撃を加えていく。

三人の何度かの攻撃の後、ジュリエットの鋭い一撃が背面から決まる。

その一撃がディエスのファーストアタック分のヘイトを超え、敵のターゲットがディエスからジュリエットへと移る。

 

「大きく回りこみます。それと、敵が次こっち向いたら、攻撃は控えめに」

 

「は、はい」

 

ロミオにそう言って、敵の側面を二人で走り抜ける。再び敵の背面を取り攻撃えをはじめる。

先ほどまで防御に回っていたディエスは素早くに攻撃に転じていた。

逆に、正面を取ったジュリエットは意外なほどの慎重さで攻撃を捌いていた。

そうやって、敵に合わせて動きつつ、攻撃と防御の役割を回しながら攻撃を加えていった。

敵のHPを六割ほど削ったところで、攻撃のターゲットがロミオへと向いた。

できる限りロミオへと向かないように、調整しながら戦っていたのだが、若干のランダム性があるので完全には思惑通りにはいかない。

《ボア》の巨体を正面に見据えたロミオの体が、若干こわばるのがわかった。

 

「ロミオさん、敵のタゲがそっち向きました。私が割り込みますから、多めに距離を取って敵をよく見ていてください。」

 

「わ、わかりました。お願いします!」

 

《ボア》とロミオの直線上に体を割り込む。背中越しに返事が聞こえてくる。

それと同時に《ボア》の攻撃の予備動作が見えた。

いくばくかの溜めの後、後ろにいるロミオに向かって突進。

前面に迫る敵、背後には守る味方。

ようやくきたタンカーとしての見せ場に気分が高揚していくのがわかった。

向かってくる《ボア》に対して正面に盾を構える。

《ボア》と構えた盾とがぶつかり鈍い打撃音あげた。

現実であれば軽自動車がぶつかってくるようなもの。

跳ね飛ばされるか轢き倒されるどちらかになるだろう。

だが今ここでは、ステータス、装備、スキルの兼ね合いから《ボア》の突進を完全にガードし押さえ込むことに成功していた。

 

「ナイスタンカー。相変わらずいい仕事してるー」

 

動きの止まった《ボア》に対して、この結果がわかっていたディエスが《ボア》のターゲットをロミオから奪うべく、間髪いれずに攻撃を加えた。

ほどなくターゲットがディエスへと移り、再び三人での攻撃が始まった。

そして敵のHPがほぼ削り切れたところで、敵のHPバーに注視しながら攻撃を緩めた。同じく攻撃役に回っていたディエスへアイコンタクトを送り、そのまま視線を《ボア》と攻撃に集中しているロミオへ順に送ると、ディエスは小さく肯きの攻撃を緩めた。

そしてロミオの槍の一突きが入ると、敵のHPが完全に削りきれ、パーティー最初の獲物は青いポリゴンとなって消えていった。

 

「意外とやるじゃん、ロミオさん」

 

「いやいや、ロミオならこれくらい余裕でやってくれると俺は信じてた」

 

未だ武器を構えたままのロミオのもとにディエスとジュリエットが集まってきた。

 

「戦闘おわりましたけど、どうでしたロミオさん?」

 

「はっ、いえ、ふしゅ」

 

言葉になっていない声を上げて、その場にペしゃんと座り込む。

 

座り込んでいるロミオの頭に手を置いて、ジュリエットがもう一度静かに短く問いかける。

 

「どうだった?」

 

「うん。楽しかった」

 

その答えに三人の顔がほころぶ。

 

「どうだ、少し休憩するか?」

 

ロミオはジュリエットの顔をじっと見つめたあと答えた。

 

「ううん。これくらいじゃあ全然足りないんでしょ?暫くはキョ……ジュリエットに付き合うって約束だったから。今日はジュリエットの気が済むまでがんばる」

 

「そうか……それじゃあ、取り敢えず日付が変わるくらいまでか?」

 

ジュリエットは優しげな表情から一転、至極真面目な顔でそう言った。

 

「えっ?」

 

ロミオがきょとんとした表情を浮かべる。

 

「私たちもそれくらいまでなら、お付き合いできます。次からは徐々にペースを上げていきましょ」

 

「ええっ!?」

 

想像していた事態とちょっとずれていたことに、あわてて声をあげるがほかの三人は総スルー。

 

「おーい、それじゃあ次いくよー」

 

いつの間にか次の獲物の隣にいたディエスが呼びかける。

 

「や、やっぱり、ちょっと」

 

なおも制止をかけようとするロミオをジュリエットが引っ張りながら、次の獲物へと向かっていった。

 

日付が変わるまでとは言ったものの、実際には2~3匹ごとに小休止を挟みながらモンスターを狩っていった。

狩りの合間に聞いてみたのだがロミオはゲーム自体を、普段はほとんどやっておらず、この《SAO》が初めてとなるそうだった。

だが、飲み込みが早く本人も意外なほどやるきを見せ、3時間ほど狩り続けてから大きな休憩をとることにした際には、私が壁となる必要がなくなるほどだった。

 

「それじゃあ、ちょっと休憩にしましょう」

 

私がそう言うと、全員がその場にどっかと腰を下ろした。

肉体的な疲労が存在しなゲーム内ではあるが、それでもやはり休憩が必要になる。

精神的な疲労からか、長時間継続して狩りなどを行うと、集中力が落ちて目に見えてミスが多くなる。

2~3時間が休息をとる目安としていわれていた。

 

「それにしてもロミオさんは、あっという間に上手くなったね」

 

「もう私のフォローも、ほとんどいらないくらいですし」

 

「意外と才能があったのかもしれん。俺に追いつくのもそう遠くないんじゃないか?」

 

ジュリエットが茶化したように同意する。

 

「そんなことないですよ!皆さんの足引っ張っちゃって。皆さんのおかげです」

 

ロミオは三人からの賞賛に、恥ずかしがってわたわたと手を振って否定した。

 

「まあ、みんなのお陰っていうのはあるかもな。俺はともかくそっちの二人はハンパないよ」

 

今度の賞賛にの言葉には、茶化すことのない真摯な成分が含まれていた。

 

「まあ、それほどでもあるかもね」

 

ディエスはやたら気取った態度をとって、その評価を受け止めた。

実際にプレイ時間や経験、といったもの以上の差がディエスのプレイにはあった。

そして、その様があまりにも決まっていたので全員で声を上げて笑ってしまった。

ひとしきり笑ったところでジュリエットが思いついたように言った

 

「そうだ、もしよかったらフレンドの登録いいだろうか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

フレンドの数が増えて困ることはないので、私もディエスも快く受ける。

 

そして休憩を終え再び狩りヲ始めようとした時、不意に大音量の重厚な鐘のような音が響いた。

ロミオから「ひゃわっ」という悲鳴が聞こえ、私も思わず身をすくめた。全員が立ち止まって、あたりを見渡す。

 

「びっくりした……何かのイベントですかね?」

 

「確かにこの音はびびったわ。ログインする前に公式サイト見たけど、イベントの告知は無かったとおもったんだけどなぁ……」

 

「だとすると突発のイベントかもしれんな。それにしてもロミオさっきの悲鳴」

 

ジュリエットがいい笑顔でロミオにサムズアップ。

 

「し、しょうがないじゃない。いきなりあんな音がするんだもん」

 

ロミオがわずかに頬を赤くして抗議の声をあげる。続けて言い募ろうとしていたようだが、立ち上がる青い光によってさえぎられた。

 

「これ……なに?」

 

「心配すんなロミオ。ただの転移、テレポート……まあ移動するだけだ。けどこれはな……」

 

先ほどの笑顔から一転、やや困惑顔でそういった。

この状況にディエスは苦笑いを浮かべていた。

私も多分同じような顔をしているだろう。

先ほどの鐘の音程度ならびっくりしたくらいでいいかもしれないが、これはアウトだ。

事前の告知もない強制テレポート。

戦闘中やクエスト途中プレイヤーからは、この後のイベント内容や運営の対応次第ではクレームの嵐になるかもしれない。

そんなことを考えているうちに一際強い光のあと転移が終わった。

周りの風景から転移した場所が《はじまりの町》の広場だろうとあたりはつけられた。

ただ広場には、見渡す限りに、人、人、人。

 

「なんなんだ、この人数は……」

 

あまりの人波に、限界を通り越してあきれてしまったようにジュリエットが呟く。

 

「迷子になるとめんどくさいから、はぐれるなよ」

 

「この年で、迷子とか言うな」

 

ジュリエットがロミオの腕をとるがあえなく振り払われる。

 

「しっかしこれ、ひょっとしたら、ログインしてる奴ら全部集めてるんじゃないか?」

 

「強制転移だったのと、この人ごみを見るにそうかもしれないですね」

 

「オープン初日に突発の全員強制参加のイベントとか熱いな!なあ、ロミジュリの二人、イベントの内容にもよるけどこの後も一緒に『おい、あれはなんだ!』」

 

そう言いかけるディエスは、ひときわ大き誰かの上げた叫び声に気を取られ途中で遮られた。

 

空が見渡す限りの一面、赤と黒の二色に染められていた。よく見ると《WARNING》と《SystemAnnouncement》の文字だった。

そして、それを背に大きな人が人影か浮かびあがる。私はただそれを眺めているだけたっだ。

やがてその人影が厳かに告げた。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

その言葉で彼のゲームは終わり、新しい現実が始まった。

 

 

 

 




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