Sword Art Online―EXTRA ギルドユニオンのキセキ 作:まつK
この世界は危険だ、この世界は恐ろしい。
多くのプレイヤーたちが、言い方こそ異なっているが、そう口にしている。
街の外には、数多くのモンスターが徘徊し、迷宮には死に至る数々の罠が待っている。
それらのモンスターに襲われ、あるいは罠にかかり傷を負って、キャラクターのHPがなくなれば、その先には、死が待っている。
この一ヶ月に満たない期間で、実際千数百人もの死者が既に出ている。
何もせずに街にいるという選択には、今のところ絶対の安全がある。
街の外にでることが、現実での何倍もの危険が溢れているということは、揺るぎようの無い事実ではある。
そして、塔の攻略ではさらに死が近い。
それでも私は塔を攻略することに決めた。
遥か百層の彼方にある目標を目指して。
現実に戻るために。
豚狩りツアー、初心者ツアー、クリームツアー。
初めてパーティーを募集し始めてから、二週間と少しが経った。
呼び方は様々ではあるが、私たち四人で始めて続けてきたことは、そんな風に呼ばれるくらいの一定の知名度を得ていた。
募集開始が6時45分、出発が7時。
現実で考えるとやや早いと思う時間かもしれないが、移動や狩りの時間を考えてこの時間に落ち着いた。
着替えは数秒、朝食の準備に最長で五分、トイレや歯磨きといった、生理的なことに時間を費やすことはない。
よって朝に時間を使うことはせいぜい朝食を取ることくらいとなり、実際それほどの忙しさもない。
パーティーの募集場所は、より分かり易くするためにと、通りにある噴水の前へと場所を変えていた。
現地に着くと、募集開始までまだ時間があったが、もうすでに参加者と思われる何人かのプレイヤーたちがいた。
「おはようございます」
声をかけると、連日のパーティー募集で常連や顔見知りとなったプレイヤーたちが、挨拶を返してきてくれた。
一緒に来ていたディエスたちもそれぞれに別れ、その場にいたプレイヤーたちと雑談を始めた。
私も噴水の縁に一人離れて腰掛けている、一人にプレイヤーに声をかけた。
「おはようございます、ヒースクリフさん。今日もよろしくお願いします」
「ああ、おはよう。こちらこそよろしく頼む」
この募集を始めて三日目から、協力してくれているプレイヤーだ。
長い白金色の髪を後ろで束ねた、怜俐といった雰囲気がマッチする容貌をしている。
歳は私と同じか少し若いくらいだと思うのだが、なんというかオーラがでている。
私は勝手に、この人の職業は研究員かベンチャーの社長なんだろうなと想像していた。
プレイヤーとしてのスキルも卓越したものを持っており、ゲームに関する知識も豊富だ。
踏み込んで聞いてはいないが、おそらくこの人も元テスターなんだろうと当たりを付けていた。
「これを。頼まれていたものだ」
ヒースクリフがひと束の紙片を取り出してみせた。
「もう見てくれたんですか?」
「時間だけはたくさんある。この世界に来て唯一良かった点だよ。中身の方で、細かいところは書き足して、大きなところには付箋付きで修正してある。念のため確認して見てくれ」
差し出された紙束を受けとる。
これは、情報屋のアルゴが中心となって作っている、テスト時のデータをまとめた、いわば攻略本だ。
彼女はこれを大量に製作し、初心者に対しては無償で配布している。
ただ、個人でまとめるにはデータが多すぎ、偏りや誤りもでてきてしまう。
間違ったデータが招く危険は、この世界では現実のそれと比べようもなく高い。
そういったこと避けるために、彼女からまとめたデータの添削を依頼されていた。
さらりと流し見ると、機械で印刷したかのような綺麗な文字で、かなりの加筆が加えられていた。
私の字は綺麗な方ではないので、さらによく目立った。
ちなみに、ディエスは毛筆で書いたかのような達筆な字を書き、ジュリエットも四角くばっているが、きれいな字を書く。
「ありがとうございました。あー、お礼はなにがいいですか?こんなに早くもらえると思ってなかったので、ちょっと考えてなかったのですが」
「いや、礼は不要だ。そもそもこれは、あなたたちもタダやっていることだろう?」
「まあ、そうですが。私からヒースクリフさんにお願いしたことは確かですし、それに対するお礼はあっても、と」
「律儀だな。まあ、そう言ってくれるなら何か考えておこう」
そう言って相好を少し崩す。
受け取った紙束をしまい、アルゴにメールを送ると、ディエスがパーティーの募集を始める声が聞こえた。
時計を見ると6時45分丁度。
ディエスは大雑把な振る舞いが目立って見えるが、意外と几帳面な性格をしている。
「私たちも行きましょう」
「ああ」
立ち上がったヒースクリフと共に、人の集まり始めているディエスのもとへ向かった。
パーティーの募集は、基本的に先着順としていた。
ただし、一回目の参加者はこれを優先としている。
人数は、6人×8パーティー、48人のフルレイドの人数を上限とし募集する。
それ以上の人数になると、まとめるの時間がかかりすぎる為だ。
ここ数日の募集では、毎回定員を上回る参加者が来てくれている。
今日も、ディエスが二度目の募集の声を上げることなく、上限に達していた。
最初にこれを始めた時に比べれば、格段の進歩と思える。
募集に漏れたプレイヤーたちは、街に戻ったり、ソロで街を出たりもするが殆どは、その場で即席の野良パーティーを組み、一緒についてくる。
仲良くやるという事と、こちらは面倒を見ないという了解のもとで、同行にはOKだしている。
攻略に向かってくれることは、こちらとしても願うところではあったが、区切りだけはきちんとつけてあった。
私たち四人と、先ほどのヒースクリフ、それと初日に参加してくれたジークフリートが、固定のパーティーリーダーとなり、あとの二人はその時のメンバーを見てお願いしている。
基本的にレベルとプレイヤースキルを見て、適当にパーティーを組み上げている。
今回私は、初回参加組みのパーティーリーダーとなった。
事前に噂などから、安全なことは分かっているのだろうが、初参加組は皆一応に表情が硬い。
もはやテンプレになりつつある、説明と確認、フレンドリストの交換を行った後、出発の号令をかける。
「時間になったので出発しますー。ただ、出る前に注意事項がひとつあります」
なるべく軽い口調を意識して続ける。
「狩りに慣れてきたからといって、戦闘中にナンパをするのはやめましょう!そういった事は、ツアーが終わっ街に帰ってからにお願いしますー」
何人かのプレイヤーが吹き出し、小さな笑いが上がる。
「はーい、はーい、リーダー。戦闘中の逆ナンはありですかー?」
「……逆ナンも終わってからにしてください。それじゃあ、出発します」
ディエスの悪乗りで全員に笑いが広がった。
そして48人+αの集団が街の外へと向かって出発した。
転送ポータルを使って、近くの村まで飛ぶことができるものもいたが、初めて街を出るというプレイヤーも何人かいるので、往きの移動は全員で走って行うことにしていた。
現地に着くと、そこでパーティーごとに別れての狩りがはじまる。
「それじゃあ、私たちのパーティーも始めますねー」
もはやお得意さんといって言いほどに、狩り続けている《ビックフレンジー・ボア》に攻撃を仕掛け、盾を構えた。
パーティーメンバーがほぼ全員初心者なので、パーティーのリーダーをやっている私は、当然メンバーのフォローをしなければならない。
初心者のフォローというと、大変なように思えるかもしれないが、やっていることはここに誰よりも楽だと思っている。
迫って来る《ボア》の一撃を盾で受け止め、そのまま反撃の一太刀を入れる。
そして、スキル《ハウル》――対象モンスターの敵愾心を高める――を使い、《ボア》のターゲットを固める。
「どんどん攻撃しちゃってくださーい」
私が攻撃を受け止めながら、声をあげると《ボア》を取り囲んでいたプレイヤーたちが、恐る恐るといった感じで攻撃を始めた。
私の方は、盾で亀のようにひたすら身を守り、《ハウル》のクールタイムが終わる度に使うといった具合だ。
普通の戦闘だったなら、これだけで敵のターゲットをとり続けることは出来ないのだが、アタッカーが初心者であり私とのレベル差があるのでこれでもなんとかなる。
しかし初日の戦闘から、トライアングル、ライン、ドットというふうに戦い方が変わってきているが、これを進化なのか退化判断するに微妙なところだ。
スキルの不発や、空振りも多い拙い攻撃ではあったが、全周囲から5人の攻撃を受けていた《ボア》はそれほど時間もかからずに、青いポリゴンとなって倒された。
「お疲れ様です。次、いっちゃいますけど何かある方いますか?」
特に声が上がらなかったことを見て、次の獲物に向う。
再び、盾による防御と《ハウル》を使いまわす。
これも一種のパワーレベリングになるのだろうか。
戦っているプレイヤーの方も、それほどの実感はないかもしれない。
やっていることは案山子を叩いているのと、さほど変わらない。
ただ決定的に違うのは、こんなことでも続けていれば、レベルやスキルが上がっていくことだ。
この世界でレベルは、ある意味絶対的なものがある。
その過程は問わず、高くなりさえすればある程度の強さが得られる。
例えば、レベル1では十回受ければ死んでしまうような攻撃でも、レベル4になれば数十回回以上は受けられるようになるだろう。
このゲームが始まってすぐの頃に、街の周りにいる《ウルフ》や《ボア》に殺されたプレイヤーたちが少なからずいたが、彼らにもし3~4ほどのレベルがありさえすれば、そうなることはなかった思う。
そして、その程度のレベルなら、今のように戦うだけでも3~4日もあれば上げることができるのだ。
全て終わってしまったことだが、こんなふうに考えていると、言いようのない思いが浮かんでくる。
例によって、二時間ほど狩り続けたあと、全体で休憩をとった。
その頃にはもう、初心者組にも緊張はなく、パーティー内で感想を述べ合ったり、先達のプレイヤーにアドバイスを貰いに行ったりと、三々五々に散っていった。
私も休憩にはいっていた、ジークフリートのところに向かう。
彼とは、いずれ攻略に向かう事を前提として、行動を共にしてもらうようになった。
「お疲れ様です。そっちは、どんな案配ですか?」
隣に腰を下ろす。
「おお、お疲れ様。この辺りでの戦闘じゃあ、何がどうということもわかりませんな。はっはっは」
豪快な大きな笑い声を上げる。
「まあ、ディエスのお嬢とジュリエットに期待ですかな」
おもしろそうに、ふたりの名前を上げる。
ジークフリートには、二回目以降の参加者を集めたパーティーを、まとめてもらっている。
齢を重ねたもの特有の貫禄と端々に見える闊達さで、非常にうまくプレーヤーをまとめている。
本人の言っている、ゲーム歴半世紀とは伊達ではなかった。
ロミオにも同じパーティーリーダーを務めてもらっているが、こちらはやや頼りない彼女をパーティー全員でフォローする、といった形になっていて、これはこれでそれなりに好評を得ている。
こちらのパーティーは、獲物は変わらないが私のパーティーと違って、誰かが敵のターゲットを引受続けることがない。
敵から攻撃を回避や防御する必要があり、失敗すれば当然ダメージを受け、より戦っている雰囲気が得られるようになっている。
とは言っても、初期装備を買い替え、レベルも上がっていれば大したダメージを受けることもなく、6人でかかれば力押しでも何とでもなるので、難易度にさほどの差はない。
ジークフリートにとっては、退屈なお守りになるのだろうが、そういった気配を表に出すことなく、協力してくれていることには非常に感謝していた。
そして、ディエスとジュリエットの2パーティーは、今ここで狩りを行っていない。
ここでの《ボア》狩りに、不足を感じるプレイヤーたちの要望という形で、ここよりさらに先にある森で、狩りを行っている。
募集の看板に偽りあり、となってしまっているが、行った先で場所が変わることは間々あることではあるし、全員の了解のもと行っているので、それはそれだ。
森ではウツボカズラの怪物が待っている。
動きこそ鈍重ではあるが、触手のような蔓をムチのように使って攻撃してくる。
さらにこいつはアクティブ――知覚範囲に入ると先制攻撃を仕掛けてくる――で、リンク――知覚範囲内で同属種が先頭をしていると加わってくる――もするので、視界の悪い地形と合わさって複数相手どらないとならな
いこともある。
難易度はここに比べて、飛躍的に高くなっているのだが、この先に進むならこれが基本になる。
塔の攻略に向かうためにも、これくらいを鼻歌交じりで駆け抜けてくれるプレイヤーが、出てきて欲しいというのが本音だ。
そういったことが出来るかどうかは、実際にやってみてもらうのが一番手っ取り早いので、二人にはその見極めをお願いしていた。
「次回は、ジークさんの番ですから」
「ええ、実は今から楽しみで仕方ないんですよ」
それで休憩時間が終わり、再び狩りを再開した。
この人もやっぱりヘビーなゲーマーだ。
終了時刻が近づいてきたこと知らせるアラーム音を聞いて、今回の狩りを切り上げた。
「次の一匹でラストで」
ほかのパーティーも適宜戦闘を終え、別行動をとっていた2パーティーも戻ってきた。
最後に締めて、現地解散となる。
「お疲れ様でした。今日はこれでおわりです。また募集してますので気が向いた方はよろしくお願いします。それと最後に――」
アルゴの攻略本を取り出して掲げる。
「これ持っていな方いらっしゃれば、無料でお配りしますー。解散のあと声かけてください。各村の道具屋にも置いてあるのでぜひ参考にしてください。それじゃあ、お疲れ様でした」
それで方々から、おつかれーの声が上がり、解散となった。
その後の行動は自由だが、狩りを続行するらしい何人かのプレイヤーたちが、解散したあとそのままパーティーを組み、モンスターへと向かっていったり、これを機にと攻略本を見てあたりの探索に向かプレイヤーがいた
りと、即座に街に戻ろうとするプレイヤーは意外と少ない。
その少ないプレイヤーの中に含まれていた私たちは、近くの村の転移ポータルから街へともどっていた。
街に戻ったところで、ヒースクリフとはわかれる。
彼も要領よく、この街で拠点をもっていた。
攻略参加の話はしていたが、返事は保留をもらっている。
五人での家路に着く。
「よーし、腹減った。おっ昼ごはんっ」
飯時のディエスのテンションは高い。
「今日は何に、し、よ、う、か、な」
今、頭の中にはいくつものメニューが回っているのだろう。
目を細めて上機嫌な顔をしている。。
ディエスは先日、調理スキルを習得しており、私達の食事は彼女が全て作っていた。
「あ、食事の件なのですが、アルゴも来るので彼女の分もお願いします」
「りょうかーい。任された」
スキルの習熟も兼ねて、どのみち毎回食べきれないほどに作るのだが、彼女は快く応じてくれた。
拠点について彼女は早速、調理を始めた。
このゲームでの調理は、スキルを持ったプレイヤーが、焚き火やコンロといった所定の場所で、鍋やフライパンなどの調理器具に材料をいれて、煮る焼く蒸すから調理法を選び、適当にいじっていれば十数秒から数分で出
来上がる。
幸運にもこの家の一階には、コンロに類する設備が備わっており、調理をふくめて食事は、無人の一階で行うようになっていた。
一品一品は大した時間はかからないが、ディエス一人で六人分の食事なので流石に時間がかかる。
手伝おうにも、スキルを所持していないと、純粋に手伝えることがないので、各々時間を潰す。
私が五人で食事ができるようにと、新たに買った大きいテーブルに着いて待っていると、背後で扉の開く音と人の気配を感じた。
「いらっしゃい。『キッチン食べないか』へようこそ~。アルゴ待ってたよー」
私が振り返るより先に、作業をしていたディエスが入ってきた人を迎える。
「食堂にきたつもりは、ないんだけどナ」
顔に特徴的なペインティングをほどこした情報屋、通称鼠のアルゴ呆れるようにそう言った。
「まあ、そう言わずに。アルゴの分もディエスが今作ってますから、至急の用事がなければ食べていってください」
私が椅子を引いて招くと、渋々といった感じでテーブルについてくれた。
「はーい、こちらが新作の、新鮮果実のジュースになっております」
既に出来上がった料理の一部と一緒に、黄色い液体の入ったグラスを私たちの前にもってきた。
受け取ったアルゴが口をつける。
「味の方はどうです?」
私がそう尋ねると、彼女はテーブルを指先でコンコンとノックした。
少し考え込んで、2枚の通貨をテーブルの上に取り出す。
彼女がニヤリとした顔でそれを拾いあげる。
「30点、赤点だナ。物食わせるっていうレベルじゃないゾ」
表情を一変、真面目な顔で厳しい評価を下した。
このがめつさは、彼女のロールプレイの一環なのかそれとも素なのか、いつか聞いてみたいと思っている。
料理が出揃って、六人でテーブルを囲んだ食事が始まった。
少女三人の文字通り姦しい食事となった。
だが今の私たちにはこの騒々しさが好ましく思えた。
料理の方は、《ボア》から出た肉料理が中心となっていて、味はお世辞にもうまいと言えるレベルではなかったが、種類の豊富さは、この先の食生活改善に光明を見いだせるものだった。
食事が一通り片付いたところで、アルゴへの要件を切り出した。
「これ、頼まれていたものです。結構な量になりましたけど大丈夫ですか?」
アルゴに取り出した紙束を渡す。
「なに、多い分には望むところダ」
早速受け取った紙束に目を通し始める。
「……報酬の件ダ。いらないという話だったけど、これだけしてもらうと、タダっていうわけにもいかないナ」
目を通していた紙束を掲げる。
私の見たところそのうちの半分くらいは、ここにいないヒースクリフの功績とみているのだが。
「1つ無料でなんでも情報を売るヨ。これはオイラのプライドの問題だから、受け取ってもらうヨ」
「そういうことなら、いただきましょう。ただ今欲しい情報というのもないので、また後ででいいですか?」
「わかったヨー。ただ、あんまり遅くなると、オイラも忘れてるかもしれないから、なるべく早くして欲しいんダナ」
「こっちのほうが忘れませんから、大丈夫ですよ」
「まー、そうかもナ。それとこっちから前線の情報ダ。この情報でお金は取らないヨ。迷宮区の攻略が順調みたいで、2日後の夕方、迷宮区最寄りの村でフロアボス攻略の会議があるそうだヨ」
今度はここにいる全員に聞かせるよう言った。
それでも、その場の空気は変わらず和やかなままだった。
「それは……重要な情報をありがとうございました」
「いやいや、それじゃあ、またなにか情報があったらよろしくナー」
アルゴは最後に全員の顔を観察するように見回して、立ち去っていった。
フロアボス攻略の話をきいてからも、私たちの行動がそれまでと変わることはない。
第1層のボス攻略には参加しないことは、以前から全員で決めてあった。
私たちのレベルが7なので、いま参加するとしたら、現状では全く意味のないチャレンジとなり、足を引っ張ることになるだろう。
テスト時の経験から、適正値で9~10。
死ぬことが許されない今の現状では、欲を言えばいくらでも、現実的にはそこからさらに2~4は欲しいところだ。
討伐組が半壊や全滅して失敗すれば予定を変えざるを得ないと考えていたが、その可能性は極々すくないとみていた。
そしてその四日後、ボス攻略が実行され、約2000人の犠牲者と30日の日数をかけて第1層がクリアされた。
ボス討伐の一報が入ると街全体がにわかに沸き上がり、第2層へのポータルが開かれるとその盛り上がりは最高潮に達した。
多分これほど街が熱気にあふれることは、ゲームクリアまでないだろうと思わせるほどのものだった。
その盛り上がりは私たちに無関係ではなく、その日の募集には、今までで最多の参加者が集まった。
足りない人手に有志を募り、どうにかいつも通り無事に狩りを行い、いつも通りにその日を終わろうとしていたのだが、私も無意識のうちに気が高ぶっていたのか、いつものようには眠れず私は夜の街に散策にでていた。
人口の光の少ない夜の街は、月の光だけが頼りになり、思っている以上に夜の色が濃い。
だが今夜は昼間の余熱がまだ残っているのか、夜の街にはまだ幾ばくかの喧騒があった。
目的地のない散策ではあったが、歩き回っているとそれなりに時間が立っていた。
ふとあたりを見上げると、夜の中でもなお黒い、黒鉄宮の姿が目に入って自然と足がそちらに向かった。
テスト時には何度も、この世界になってからも数度ここには足を運んでいる。
夜も遅いこの時間内部に人影はなく、私は照明の松明が揺れる音だけを聞きながら奥へと進んだ。
最奥の広間にはプレイヤーの名前が刻まれた生命の碑があり、何となくそれに視線を走らせ、すぐに後悔した。
結構な頻度で目に付く名前の上に引かれた横線は、人の気配のない今、一人で見ていると色々なことが頭をよぎり、ひどく私の心をざわつかせた。
碑に背を向け、足早に立ち去ろうとすると、広間に入ってくる人の気配を感じた。
ヒースクリフだった。
「こんばんわ」
「……こんばんわ」
平素と変わらぬ彼の口調に、やや戸惑いがちに私が返事を返す。
「君の後ろ姿を見つけてね、ちょうど良い機会だと思って私もここへ来させてもらっただけだよ。黙祷を捧げたい。少し待っていてもらえるかな?」
ヒースクリは碑の前に立って黙祷を捧げた。
変わらない静寂さだったが、私には少し居心地が悪くなった。
「ところで、君はここに何か用事が?」
「あ……いえ、その……」
なんでもない問いかけだったが、その時の私は上手く答えられなかった。
彼と同じく黙祷を捧げに来た、とでも言いばよかったのかもしれないが、何となくここへ来て勝手に気分を悪くして帰ろうとしていた私には、それは憚られた。
「そう身構えることもない、ふむ、そうだな一つをいいかね?」
「ええ」
「では唐突だが、君はこの世界をどう思う?」
「はぁ……?」
本当に唐突だった。
「私はこの世界とこの世界にいる人間に、可能性を感じたよ。この先がある、とね。そしてここにいた人間全てに意味があり、そこに一片の無駄もなかったと思っている」
聞いた人によっては痛烈な批判を受ける内容だった。
だがそれよりも私には彼の迷いなさが眩しく思えた。
「私にはよくわかりません。ただこの一ヶ月間で2000人が消えて、この先も続くと思うと……正直怖いです」
彼の強さにあてられて、この一ヶ月間溜めに溜めた鬱屈がつい漏れた。
「本当にこの先に進むべきなのか分からなくなります……」
漏れ出した弱気な心は、つまらない言葉を勝手につぶやかせた。
隣にいたヒースクリフは、ただ静かに瞑目していた。
「ああ、すいません。なんか変なこと言っちゃって。忘れてください」
慌てて取り繕う私に、彼は厳かに告げた。
「君は……君は自分がしたことに、負い目を感じる必要はない」
「え?」
思わず動きが止まった。
ヒースクリフはその様子を見て、さらに続ける。
「君は、彼らに選択肢を与えたに過ぎない。あくまでも選んだのは彼らひとりひとりの決断だ」
一瞬息がとまり、心臓を射抜かれたような気がした。
……この人は。
「なに私も同じようなことを考えていただけだよ」
心を読まれたかのような彼の答えに、俯いて沈んだ声で絞り出すように反論する。
「それでも、それでも私が外に連れ出さなければ……」
毎日増えていくフレンドリストの名前と、同じく少しずつリストに増えていく灰色の名前をみて、ずっと思っていたことだ。
私が連れ出さなければ、街に居さえすれば彼らも死なずに済んだのではないかと。
「いずれは誰かがやっていたことだよ。早いか遅いかの違いに過ぎない。そして君のやったことは、早やければ早いほど効果がある。もし例えば、君が死んでいった者に対して憂いを持つなら、それと同じ位はまだ生きて
いる者に対して誇って良いはずだ。最もこちらの方は目に見えないがね」
ヒースクリフは私の行為を肯定も否定もしない。
ただ事実を事実として積み上げる。
「君が責めを受けるとすれば、それは攻略を諦めた時だけだろう」
話は終わりとばかりに、言葉が途切れた。
その言葉を深く噛み締める。
「このゲーム……クリアできると思いますか?」
「……私の関わってきたゲームで、クリアできなかったゲームはないと思っているよ」
醜態を見せていた自分が嫌気がさし、ふとアルコールを飲みたい気分になって、手に入らないこの世界に感謝した。
「それなら、このゲームをクリアしたら二人で一杯やりましょう。私が奢りますよ」
あればきっと溺れてしまっていただろう。
「生憎と私は下戸でね。このゲームをクリアしたとしても一緒に飲むことはできないだろう」
「それは残念だ。ヒースクリフさんなら、美味しいお酒をたくさん知っているかと思ったんですけど」
顔に笑顔を貼り付けて、覚悟を新たにする。
私の戦いはまだ第一歩目を歩んだに過ぎないのだから。
ご意見ご感想誤字脱字、内容に対するツッコミの類どれでもいただければ幸いです。
次話 ギルドを作る話