終戦後の艦娘たち   作:青色3号

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この愛おしき日常に-瑞鶴-

ある日、深海棲艦はその姿を消した。

 

 

もう何度目になるかわからない大規模作戦、しかしその作戦を期に深海棲艦は急速にその勢力を減じていった。瞬く間に出現個所を減らし、個体数を減らし、いくばくもせず世界の海からいなくなった。

 

 

数か月後、各国政府は「深海棲艦との戦争終了」を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の中庭、整列する艦娘達を見下ろす壇上で提督は声を張る。

 

 

「―――ここに、深海棲艦に対する人類の勝利と戦争の終結を宣言する!」

 

 

わあっ!と歓声が巻き起こる。いくつもの拳が突き上げられる。感極まって泣き出す艦娘もいる。その中で正規空母・瑞鶴もまた、溢れ出る喜びと―――微かな、不安を覚えていた。

 

 

 

 

 

…私達はこれから、どうなるのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘たちを待っていたのは鎮守府の施設を目的替えしての半年間の社会復帰プログラムだった。海の上で、あるいは工廠で生を受け、生まれ落ちたときから艦娘としての戦いの日々を送ってきた彼女たちに与えられた教育プログラム、その中で基本的な社会知識を教え込まれた後、彼女たちは鎮守府から離れ、各地にそれぞれ居を構える場所を与えられ散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある高校の教室、窓際の机に上半身を預けて瑞鶴はぼんやりと休み時間を過ごす。

 

 

「……さん!高木さん!」

 

 

しばらく、自分のことを呼ばれているのだと気づかなかった。なので、返事が少し遅れた。顔を上げて横に向け、自分を『高木』と呼んだ自分と同じ紺のブレザー姿の眼鏡の少女に言葉を返す。

 

 

「ああ、ごめん……なに?」

 

「次の時間移動教室だよ。そろそろ移動しないと」

 

「そっか……サーンキュ!」

 

 

多少わざとらしく明るい声を向けて席を立つ。『瑞鶴』という名前では新しい生活に入れないのも当然だが、戸籍とともに与えられた新しい名前にはまだ慣れない。『高木千鶴』という名前に『鶴』のひと文字が入っているのは上出来だとは思うが…苦笑を見られないようにしながら瑞鶴は少女たちとともに教室を出た。

 

 

この世に存在した時から姿を変えない艦娘たちを社会のどのステージから始めさせるかにはだいぶ議論があったらしい。結局、見た目と言動で推定年齢を適当に割り出しそれぞれの事情に合わせるというかなり出たとこ勝負な方針がとられることになった。おかげで瑞鶴は義務教育の経験もないまま受験勉強を始めるハメになり―――何とか今の高校に籍を得たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校の校庭隅の射場に瑞鶴は立つ。やはり弓道着は身を落ち着かせてくれる。部活は弓道部を選んだ。それ以外考えられないほど自然な選択だった。

 

 

矢をつがえ、弦を引き絞り、精神と身体が完全に一体になった瞬間矢を放つ。艦載機に姿を変えるはずの矢はしかしそのままの姿で宙を裂き、的に刺さる。得心と一抹の寂しさ。ふぅ、と息をついて身体の力を抜いた時、背後から軽い拍手の音が聞こえる。

 

 

「お見事、瑞鶴」

 

「鈴谷、熊野も」

 

 

振り返る視線の先に居たのは盟友の航空巡洋艦娘・鈴谷と熊野。今はそれぞれ『川本美鈴』と『熊谷美穂』という名前をもらったはずだ。同じ高校に鈴谷が入ってきたのは移転先が近くだったからまああるとして、熊野も同じ高校なのは意外だ。てっきりもっとお嬢様学校に通うことになると思っていたのだ。なんでも熊野が「鈴谷と同じ学校じゃなきゃいやだ」と泣いて訴えたとかなんとか。その熊野が渋い顔で鈴谷にお説教する。

 

 

「もう、鈴谷…『高木さん』と呼ばなきゃダメでしょう?」

 

「え~、いいじゃん、メンドウだし…だいたい熊野も今『鈴谷』って言ったよ?」

 

「う……」

 

 

やりこめられて熊野が苦虫を噛み潰したような顔になる。思わずクスクスと瑞鶴の口から笑い声が漏れる。

 

 

「今日、弓道部は休みじゃなかった?」

 

「うん、自主練」

 

「じゃあさ、さっさと切り上げてちょっと付き合ってよ」

 

 

なにが「じゃあ」なのか分からないがこういう辺りが鈴谷らしい。別段逆らう理由もなく、逆らおうなどというつもりもなく「うん、わかった」と瑞鶴は返事した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅にほど近いハンバーガーショップ、ひとしきりのお喋りも途絶え少女たちはそれぞれドリンクを口に運ぶ。別段鈴谷たちは瑞鶴をどこかに連れて行こうというアテはなかったらしい。しかし大学に通うことになった翔鶴と昼間は離れて過ごす瑞鶴を気遣ってくれているのだろう。その心づかいが素直に嬉しい。と、熊野がお喋りを再開させる。

 

 

「そういえば、この間長門さんにお会いしましたわよ」

 

「お~っ、ちゃんとキャリアウーマンしてた?」

 

「ええ、スーツ姿がとても似合ってて……でも取引先にセクハラじじいがいるとかで『時々41㎝砲が欲しくなる』と愚痴ってました。」

 

「あはは…相変わらずおっかな~い」

 

 

艦娘たちには十分な恩給が保証されている。それでも学校適齢期には見えないからと無聊をかこつかせるわけにもいかず、艦娘たちもそれを望まず、一部のものは即就職していた。それでも秘書官経験の長い長門は、なかなかうまく新生活に適応しているようだった。

 

 

深海棲艦との戦争で家族を失った市井の人々は多い。艦娘たちのカバーストーリーをそれに当てはめるのは比較的容易だった。瑞鶴も「親を失った気の毒な姉妹」という設定で翔鶴とふたりマンション暮らしを営んでいるのであった。

 

 

「……なんかさあ、平和だよね~……」

 

 

ふとその声に瑞鶴が鈴谷を見直すと、鈴谷は頬杖をついた姿勢でハンバーガショップの窓から外を眺めていた。その顔に微笑みを浮かべて。

 

 

「こんな日が来るとは思わなかったなぁ~……」

 

 

窓の外を行き交う人々。急ぎ足のサラリーマン。買い物帰りの主婦と思しき女性。幼子に手を引かれる若い母親―――

 

 

「この平和に、私たちも少しは貢献していますのかしらね」

 

「鈴谷たち、頑張ったもんね~……」

 

 

そう、この光景を取り戻すために私たちは戦ったんだ―――瑞鶴の胸に、不思議な感慨が満ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴谷たちと別れて電車に乗り、自宅マンションの最寄り駅で降りる。マンションに向かう道すがらでランドセルを背負ったパーカーにショートパンツ姿の少女と出会う。

 

 

「暁、」

 

「あ、瑞鶴さん」

 

 

近所の小学校に駆逐艦娘・暁は編入していた。「一人前のレディを小学生扱いするつもり!?」とだいぶ役所の担当に食ってかかったらしい。酸素魚雷を持ち出しかねない勢いだったのを第六駆逐隊全員同じクラスにするからということで妥協したのだとかなんとか。

 

 

「今帰り?に、しては遅いわね。さては、寄り道?」

 

「し、失礼ね!レディは寄り道なんかしないんだから!」

 

 

食ってかかるが目線が泳いでいる。さしずめ、軽空母・鳳翔の元で暮らす雷と電の家にでも寄っていたのだろう。暁も響とともにある程度年嵩の(とされた)艦娘の家で暮らしているはずだった。

 

 

ひとことふたこと言葉を交わし、瑞鶴はふと気づいて暁に問う。

 

 

「ねえ、暁…背、伸びた?」

 

「あ、わかった?ふふふん、レディは成長を欠かさないものよ!」

 

 

ふふん、と胸を張る暁の姿に困ったような笑いを瑞鶴は浮かべる。「多分それ、意味違う」とは言い出せないままふと瑞鶴は別のことを思う。

 

 

深海棲艦との戦いの数年間、瑞鶴たち艦娘は姿を変えなかった。暁たちも外見面という意味では成長を見せることはなかった。しかし、目の前の暁は確かにその姿を変えつつある。自分も、恐らく身体の成長を始めつつある。まるで戦いが終わって艦娘たちの時が動き出したかのように。

 

 

深海棲艦とともに姿を消した妖精さんたちなら何か知っていたのかもしれないと瑞鶴は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の休み時間、校庭の隅に瑞鶴は連れ出される。同じクラスの男子に声をかけられたのだ。同じクラスなのだから教室でいいじゃない、何を改まって―――といぶかる瑞鶴に真っ赤な顔の男子が告げたのは「好きです」の一言。

 

 

「え…え…え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!???」

 

 

頭の中をもういないはずの妖精さんたちが何人も何人も駆け回る。ぶつかり転びきゃあきゃあ叫ぶ。パニック状態の瑞鶴を置いて男子高校生は言うことだけ言うと走り去る。

 

 

「…こういうのも、ジョシコーセーの、日常?」

 

 

へたり、とその場にへたり込んで瑞鶴は呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日常も些細なきっかけで暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのきっかけは、同級生の女子からの遠慮がちな質問。

 

 

「ねえ、高木さん…高木さんって、元艦娘ってホント?」

 

 

ありゃ、と瑞鶴は椅子に座った姿勢で思う。しかしそれほど意外だったわけでもない。艦娘の存在は喧伝されていたわけでもない代わりにそれほど必死に秘匿されていたわけでもない。大体が船団護衛や船団救出で『深海棲艦と戦う海を駆ける少女たち』の姿は大勢に目撃されているのだ。そして美女美少女揃いの艦娘たち、好事家やマニアが情報を集め拡散し、その一部が今どきの情報の扱いに長けた高校生たちに届いても不思議はない。

 

 

こういう場合社会復帰プログラムで教わった模範解答は「しらばっくれる」こと。しかしプログラムはその理由までは深くは教えてくれなかった。なので、しらばっくれるのも性格に合わない瑞鶴はごく自然に答えたのだった。

 

 

「うん、そうだよ。元、というか艦娘。正規空母翔鶴型2番艦・瑞鶴。それが私の本当の名前」

 

 

ざわり!と教室の空気が揺れる。見えるほどにはっきりと周囲の空気が硬直する。続くざわざわとした騒めきは、やがてひとつひとつが声となって瑞鶴の耳に届き始める。

 

 

 

 

 

 

―――空母?どういうこと?人間兵器?

 

 

 

 

―――爆弾とか持ち歩いてるの?

 

 

 

 

―――怒らせたら俺たち皆殺し?こえー…

 

 

 

 

 

 

 

違う、そんなことは―――腰を浮かせて言いかけた言葉は、しかし喉に張り付いて出てこない。自分が何をしたいのか分からないまま、しかし自分が何をしでかしたかだけは痛いほど理解して、瑞鶴は教室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、瑞鶴は学校を休んだ。ベッドに潜り込んだままでてこない瑞鶴を、しかし翔鶴は責めることなく大学に出かけ瑞鶴をひとりにしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後、マンションのチャイムが鳴る。翔鶴姉にしては早いな、と思いパジャマ姿のままインターホンに出ると、返事をしたのは鈴谷と熊野。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずラフなTシャツ姿に着替え、鈴谷と熊野を部屋に通す。要件を聞くより先に鈴谷の口から出たのはこの一言。

 

 

「いや~、艦娘ってことバレちゃたんだって?」

 

「あ、それは……」

 

「あはは、鈴谷たちもバレちゃった、つーか熊野がバラした」

 

「へ?」

 

「もう鈴谷……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間前の昼休み、瑞鶴不在の騒めく教室のドアを開けてずんずんと教卓に向かったのはいつになく眉を吊り上げた熊野と、その後をなだめようとするかのようについてくる鈴谷。

 

 

「……あれ、隣のクラスの熊谷さん?」

 

「川本さんもいるよ?なんで?」

 

 

不思議そうにする面々には目もくれず、熊野は教卓に辿り着くとくるりと身を翻して教室を睥睨する。その威圧感ある姿に気おされながら、それでもひとりの少女が声をかける。

 

 

「あの、熊谷さん?どうしたの?」

 

「違いますわ」

 

 

え?と問い直すより先に、熊野が教卓をバン!と叩き声を張り上げる。

 

 

「最上型航空巡洋艦4番艦・熊野!それが私の名前ですわ。文句のある人は!?」

 

 

声は質量を伴って聴衆を打つ。打たれたまま黙りこくるクラスの面々に熊野は容赦なく言葉を浴びせる。

 

 

「なんでも私たち艦娘を人間兵器だの爆弾持ち歩いてるだの知ったような口を叩いた者がいると聞いたのですけど!?そこのあなた!」

 

「ひっ!?…は、はい!」

 

「美味しそうなお弁当をお持ちですわね…その材料が運ばれる航路を護ったのは誰かと思って!?」

 

 

返事はないし熊野も期待していない。しかしこれではらちがあかない。仕方なく、というワケでもなかろうが熊野の隣に立った鈴谷が後を引き取る。

 

 

「え、えっと……私は鈴谷、ホントの名前は最上型航空巡洋艦3番艦・鈴谷。と言っても、艤装を外したらホントただの女の子で……」

 

 

そこまで言って言葉を探し、結局鈴谷は思いつくがままを口にする。

 

 

「力もあるわけじゃないし、水に普通に沈むし…心だって浮き沈みするし……だから、爆弾持ってるとか根も葉もないこと言われると傷つくし、怖がられるのはイヤだし…あ、今の熊野は怖いけど……」

 

「とにかく!」

 

 

途中で鈴谷を遮り熊野は声高らかに宣言する。

 

 

「私のお友達を傷つける輩は許しませんわ!20.3㎝砲はもうありませんけど、ビンタくらいは食らわせられますのよ!」

 

 

いうだけ言い放ちその場を去り、あとを振り返りもせず教室を出る熊野と後を追う鈴谷。残されたのは、二人の去った後を無言で見つめる教室中の視線だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、学校の中庭で艦娘三人娘はお弁当を広げる。お弁当のおかずよりも美味しいのは昨日の熊野の武勇伝。

 

 

「いや~あん時の熊野にゃしびれたねえ~……」

 

「もう、鈴谷ったら……」

 

「深海棲艦がいたころもあの剣幕があれば、鈴谷たちもっとラクできたんじゃないの?」

 

「……怒りますわよ」

 

 

クスクスと瑞鶴の唇から笑いが零れる。あの日以来かも知れない、笑うのは。と、おずおずとした声が三人の上から降ってくる。

 

 

「あの…高木さん?あ、ズイカクさんのほうがいいのかな?」

 

 

顔を向けるとそこにいたのは同級生の女子たちが数名。瑞鶴たちが声をかけるより先に少女たちが頭を下げる。

 

 

「こないだはごめんなさい!私たち、失礼なことしちゃって……」

 

「ああ、いいよいいよ、別に」

 

「それでね…」

 

 

そこで瑞鶴は少女たちがお弁当を持っていることに気づく。

 

 

「私たちも、一緒に、お昼食べていいかな?」

 

 

言葉よりも、瑞鶴たちに広がった笑顔が少女たちへの答えになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚ましのアラームが鳴る。眠い眼をこすってベッドから起き上がる。髪を整え、制服を纏い、朝ご飯を急いで掻き込む。

 

 

朝のニュースが一日の始まりを告げる。いつもと変わらない一日の始まり。楽しいことも辛いこともある一日の始まり。取り戻した、愛おしい一日の始まり。

 

 

「行ってきます!」

 

 

瑞鶴はドアを開け勢いよく飛び出す。朝の陽光が少女を包み込む―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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