終戦後の艦娘たち   作:青色3号

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この愛おしき絆を繋いで-清霜-

濃紺のセーラー服を纏った少女が中学校の廊下を駆ける。少女が走るのに合わせて胸元の白いスカーフとふたつに分けた豊かなグレーの髪がふわふわ揺れる。2年Ⅽ組・霜月清華。その彼女の後ろ姿に同級生の声が飛ぶ。

 

 

「さやかー。もうすぐバトミントン部の練習だよー」

 

「ごめーん!今日、私練習お休みするー!」

 

 

顔だけを振り向かせて清華は同級生に返事を返す。そのまま清華は廊下を駆け抜け下駄箱でローファーに履き替えると校門へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

校門を潜ったところで清華の顔に笑顔が広がる。その視線の先にいるのは今しがた着いたところだろう、紺のジャケットにベージュのチノパン姿の青年の姿。

 

 

「しれーかん!」

 

「お帰り、清霜」

 

 

少女のことを“霜月清華”ではなく本名の“清霜”で呼ぶ青年に少女は駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

そう、彼女は艦娘―――夕雲型駆逐艦19番艦・清霜。

 

艦娘―――それは、在りし日の艦艇の魂を持つ娘たち。かつて、人類の敵・深海棲艦と死闘を繰り広げた少女たち。

 

5年以上続いた対深海棲艦戦争、しかしある日、深海棲艦はその姿を消した。もう何度目になるかわからない大規模作戦、しかしその作戦を期に深海棲艦は急速にその勢力を減じていった。瞬く間に出現個所を減らし、個体数を減らし、いくばくもせず世界の海からいなくなった。

 

数か月後、各国政府は「深海棲艦との戦争終了」を宣言した。

 

戦いから解放された艦娘たちを待っていたのは半年間にわたる鎮守府の施設を目的替えしての社会復帰プログラムだった。海の上で、あるいは工廠で生を受け、生まれ落ちたときから艦娘としての戦いの日々を送ってきた彼女たちに与えられた教育プログラム、その中で基本的な社会知識を教え込まれた後、彼女たちは鎮守府から離れ、各地にそれぞれ居を構える場所を与えられ散っていった。

 

そして数か月の時が流れ―――清霜は戸籍名”霜月清華”を貰い受け中学に通う身分となっていた。

 

 

 

いつもの通学路を離れ駅への道を歩きながら清霜は傍らの青年に話しかける。

 

 

「でねー?今日ミホコちゃんが数学の時間に当てられたんだけれどミホコちゃん国語の教科書持ってて……」

 

「どーすりゃそういうシチュエーションになるんだ」

 

 

学校であったたわいもない話をする清霜に耳を傾けるのは彼女のかつての上官でその頃から彼女の恋人である提督。身体中を使って会話をする清霜のことを微笑ましく思いながら提督は清霜の話に相槌を打つ。と、その足がぴたりと止まる。釣られて足を止める清霜の目に映ったのは同じように立ちすくんでこちらを正面から驚いたように見つめる女性の姿。

 

 

キレイな人だな、というのが第一印象だった。肩までの髪をすっきりと伸ばし額で片方に流した髪型、涼しげで知性を感じさせる瞳。肩からかけた女性にしては大ぶりなショルダーバッグにはノートPCでも収められているのだろう。薄いグレーのパンツスーツに身を包み、いかにも切れ者のキャリアウーマンという雰囲気を放っている。

 

 

先に口を開いたのは女性の方だった。

 

 

「お久しぶりね」

 

「ああ、こんなところで会うとはな」

 

 

やっぱりしれーかんの知り合いなんだ、と清霜はなんとなく感じていたことを確認する。その清霜には視線を向けぬまま女性は提督に言葉続ける。

 

 

「私はあまり、久しぶりという気がしないわね。貴方が記者会見に出ているのを何度かテレビで観たからかしら」

 

「きしゃかいけん?」

 

 

不思議そうな声を出す清霜に提督は視線を落として答え合わせをする。

 

 

「ああ、仕事でな。定例記者会見を中心に戦時中テレビに出てたんだよ」

 

「ふーん……」

 

 

清霜の知らなかった提督のお仕事の一面、それを知り清霜は提督のお仕事の幅広さを改めて感じる。でも清霜にはそれよりもっと知りたいことがある。その清霜の疑問に答えるように提督は女性を伸ばした手で示して清霜に告げる。

 

 

「こちらの女性は―――」

 

「かつて、この人とおつきあいをさせていただいていた者です」

 

 

女性の言葉に、身体が揺れた。思ったよりその言葉は清霜にショックを与えた。その清霜の受けた衝撃を少しでも和らげようとしてか、提督が渋い顔で口にする。

 

 

「お前と会う前の話だ」

 

 

提督にだって過去はある、そんなことは分かっていた。否、分かっていたつもりだった。それでもいざ事実を前にすると動揺が隠せず清霜はまつ毛を震わせる。その彼女の姿にようやく気がついたかのように女性が提督に問いかける。

 

 

「その子は?」

 

「あ、霜月清華と申します。この方の、あの、えっと……」

 

「恋人だ」

 

 

どもる清霜の言葉を引き取るように提督が宣言する。その言葉に清霜は頬を染め、女性は目を見開く。セーラー服姿の清霜を改めて見つめ、女性は提督に視線を戻す。

 

 

「ずいぶん、趣味が変わったのね」

 

 

肩を竦め提督は返事の代わりとする。微妙に緊張感のある居心地の悪い空間で清霜は身を小さくするが、やがておずおずと提督に問いかける。

 

 

「あ、私、場を外そうか?ふたりでお話しがあるなら……」

 

「いや、特に話はない」

 

 

その一言で場を打ち止め、提督は清霜の肩に手を乗せ少女を誘うようにして歩き出す。立ったままの女性とすれ違う時提督が女性に声をかける。

 

 

「久しぶりに会えてよかったよ。元気でな」

 

 

清霜と足を進めながら提督は振り返らなかった。代わりにとでもいうように首だけを振り返させる清霜の視界の中で、女性は同じように振り返ることなく背中をこちらに向けたまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督が居を構えるマンションのリビング、そのソファの上でクッションを抱え清霜は小さく呟く。

 

 

「……大人っぽい人だったね」

 

「ん?ああ、アイツのことか」

 

 

アイツ、という何気ない呼び方にかえって提督とその人のかつての関係性の深さを知る。ふたり分のマグカップを持って隣に座る提督からマグカップを片方受け取る。提督の分はブラックコーヒー、自分の分はココア。そんないつもの当たり前も今日は気になってしまう。

 

 

「提督、趣味が変わったの?」

 

 

先ほどの女性の言葉が脳裏をよぎる。清霜と会う前、ということだから提督があの女性とつきあっていたのは提督が10代後半から20代前半の頃の時期だろう。その頃から大人っぽい女性だったに違いない。自分とは、違って。

 

 

やだな、私嫉妬してる―――そう思いながら清霜はココアを口に運ぶ。その清霜からマグカップをつい、と取り上げリビングテーブルに置くと提督は清霜の薄い両肩に手をかける。

 

 

「清霜が、俺の趣味どんぴしゃだったんだよ」

 

 

そう言いながら提督は清霜をソファに組み伏せる。清霜の弱弱しく抗う声は提督の唇に塞がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ時間が経っただろう、熱く甘い時間のあと清霜はソファの上にうつぶせにその華奢な裸身を横たえる。提督が毛布をかけてくれたから、寒くはない。Tシャツをもう纏っている提督が台所に立ち清霜に声をかける。

 

 

「夕飯ができたら声をかけてやる。それまで、寝てていいぞ」

 

「うん……」

 

 

先ほど自分を激しく貪った青年の優しい言葉、その激しさと優しさを信じようと思いながら清霜は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、清霜は提督のマンションから学校に向かった。軍人という職業ゆえ休みが不定期な提督ではあるが、今日は昨日に引き続き連休だ。つまり、今日も放課後提督に会える。

 

 

いつもよりひどくゆっくりと時間が流れているような気がしながら清霜は授業を受ける。ようやく迎えた放課後、校門を飛び出す清霜を出迎えたのはしかし提督ではなかった。

 

 

「ここで会えたわね。ちょうどよかった」

 

 

昨日の女性だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白と緑を基調としたカフェの店内と黒のカシミヤのスプリングセーターを着こなした女性の姿は洒落た調和を見せている。木製の四人掛けの白テーブルに向かい合って座りながら清霜は女性が頼んだのと同じブラックコーヒーを不慣れに口に運ぶ。苦さに顔をしかめそうになるのを堪える清霜の前で女性はコーヒーをソーサーに置いた。

 

 

「お名前は知っているから校内放送をお願いしようかとも思っていたのだけれど……最近は学校もセキュリティが厳しいでしょう?校内でお話をしなきゃいけないな、とも思っていたのよ。でもそれじゃあね」

 

 

確かに無機質な校舎よりもこういうお洒落なカフェの方が女性には似合っている。対して、制服姿の中学生の自分はいかにも浮いた存在だ。女性に気圧されているような気持にすらなりながらそれでも清霜は健気に口を開く。

 

 

「あの、私にどのようなご用でしょうか?」

 

「単刀直入に言うわね」

 

 

清霜を見据え、女性は言い放つ。

 

 

「あなた、あの人と別れなさい」

 

 

言葉が錐となって清霜を穿ち、清霜は思わず歯を食いしばる。その清霜に対して表情を変えることなく女性は言葉続ける。

 

 

「あなたとあの人、何歳差?ひと回りじゃ効かないでしょう?そんな年齢差でおつきあいするのは不自然よ」

 

「……なんで、お姉さんにそんなこと言われなきゃいけないんですか?」

 

「知ってしまった以上、あの人の過ちを見過ごすわけにはいかないわ。あなたにはまだ未来があるもの」

 

 

そう言われることは仕方ない。自分は13歳、提督は29歳。16歳の差はあまりに大きい。

 

 

「あなた、まだ中学生でしょう?これからまだいくらでも素敵な人と出会えるわよ」

 

 

駆逐艦の中でも“幼い”と言われ続けてきた。オトナな提督の隣に似合うのは、そう、例えば目の前の女性。

 

 

「これからのことを考えなさい。あなたの未来は―――」

 

 

でも、それでも私は―――!

 

 

「私はっ!」

 

 

いきなりの清霜の大声に女性が目を見開き身を引く。その女性をひたと見据え清霜は宣言する。

 

 

「私は!しれーかんとは別れません!私の未来は、しれーかんと共にあります!」

 

 

それだけ告げて清霜は睨むように女性を見つめる。宣言に全力を尽くしたように荒い息が清霜から吐かれる。その清霜をしばらく女性は無言で見つめていたが、やがて憐れむような声を出す。

 

 

「あなたくらいの年代だと恋に夢中になるのもわかるわ。でも……」

 

「彼女は、もう結論を出したと思うが?」

 

 

その場をいきなり割る男性の野太い声。その声の方角にふたりが顔を向けるとこちらに近づいてくるのは提督その人。

 

 

「学校まで迎えに行ったら若い女性とこちらの方角に向かうのを同級生が見たというのでな」

 

「……よく、この店がわかったわね」

 

「お前が好みそうな店くらい、まだ当たりがつく」

 

 

女性の疑問に簡潔に応え、提督は清霜の隣の席に腰を下ろす。

 

 

「さて、と。これ以上の話は必要ないと思うが一応種明かしをしておくか。大方、過去の男が大出世をしているのを見て今さら惜しくなった、と言ったところだろう?」

 

 

唇を歪めるようにして提督が放つ言葉に女性が歯を食いしばる。女性の初めて見せる感情的な表情に驚く清霜の隣で提督は更に言葉放つ。

 

 

「この子は、そういったことで俺を見ないからな」

 

「……少女の純真さに惚れた、ってわけ?」

 

「彼女の純真さに惚れたんだ」

 

 

女性の皮肉めいた言葉を一言で挫き、提督は腕を組む。その提督を女性はしばらく睨むようにしていたが、やがて椅子から腰を浮かす。

 

 

「あなたの幸せは願っていたわ……本当よ」

 

「感謝する。そのことには、心配はない」

 

 

提督の言葉には返答をせず女性はそのままカフェを後にする。ドアベルがカランカランと鳴るのを耳にしながら清霜は提督を見上げる。

 

 

「……よかったの?」

 

「なにが?」

 

「ううん……ありがとう」

 

 

清霜が微笑んで告げる言葉に提督は肩を竦めて応える。「さて、俺らも行くか」と声に出して腰を上げる提督に続き清霜も椅子から立ち上がる。

 

 

 

ふたり、並んで街に足を踏み出す。五月の空が目に眩しい。ふたり、並んで歩き出す。五月の陽光が身体を包む。

 

 

 

 

 

ふたり、これからも並んで歩く―――

 

 

 

 

 

―――この愛おしき絆を、ふたりで繋いで

 

 

 

 

 

 

 

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