終戦後の艦娘たち   作:青色3号

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この愛おしき隣の場所で-大和-

淡いブルーのパーティションに区切られたオフィスのワークスペースで、ベージュのスーツ姿のうら若き女性コンサルがノートパソコンに向かっている。手際よく入力を済ませ、付箋を一枚右のパーティションに貼ると女性はノートパソコンを畳み椅子から立ち上がる。

 

 

「大倉さん、もう上がり?」

 

「ええ、今日はここまでで」

 

「ふーん。まだ早いけどこれからクライアントと会食かな?」

 

「いえ、今日はプライベートで」

 

 

焦茶のスーツにぴしっと身を包んだ同僚の男性コンサルに大倉と呼ばれた女性は笑顔で返す。大倉に男性コンサルは笑顔を返して言ってのける。

 

 

「今度、僕にもプライベートの時間をちょうだいよ」

 

 

曖昧な微笑みを大倉和美は返す。自分に関心があることを隠そうともしないこの同僚が和美は少し苦手だ。言葉を返さずにその場を離れようとする和美に同僚男性は問いかける。

 

 

「お相手は、例の若手海軍将校さんかな?」

 

 

和美の足が止まる。そんなことまで自分はこの人に教えていただろうか、と。微笑みはそのまま瞳の色を微かに変えて男性コンサルは和美に少しねっとりとした声向ける。

 

 

「軍人は僕は好きになれないな……血なまぐさい匂いのする職業に、あまり市民が関わるものじゃない」

 

 

姿勢を男性コンサルに向け、和美はきっぱりとした表情と言葉で言い放つ。

 

 

「自分たちを守ってくれている人々に敬意を持てない人を、私は好きになれませんね」

 

 

男性の顔が色を失う。その相手にぺこりと頭をひとつ下げて和美は今度こそその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ時のSLの展示されているターミナル駅前広場、そのSLの前で和美は人待ち顔で立つ。ちらりと腕時計を見て今が待ち合わせ時間の5分前だと知ったとき、和美に声をかけてくる男性がいた。

 

 

「大和、ごめん、待たせたようだな」

 

「いえ、私が早く来すぎただけですから……5分前行動は変わらずですね、提督」

 

 

そう、彼女は艦娘―――大和型戦艦一番艦・大和。

 

 

艦娘―――それは、在りし日の艦艇の魂を持つ娘たち。かつて、人類の敵・深海棲艦と死闘を繰り広げた少女たち。

 

 

5年以上続いた対深海棲艦戦争、しかしある日、深海棲艦はその姿を消した。もう何度目になるかわからない大規模作戦、しかしその作戦を期に深海棲艦は急速にその勢力を減じていった。瞬く間に出現個所を減らし、個体数を減らし、いくばくもせず世界の海からいなくなった。

 

 

数か月後、各国政府は「深海棲艦との戦争終了」を宣言した。

 

 

戦いから解放された艦娘たちを待っていたのは半年間にわたる鎮守府の施設を目的替えしての社会復帰プログラムだった。海の上で、あるいは工廠で生を受け、生まれ落ちたときから艦娘としての戦いの日々を送ってきた彼女たちに与えられた教育プログラム、その中で基本的な社会知識を教え込まれた後、彼女たちは鎮守府から離れ、各地にそれぞれ居を構える場所を与えられ散っていった。

 

 

そして数か月の時が流れ―――大和は、外資系コンサルに務める社会人となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

いきなり歩き出すわけでなく 、ふたりは軽い言葉を交わし合う。

 

 

「相変わらず忙しそうだな。売れっ子コンサルタントは大変だな」

 

「からかわないでください。エリート海軍将校様もご多忙のようですね」

 

「からかうなよ」

 

 

ふたり、小さな笑い声をあげる。それを合図にふたり並んで歩き出す。紺のジャケットにベージュのチノパンという私服姿の提督は大和の見慣れていた純白の海軍将校制服のそれではないが、それでも変わらぬ落ち着いた態度が大和に安心感を与えてくれる。その安心感のままに大和は何気なく口にする。

 

 

「そういえばさっき、会社の人が『軍人は血なまぐさい仕事だ』って……失礼しちゃいますよね」

 

 

その言葉は、大和の想像していた以上に提督の胸を穿った。

 

 

戦争が終わり、艦娘たちを社会に送り出し、大和が志望する会社に無事採用されるのを見届けて、艦娘たちに対する自分の仕事は終わったのだと思っていた。戦争という軛から、彼女たちを解放できたのだと思っていた。

 

 

しかし、今も軍人である自分は大和の傍にいる。戦争の頃と変わらず、戦いをその職務の本質としながら。

 

 

一般市民となった大和にとって、自分が側にいることが果たしていいのか、自分の存在が大和をいまだ戦いの世界に繋ぎ止めているのではないか―――

 

 

「だから、私言ってやったんです。『自分が守られていることを』―――提督?」

 

 

提督が足を止めていることに気が付き大和が振り向く。俯いたまま提督は大和の目を見ないで大和に問う。

 

 

「なあ、大和……俺は、お前の隣に今もいていいのかな?」

 

「……どういう、意味ですか?」

 

 

歩道の真ん中、大和が振り向く。立ち止まるふたりの横を通行人が通り過ぎてゆく。まだ自分のことを見ようとしない提督に大和は声を向ける。

 

 

「まさか、あんな言葉を真に受けたんですか?」

 

「…………」

 

 

提督は無言を保つ。たった今胸をよぎった思い、その思いがはっきりした形を取る前に大和が不安げに問いかけてくる。

 

 

「別れる、なんていいませんよね?」

 

 

別れるつもりは、提督にもない。大和と別れるなんて、考えられない。しかし、だからこそ、何を言えばいいのかどうすればいいのか分からなくなる提督に向けて大和は鋭さ潜ませた言葉向ける。

 

 

「別れませんよ」

 

 

提督が顔を上げる。その提督に向けて大和は言葉ぶつける。

 

 

「別れないわよ、私!なによ、くだらない一言を真に受けちゃって!いいわよ、血なまぐさい道だと言われても喜んで歩いてやろうじゃない!私、別れないからね!」

 

 

大声を上げる大和に通行人が目を向けてゆく。そのうちのひとり、顔を赤らめたくたびれた背広姿の酔っぱらいが大和に下ひた声をかける。

 

 

「よ〜、姉ちゃんお熱いね〜」

 

「うるさい!」

 

 

大和の剣幕に「お〜、怖」とおどけて酔っ払いはその場を離れてゆく。もう一度提督に向き直り大和は瞳に涙を浮かべてしゃくりあげる。

 

 

「わ、私は……」

 

「わ、わかった、わかった大和。別れようなんて思ってないから……」

 

 

その言葉にようやく安堵を覚える。と、同時に頭が冷えてくる。今更に周りに視線を巡らせ、周りの注目が集まっていることを知ると、大和は顔を沸騰させる。その大和の手を取り提督は大和をその場から引き剥がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

都内の高層シティホテルの一室、そのベッドの上に腰掛け大和は提督に呟く。

 

 

「……随分、用意がいいですね」

 

「明日はお互い休みだからな。せっかくだから、ゆっくり過ごそうかと」

 

 

ジャケットを脱ぎクローゼットにしまいながら提督は大和に問う。

 

 

「なあ、大和……本当に、いいのか?」

 

「え?」

 

「俺と一緒にいる限り、本当の意味でのお前の戦争は終わらないかもしれない。それでも……」

 

 

目を閉じくすりと小さく笑い、大和は応える。

 

 

「戦争は、終わりましたよ。提督が、終わらせてくれました」

 

 

そうか、と提督は呟く。そのままベッドの上の大和に歩み寄る。その細い手首を掴み、紅い唇を塞ぎ、提督は大和をゆっくりと組み伏せた。

 

 

 

 

 

 

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