終戦後の艦娘たち   作:青色3号

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この愛おしき季節にて-鈴谷-

若草色のロングヘアを背中に広げ、裸身の少女がその身をうつぶせにベッドに横たえ枕に顔をうずめている。微動だにしなかった身体がもそり、と動き少女は枕から顔をあげる。

 

 

「あ~……そろそろ帰らなきゃ……」

 

「なんだ、泊っていけないのか?」

 

「今日、寮に外泊届出してないから」

 

 

ベッドの横で身支度を整える男の問いに簡潔に答えると少女は横を向き男と目を合わせる。

 

 

「着替えたいんで、出ていってもらえるかな?」

 

「なんで?」

 

「……デリカシーって、知ってる?」

 

 

ちょっと怖い顔をして自分を睨んでくる少女の表情に男は肩をすくめて寝室を離れる。男が出て行ったのを確認して少女は身を起こし、床に散らばる高校のブレザー制服に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関先でローファーを履きながら少女は背中越しに男に声をかける。

 

 

「いや~それにしてもつくづく現役JKを自宅に引っ張り込むなんて犯罪だねぇ~」

 

「鈴谷のためなら喜んで俺は咎人になろう」

 

「カッコいいこと言っているつもりかもしれないけれど全然響かないよ?」

 

 

おどけた声を男に向けて鈴谷と呼ばれた少女は立ち上がった。

 

 

 

 

 

そう―――少女の名は鈴谷、最上型航空巡洋艦3番艦・鈴谷。

 

 

 

 

彼女は艦娘、かつて人類の敵・深海棲艦と死闘を繰り広げた護国の乙女。

 

 

 

 

 

ある日、深海棲艦はその姿を消した。もう何度目になるかわからない大規模作戦、しかしその作戦を期に深海棲艦は急速にその勢力を減じていった。瞬く間に出現個所を減らし、個体数を減らし、いくばくもせず世界の海からいなくなった。

 

 

数か月後、各国政府は「深海棲艦との戦争終了」を宣言した。

 

 

戦いを終えた艦娘たちを待っていたのは鎮守府の施設を目的替えしての半年間の社会復帰プログラムだった。海の上で、あるいは工廠で生を受け、生まれ落ちたときから艦娘としての戦いの日々を送ってきた彼女たちに与えられた教育プログラム、その中で基本的な社会知識を教え込まれた後、彼女たちは鎮守府から離れ、各地にそれぞれ居を構える場所を与えられ散っていった。

 

 

そして数か月―――鈴谷は、鎮守府時代からの提督とのおつきあいを続けながら高校生になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

提督のマンションのドアを開け、部屋を離れるその前に鈴谷は振り向き提督に問いかける。

 

 

「今度の土曜は、大丈夫?」

 

「あ~すまん……その日は仕事で……」

 

「そう……」

 

 

気まずそうな表情での提督の応えに鈴谷の顔も思わず曇る。海軍軍人である提督は世間一般のように土日祝が休みの日とは限らない。一瞬の沈黙が気まずく場を覆うが、気を取り直したように提督は鈴谷に向かって提案する。

 

 

「木曜なら、休みだぞ。放課後会えないか?」

 

「鈴谷、その日部活だよ……」

 

「じゃあその後でも。外泊届出せよ、ゆっくり過ごそう」

 

「ん……」

 

 

ようやく鈴谷の顔に気弱な微笑みが浮かぶ。「じゃあ、木曜日にね」と短く告げると鈴谷は提督のマンションを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、教室に向かう途中の廊下で鈴谷は熊野の背中を見つける。

 

 

「みーほっ♪」

 

 

熊谷美穂、それが戦後熊野に与えられた"戸籍名"。その声に振り向くと熊野は鈴谷に同じように戸籍名で呼びかける。

 

 

「美鈴さん」

 

 

川本美鈴、それが鈴谷の戸籍名。立ちどまり鈴谷を待つ熊野に追いつくと鈴谷は廊下を歩く同級生には聞こえない大きさの声で熊野に話しかける。

 

 

「昨日、熊野もデートだったっしょ?どうだった?」

 

「んー、まあ普通ですわ。鈴谷の方は?」

 

「鈴谷もフツーだよ」

 

 

無難な会話を交わし、ふたりは廊下を歩く。鎮守府時代から熊野は当時鎮守府所属だった技術士官とおつきあいをしている。その彼の面影を思い出しながらか、ほぅ、と熊野がため息をつく。

 

 

「今度会えるのは少し先になりそうですの……彼も、忙しいらしくって」

 

「テートクも忙しそう。今度会えるのは来週の木曜だって」

 

 

肩を竦めてあえて軽く鈴谷は告げるが、声に滲む落胆は隠せない。バッグを持った腕を頭の後ろに回し、鈴谷はわざと少し大きな声を出す。

 

 

「あ~あ、歳の差恋愛は辛いねえ~」

 

 

戦後提督と鈴谷の間に立ちふさがった身分差・年齢差。気にはしないとは言ってみても、実際にこうしていつでも会えた鎮守府時代との違いを感じると日頃明るい鈴谷も少しばかり落ち込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、吹奏楽部の活動場所になっている音楽室で鈴谷は愛用のトランペットを準備する。思い思いに音楽室内に椅子を並べ自主練に勤しむ部員たちに交じり、鈴谷もトランペットと椅子を持ち熊野の隣に場所を取る。

 

 

熊野がホルンを試奏するのに合わせ鈴谷もトランペットを奏でる。十分楽器が温まってきたところでさて何か曲を吹こうかな、と思ったところでチューバ奏者の男子部員が鈴谷に声をかけてくる。

 

 

「川本。部活の後、ちょっと付き合ってくれないか?」

 

「いいけど?」

 

 

いつもの気安い笑顔で鈴谷は少年に応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年が鈴谷を誘ったのは校舎の屋上だった。そよ風が吹き抜ける屋上で、鈴谷は少年の用件を悟る。これが初めてではない、今までにも何度かあったことだ。そしてそのたびに返す答えもいつも同じだった。

 

 

「川本……お前が、好きだ」

 

 

顔を真っ赤にしてそれでも鈴谷のことを真っ直ぐに見つめ、少年は実直な台詞で鈴谷に告白する。正直、鈴谷も悪い気はしないがそれ以上に心が重い。恋のひたむきさを知る鈴谷だからこそ、これから言わねばならない台詞を少年に告げるのが辛い。

 

 

「ごめん、つきあっている人がいるから……」

 

 

申し訳なさが伝わりますようにと祈りながら鈴谷は簡潔に答える。その鈴谷から目を逸らすことなく少年は鈴谷に続く言葉を向ける。

 

 

「噂の、海軍中将?」

 

「知ってたんだ」

 

「なかなか、会えないんだろう?」

 

 

いきなり思わぬ方向から図星をつかれ鈴谷の華奢な体が揺れる。その鈴谷に畳みかけるように少年は声を大きくする。

 

 

「そんなおっさんと付き合うのやめろよ!俺だったら、いつでも川本と……」

 

「おっさん言うな!失礼だ!」

 

 

少年を睨みつけ一言ぶつけると、鈴谷は少年に背中を向け駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「告白されちゃった」という電話口での鈴谷の言葉に対する提督の答えは「そうか」という簡単なものだった。

 

 

「……それだけ?」

 

 

寂しげな鈴谷の声にスマホの向こうの提督は沈黙で答える。こういう時感情を露にする人ではないと知っていても鈴谷の胸に寂しさがよぎる。どう話題を続けていいかわからない鈴谷に代わり、提督が申し訳なさそうな声で別の話題に入る。

 

 

「あ~、鈴谷……今度の木曜なんだがな……」

 

「うん」

 

「急な出張が入った」

 

 

思わず、ため息が鈴谷の唇から漏れる。そういう仕事だと理解していても、心が追い付かない。スマホを持ち直し、鈴谷は暗い声を隠そうともせず提督に問う。

 

 

「どのくらい?」

 

「二週間」

 

 

もう一度、鈴谷の唇からため息が漏れる。あえて相手に聞かせようとしている自分を意地悪だなと鈴谷は思う。こういう人だとはわかっていた、こういう仕事だとはわかっていた。それでも今日の放課後同じ吹奏楽部員にぶつけられた言葉が鈴谷の胸をよぎる。

 

 

『俺だったら、いつでも川本と……』

 

 

自分を"鈴谷"ではなく"川本美鈴"と呼ぶ人々との時間、そんな時間が増えていった。その分、提督との時間は減っていっていたのかもしれない。そんなことを考えながら知らず鈴谷はスマホの向こうの提督に囁きかける。

 

 

「ねえ、提督」

 

「ん?」

 

「別れよっか、鈴谷たち」

 

 

相手が息を呑むのが感じられた。しかし、それから返事は帰ってこなかった。何も言わぬスマホを下ろし、鈴谷は黙って通話を切った。涙が一筋、鈴谷の頬を伝って流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

力の抜けたような日々が何日か流れた。それでも、日々は続いていた。もう親しんだ放課後の音楽室で鈴谷は椅子に腰かけ傍らの熊野に提督との別れを報告する。

 

 

「……ウソでしょう?」

 

 

それだけ言って熊野は絶句する。その熊野に「ホントだよ」とだけ鈴谷は返す。

 

 

「言うのが遅くなってゴメンね」

 

「いえ……」

 

 

なんて言っていいのかわからない、という風の熊野の隣で鈴谷は天井を見上げ考える。そういえば今日は木曜日だったな、と。結局提督とは会えることなく、この間のデートが最後のデートになったんだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

どう部活の時間を過ごしたか今ひとつ覚えていない。気の抜けた音を出して先輩に叱られたことが二、三回あったような気もする。トランペットを手入れしてケースに仕舞い終え、同じ寮の熊野を待つことなく鈴谷は音楽室を離れる。

 

 

 

 

 

 

 

帰宅の途中、後ろから鈴谷はこの間告白してきたチューバ奏者の少年に声をかけられる。

 

 

「川本」

 

「何?」

 

「例の海軍中将と、別れたんだって?」

 

「……盗み聞きは、よくないよ」

 

 

少しおどけた力の入らない声で、鈴谷は少年に儚い微笑み向ける。その鈴谷に直接答えることなく少年は鈴谷に一歩近づく。

 

 

「フリーになったってことだろ?だったら……」

 

「バカにしないで」

 

 

眉を上げ強い言葉向け、鈴谷は少年に背中を向け顔だけを振り向かせて告げる。

 

 

「別れたからって、すぐに次の人になびくほど軽い女じゃない」

 

 

それだけ告げてその場を離れようとする鈴谷の腕を後ろから掴み、少年は声を荒げる。

 

 

「待てよ!」

 

「なにすんのよ、離して!」

 

 

振りほどこうとするが、少年の力は存外強く鈴谷では振りほどけない。また少年が何か言おうとした時に、その腕を掴む何者かがいた。

 

 

「やめなさい、嫌がっているだろう」

 

 

その聞きなれた声の方向に鈴谷が顔を向けると、そこにいたのは私服姿の提督その人。何故?と思う間もなく少年が提督に食ってかかる。

 

 

「なんだよ、あんた!」

 

「俺はこの娘の―――」

 

 

そこまで言って一度言葉を切り、提督は言葉を一瞬探した後にこう告げる。

 

 

「―――知り合いだ」

 

 

その言葉に鈴谷は胸を刺される。自分から別れを切り出しておいて身勝手な、と思いつつも胸を刺す痛みに鈴谷は胸を片手で抑える。その鈴谷の肩を抱き、提督は気圧されたように動かなくなった少年を置いてその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

通学路の途中にある小さな公園、簡単な遊具が並ぶその公園に提督は鈴谷を連れていく。

 

 

「どうしたの、テートク?なんでこんな場所に?出張は?」

 

「出張は取り消した。鈴谷に話がしたくて、学校に行くところだった」

 

 

出張を取り消すなんてそんなことができるのか、といぶかる鈴谷に提督は向き直る。

 

 

「なあ鈴谷……」

 

 

こんな気弱な表情をする人だっただろうか、と鈴谷は思う。いつだって、どんな困難な作戦の時だって、自信ありげな表情を崩さなかった提督が見せる迷子のような表情。その表情から目が離せない鈴谷に向かい提督は告げる。

 

 

「俺、海軍辞めるよ」

 

 

言われた言葉が身に染みた瞬間、鈴谷は息を呑んで言葉なくす。ようやく頭を弱々しく振りながら鈴谷は唇から言葉振り絞る。

 

 

「ダメ……そんなの、ダメだよ。テートクから海軍を取ったら、何が残るの?」

 

「ひっでー言われようだなオイ」

 

 

流石に傷ついた表情を見せて鈴谷に返し、提督は更に言葉続ける。

 

 

「鈴谷が、残ってくれないか?」

 

 

まさか自分のために、と鈴谷はここにきてようやく提督の真意を知る。それを裏付けするかのように提督が自信なさげな言葉続ける。

 

 

「まだ俺も30前だし、再就職もできるだろ……土日休めるようになれば、鈴谷にも少しは寂しい想いをさせずに……」

 

「ダメ、ダメだよそんな……」

 

「だってそうしないと鈴谷に……」

 

「別れるなんて言わない!」

 

 

たまらず、鈴谷は絶叫する。涙、その瞳から溢れさせながら。いやいやと首を振りながら、鈴谷は提督に涙声向ける。

 

 

「わかったの、鈴谷わかったの!まだ鈴谷の中にテートクがこんなにいるの!ゴメンナサイ、別れるなんて言ってゴメンナサイ。お願いだから鈴谷の傍にいてぇ……」

 

 

顔を伏せ、後から後から流れ出る涙を拭おうとする。その鈴谷に提督は一歩近づく。その手が鈴谷に延ばされ、ためらって宙をさまよううちに、鈴谷の方から提督の胸にその身体をぽすんと収める。

 

 

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……」

 

 

鈴谷の謝罪に、想いに、抱擁で答える。その細い身を抱きしめる。その温かさの中、鈴谷は思う。

 

 

 

 

もう離れない、離さない。この人と、時間を重ねてゆく。例え何があったとしても、もう二度とこの暖かさを手放さない―――

 

 

 

 

―――この人と季節を重ねていこう。この愛おしき季節たちを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

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