終戦後の艦娘たち   作:青色3号

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この愛おしき記憶の海を-吹雪-

中学校の校門を潜り校外へ出たところで少女は声をかけられた。

 

 

「ゆきのーん!」

 

 

ゆきのんと呼ばれた少女は声の方角を振り返る。自分と同じ学校指定の紺ブレザーの制服をまとった同級生の少女ふたりが自分の方に駆けてくる。

 

 

「キョーコちゃん、みはるちゃん」

 

「ゆきのん、今日バスケ部は休み?」

 

「うん」

 

「じゃあ一緒に帰ろうよ」

 

 

少女に異論のあろうはずもない。微笑を返事の代わりにし、少女・吹越雪乃はふたりと連れ立ち再び足を進める。道に出て直角に曲がったところで黒塗りの高級車が自分たちを追い越し、そのまま止まった。

 

 

 

運転席から濃紺の海軍制服を着た軍人が降り立ち後部座席のドアを開ける。白い海軍将校制服を纏った青年が降りてくる。

 

 

「雪乃」

 

「司令官!」

 

ちらほらといる下校途中の生徒たちがこちらをちらちらと見ているのを感じながら雪乃は青年将校を見上げる。そこでようやく気がついたように雪乃の二歩後ろで好奇心も露に青年将校を見つめる少女たちに振り向いて雪乃はしどろもどろに説明を試みる。

 

 

「あ、この人は、私の、えーっと……」

 

「婚約者です」

 

 

黄色い声がふたりからあがる。雪乃の顔がボッ!と真っ赤に染まる。そんな雪乃の反応にも顔色ひとつ変えないで青年将校は雪乃を誘う。

 

 

「とりあえず車に乗りなさい。あ、そちらのおふたりは学友かな?よかったらふたりとも送って行こうか?」

 

「あ、私たちは大丈夫です!」

 

 

ふたりが遠慮するのに「そうか」と短く返して青年将校は雪乃を車に乗せ、自らも車上の人となりぽかんとする少女たちに見送られて走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車の中で少し間をあけて座りながら雪乃は身体を小さくして抗議する。

 

 

「もう……びっくりしました」

 

「今日は早上がりできる日だと伝えてあっただろう?明日も公休だし、ふたりでゆっくり過ごそうって話してたじゃないか」

 

「それにしたって学校まで来るなんて……」

 

「部活も休みだと聞いてたしちょうど下校時間だと思ったものでな。それにしてもタイミングよく会えてよかった」

 

 

腕を組んだ姿勢で顔を前に向けたまま平然とそんな台詞を口にする青年将校に雪乃はちょっとだけ恨みがましい視線を向けぷくっと頬を膨らませる。明日、学校で噂になっちゃうなと考える。そんな雪乃にようやく目線を向けると青年将校は悪戯っぽくにやりと笑って告げた。

 

 

「そう怒るな、吹雪」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、彼女は艦娘――――吹雪型駆逐艦一番艦・吹雪。

 

 

艦娘―――それは、在りし日の艦艇の魂を持つ娘たち。かつて、人類の敵・深海棲艦と死闘を繰り広げた少女たち。

 

 

5年以上続いた対深海棲艦戦争、しかしある日、深海棲艦はその姿を消した。もう何度目になるかわからない大規模作戦、しかしその作戦を期に深海棲艦は急速にその勢力を減じていった。瞬く間に出現個所を減らし、個体数を減らし、いくばくもせず世界の海からいなくなった。

 

 

数か月後、各国政府は「深海棲艦との戦争終了」を宣言した。

 

 

戦いから解放された艦娘たちを待っていたのは半年間にわたる鎮守府の施設を目的替えしての社会復帰プログラムだった。海の上で、あるいは工廠で生を受け、生まれ落ちたときから艦娘としての戦いの日々を送ってきた彼女たちに与えられた教育プログラム、その中で基本的な社会知識を教え込まれた後、彼女たちは鎮守府から離れ、各地にそれぞれ居を構える場所を与えられ散っていった。

 

 

そして数か月の時が流れ――――吹雪は、戸籍名“吹越雪乃”を貰い受け中学生の身分となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで水音と喘ぎ声が満ちていた提督のマンションの寝室で、吹雪はベッドにうつぶせにその裸身を横たえ息も絶え絶えに横にいる提督に訴える。

 

 

「司令官……身体、動きません……」

 

「ちょっと激しくやりすぎたかな」

 

 

悪びれもせず提督は答えると剥ぎ取られた制服の散乱する絨毯に足を下ろしサイドテーブルに置いてあるスマホを取り上げ吹雪に顔を向ける。

 

 

「赤城には、吹雪は今日は帰らないと伝えておく。泊っていくだろう?」

 

「ううう……」

 

 

保護者のような形で吹雪と同居する赤城に電話をかける提督の気配が感じられる。私、今夜どうなっちゃうんだろう?と吹雪は少なからず己の身を心配するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、どうにかこうにか起き上がり吹雪はいつもと違う通学路を歩く。提督と足を並べて。紺ジャケットにチノパン姿の休日の提督が否応なしに通学中の生徒たちの視線を集めるのを感じながら、吹雪は火照る顔を伏せる。そんな吹雪に向かい提督はむしろ楽しそうな声を向ける。

 

 

「俺たち、どんな関係に見えるんだろうな」

 

「生徒と保護者、じゃないでしょうかね……」

 

「……俺は、そこまで歳とってねえ」

 

 

むすっと提督が顔をしかめる。ちょっとだけ吹雪の溜飲が下がる。後ろから昨日の少女たちが吹雪たちに追いつき挨拶する。

 

 

「ゆきのん、おっはよーう!」

 

「キョーコちゃん、みはるちゃん、おはよう」

 

「あ、えーっと、おはようございます……ゆきのんの、婚約者、さん」

 

 

ぎこちなくお辞儀する少女たちに自らも頭を下げながら「そういえば名乗ってなかったな」と提督は気づく。簡単に名前を名乗り、お互い挨拶を交わす。再び歩き始めると、吹雪と合流した少女たちの声が提督の耳に届いてくる。

 

 

「社会科見学、来週だね」

 

「うん。横須賀、だっけ?」

 

「えーと、しおりは……あ、あった」

 

 

なんとはなしに提督は少女たちの会話に聞き入る。自分たちが聞かれていることには特段気づかず少女たちはおしゃべりを続ける。

 

 

「……で、次に見学するのは……『艦娘の像』?」

 

「あー、艦娘ってあのこないだまでの戦争で深海棲艦と戦っていたっていう?」

 

 

ふたりの会話に吹雪が気づかれない程度に反応するのが提督にわかる。艦娘の像か、と提督は思う。艦娘たちの献身を讃えるために戦後まもなく海際の公園に設置された像。思わず思いを馳せる提督に聞こえてきたのは、しかし思いもよらぬ少女たちの言葉だった。

 

 

「今更戦争とか艦娘とか言われてもねー。ピンとこないなあ」

 

「私もー。というか、艦娘とか忘れてた」

 

 

思わず提督は吹雪の顔をうかがう。しかし吹雪はにこにことふたりの会話を聴いているだけだ。自分でも説明のつかない衝動に襲われ、提督は吹雪の腕を掴みふたりから引きはがし通学路とは逆方向に吹雪を引っ張る。

 

 

「し、司令官?どうしたんです?」

 

 

吹雪の当たり前な質問と驚きには応えないまま提督はぽかんとする少女ふたりを置いてけぼりにいて吹雪を引っ張っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通学途中の生徒も途絶えるような場所まで提督の圧倒的な力に吹雪は引っ張られる。提督の横顔の迫力に吹雪は言葉を奪われていたが、ようやく声を振り絞る。

 

 

「し、司令官……そろそろ戻らないと、遅刻しちゃいます……」

 

 

人気のない住宅地の公園に吹雪を引きずったところでようやく提督は足を止め、掴んでいた吹雪の腕を離すと開口一番大きな声を上げる。

 

 

「悔しくないのか!」

 

 

キョトンとする吹雪に向かい、提督は更に荒ぶった言葉続ける。

 

 

「悔しくないのか、あんな風に忘れられて!あれだけ人々のために尽くしたお前らを忘れて、勝手な……!」

 

 

ようやく提督の意図を掴むと、吹雪は透き通るような微笑み浮かべ旋律のような言葉紡ぐ。

 

 

「それで、いいんです」

 

 

まっすぐに提督の瞳見つめ、吹雪は言葉を風に乗せる。

 

 

「それが、普通なんです」

 

 

吹雪の台詞に言葉失う提督を見つめなおし、吹雪は言葉紡ぎだす。

 

 

「戦争で、キョーコちゃんは従兄弟を失いました……みはるちゃんは、空襲で家を失いました。それでも、ふたりは今笑っています。忘れたから、忘れようとしているから、笑っていられるんです」

 

 

身体を転じ提督に半身を向け、空を見上げながら吹雪は言葉続ける。

 

 

「戦争は、多くの人から多くのものを奪いました。それでも、人々に明日はやってきます。……その明日を、笑って迎えるためには、忘れることも必要なんです」

 

 

そこまで語って吹雪は言葉を切る。トンビが空に円を描くのを見つめる吹雪を視界に収めながら提督は驚きが胸を満たすのを感じる。

 

 

 

 

あれだけ戦って、あれだけ傷ついて、それでもそのことを忘れられてもいいというのか。

 

 

 

傷ついたのは自分たちだけじゃないから、みんな傷ついたから。

 

 

 

だから、明日を迎えるために、過去を振り切るために、自分たちは記憶の海に沈んでもいいというのか。それだけの、覚悟があるというのか――――

 

 

 

「――――忘れない」

 

 

力強く、提督は宣言する。その声に、空を見上げていた吹雪の視線が提督に向けられる。吹雪の眼差しを正面から受け止め、提督は今一度言葉に力を籠める。

 

 

「俺は、忘れない。お前らが、戦ったことを。お前らが、静かな海を取り戻したことを」

 

 

風が、公園を駆け抜ける。吹雪の髪がふわりとなびく。ふうわりとした笑顔浮かべ、吹雪は提督に伝える。

 

 

「それで、十分なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園のベンチに寄り添い座り、お互いもたれあいながらふたりは小さな声でお話を続ける。

 

 

「……授業、始まっちゃいましたね」

 

「今日は、サボれよ」

 

「いけないんだ、不良海軍中将」

 

 

くすりと笑う吹雪に釣られて提督も微笑み浮かべる。

 

 

「……なあ、吹雪」

 

「はい?」

 

「俺だけじゃない、たくさんいるよ。お前ら艦娘のことを忘れない人は、まだまだたくさんいるよ」

 

「そうだったら、正直嬉しいですね」

 

 

提督の肩に頭を預け直し、吹雪は語りだす。

 

 

「忘れるにしても、覚えているにしても……みんなには、明日を向いていてほしいと思います。私たちは、そのために戦ったのですから。みんなの、未来のために戦ったのですから」

 

 

吹雪の肩に手を回す。その華奢な身体を引き寄せる。人々の未来のために戦った、その小さな身体を抱き寄せる。

 

 

 

 

 

かつて、人々のために戦った者たちがいた。人々の未来のために戦った者たちがいた。多くの人たちはそのことを忘れた。しかし、忘れなかった人たちもいた。

 

 

 

 

 

 

覚えている者たちで、語り継ごう。その者たちの記憶を、語り継ごう。過去と未来を繋ぎながら今日という日々を生きていこう。

 

 

 

 

 

 

この時という海を、渡っていこう。

 

 

 

 

 

 

――――この愛おしき記憶の海を。

 

 

 

 

 

 

 

 

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